Shangri-La
第18話
愛しき暗殺者
2008/11/03 UP




  初めて会ったとき、彼女は捨てられた子猫にえさを与えていた。

 ひとり寂しく……

 子猫よりも彼女のほうがかわいそうな感じがして、やまなかった。

 彼女は微笑んでいたけど、瞳は悲しく潤んでいて

 なんだか、そこに居るのに居ないような……

 現実社会のしがらみに戸惑う僕は

 平凡な暮らしを、何不自由なく終える一生が理想と考える反面

 何か人より優れている才能が自分にはどうして無いのか?

 僕だって誰かに頼りにされるような存在になりたいと思うのも事実。

 なりたくてもなれない

 少しは努力したものの、やっぱりできない

 いつか、いつかきっとなれる

 そう信じていても

 時はそれを許してはくれない

 そして、いつしか社会に出て

 その歯車の一部になるんだろう

 いや、その一部にもなれないかもしれない。

 現実社会のしがらみは簡単に解決できるものじゃない

 きっと……

 でもそんなモヤモヤの中、彼女の存在が僕の傷ついた心を癒してくれたんだ……

 かわいいモラ……

 愛しいモラ……

 でも、普通の女の子じゃなかったんだ……

  
  考え込む龍児を現実世界に呼び戻すかのごとくメールの着信音がなった。

 《プチドラさん、あこがれの子はどうなった?》

 今の今まで、そのあこがれの彼女のことを考えていたので少し驚く龍児。

 「振り向いてはく・れ・な・いっと」 龍児はメールの返信をする。

 「転校して来たとは打てないな、さすがに」

 《わたしの彼氏もいつも遠くを見ているわ》

 「うまく行ってないのかな?」

 《男はいつも夢ばかり追い続ける生き物なのよ》

 「キャンさん、おとなで・す・ねっと、送信」



 


 「……」





 「返信してこない……」

 人は自分の考えを否定されたり、思うように行かなかったりすると

 不愉快な感情が込み上げて来る。それが強ければ強いほど記憶に残り

 それが心の傷となる。

 だが、それを繰り返す事で精神的にも抵抗力が付き、前に進む事が出来るのだ。

 また、あまりにも傷が深い場合は記憶からその情報を排除しようとする。

 まったく、よく出来たシステムである。

 龍児にしても例外ではなく、まさに今、つらい壁を越えようとしているのだった。

 好意を抱いたモラの事を考えている龍児は心の中で葛藤している。

 現実離れしたモラを受け入れる事ができるのか?

 前に進む事が龍児にはできるのだろうか?

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  古びたビジネス街は人気も無く、パトカーのサイレンだけが鳴り響く。

 「ドジを踏んだ」 角刈りでサングラスをした男は肩で息をしながら言う。

 「警察に追われるとは厄介な事をしてくれたな」 長髪の男が息を切らした男をしかり付けた。
 
 「すっ、すまねえ。でも能力がうまく発動しなくてよ」

 「いつもなら、相手の脳みそをブッ飛ばせるんだが……」 角刈りの男は口惜しそうに言う。

 「女は?」

 「それが……単独で行動すると言い残して」

 「管理も出来ないのか?」

 「女子高生なんか当てにならないと思うんだが」

 「俺様の作戦に反対してたからな、あの女……」 長髪の男は奥歯をかみ締めた。

 「それより俺たちの居場所は暗殺者にばれていないよな?」

 「心配するな。俺たちはユニークだ」 長髪の男はほくそ笑みながら夜空の月を眺めた。

 黒い皮のパンツが似合う小さい尻とタンクトップから露出する肩と細い腕がいかした二枚目で

 その上、長い髪が風になびけば普通の女性ならそれだけで誘惑に負けてしまいそうだ。

 「特殊能力を使って無ければ、ばれる事はない」

 「そ、そうか、それなら大丈夫だな……」 額から汗が噴出している角刈りの男は

 懐から取り出したハンカチで汗をぬぐう。

 「こちらの居場所さえ判らなければ五分五分、いやこちらのほうが分が良いはずだ」

 「お前が暗殺者をやる。俺が剣を回収する」 長髪の男は満足そうな表情で言う。
 
 「伊達に生き残った訳じゃない」

 「ま、まあな…今まで勝ち残ったんだ」

 「じゃあ手はずどおりやれよ」

 「解った」

 二人は何か作戦があるらしく静かにビジネス街の闇に消えていった。

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 「おかしいな、確かにここら辺で反応したんだけど……」 モラはあたりを細かく探すが

 ターゲットを発見できない。

 「んー、なんぞプロテクトの魔法を使っとるかも知れんという事だなあも」

 ヤーンの剣は今までになかった事に戸惑いを隠せずにはいられなかった。

 それだけ、敵はモラの対策を綿密に練って戦いに挑み始めたと言う脅威でもある。

 路地を曲がるとパトカーが数台停まっていて、何やら警察が調査をしている。

 「課長。この近辺の捜査は概(おおむ)ね片付きました」

 「仕方ない。引き上げるか」

 その課長は眼鏡をかけ、黒髪を後ろで束ねた美しい女性であった。

 見つめられると背筋がゾクゾクして来る様なセクシーな瞳が眼鏡越しに潜んでいる。

 「ん?」 女課長はモラに気がついた。

 「白鳥課長?どうかしましたか?」 部下が問いかけるのも聞かずに女課長は飛び出した。

 「おい、そこの女子中学生!待て!」 

 モラはすぐさま路地を逆に戻ると曲がり角を折れるや否や走り始めた。

 「にげるな!」 女課長も足が速かった

 がしかし、路地を曲がったとたんに見失った。

 「田中!」

 「はい」 部下が心配そうな表情でかけつける。

 「見たか?」

 「えっ、あっ、いや……」

 「田中、お前ならここからどうやって逃げる?」

 「えっ、あっ、その……」

 そこは両サイド古びたビルが軒並み続いており

 フェンスとブロック塀が隠れる様な場所を許さない構造になっている。

 あの距離なら今頃前方を走っているはずだが

 なのに、少女の姿は見当たらない。

 ようするに見失ったと言う事だ。

 白鳥は屋上を見上げた。するとそこに先ほどの少女がこちらを見ていた。

 一瞬で屋上に上がったと言うのか?ありえない。

 「あっ」 声にならない声を出す前に少女は姿を隠した。

 「誰かいたんですか?」 部下の田中が聞く。

 話にならん奴だなと言う表情で田中を見る白鳥。

 「ピンク色のセーラー服を調べろ」

 「はっ、はい?」

 「聞こえなかったのか?ピンク色のセーラー服だ」

 「はあ」

 「目立つ制服だ。すぐ割り出せるだろう」

 白鳥は戻る途中に何度か屋上を振り返った。しかし少女は二度とは姿を現さなかった。

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  白鳥をまいたモラは、人気の少ないところでネノを召還する。
 
 指輪をこすり、コマンドワードを唱えると指輪に封印されていたゴーレムが姿を現した。
 
 「マスター、コマンドを…」

 「前回の記録はアップロードなしで」

 「Bタイプの戦闘スタイルでお願いね」

 「了解」

 ネノの体が光に包まれてボディーが変形する。

 「手際が良くなりゃーたな」
 
 ずい分とゴーレムの扱い方がうまくなった様子を見て、空中を浮遊する魔剣のヤーンは

 満足そうにつぶやいた。
 
 「ネノ、あなたは龍児の所へ行って見張ってて」

 「了解」 ネノは無表情でうなずくと速やかに移動を開始した。

 人型のコンストラクチャー(作り物)で魔力を原動力として機動するネノは

 今回人影に目立たない黒のライダースーツ姿とカッコイイ出で立ちである。

 「モラ、あれはあれで結構目立つと思わんか?」 ヤーンの剣はモラの人並みはずれた思考に

 真面目にがんばっても、こればかりは変われないんだなと思った。

 「いいのよ別に」 モラはちょっとふくれっ面になる。

 「それより逃がしたターゲットだけど、少しだけ魔力粒子反応があるのよ」

 モラはそのわずかな糸をたどってターゲットを追い詰めるしかなかった。

 「きっと探し出して仕留めてやるわ」

 今まで逃がすことなくイシュリッドを葬ってきたモラにとって

 このユニークと言う存在はいささか厄介なものだった。

 はたしてモラは勝つ事ができるのだろうか?

 
  イシュリッドのユニークである角刈りでサングラスをした男は、実はそう遠くへは逃げていなかった。

 「へへへ、ここで少しだけ能力を使うんだったな」 いつも汗だくで、額の汗をぬぐっている。

 作戦を何度もシュミレートした角刈りの男は作戦開始し特殊能力を少しだけ使用した。

 効果こそ現れないが、特殊能力を使用するとモラにはそれが解かった。

 「あっ、近いわ」 モラはターゲットの位置を確認できた。

 ビルの窓から外をうかがう角刈りの男は

 「き、来た」 モラを先に発見した。

 とうとう戦闘開始だ。

 ビルの中では音が響くもので

 「あんまり音を立てると気づかれてまうぞ」 ヤーンは心配そうに言った。

 「わかってる」

 微量ではあるがイシュリッドの魔力を感じるモラは

 「おかしい……」

 敵が徐々にこちらを追い詰めて来ているような動きに気付いた。

 「イシュリッドはモラの位置がわかるというの?」 

 そう、角刈りの男はこのビルの構造を理解し

 通路と行き止まりの位置からモラが潜伏する部屋まで解かっているのだ。

 「へへへ、暗殺者を暗殺してやる」

 角刈りの男は網の中に入り込んだ魚を仕留めるかのごとく

 モラを徐々に追い詰めてゆく。

 「そう、その部屋で行き止まりだ」

 「今までよくも仲間を……」 額の汗をぬぐった角刈りの男は

 サバイバルナイフを再度握りなおす。

 うかつに動けなくなったモラは覚悟を決めた。

 「仕方ないわ」

 モラはビルの小部屋のガラス越しに短剣を構えて待ち伏せすることにした。

 角刈りの男はサバイバルナイフを構えて、ほふく前進をする。

 「やはりあの部屋だな……音が聞こえた」 サバイバルナイフを両手で握る。

 「はっ!」 角刈りの男は月明りに暗殺者の姿をとらえた。

 「ラッキーだ」 ガラス越しにセーラー服が見えるではないか?

 「このビルに誘い込めた時から既に勝敗は決まっていたんだよ」

 この人気の無くなった雑居ビルを、あらかじめ調べつくし

 どこに誘い込み、どこで始末するか?

 何度もシュミレートしていた角刈りの男の勝利だった。

 これではモラに勝ち目は無い。

 そして

 ガラスをぶち破り角刈りの男はモラの不意を付いた。

 よもやガラスをぶち破って進入してくるとは思うまい。

 当然モラの戦闘態勢も前方のドアからの侵入に備えての待ち伏せだった。

 「もらったぜ!暗殺者ぁ!」 馬乗りになりサバイバルナイフを突き立てた。

 「おらおら!俺は暗殺者殺しなんだぁ!」 複数回、サバイバルナイフを

 セーラー服に突き刺す角刈りの男は半分逝ってしまっている形相である。

 嬉しそうに串刺しにしていた角刈りの男が急に我に返った。

 「ひいぃ!」 良く見るとセーラー服を羽織ったダミー(にせもの)であった。

 「図ったなぁ!」

 「おそいぃ!」 天井からモラが襲い掛かる。

 セーラー服とスカートはダミーで使用しているから着していない。

 「させるかっ!」 角刈りの男はそのあられも無い手口に仰天しながらも

 特殊能力を使用する。

 「吹き飛べっ!!!」

 「えっ?なにっ?!」

 一瞬モラは構えたが、何も起こらずにそのまま

 モラの鋭い一撃が角刈りの男を襲う。

 背後より肩甲骨から手のひら一つ下

 腰の位置に短剣を滑り込むように刺し込んだ。

 短剣は骨と骨の間より肝臓を貫き

 角刈りの男は声にならない声を上げて動けなくなった。

 呼吸すら間々ならない状況でモラを睨んだ。

 「どうして吹き飛ばない……」

 《これが暗殺者素裸……》

 角刈りの男は死の狭間で色々な思考が渦巻いた。

 自分の特殊能力は相手の脳みそを頭ごと爆発させる事ができるはずだったが

 それが出来なかった疑問と目の前の暗殺者の美しい裸体。

 あまりの激痛に体内のドーパミンが分泌され

 角刈りの男は朦朧としてきた。

 「で、でも……もう遅いぜ…剣は今頃……」

 「龍児……」 モラは心配そうな表情で振り返った。

 「モラ、この男の特殊能力は魔法解除だがや」 ヤーンの剣が言う。

 「魔法解除?そんはずはねえ……俺の力は頭を吹き飛ばすんだ」 角刈りの男は悔しそうにつぶやく。

 「どういう事?」 モラはヤーンの剣に聞く。

 「いいや、ありえーせん。この男の力ではどうやっても魔法解除だ」

 「魔法の力を中和するってやつ?」

 「そ、そんな……。あいつはそれを知っていて俺に暗殺者を任せたのか…」

 「俺はだまされ続けて利用されていたのか…」

 「畜生……」

 どう言う事か解からないが、ここで角刈りの男は力尽きた。

 やがて死体は泡に変わり始め、イシュリッド本体がヌルヌルと姿を現した。

 モラはイシュリッド本体に止めを刺した。

 「急がなきゃ」 モラはセーラー服を着てスカートをはいて走り始めた。

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  「完璧な作戦だ」 長髪の男はほくそ笑む。

 「邪魔な暗殺者には足止めをして、後は軽く凡人を脅して剣を回収する」

 「何かあっても兄貴からのこの土産と俺様の特殊能力……」

 「あの女は最初から当てにはしていなかったのさ」

 懐から土産の拳銃を出して舌なめずりをする。

 コルト・ガバメントと言う拳銃を兄貴と称する輩から譲り受けている。

 兄貴とはおそらく、ヤクザの兄貴分なのだろう。拳銃をどういった経路で入手したかは不明だが

 最近のヤクザはかなり性能の良い拳銃を手に入れることが可能のようだ。

 長髪男は戦争気分で独り言を続ける。

 「角刈りには悪いが作戦に犠牲は付き物だ」

 「しかし、魔法解除の特殊能力ってどうよ?」

 「そんな能力、使い道なくない?」

 「まあ、そんな奴をしっかり利用する俺様って……」 長髪の男はこらえ切れなくなり

 大きな声で笑い始めた。

 「暗殺者さえ居なければ簡単な話さ」 勝ち誇った長髪の男の足取りは軽い。

 特殊な能力のあるものにとっては、人間を殺す事など意図も簡単である。

 

  龍児とチェルビラはコンビニエンス・ストアーからの帰り道であった。

 「まったく……こんな時間に……」

 「だってプリンが食べたかったんだもん」 龍児と手を繋ぎながらチェルビラが言う。

 「知恵はプリン食べたことがないのか?」 龍児は素朴な疑問を投げかけた。

 「無い事はないけど、おいしいよね」 チェルビラにとっては最近発明された食物である。

 「手をつなぐ必要はあるのか?」

 「ばかね、お兄ちゃんなんだから、親戚とは言え妹の面倒を見るものでしょ?」

 「え?その設定はまだ有効なのか?」
 
 太古の宝剣とプリンを食べて会話をするというシュチュエーションに

 龍児はいささか違和感を感じながらも、これが平凡な日常と理解していた。

 「なんか……だんだん厚かましくなってないか?」 苦い表情の龍児。

 「まあ、気にしない、気にしない」 ご機嫌なチェルビラ。

  
  「探したぜ」 楽しそうにしている二人にわって入る長髪の男。

 「え?どなたー様ですか?」 龍児は一生懸命会った事のある人物を片っ端から思い出していた。

 がしかし該当なし。

 「なに、ほのぼの系してんの、お前ら」 長髪の男はイラっときた。

 「宝剣を回収させてもらうぞ」 この言葉にチェルビラの目の色が変わった。

 「思ったより早かったわね」 チェルビラは一歩前に出て長髪の男に指をさした。

 「指を指すなっ!生意気なガキだな黙っていろっ!」 長髪の男はそう言うが早いか

 「兄ちゃん!お前が剣を横持ちした事は解かってるんだっ!」 龍児に膝蹴りを入れた。

 「うぐっ!」 もろに決まって転がる龍児。

 「剣を出せっ!」 長髪の男は龍児をつかみ上げた。

 「あんた調査不足ね!」 チェルビラは長髪の男の股間を蹴り上げた。

 「あぐっ!」 こちらももろに決まって転がる長髪の男。二枚目だけに無様である。

 まあ、その剣であるチェルビラにすれば長髪の男の発言は失礼である。

 「ゆるさん!このガキ」 まあ、そこまで知らなかった長髪の男が少し不憫かもしれない。

 「やめろっ!」 龍児は力いっぱい体当たりをした。

 「くそっ!」 てこずる ここまでてこずるか?と怒りを覚えた長髪の男は

 「そうか、やはり死にたいのか?」 はき捨てるように言った。

 たかが子供、少し脅せばすぐに目的が達成できると思っていたのだが

 時間も無い事だし、あの暗殺者が戻ってくるかもしれない事から急に目つきが変わった。

 特殊能力の発動である。

 「この空間には生命体が多すぎる。小動物限定」

 「猫が一、鳥が六、人間が一。ふっ、これだ」 何やらターゲットを絞っているようである。

 「はああああっ!」 男は気合とともに声を発した。

 「龍児危ない!」 チェルビラが龍児を押し倒した。

 「知恵!なにをするん」 すると後ろに居た猫が

 「ニャァァァー!」

 猫は飛び上がり地面に体をたたきつけモンドリうっている。

 まるで陸揚げされたマグロのように跳ねる猫。

 それもそのはずである。なんと猫の目玉は飛び出して頭がかち割れているではないか!

 「なっ!何をしたんだ!」 龍児は度肝を抜かれた。

 「くそ、タゲをはずしてくるとはな」 長髪の男は余裕の笑みを浮かべている。

 「今度ははずさないぜ」 目つきが恐ろしい男の長髪が風になびく。

 この長髪男の特殊能力こそ角刈り男が言っていた

 生命体の脳みそを破裂させると言う何とも恐ろしい能力だった。

 ずる賢い人間は良く人をだますと言う。

 これも人間の生き残ってゆく手段なのであろうが

 角刈り男は長髪男にだまされていたのだ。

 頭を吹き飛ばす能力は長髪男のもので、どうやってうまい事だましたかは

 解からないが、角刈り男は自分がそれを使えるものと信じ込まされていたのだ。

  龍児は未だに苦しみもがいている猫を見つめた。

 頭を失い、下半身はその痛みからどうしようも無くもがき苦しむ。

 やがては頭部よりの酸素が供給されず、血液中の酸素も使い果たし

 下半身も動く事が出来なくなる。痙攣(けいれん)も止まりやがて死に至る。
 
 なんという残酷な死に方であろう。
 
 絶体絶命のピンチである。

 「やはり、生かしておけないなお前ら!」

 次の瞬間、長髪の男が蹴り飛ばされた。

 「なにっ!!」

 ライダースーツ姿のネノが街灯によって作り出されたシルエットに包まれてカッコイイ。

 「ね、ネノさん」 龍児は目をぱちくりさせる。

 「さんは要らない」 表情一つ変えないネノ。

 「何だこいつは?!」起き上がりながら長髪の男は特殊能力を使って反撃しようとするが

 ネノの動きが早くてターゲットを絞れない。

 ネノは空中前転をしがら、長髪の男に接近する。はやい早すぎる

 ゴーレムと言うものがこんなスピーディーに動けるものなのかと驚かされるほどである。

 二、三発こぶしが入り、最後は蹴り飛ばされた長髪の男は

 「顔を殴ったな!もう許さん!」 涙を流しながら懐より拳銃を出した。

 「兄貴っ!感謝するぜっ!」 コルト・ガバメントを発砲する長髪男は

 乱れた撃ち方であったが、その内の一発が龍児に命中する

 弾道を読み取ったネノは自分の体で盾となり龍児をかばった

 ネノの右下腹部に弾は命中した。

 ゴーレムだから弾き飛ばすのかと思いきや、そうでは無く普通におなかにめり込み

 出血もしているではないか?これまた驚きであるが

 それでも表情ひとつ変えないネノ。

 「ああっ!もうやめてくれ!」 龍児は叫んだ。

 チェルビラが男の前に立ちふさがった。

 「これ以上暴れると許さないわよ」

 「ガキが何だ!」 チェルビラにターゲットを絞る長髪の男。

 「なんでだ!?」 

 「なんでターゲット出来ない!?」

 ターゲットを確認する際、人間が一人しか反応しなかった時点で

 気が付くべきだったのだが、長髪男にはその余裕が無かったのだろう。

 チェルビラは宝剣が魔力で人間に変身したもので

 肉体を持つ生命体ではないのでターゲットにはならないのだ。

 パニックになった長髪の男は拳銃の残り弾を全てチェルビラに発砲した。

 全て命中

 しかし弾は貫通せず、地面にこぼれ落ちた。

 長髪男は全弾7発撃ち尽くしたあげく

 「なんだこいつ!」 くしゃくしゃな顔つきで叫びつつ、もはや二枚目ではなくなって逃げ出す事にした。

 「残念ね、鉄の弾ではわたしに傷ひとつ付ける事は出来ないわ」 にっこり笑うチェルビラ。

 「ネノさん大丈夫ですか?」 抱き起こす龍児。

 「傷口を見せて」 ライダースーツのパンツを少し脱がし傷口を確認する龍児。

 ちょっぴりエッチではあるが、そんな事は言っていられない。

 龍児はシャツを切り裂きネノの傷口に当てる。

 これだけの傷を負っても表情を変えないネノを見て龍児は

 「痛く…ないんですか?」 おかしな質問をした。

 「痛みは情報としてインプットされる」

 「え?」

 「痛がったほうがいい?」

 龍児は訳がわからなくなり、ただ顔が熱くなった。

 「あ、でもこう言う時は……」 血で赤く染まったシャツの切れ端をごと龍児の手を握り締めてネノは

 「あ・り・が・と・う」 棒読みではあるが感謝の意を表した。

 チェルビラにネノの事を人間では無くロボットのようなものと聞いてはいるが

 実際見れば普通の女の子以外の何者でもない。

 感覚としては、何かわからないけど、パソコンの中の少女に告白されたような

 実在しないんだけれども、なぜか心が高鳴るような複雑な心境であった。

 いわゆる一つの心理現象で思い込みと言う奴である。

 映画や漫画の主人公に対する感情移入が深ければ深いほど

 それに対する感じ方や考え方が親密になる、あれと同じものだろう。

 「龍児!あいつ逃げるわよ!」 チェルビラの声でハットする龍児。

 その逃げ出した敵にどうする事も出来ない龍児はただ敵を睨むだけであった。

 もう間に合わない、何とか出来ないのか?

 目の前が暗くなり龍児の見ている風景はスローモーションになり

 「ああ……まただ。音が聞こえなくなり、スローに見える……」

 その時、斜め後方より長髪の男に剣が滑り込んだ。

 「間に合ったの……」 モラは周りの景色を少し眺めていた。

 「空間と空間をつないだ」 ヤーンが叫んだ。

 「あぐっ!」 男は転がりつつ地面に倒れた。

 モラが逃がさず長髪の男を仕留めた。

 「宝剣を守る者が複数居ると言うことがわかったわね……」 木の陰より青いセーラー服の少女が様子を見ていた。

 「甘い作戦に力を貸す気にはなれないわ」

 「暗殺者が学園に来た時には驚いたけど、私にはもっと良い作戦があるのよ……ふふふ……」

 青いセーラー服の少女は慢心して笑みを浮かべる。

 その青いセーラー服は実は何を隠そう龍児と同じ市橋高校の制服であった。  

 二本の短剣をけだるそうに持ちながら、こちらにゆっくり歩いて来るモラ。

 龍児、チェルビラ、ネノの三人はモラのほうを見ている。

 モラにしか出来ない事。

 それがイシュリッドを抹殺する事である。

 「怪我は無い?」 少し怒り口調で言うモラ。

 まず、龍児を見た。

 そして、チェルビラを見た。

 「剣は無事のようね」 

 「むむむ」 チェルビラは腰に手を当てて怒った顔つきになった。

 最後にネノを見て

 「ネノ、ダメージを追っているようね」

 「少し」

 「まあいいわ、指輪に戻りなさい」

 ネノは赤く染まったシャツを龍児に手渡す。

 「あ・り・が・と・う」 再び棒読みで感謝するネノ。

 「あ、ああ……」

 「龍児……」 モラが厳しい目つきで名前を呼んだ。

 小生意気な感じがするような呼び捨てだった。

 「これが現実よ。狙われてるのよ」

 龍児は厳しい口調のモラの瞳を見つめ返した。

 その厳しいさとは裏腹に何か寂しさが潜んでいる。

 さっと目をそらすモラ。やっぱり……

 強い口調でモラは言うが、龍児の瞳を見る事が出来ないのは何故?

 呼吸を整え、左右の太ももにベルトで固定された鞘(さや)へと両剣を
 
 西部のガンマンが拳銃をスピンさせて、ガンフォルダーに納めるような手さばきで華麗に納めると

 モラは去って行った。

 「狙われるのか?僕は……」

 平凡な日常が急変し始め今後も急速なピッチで龍児は襲われる事になるのだが

 龍児はそれを否定するだけで、受け入れようとする気持ちは

 反比例してゆっくりであった。

 「今度は学校で仕掛けさせてもらうわ……杉村君」

 「ふふふ……」 

 かわいい声色とは真逆に、なにか不気味な印象を与える笑い声とともに

 その少女はフェードアウトして行った。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 

  次の日、龍児は偶然にも公園でモラを見かけた。

 声をかけるべきか?悩んでいたら

 幼稚園くらいの男の子が

 「ああ、ママー風船がー」 男の子の手を離れた風船はゆっくり空へと上っていく。

 モラはそれに気づくと駆け出し、そしてジャンピングキャッチ

 手のひらをかすめる風船のひも

 さすがのモラも今一歩と言う所でつかみ損ねた。

 龍児も惜しいとばかりに地面をけった。

 「また、買ってあげるからね」

 「でも……」 指をくわえて風船を眺める男の子は、チラッとモラを見た。

 モラもゆっくりと青い空へ上って行く風船を眺めている。

 「ほら行くわよ」 母親は風船なんかどうでもいい様子で男の子の手を引っ張る。

 何かが引きがねになったのか?

 降り積もった感情が抑えられ無くなったのか?

 顔を上げているモラの瞳から涙がこぼれ始めた。

 「我慢していたけど、上を向いて涙がこぼれないようにしていたけど……」

 風が強まり風船は勢いを増して上って行き、だんだん小さくなる。

 とうとう両手で顔を覆い、膝を着き地面に崩れる様にしゃがみ込んで

 肩を小さくひくつかせながらモラは泣き出した。

 「も、モラ……」 

 「ただの風船をつかみ損ねただけなのに……泣き崩れるなんて……」

 モラはしゃっくりが止まらず、唇が震えている。

 切なくなった龍児だが

 「今の僕には君の肩を後ろから優しく抱きしめる事すら出来ない……」

 ただこぶしを硬く握り締めるだけだった。

 生きてきた環境が異なり、考え方が異なる二人の心は

 また、すれ違い遠く離れて行く。




つづく



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