Shangri-La
第17話
イシュリッド
2008/10/26 UP

 
  本部と呼ばれる薄暗い地下室のような空間に大きな瓶(かめ)がいくつか並んでいる。

 中にはドジョウか?オタマジャクシのような生命体が何匹か飼育されていて

 それぞれの瓶によって大きさが異なる。

 それはイシリッドという名の生命体で、恐ろしい事に人の脳に寄生する。

 寄生に成功した生命体は、脳の中の情報を盗み出し体全体をも支配下におく事が出来る。

 簡単に言うと、乗っ取られると言う事だ。

  ヘルメットをかぶった男が二人とフードをかぶった女が一人、この部屋に入ってきた。

 何やら、瓶の中のイシリッドに話しかけているようだ。

 「さっさとしろ」 ヘルメットをつけた男が冷たく言う。

 「遠くへは行かないで……」 フードの女は小さな涙声で言う。

 フードごしにわずかに見えた彼女の涙。

 「この子らは立派に任務を果たさねばならなん」 もう一人のヘルメットの男が言う。

 「任務の内容はちゃんと伝わったんだろうな」 冷たいほうの男が荒っぽく言った。

 しばらくすると、事は終わったようで三人とも退室する事になる。

 突然、女が瓶を抱きしめて泣きだした。

 「ぼうや、私を許しておくれ……」 フードがまくりあがり母親は素顔をさらけ出した。

 なんと、彼女の口元からは軟体生物のイカかタコの足のようなものが生えていて

 目は魚のような目でギラリとしている。

 この世の者とは思えない

 がしかし、母親が子に対する思いは、姿こそ違えど、どの世の者も同じであるようだ。

 母親のすすり泣く声が冷たく暗い地下室にしばらく響き渡った。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

  教室の机に顔をうずめて居眠りをしているような姿勢のモラは

 久しく会っていなかったボスとのブリーフィングでの言葉を思い出していた。

 「そうか、ターゲットに遭遇できたのか」 腕組をした男は心すら読めるような、そんな眼差しをしている。

 「はい」 跪(ひざまず)いたモラは小さくうなずいた。

 「で、イシュリッドの追撃は続いているというのだな?」 こんなに厳しい目つきをした男がいるのだろうか?

 この男は、よほど過酷な人生を送って来たと言う証なのか?

 氷のような冷たい、いや冷たすぎて見るものですら凍らせてしまう様な、して死んだ目ではなく

 むしろ、相手を飲み込む勢いのある目つきである。

 「はい、その数は増えているように思われます」 モラは小さく答える。

 ボスは険しい顔でモラをにらみ

 「ところで、モラよ、ターゲットに接触した際にいくつか言葉を交わしたそうだな?」

 「はい……」 モラは目をそらした。

 「掟にはターゲットとの会話は許可されていない」

 「それは……任務を遂行する上での判断です」

 「いいか、良く聞け」

 ボスの顔を見上げるモラの瞳は潤んでいる。

 「ターゲットがイシュリッドにやられるような事があれば世界が終わる」

 「……」 モラはじっと聞いている。

 「まあ、今のお前には実感がないかもしれないが、そのうち自分が背負っている物の大きさに気づくだろう」

 太い二の腕を組み、背を向けるボス。その背中はなんとも大きく見える。

 「その時、その重さに潰されぬ様に気をつけろ」

 ボスは横目で振り返りモラの顔を見る。

 「下手な感情にとらわれて、冷静な判断が出来なくなる様な事だけは……」

 「……」 またモラはうつむいてしまった。

 「お前を信じる。が、ターゲットに感情移入しすぎるなよ」 

 
  チャイムが鳴りここで回想が中断された。

 「雨宮さん、お昼一緒に行かない?」

 クラスの女子がモラを昼食に誘うが 

 「いい……」

 モラは最小限の応答にとどめ、顔を上げることもない。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 
  暗い闇の中を小船が漂っている。

 船には肌の黒い男女二人と半透明な人型の船頭が乗っている。

 「船頭、後どれくらいかかる?」 女が尋ねた。

 「今しばらくでございます」 船頭は小船を操りながら言う。

 暗闇に浮かんだ小船は川でもなく海でもない空間をただひたすらに移動する。

 先を見てもただ暗闇。これでは船頭に頼るしかない。

 「何を苛立っている?ハールギン」 細身の男は鋭い目つきで女を見る。

 「なんでもないわ」 そのハールギンという名の女は白銀の髪の毛を耳の上で両サイドとも束ねている。

 そして耳の下へ流れる鬢(びん)も左右とも束ねていて、前髪はおでこを覆い眉毛は隠れている。
 
 この外見から彼女は『四本の銀狐の尻尾』と、いつしか呼ばれるようになった。
 
 「それよりドゥナロイ。こんな空間でエルドリッチが蓄えられるの?」

 男の名はドゥナロイ。片目が髪に隠れており、もう片方の目で鋭く見つめる。

 「ハールギン。君はもう少し感情をコントロールできるようになったほうがいい」

 「司教の私に説教をする気?」

 「まあ、この暗闇では不安になるのも解らなくは無いが」

 「私が臆していると言うの?」

 「図星か?」

 「ドゥナロイ、貴方はもう少し言葉を選択し直したほうがいいわよ」

 「事実をあるがままの形で言葉に変換しただけだ」

 「ふん、だから貴方は出世できないのよ」

 きつい一言だったのか、ドゥナロイはうつむいてしまった。そして小声で独り言を言い出した。

 「そうやってずっと独り言を言ってればいいのよ。そのほうが他人に迷惑をかけずにすむわ」

 しばらくして、突然暗闇に爆発が起こった。

 「なに!」

 船頭とハールギンは驚き腰を抜かした。

 「独り言かと思ったら…呪文をとなえたのね!」

 「勘弁してくださいお客さん」

 このやり取りはロケムの部屋の大きな鏡にも画像として映し出されていた。

 「ヤバラン!あの二人は本当に大丈夫か!?」

 「ゲロゲロ!」

 「フレイラ一人では荷が重いと考慮して援護に向かわせたのだ」

 「それは承知しておりますケロ」

 「なのにこれはどういう事だ!」

 説教はこの後二時間ほど続いた。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

  イシュリッドと言う寄生虫はDNA越しに勅命を受けこの現世に放たれる。

 彼らは単体では活動はおろか、生きてゆく事すら出来ない。

 まずは生命体に寄生してコントロールを計り、生命体の記憶を強奪し共有する。

 その生命体の持っている情報を有効に活用し本来果たすべく勅命に適する行動をとる。

 定期的にイシュリッドは状況を本部へ報告し、状況が変われば次の命令が出るまで待機する。

 先日まではチェルビラと言う伝説の宝剣を現世より探し出すと言う命令が出ていた。

 まったく情報の無いところからこの宝剣の探査は始まり

 やがて渡辺と言う男がこの宝剣を所持している事が判明した。

 ヤバランの探査魔法で再確認され、次々とイシリッドたちは宝剣強奪のために現世に送り込まれた。

 ところが、宝剣は渡辺の手から放れ龍児のもとへ

 その途中、何者かにイシュリッドたちが消されていく事件が勃発した。

 現世にイシュリッドを突き止めて殺す事が出来るマダーが居るはずが無いと考えるヤバランは

 宝剣とは別にこのマダーの探索にも力を入れた。

 結果、別の世界から来た少女、モラによる仕業と判明した。

 ある組織の暗殺者『モラ』に消されていくイシュリッドを何とか守るためにヤバランは

 アサシンハンターをモラに当てる事にする。

 行方をくらました宝剣は、驚く事に物質から生命体へと変身していた。

 これにはヤバランたちも探査できず数日が過ぎる。

 そして、フレイラはチェルビラが物質から生命体になっている事を突き止めるが

 彼女にとってはそれよりも、むかし心を寄せていた男性に龍児がそっくりだった事に驚く

 がそれは当然であった。なにしろ、龍児はその男性の生まれ変わりだったからだ。

  そして今夜

 またイシュリッドがチェルビラを狙って行動を開始した。

 「宝剣の在り処が判っている今となってはぞうさも無い事だな」



つづく



     戻る