Shangri-La
第16話
動き出したラサンとリッチ
2008/09/15 UP

 
  その男は装飾の施された木製の椅子に座っている。

 ギシギシときしむ音がするその部屋は灯かりすらともされていない。

 薄暗い部屋の中で彼は分厚い本を読んでいるようだ。

 ぼろぼろの襟のとがったローブを頭からすっぽりかぶっているため顔が見えない。

 ただ判るのは口から凍りつくような息を吐き出していると言う事だけだった。

 時より机の上においてある、水晶球を覗き込んでいるようだ。

 すると扉が突然開き、隻眼の男が入ってきた。

 「まだ足りない。最速が必要であれば、もう一仕事しなければな」

 ぼろいローブの男は言葉は無く、再び口元より凍りつくような吐息を発しながら、指で合図をした。

 「了解した。ではもう一仕事やらせてもらうぞ」

 そう言うと、すらっとした体格のよい隻眼の男は勇ましく部屋を出て行った。

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  「臨時ニュースです」

 「先ほど入った情報によりますと、漁船若竹丸が高波にみまわれ転覆した模様」

 「乗組員12人の消息は不明」

 「現場は風もなく、波も穏やかだったことから」

 「海上保安局は事故の原因を追究しています」

 ニュースキャスターは淡々とニュースを報道する。

 「やっぱり海は危険ですね」

 「安全管理に不備がなかったか?」

 「そこが問題ですね」

 「家族も心配しております」

 女子アナウンサーも差し支えのないことしか言わない。

 「つづいて、街角のアイドル犬の登場です」

 「はうはう犬、パトラッシュ君です!」

 早々と次のニュースへ移るニュースキャスター。

 乗組員の安否はどうした?

 そう、他人の事はどうでもよい。報道の仕事だから割り切りも必要。

 悲しい表情をして見せたり、可笑しくもないのに笑って見せたり、大変なものだ。

 満点の笑みを浮かべる女子アナウンサー。

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  海はまさに生き物である。

 この広い海にとっては漁船など笹舟以下に過ぎない。

 「大丈夫か!しっかりしろ!」 波しぶきが大声をさえぎる。

 若竹丸は転覆し乗組員12名は海に放り出された。

 「大丈夫だ!がんばれ!」

 「この程度の波はたいしたことはない、みんな船から離れるな」

 「高橋!救命具はどうした!?」

 「あ、時間がなくて……」

 「俺のを貸しやる」

 「船長……」

 「おいみんな!絶対あきらめるなよ!」

 必死で泳ぎながらも船長の沖田は乗組員を励ました。

 「こいつらを無事に帰すと陸の家族たちに約束しているんだ……」

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  「残念なニュースです」

 「中央小学校で飼育されていたハムスターのハム次郎君が亡くなりました」

 「ジャンガリアン・ハムスターのハム次郎君は2年間、生徒の心を癒し続けてきました」

 「ここ三ヶ月の間は動物病院の入退院を繰り返し、苦しい闘病生活が続いていたとの事です」

 「ハム次郎君、本当にお疲れ様でした」

 「心からお悔やみいたします」

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  「意識をしっかり持て!いいか!」

 「しかしこの霧は何とかならないのか?」

 「必ず救援が来る!あきらめるな!」

 すると霧の中、前方より偶然通りかかった船が姿を現した。

 「助けが来たぞ!俺たちは運がいいぞ!」

 木の破片につかまり、ぐったりしていた乗組員にも活気が取り戻されてきた。

 「助かった!助かったぞ!」

 船よりロープが人数分投げられた。

 乗組員は最後の力を振り絞って、このロープにしがみついた。

 「どうした高橋?」

 「足がやられたみたいで」

 「おーい、ここのクルーは足がやられている。もう少し待ってくれ」

 ほとんどの乗組員は甲板に引き上げられたようだ。

 「俺がこのロープで縛ってやる」

 沖田は高橋の体にロープを固定した。

 その時、突風が吹き始めた。

 「船長!」

 「俺にかまうな!先に行け!」

 高橋は体に固定されたロープのおかげで引き上げられていく。

 「せ、船長!!!」

 がしかし、霧が深いため沖田はすぐに見えなくなった。

 「そ、そんな……」 高橋は涙が止まらない。

 この霧さえなければ、乗組員も皆そう思ったに違いない。

 船長は霧の中、木片にしがみついたままじっとしていた。

 「お前ら、無事に家族のもとへ戻れよ……」

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  「はーいみんな席に着きなさい」

 騒いでいた教室内が次第に静かになっていく。

 「新しいお友達を紹介します」

 龍児はドアのガラスにかすかに映る人影をみた。

 「転校生」

 「じゃあ、入ってください」

 「こんな時期に転向してくるなんで謎じゃない?」

 ドアが開き中に入ってきたのは、小さな女の子。

 ピンク色のセーラー服

 「雨宮 萌良さんです」

 この瞬間、教室内がどよめいた。

 「モラっ!」 龍児は思わず声に出してしまった。

 「雨宮 萌良です。よろしくお願いします」 その声はまだ小学生のような透き通った声だった。

 子供から大人に成長する途中で発育が止まってしまった様なその外見は

 セーラー服というものが似合わない、いや、まだ早すぎるという印象をかもし出している。

 「しかも、ピンクのセーラー服だぜおい」

 「どこから転向してきたのかしら?」

 教室内はしばらく沈黙を忘れて時間だけが過ぎた。

 「大胆なアプローチね」 胸ポケットからチェルビラが顔を出した。

 「お前が言うな」 龍児は手でチェルビラを隠しながら言った。

 それにしてはモラはこちらを意識した感じでは無かった。

 他の者には悟られまいと言う事なのか?

 「いずれにしろ、何か動きがあったということね」

 「はあ?」

 「龍児の知らない所でも色々と動いているということよ」

 「なんだよそれ、すごく怖いんだけど」

 「慎重に行動しないと、ここに居られなくなるわよ」

 それは平凡な高校生活が一変するという意味であったが、この時の龍児にはピンと来なかった。

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  「船長……どうかご無事で……」

 「お前で最後だな」 高橋が振り向くと、そこにはこの船の船長が居た。

 助けてもらって悪いのだが、その隻眼の船長の出で立ちを見て驚きを隠せなかった。

 潮風に痛んだ長い髪の毛は後ろで束ねていて、口ひげも不潔である。

 なんと言っても制服ではなくまるで海賊船の船長のようなコスチュームで

 「いやまてよ……」 高橋は船をよく観察した。

 木製の古びた船は現代のものとは思えないクラシカルなものであった。

 「が、ガレー船?!」

 そして、人力でオールをこいでいるその船乗りはフードをかぶっている。

 「なんと言う人数だ?」 片翼だけで100人を超える船乗りたちが一斉にオールをこいでいるのだ。

 見ると、三階層に分かれている。

 「これでもまだ船乗りが不足していてね」

 「は、はあ」 高橋は驚くばかりである。

 「最速にするにはお前たちの力も必要なんだよ」

 「やろう共!全速前進!面舵いっぱあーい!!」

 「おぉぉー」 船乗りたちのかけ声が霧の海に響き渡る。

 「この船乗りたち……」

 船長の口ひげが斜めに傾き「ニヤリ」と笑った。

 「全員、骸骨だ……」

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 「なんだと?それは本当か?」 ロケムは聞き返した。

 「ケロ、既にマテリアル・プレーンに到着しているようです」 ヤバランの声が暗闇より響く。

 「キャプテン・キーンの海賊船に同行しておりますゲロ」

 「あの死にぞこないめぇ」 ロケムは苦い顔つきで考え込んだ。

 「剣の所在はつかんだな?」

 「ケロ、フレイラが押さえております」

 「フレイラ一人では厳しくなるだろう。仲間を向かわせろ」

 「奴の船が陸路へ上がるまでは人手が不足しているようですゲロ」

 「剣を速やかに確保しろ」

 「了解でケロ」

 「して、キーンはともかくその死にぞこないとは、いかほどの者でしょうか?ゲロ」

 「むかし、通りがかりにある世界に降りた事がある」

 「ゲロ」

 「そこはかなり高度な文明が築かれていたが、そこに徘徊していた者は全てアンデッドだった」

 「長い年月をかけて人類が築き上げてきた文明を根こそぎ奪い支配しようと企む者がいた」

 「ゲロゲロ」

 「生き残ったわずかな者たちが、そのアンデッド共と戦っていた」

 「興味半分にそのわずかな者たちに力を貸してやったが……」

 「形勢は逆転にいたらず、残された者たちも全滅した」

 「その大量なアンデッド共を司っていた者を突き止めたが、驚く事にリッチだった」

 「なんとゲロ」

 「どこぞのアンデッドプリンスか何かの仕業と思っていた分、感動が倍増してな」

 「今でも忘れない。そいつはプラチナキャップ着していた」

 「ゲロ!プラチナキャップという事は……キャップ・オブ・ラサン!?」

 「一度かぶると二度と脱ぐことは出来ない呪われたアイテムのひとつケロ」

 「十三のルーン文字が刻まれていてケロ、その一つ一つに最大級の魔力が封じ込めらケロ」

 「さよう、おそらくは以前に存在した強大な力の持ち主が創造したと考えられるが」

 「それをコントロールできる者が、事もあろうかリッチとは傑作だった」

 「という事はゲロ……」

 「そうだ、最高の組み合わせということになるな」

 ロケムは今までに感じたことのない何かが堪能できるのでないかという期待で満ちてた口調だった。

 「だが、今となっては笑ってばかりもいられん」

 「誰をフレイラの援護に向かわせるかだ」

 「ロケム様、それならば既に決定しております」

 「そうか」

 「ハールギンとドゥナロイを向かわせましょうゲロ」

 「ハールギンはマトロンを目指す優秀なプリーステスですゲロ」

 「ドゥナロイはウォーロックです」

 「早速向かわせろ。イシュリッドもな」

 「ケロ、かしこまりました」




つづく



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