Shangri-La
             第14話
 サイキック・ウオーリアー
            2008/06/08 UP

 


  「タル、出かけるぞ」 フレイラはフードつきの長めのコートで身を覆い出かける。

 「うぅ、昼間から出かけるのか?フレイラ」 眠そうな口調で親指サイズのクリスタルのタルが答える。

 「誰のせいだと思っている」 フードから鋭い目つきでにらむフレイラ。

 「え?だれのせい?」

 「貴様の探知魔法が役に立たないおかげだろうが」

 「まてよフレイラ。言わせてもらうが、あの剣が探知魔法に引っかからないと言う事実だけは解っただろ?」

 「減らず口はもういい」

 「なんでい」

 「それより、過去の履歴であの剣を最後に所持していたのはマラード・渡辺だ。そこまでは解っている」

 「ま、まさか潜入捜査を開始するのか?」 サイクリスタルはオチャラケた口調から真面目な口調に変わった。

 「危険は承知の上だ」

 「奴のマンションへ行くつもりか?」

 「そういう事だ」

 「おもしろい。相変わらず無鉄砲な行動パターンだな」

 「悪いか?」

 「フレイラの性格からして、人に媚びを売ったり、だましたりできないからな」

 「能力が乏しくて悪かったな」

 準備が整い扉に手をかけるフレイラは一瞬、ためらった。

 ドローエルフであるフレイラには太陽の光は強烈な敵となるのだ。

 彼女の種族は地下に住居を置き、その生活の中で太陽の光を浴びる事は一切無い。

 そんな彼女達は、いつの日か太陽の光の元では本来の力を発揮できなくなってしまっていた。

 「まあ、フレイラのそこがおもしろい所なんだがな」

 「貴様の魔法に頼った、わたしが馬鹿だった」

 「おーい、またその話に戻るのか」

 二人は威勢良く出陣という所だったが、外に出るとやはり激しい太陽光が彼女を襲った。

 「今日は雲ひとつ無い、良い天気だな」 手で光を遮りながらフレイラは皮肉を言う。

 この太陽光線が彼女の戦闘の妨げになる事は覚悟しての出撃であったが

 この後、自体は想像を絶する事になる。


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  登校中の龍児はゴーレムのネノに遭遇した。

 ネノは石でできたベンチに腰掛けていて、龍児に気づくと無表情なまま近づいて来た。

 「あ、君は確か……」 龍児は、かすかな記憶の中に彼女の顔を覚えていた。

 ネノはモラの手紙を差し出した。

 「これは?」

 「マスターの命令」

 「マスターって、モラのことかい?」 手紙を受け取りながら龍児は言う。

 ネノは小さくうなずいた。

 「わざわざ、ありがとう」

 ネノは表情一つ変えず立ち去っていく。

 「なんか、怒ってるみたいな……」

 「あれは人間じゃない、人形よ」 ポケットからチェルビラが言う。

 「ええっ!?人形?」
 
 「人形に魔法で魂を吹き込んだゴーレムと言うものよ」

 「あれが、ゴーレムと言うものか……」

 「あんたにわかりやすく言うならパソコンみたいなものね」

 「パソコン?」

 「相手の行動によって、どういった反応をするのかを、あらかじめプログラムされている」

 「アンドロイドと同じと言う事か?」

 「そうね、でも、生命体の思考パターンも同じ原理でできているのよ」

 「どういうこと?」

 「龍児たちも同じ原理で行動していると言う事よ」

 「はあ?僕たちの思考とパソコンと同じなのか?」

 「そうよ。友達が【起きろ】と言った時の返事だけど、色々ある返答から瞬時に選択する」

 「回答は人間関係で異なってくるでしょ? まあ、友達の場合は【わかったよ】と返答するけど」

 「先生に言われた時なんかは、【すみません】とあわてた表情で返答するでしょ?」

 「た、確かに……」

 「限りある行動パターンから選択しているところはパソコンとまったく同じ」

 「あと、パソコンを起動した時、今までユーザーが保存してきたデーターを呼び込むでしょ?」

 「あれだって、人間と同じよ。朝起きた時、自分は誰で、これからどういった行動をとるべきなのか」

 「記憶を呼び覚ますでしょ?まあ、たまに寝ぼける人もいるけど」

 「ああ、なるほど。そう言われてみれば同じかも」 
 
 「それより、その手紙」

 「そ、そうだ」 

 正直言って龍児は読む勇気が無かった。

 前回、モラとは喧嘩別れしたような状態だったからだ。

 しかし、龍児は震える手で便箋を開け始めた。

 「その手紙を読むと言う事は、少しは考え方が変わったと言う事ね」

 龍児はあの時、モラとの考え方の違いが真っ向からぶつかり合った結果、あのような喧嘩になったが

 今では少しながら後悔している。

 「少し考えたんだ、僕なりに。モラはあれから何をどう考えたのか……知りたい」

 「へえぇぇ、悪い事じゃないわね」

 「彼女の住んでいた世界と僕らの世界が違いすぎると思うんだ」

 「解かってきたじゃない」

 便箋から手紙を出す龍児。

 「だから考え方も……」

 「龍児……」

 「できれば相手の事を理解するようにしなくちゃ」

 勇気を振り絞って手紙を読む龍児。がしかし……

 「なっ、なんだこれは?」

 「ん?」

 「まったく読めないや」

 モラの書いた文章は日本語ではなく何やら暗号で書かれていたのだ。

 「アサシン文字ねこれ」

 そう、暗殺者は独自の文字を用いて文章を書く。

 そうする事によって、第三者に読まれる事を防ぐのだ。

 癖と言うものは体に染み付いていて、モラはアサシン文字で龍児に手紙を出したのだ。

 「これじゃあモラが何をどう思ってるのかわからないよぉーっ!!」 

 暑い日差しの中、龍児の声は蒼穹の空へと響き渡った。

 そして、響き渡る声に気づき、空を見上げるネノの顔はやはり無表情であった。


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  「ここがマラード・渡辺のマンションか?」 

 フレイラとクリスタルのタルは24階建のマンションを見上げる。

 「130世帯が共存する建築物か……」 フレイラは目を細めた。

 「建築技術はこちらの世界のほうが圧倒的に上だな」 フレイラはブロック塀を踏み台にして

 二階より簡単に進入する。彼女にとってはこれくらいの高さの塀は軽く飛び越えられる。

 「その割には、セキュリティーはまったくダメダメだなー」 タルは笑う。

 「我々の世界とは違って、必要ないからだろう。それだけ平和と言う事だ」

 「簡単な電子ロックと飾りのようなブロック塀か」 タルは辺りを見回す。

 階段をあがるフレイラは息も切らさずぐんぐん上がっていく。

 「魔法こそ無いが、進化レベルは俺達の世界とほぼ同一だな」 浮遊しながらクリスタルは言う。

 「いや、こちら世界の方が上だ。魔法に頼っていない分な」 フレイラの顔付きが真剣になった。

 「ここだぜ」 クリスタルは部屋の番号を告げる。

 すると、いきなり呼び鈴を押すフレイラ

 「どうする気なんだ?」 ベルを鳴らすフレイラに少しあきれているクリスタル。

 「誰だ?何のようだ?」 インターホンから声がした。

 「話したい事がある」 フレイラは気取らず飾らず低い声で言った。

 「間に合ってる」 インターフォンの声は冷たくあしらう。

 「マラードにな」 フレイラも冷たくあしらう。

 「お前、何者だ?」 インターホーンの向こう側の声色が変わった。

 すぐさま、ドアが開き坊主狩りの背の低い男が現れた。しかしチェーンロックはされているようだ。

 フードをすっぽりとかぶっているフレイラに一瞬、男は驚いた

 「お前、何故ここにマラードがいることを知っている?どこのものだ?」 

 「あの剣はどこにある?」 単刀直入とはまさにこの事だ。

 坊主刈りの男は右手を背中に回している。

 「フレイラ、こいつ武器を右手に持っているぞ」 クリスタルはささやいた。

 「あ、あの剣だと?」

 「マラードを出せ」

 フレイラはそう言うとポーチから日本刀を抜いた。

 「なっ、なんだてめえ!いきなりガサ入れか?!」 坊主狩りの男は思わずドアを閉めた。

 一瞬沈黙が襲った。

 男は再び様子を見ようと、ドアを少し開けた。

 なぜ開ける?と思うが、坊主刈りの男は相手が子供くらいの背丈で油断したのと

 好奇心から生じた行動であろうか?よく解からない。

 だがしかし、次の瞬間、フレイラの日本刀がチェーンロックもろとも男を切り裂いた。

 「あがああ!」 悲鳴と共に男は転がった。

 血しぶきが飛び散り、奥にいる者がこの叫び声に気が付いた。

 「襲撃か!?」 奥から眼鏡をかけた男が現れた。

 「答えろ。あの剣は今どこにある」 部屋の中にどんどん進入してくるフレイラは顔色一つ変えていない。

 「てめえ!何もんだあ!」 眼鏡の男は拳銃を抜き発砲した。

 フレイラは中腰にしゃがみ発砲するいくつかの弾丸をかわしつつ、まるでカマイタチのように鋭く切り込んだ。

 眼鏡の男はあまりの早業に成す術も無く、脚が太ももから切断。

 「もう一度だけ言う。剣は今どこにある?」 

 「そ、そ、それは……」

 フレイラの形相はまるで悪魔のようであった。

  
  ステッキの音と共に片足を引きずりながら、帰宅して来た渡辺は、部屋の様子がおかしい事に気が付いた。

 「ドアが開いている」 渡辺は目を細めた。

 「どうかしたの?」 カノンが渡辺に尋ねる。 

 「お客さんが来ている様だ」

 次の瞬間、坊主刈りの男がドアから飛び出してきた。

 「ゴホゴホ」 血まみれで、口から血反吐を吐いている。

 「中村!」 渡辺はこの光景に度肝を抜かれた。

 「しっかりしろ!」 中村を抱えあげる渡辺。

 すると、玄関からフレイラがゆっくりと現れた。

 「貴様がマラード・渡辺だな。宝剣はどうした?」 返り血を浴びたその形相は今にも噛み付きそうであった。

 「そうだ、この俺が渡辺だ。お前は誰だ?」 このフレイラの出で立ちを見ても渡辺は微動たりとしない。

 「貴様もなかなかの策士よのう」 フレイラの口元が微妙に笑う。

 「なんだと?」 睨み返す渡辺。

 「自分では制御できなくなり他人に預けたのか?」

 台詞が速いかフレイラは日本刀で渡辺を切りつけた。

 ステッキでその攻撃をはじき返す渡辺。

 「ほう」 フレイラが、かすかに喜んだように見えた。

 「ステージ1のボスと言うところか?」 クリスタルも喜びを抑えられないようだ。

 「では、それなりの対応してやらねばな」 フライラは目蓋を閉じると精神集中し始めた。

 日本刀の先にエナジーを集中しているようだ。

 そしてフレイラは試し切りに踊り場の壁を一斬りした。

 たった一振りである。

 にもかかわらず、壁が綺麗に砕かれた。

 「なにっ!?」

 日本刀では物理的に不可能な事を精神的な力で可能にしているのだ。

 「サイキック・ウオーリアーか?」 後ろに居たカノンが言葉にした。

 「し、知っているのか?カノン」 渡辺は問う。

 「マラード、あの女、こっちの世界の者じゃないわっ!」 そう言うとカノンはトレンチコートを脱ぎ捨てた。

 「私に任せて」 カノンが渡辺の前に出る。

 黒い美しいロングヘアーは腰まで伸びていて、その体つきは驚くほどスレンダーである。

 ダークブルーの戦闘用ボディースーツに身を包まれた彼女は

 腰から剣を二本抜き軽やかなフットワークで間合いを取る。

 「ほう、おもしろい」 口元がゆがむフレイラ。

 「かかって来な」 挑発するカノン。

 「女だからと言って手加減はせぬぞ」 フレイラは間髪いれずに攻撃を開始した。

 「あんたも女でしょう?」 タルは爆笑する。

 あのカマイタチのように素早いフレイラの攻撃を軽くかわすカノン。

 「でしゃばっただけの事はあるようだな」 フレイラは鋭い視線でカノンを睨んだ。

 カノンも睨み返して二本の剣で逆襲をする。

 「なかなかだな、この女」 クリスタルは、またもや嬉しそうに笑う。

 フレイラは壁を地面のように走りながら上の階へ移動した。

 「壁を駆け登るなんて」 これまた物理的に不可能な事を精神的な力で可能にする。

 カノンも軽いジャンプで後を追う。

 「カノン!深追いはするなよ!」 心配そうな顔付きで渡辺が叫んだ。

 上の階には、多少の植物が植えてある中庭の様な造りになっていた。

 「ウオーリアーとしては広い空間が欲しかったようだな」 追いついたカノンが言う。

 「貴様、少しはやるようだな」 フレイラは日本刀を構える。

 「この女、ボーナスステージだな」 タルは予期せぬ感動を得たようだ。

 再び戦闘開始である。

 日本刀を両手でしっかりと握りフレイラは踏み込んだ

 そしてフレイラの鋭い一撃がほとばしる。

 カノンはひるがえり交わす。その一撃は中庭を破壊した。

 その攻撃の勢いにフレイラのフードが少しめくりあがった。

 「こいつっ!ドローエルフかっ!?」 カノンは背筋が凍るような感覚を憶えた。

 黒い肌とアーモンド型の瞳と独特の顔つきにカノンのドローエルフに対する知識と一致したのだ。

 ドローエルフは遭遇したものに不幸をもたらす種族として、カノン達にすら認知されていた。

 それほどに残忍な種族なのである。

 「なるほど、サイキック・ウオーリアーなわけね」

 超能力を行使すると思ったら、やはりただの人間ではなかったと言うわけだ。

 サイキック・ウオーリアーの精神的な力が込められた一撃はとてつもない破壊力を生む。

 「だが、その攻撃は当たらなければ、どうと言う事は無いわね」 

 今度は体勢を立て直したカノンが攻撃に入る。

 カノンの攻撃は驚くほど素早く、フレイラは全てを防ぐ事はできなかった。

 最後のカノンの攻撃がフレイラのわき腹に命中した。

 「もらったぁーっ!!」 カノンの気合の入る掛け声。

 「ばかめっ!!」 しかし、ほくそ笑んだのはフレイラであった。

 なんと、相打ちでフレイラもカノンの利き腕を貫いていたのだ。

 ほぼ致命傷のわき腹への命中と二刀流の利き腕への命中はどちらも決定打であった。

 「引き分けじゃないんだなー」 クリスタル笑みを浮かべて宙に舞ったかと思うと

 まぶしい光を放った。

 すると、フレイラのわき腹の細胞が驚くほどの物質代謝を始めた。

 「これも超能力と言う奴か?」 カノンは激しく出血している右腕の剣を

 握っていられなくなり床に落とした。

 新しい細胞が構築される事でその傷は治癒されていく。

 そしてフレイラの傷は見る見るうちにふさがった。

 「ステージ1クリヤーは近いな」 クリスタルは余裕を見せる。

 フレイラは一気に片を付けるべく、ラッシュをかけた。

 左腕の剣一本になったカノンではフレイラには対抗できない。

 「片腕では勝負にならねえなー」 クリスタルは嬉しいのか?悲しいのか?

 「ここで貴様がやられるのも、超自然的な事柄だ。」 満足そうなフレイラの顔。

 「弱いものは負ける。何も問題は無い」 鋭いフレイラの目付と綺麗に輝く瞳。

 幾つかの攻撃をステップバックでかわしたカノンは

 「それはどうかな?」 右手はだらりと垂れ下がっていてすでに剣も握ってはいない。

 「片腕をつぶしたくらいで勝ち誇られてはなぁ」 

 カノンのブーツに仕込まれている短剣が牙をむいた。

 「仕込み刃か?!」

 この時点で三本の刃がフレイラを襲う事になる。しかも素早さは失ってはいなかった。

 見事なまでの足技である。

 左の剣から右の足につなげて、体を回転しながら、後ろ回しの左足。

 続いて、左の剣が裏拳気味に攻撃する。

 すぐさま、右足が回転攻撃と、遠心力を利用した見事なコンボである。

 「ドローが昼間からノコノコと目障りなのよっ!」 カノンの足技の連携攻撃を

 フレイラは防ぐ事はおろか、相打ちにも持っていけなかった。

 「ちいっ!」 そして、フードが切り裂かれた。

 「あぁっ!!」 太陽光を浴びたフレイラは後退して片ひざを付いた。

 「フードを狙ったのか?」 クリスタルは、たじろきつつ言った。

 「貴様、ここの世界の住人じゃないな。ここで何をしている!?」 フレイラは悔しそうに歯を食いしばる。

 「ドローの存在を知っているのか?これは、やばいかな?」 クリスタルは撤退を提案する。

 「お前こそ、不自然だろう。何故ここにいる?」 カノンは逆に問い詰めた。

 「まあ良い。剣の譲渡先は聞き出した」 フレイラは回答する事もなく何やら合図を送った。

 すると、クリスタルよりまばゆい光が発せられフレイラはその光に包まれた。

 「逃げるのか!?」

 「お互いの力がこの時点では均衡した結果だ」 

 「だがしかし、闇夜に遭遇したときはもう少し楽しめるだろう。期待しておけ」 

 「まっ、待て!」

 カノンが叫んだ時はすでに光は消えていた。

 「一体何者だったのだろう?しかし、初めて本物のドローに出会ったわ」

 カノンは高鳴る鼓動を必死で押さえ、平常心を保とうと精一杯であった。
 



つづく



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