Shangri-La
      第13話
   変化
    2008/06/01 UP

 

 
  「モラ。あなたは、いつも笑顔がお似合いなのよ」

 「で、でも……」

 考え込むと自分の世界に引きこもる癖があるモラ。

 心の中でマイを創り出し、マイが選択するであろう会話で自問自答する。

 いわゆる妄想である。

 ヤーンはこの光景を見るのは初めてではなかったので、少し見守る事にした。

 「ボスに聞いてみようか?きっと良いアドバイスくれるよ」 マイは手を差し伸べた。

 「そうか、その手があったね」 笑顔を取戻したモラはマイに手を引かれるまま付いて行く。

 「まった!モラ!まちゃあかて事!!」 ヤーンがここで止めに入った。

 モラは柵に足をかけてビルの屋上から宙に舞う寸前であった。

 「モラ!正気に戻れ!」

 「あっ!」 モラは間一髪で命拾いした。

 このままビルから、まっ逆様に落ちる所であった。

 モラと同じアサシンギルドに所属していたマイは、いつもモラの面倒を見てくれていた。

 気配りの出来る娘で、生まれた世界が違えば、もっと幸せな人生を送れたのだろう。

 環境は人の生き様を左右してしまうと言うが、彼女達の場合はあまりにも過酷であった。

 他人の命を奪う事にためらいを感じないように訓練をつんできた彼女達は最終的に上級クラスの

 暗殺者になる事に成功した。ありとあらゆる殺人の書を読み、人殺しの道具の使い方を熟知した。

 モラとマイは良きパートナーとして、いくつかの困難な仕事をやりとげて来た。

 そんな二人の最後の仕事がお互いを殺しあう事になるとは想像も付かなかっただろう。

 そして更には、ギルドメンバーの仲間同士の絆の細さを思い知る事になったのだ。

 よくよく考えてみると、あの日以来、モラは誰一人として心から信用しなくなっていた。

 モラの世界はあまりにも荒んでいる。生きる意味はないと言うべきなのだろうか?

 今の現代に生きる人々は、日常で少なくとも嬉しかったり、幸せだと感じる日があるであろう。

 しかし、モラの世界の人々はそれすら無く、人生を終えて行くものが大半であった。

 ただ、龍児達の世界に来て、モラは徐々に変化しつつあった。
 
 
  「そうだ、手紙を書こう」

 「手紙?」 ヤーンの踊る剣も、モラの考えている事が時々よく解からなくなる。

 異次元界にでも繋がっているのか?突然行動に出る癖があるモラの思考は

 暗殺者としてはこれまた失格かもしれない。

 しかし、人間性を失っていないモラをヤーンは心から見守っていた。

 そして、モラはなにやら手紙を書き始めた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 

  「これだけ街を捜索しても気配が無いか?」 

 黒肌で白銀の髪のフレイラはこの街のテレビ塔の頂上に登り

 見事な夜景を見下ろしながら、チェルビラの剣の行方を追っていた。

 「おかしいなあ……何度探査しても見つからない」 綺麗に輝くクリスタルが悔しそうに言う。

 クリスタルはフレイラの髪の毛から姿を現したかと思うと空中に飛び出し、浮遊している。

 「フレイラ、その剣は、かなりの力を持ったアーティファクトだろ?」 

 「その通りだ。が故に探知できないとは思えない」 フレイラは厳しい目つきでクリスタルを見る。

 「い、いやあ、探知防御の魔法を使っているとし考えられないな」 クリスタルは言う。

 「タル、防御魔法を使っているのなら、魔法そのものを探知してみろ」

 「ああ、なるほどね。やってみるか」 クリスタルのタルは魔法の力を探知し始めた。

 「しばらくかかりそうだな」 フレイラは夜景を眺める。

 物品に何がしらの魔法の力を込める事で、強力なアイテムが造られるが

 所詮人間の造り出した者には限界がある。

 ところが、それを神が造り出したとしたらどうであろうか?

 けた外れの力が込められていてもおかしくないであろう。

 そのけた外れの力を持つ魔法の物品がアーティファクトである。

 「……」 しばらく夜景を見ていたフレイラは目を細めて口を開いた。

 「黄泉の国の魂達の輝きと似ているな……」

 「黄泉の国?行った事があるのか?」 タルは興味深い話に食いついてきた。

 「ああ、一度だけな……」

 フレイラは大きく深呼吸をして

 「人の魂の輝きも、人が作り上げた光の輝きも、はなれて見れば同じと言う事か……」

 「どういう意味だ?」 タルは不思議そうに聞く。 

 「まさか人並みにこの夜景が美しいなんて言わないよな?」

 「なっ……」 

 「忘れられない、あの男の事でも思い出したのか?」

 「えっ……」 頬を赤らめるフレイラ。

 「図星か?」

 「うるさいっ!いいから早く探査しろ」 

 「へいへい」

 「早くしないと夜が明けるぞ」

 そう言いつつもフレイラは、この夜景に釘付けになっていた。

 「わたしの心が変化していると言うのか?……」

 そして、時より冷たい風が白銀の髪をなびかせた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


  辺りは徐々に明るくなり、結局モラは徹夜で手紙を書いていたことになる。

 「あ〜やっとできたぁ」

 「ずいぶん時間がかかったなも」 ヤーンの踊る剣はあくびをしながら言う。

 出来上がった手紙を読み直すモラ。

 「よーし、これで完璧だわ」 独りで満足したモラは

 「ネノトォコパイエェー」 指輪の呪文(コマンドワード)を唱えてゴーレムのネノを呼び出した。

 指輪が輝き、煙を出し始め、その煙は次第に人型に固まり一体のゴーレムを作り出した。

 「マスター、コマンドを」 指輪より実体化したゴーレムのネノは命令を乞う。

 「ネノ、この手紙を届けてちょうだい!」
 
 ニッコリとした笑顔でモラは手紙をネノに渡した。

 次の瞬間、モラはパタリと倒れこみ、寝息をスースーと立ててねむり込んでしまった。

 「やれやれ、風邪ひきやあすなよ……」 あきれた口調でヤーンはつぶやいた。

 ネノは手紙を届けるために出かける。

 「おい、ネノ。手紙は誰に届けるんだ?」 ヤーンは聞いてみた。

 「…………」 振り返ったネノは無表情である。

 「悪かった。そんな秘密情報を回答するわけにゃあわな」 ニヤけるヤーン。

 ネノはまた無表情でさっさと出かけていった。

 「相変わらず無愛想だなも……。まあ、ゴーレムだし、仕方にゃあか」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


  「千恵もつれて行ってー」 千恵と称したチェルビラは龍児を引っ張る。

 「こ、このガキ……」

 「おーい。早くしろよな」 玄関で宮田と吉岡の二人がしびれを切らしている。

 龍児にしてみれば衝撃的な出来事ばかりでメンタルダメージ(心理的ダメージ)をかなり受けている。

 がしかし、人間の環境の適応能力とは驚くもので、宮田と吉岡の誘いに龍児はすでに日常生活に

 自分を取り戻しつつあった。
 
 今現在、高校生活、杉村龍児、彼は演じる舞台に戻り、そこでどう人生を立ち回るのかは体が覚えている

 と言う事だ。

 逆に言うと、簡単に人生を変える事はできないと言うことにもなる。

 「ついて来たら不自然だろう」 龍児は小声でチェルビラに言う。

 「いいのか?武装もなしで独りでは危険だぞ」 チェルビラは少し心配なのか?

 何がどう危険なのか?この時点では龍児には理解できない。

 「学校へ行くのが、いつから危険になったんだ?」

 「なかなか勇気があるわね、でも装備は充実しているに越した事は無いわ」

 「なら、こうしよう」 チェルビラは何やら呪文を唱え始めた。

 「何をする気だ!」 

 すると、チェルビラの身長が見る見るうちに小さくなっていく。

 「一寸法師か?」

 「これで、携帯サイズになった」 チェルビラは胸ポケットに飛び込んだ。

 「おいおい、大丈夫なのか?」

 「問題は無いわ」

 いや、龍児が心配なのはこの展開の事であろう。

 「先に行ってるぞー」 宮田達はトボトボと歩き出した。

 「まってくれよー」

 単なる平凡な高校生活であった。

 この時点では……

 世界が徐々に変化しているとは、誰一人として気づいてはいなかった。




つづく



     戻る