Shangri-La
        第12話
  友達愛と掟
      2008/05/25 UP

  


 冷たい風がモラの白い肌に爪をつき立てる。

 もうどれくらい歩いたろう。目はかすみ、肌の感覚は既になく、極度の疲労に襲われている。

 ギルドの連中から狙われて二週間ほどが経っっていた。

 十分な食料の調達と睡眠が取れない。

 そして誰ともコミュニケーションがとれず十分な情報も取れない。

 何もかもが不十分で肉体的、精神的にも限界値を越えていて

 結果、自分では気づかない不安が心に降り積もり、いつしかその重みで潰れそうになっている。

 限界を悟りつつもモラは小さな山小屋に身を潜める事を決意した。

 追跡してきたギルドメンバーは少し離れた所で様子を見ていた。

 「向こうも限界か?」 ヘアバンドをしたギルドメンバーのテーラーがつぶやいた。

 「そ、そろそろ仕掛けるか?テーラー」 どもり口調が特徴のウィルが焦りながら言う。

 「いや、ウィル、もう少し様子を見ろ」

 アサシンは必ずターゲットを暗殺する事が前提である。次に自分は無傷で、最後に速やかにと言う形容詞が付く。

 モラを抹殺するために、二人は絶好の機会をうかがっているのだ。

 「もう、私には後が無いんだ。この仕事、モラには悪いが必ず成功させないとな」

 「た、確かにテーラー、お前は最近、う、運が悪かったよな」

 「運も実力のうちなんだがな」

 「い、いや、お前ほどの腕があれば何とかなるさ」

 「ありがとよ。まあ、もうじき後続の仲間が来るはずだ。あわてるなよ、ウィル」

 「あ、ああ、わ、解ってる」

 アサシンにやられて死に行くものの中には、卑怯とか正々堂々と戦えなどと言い残すものもいるが

 そもそもアサシンの目的はターゲットの暗殺、抹殺、始末、排除、削除……

 とにかく相手をこの世から消す事なのだ。

 正々堂々と戦う、華麗に戦うと言った事は問題ではない。

 また、どう戦ったなどと言う事は、どこの誰にも知られてはならない。

 伝説のアサシンの必殺技は・・・なんて一般的に有名な時点でそれは嘘である。

 まあ、その点ではモラは龍児に戦っている様を見られたのでアサシン失格かもしれない。

 「ま、マイ……」

 「遅かったじゃないか」

 「カノンは?」

 「もうすぐ来る」

 とうとうモラは追い詰められた。

 ギルドの仲間に包囲され、やられるのも時間の問題と成りつつあった。

 「マイ、その足はどうした?」

 マイは脚を負傷していた。

 「来る途中、狼に……」

 これではまともに戦えるはずがない。

 「仕方がない夜まで待つか」

 何もモラだけが疲労困憊している訳ではなく、ギルドの仲間達も同じ境遇だった。

 三人は交代で休憩を取る事にした。

 モラとの違いはこの休息が交代で取れると言う点で

 これはかなり大きな差であり、この時点で勝負はついていると言っても過言ではない。

 ヘアバンドをしたテーラーは先に休憩をとり、仮眠に入った。

 「か、カノンはまだ来ないな」 横目でマイを眺めるウィル。

 マイは反応なし。

 「お、俺も早く休みたいものだ」 

 マイはちらりとウィルを見て

 「ウィル、私一人で見張るから、休んでいいよ」 マイは遅れて来た事もあって、ウィルに

 先に休むように勧めた。

 「わ、わるいな」 ウィルはマイの横にしゃがみ込むと

 突然、マイの腰を抱き寄せた。

 「なっ!何を……?!」 マイは驚いた表情でウィルを見る。

 息を荒立てたウィルがマイを揺さぶる。

 「あぐっ!」 マイは脚の傷をかばいながらも必死で抵抗した。

 ウィルの形相はいつもとは違い、目は焦点を定めてはいなかった。

 一体どうなっているのか?マイには理解できない。何か気にさわる事を言ったのか?

 いや、会話そのものもしていない。とすると、やはり遅れてきた事に腹を立てているのか?

 「やっ!やめて!」

 マイの装備は半分くらいはがされて、白い綺麗な肌が露出している。

 アサシンの装備を外してしまえば、やはりただの少女に過ぎないのか?

 そして冷静な判断を失ったウィルもただの性欲に餓えた男に過ぎなかったようだ。

 「ち、違う!俺は前からマイの事が、す、す、好きで好きで」 ウィルの荒い呼吸の中で

 時よりマイに対する気持や、いい訳が漏れるが、言葉がばらばらで理解できない。

 言葉にならないと言うのは、こう言うことなのだろうか?

 「いやっ!!」

 マイは本能的にウィルを受け入れられなかっが、このままではマイにとっては最悪の

 結果に終わりそうだ。しかし、普通の女の子であればそうだったのかもしれない。

 マイは女の子である前にアサシンである。

 本能とは恐ろしいものだ。

 ウィルは本能的にマイの体を犯し、マイは本能的にウィルの首にダガーを突き刺した。

 二人は下半身をモミクチャになりながらの死闘となったが、どっちに転んでも最悪の結果だったと言う事だ。

 マイがウィルに恋愛感情さえあれば、このような展開にはならずに親友のモラを抹殺する前夜の
 
 切ないラブロマンスで絵になったのだが、実際はそううまく行くものでは無かった。

 言葉にできない、どもり気味で口下手のウィルには残念ながらマイに自分の気持をうまく伝える事はできなかった。

 そして行動に出たばかりに、逆にマイにやられてしまう羽目になった。なんとも皮肉なものである。

 「な、何をしているんだ!」 テーラーが驚いた表情で目を覚ました第一声がこれだった。

 そこには、下半身がこんがらがったウィルとマイが倒れている。

 「離れろ!ウィル!お前、自分が何をしているのか解ってるのか!」

 と言いつつウィルの肩に手をやった瞬間に

 「はっ!?」

 テーラーはウィルの首にダガーが突き刺さっているのを確認した。

 「マイ!」

 今度はマイに怒鳴り付けるテーラー。

 少しの時間休憩させていただいていただけなのに、こんな事に……。

 テーラーはどう責任を取ったらいいのか?頭の中がパニックになっていた。

 「こんな事が仲間に知れたら……」 震えが止まらないテーラー。

 「モラの抹殺に成功したとしても仲間に示しが付かず……」 

 目玉が落ちてしまいそうな表情で青ざめているテーラー。

 「こんどは、この私に黒丸が……」 腰の剣を抜いたテーラーはマイに接近し始めた。

 「悪いが、マイ!」 テーラーはマイに飛び掛った。

 マイはこの攻撃をかわそうとしたが、皮のパンツが足元で足かせの様に自由を奪っている状態でよけ切れなかった。

 仕方なくパンツを脱ぎ捨てるマイにテーラーの一撃が襲い掛かった。

 その一撃はマイの腹部より少し上の部分、人間の急所でもある肝臓を貫いていた。

 通常であればレザーアーマーがこの一撃を致命傷から守ってくれたはずなのだが、ウィルのせいで脱がされていた。

 マイの腹部は綺麗に露出していたのだ。狙ってくれと言わんばかりに。

 しかしながら、戦闘態勢をとっていたマイの懐に飛び込むと言う事は当然マイの攻撃範囲に飛び込むと言う事になる。

 テーラーの首筋から大量の流血が始まっていた。

 「マイ!ごほっ!首を狙いやがったな!」 テーラーが気が付いた時はもう遅かった。

 マイが首を狙うと言う事をテーラーは知っていた。

 「ごほっ!貴様!」 テーラーは剣を大きく振りかぶりマイに振りかざした

 その時

 「マイちゃん!」 モラがテーラーの剣を弾き飛ばした。

 「も、モラ!」 テーラーが振り向いたその一瞬にマイはテーラーの咽笛を切り裂いた。

 「ごぉ!こおおお!」 バキュームがヘドロを吸い込むような声を出し、咽の出血を必死で止められないかと

 両手で切り口をふさごうとするテーラー。

 大量の血はマイに降り注がれ、べっとりとした鉄粉の匂いがあたりを包み込む。

 なんとも悲惨な光景である。

 「仲間を始末するなんて……」 マイの複雑な心境の中に出た台詞が血みどろの空間に消えていった。

 「マイちゃん」 モラはマイの腹部からの出血を見て肝臓をつらぬかれていることを悟った。

 眉毛が下がり、涙があふれるモラ。

 「ここに来たのは……、モラを始末するために来たんじゃないよ……」 マイの目は徐々に虚ろになって行く。

 「ごめんね、マイちゃん。モラが特務なんて受けなければ……」 モラはマイを抱きしめた。

 「マイちゃん、モラを……モラを許して……」 大粒の涙がマイの顔の返り血を洗い流して行く。

 「許すも何も……私はモラにいつも賛成よ……」 マイの瞳はすでにモラを見てはいなかった。

 「マイちゃん……」

 この世に生命を受けて、どうして生き延びる必要があったのか?

 何のために?

 一日生き延びるためには、それは並ならぬ苦しみを乗り越えなければならなかった。

 二人は互いに助け合い、励まし合い、何とか乗り越えてきたのだが

 では、何のために生き延びてきたのか?……

 
  この時、支えを失ったモラはまた一つ、大切な感情という扉を硬く閉ざし

 この悲しみと怒りはこの後、イシュリッドに向けられた。

 
  「な、何と言う事だ!」 カノンは叫んだ。

 地獄のような光景であった。

 「モラが一人でやったのか?」 

 「ゆ、許せん……。モラ・カンモよ」 カノンは震える気持を抑え切れなかった。





つづく



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