Shangri-La
第11話
アサシンギルド
2008/05/11 UP


  もう、どれくらい時間が経っただろう。

 長い夜は何度過ぎたのか?

 モラにとっては長い時間の経過に感じてはいるのだが、実際はそうでもなかった。

 彼女の精神的な問題で、時間が過ぎるのが遅く感じているだけである。

 ビルの屋上でモラはただ星空を見上げるばかりであった。

 「はあ……」

 「まあ、いい加減にため息ばかりつくのはやめやーかて事」 ヤーンの踊る剣は声をかけた。

 「モラ、この仕事に向いてないような気がするの」 柵にもたれて浮かない表情のモラに

 「そんな事はにゃーて。モラはがんばってりゃあすでよ」 フォローするヤーン。

 「この仕事やめれば仲直りできるかな……」

 なんとも、そこまでモラが思いつめているとは、さすがのヤーンも見抜けなかった。

 重苦しい空気がその場に淀んだ感じになり、ヤーンもとうとうかける言葉をなくした様子だった。

 すると、モラの耳になつかしい声が飛び込んできた。

 「モラ、落ち込んでるの?」 それは優しく包み込むような少女の声で、モラが振り返ると

 茶色い髪でショートヘアーの少女が微笑んでいた。

 「マ、マイちゃん……」

 それは、流れ星が消えて無くなるほんのわずかな時間に

 モラはマイとの思い出を記憶からこぼれるほど思い出していた。


  彼女とモラの関係は仲の良い姉妹のようで

 生きていく中でもお互い無くてはならない存在であった。

 どちらかと言うとマイがモラの面倒を見ていた。

 どうして暗殺ギルドなんかにこの二人が存在したのか?

 彼女達の世界では小さい命が生き延びるには厳しすぎる環境であり

 力の無い者が生き延びるには徒党を組むしかなかった。

 それがギルドである。

 ギルドとは組織とか組合の事で

 一人より二人、二人より三人と人数が多いに越した事は無いが

 徒党を組む人数、次にリーダーの統率力。最後に個々の能力が問われる。

 モラとマイは偶然にも同じ組織に入り、そこで育った。

 そこがアサシンギルドだっただけの事だった。

 アサシンギルドとは暗殺者の集団である。

 貴族同士の争いや金を持った組織同士の抗争など様々な需要があるのだが

 証拠を残さずにライバルに致命的な危害を与える。これが前提である。

 さらには、ギルドの中では最も厳しい生存率でモラの世界にもアサシンギルドは
 
 数えるほどしかなかった。

 「さむくて、うごけないよ」 モラはその頃、背も小さくて可愛かった。

 「モラ、これかしてあげるよ」 マイはローブをモラに手渡した。

 ローブとは防寒具としてよく使われる羽織ものである。

 「あったかーい」

 マイはこの時期から身体的なコントロールは出来ていたようで、実の凍る寒さよりも

 モラの笑顔で心が温まる方を選択していた。

 マイは時に自分の給食をモラに与えたり、モラの失敗をかばい罰を受けたりしている。

 マイがそうするのは、人が良いからではなく、それには理由があった。

 ギルドに入りたてのマイが仲間からいじめを受けたときにモラ一人がマイの味方になり

 助けた事があったからだ。

 その後二人は孤立するわけだが、いじめをしていた仲間の大半は

 仕事で失敗して、今はもういない。

 モラとマイとの間には結果としては深い絆が残ったと言うわけだ。

 マイはその事を決して忘れず、以後モラに尽くすようになった。

 しかし、アサシンギルドは楽しい学園生活とはまったく違い

 暗殺者の宿命には逆らう事は出来なかった。


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  秋も深まる季節。肌に突き刺すツンドラの冷たい風が

 時よりギルドメンバーの心にも影響を及ぼしていた。

 アサシンギルドの仲間は精神的にも強くなる理由の一つは

 自分の行いに対して後悔をすると同時にそれを乗り越えるからである。

 そして、冷たい風に乗り越えたはずのそれをまた思い出しては

 その感情とまた戦うと言う事を繰り返しているからである。

 それと言うのは自分のした仕事、すなわち人殺しである。

  
  その日、モラはギルドマスター(幹部)に呼び出された。

 「モラよ、お前いくつになった?」

 「えっと、13かな?」

 「やはりな……」

 「え?」

 「そうか。では特務を与える」

 「特務?」

 「そうだ。人間ではない化け物と戦う事になる」

 「ば、化け物?」

 「誰も扱えなかったヤーンの踊る剣を操れるんだ。できるだろう?」

 「うみゅ……」

 「何だその返事は?」

 「……」 よく解かっていない表情のモラ。

 「むろん、この特務は断る事は出来ないがな」

 ギルドマスターの話では、その化け物と言うのがイシュリッドと言うものであった。

 イシュリッドは寄生虫で人間の脳髄を食い荒らし、その体をコントロール化に置く。

 しかしながら、そのイシュリッドをコントロールしている者は、判明してはいないようで

 この時点ではロケムの配下であるヤバランの仕業などという事は知る余地もなかった。

 ただ、モラにとっては寄生された化け物を始末する。それだけだった。

 「旅?」

 「そうだ。遠い国へ行かなければならない」

 「お前はここを離れて、その地へ行きイシュリッドを見つけ出し始末するんだ」 

 すなわち、ギルドを抜ける事になるのだった。

 あまりにも急な話で途惑うモラは、重い足取りでアジトへ帰った。

 「モラ、お帰りなさい」 マイが優しい口調で出迎える。

 「話は決まったのか?」 長い髪で美しい顔立ちの女性が後ろから声をかける。

 「イシュリッドとか言う化け物を始末しに遠い国へ行くことになったの」 

 「なんだと?その話は……」 長い髪の女はテーブルを飛び越えてこちらへ近づいてきた。

 「ボスに話してくる!」 長い髪の女はすごい勢いでアジトを出て行った。

 「カノン!」 マイは女を止めようと声をかけたが、無駄であった。

 「カノン……」 モラもかなり落ち込んでいるようだ。

 ギルドの掟の中にギルドを抜けて単独の仕事をする場合は、例外なく黒丸が与えられるのだ。

 単独で仕事をするというと聞こえが良いが、ようは裏切り者扱いになると言う事である。

 そして黒丸とは直径6cmの円形の皮でできたバッジみたいなもので、黒く塗られている。

 これを与えられると、仲間から追い込みがかかるのだ。

 複数で襲われるか?寝込みを襲われるか?後ろからでも、毒殺でも良い。

 とにかく、ありとあらゆる手段をもって殺してもよいという印なのだ。

 「ボス!何故モラに特務を!?」 カノンはギルドマスターに問い詰めた。

 ギルドマスターは部下達に【ボス】と呼ばれていた。

 ボスはいつもの、はやらない人気の少ない酒場にいた。

 「大きな声を出すんじゃない。ラム酒がまずくなるぜ」 ボスはグラスのラム酒を眺めて言う。

 「あの子はまだ13よ。特務なら私が……」

 「モラはヤーンの踊る剣を操る事ができる」

 「確かに私には操れなかったわ。でも、知識と経験から見ても私のほうが適任と思うが」

 「まあ座れや」 ボスはカウンターのいすを引き寄せてカノンにすすめた。

 「どうした?突っ立ってねえで」 手をつかまれてカノンも引き寄せられた。

 「はっ」 引き寄せられてほほを赤く染めるカノン。

 「特務はな……」 またラム酒のグラスを眺めるボス。

 「え?」 しばらくほほを赤く染めて放心状態だったカノンはふと正気に戻る。

 「特務は遠い国へ行かなきゃならねえんだ」

 「なおさらモラには無理な話よ」

 「イシュリッドの居場所がお前にはわかるのか?」

 「それは……」 こまった表情のカノン。

 「わかるのか?」

 「今の私には無理だけど……きっと見つけれる様になって見せるわ!」

 「モラには特別な力があるんだ」

 「ようは、私のほうがモラより劣ると言いたいのか?!」

 「お前には部下の面倒を見てもらわないと困るんだよ。それに……」

 ボスは急にカノンの体を引き寄せて

 ゆっくりと、素早くカノンの唇を奪った。

 驚いた表情のカノン。まばたきを繰り返しているが、やがて静かに目を閉じる。

 しばらくして、カノンはボスを押しやって距離をとった。

 「……モラには黒丸が与えられる事になるわ」 打って変わった険しい表情のカノン。

 険しい目つきのまま唇に指をあてるカノン。まだラム酒の香りが残っている。

 「ランディーに言っとけ。黒丸は与えるなと」

 この台詞にカノンは耳を疑った。と言うのは、黒丸の掟はボスとて決して曲げる事のできないもののはず。

 なのに、モラの場合は例外とでも言うのか?あり得ない事である。

 「それが、それがギルドマスターの答えか!?」 カノンは激怒した。

 「バーテン、釣りはいらねえ」 金貨を一枚弾き飛ばすボス。

 「ありがとうございました」

 店を出るボスの背中を追いカノンが怒った口調で

 「待ちなさいよ!ボス!」

 「カノン……。お前、だんだん似てきやがったな」

 「え?」

 「姉のヴァレリアに……よ」

 「はぶらかさないで!」

 「まあ、特務だからな……黒丸は与えるなよ」 ボスはそう言い残すと酒場を後にした。

 「ぼ、ボスっ!まち……」 カノンはボスを止めようとしたが

 「ランディを止めないと……大変な事になるわ」 あわてて引き返すことにした。

 アサシンギルドの中でも色々なしがらみがあるようで、また男と女の考え方の違いや

 それぞれの価値観の違いが組織のルールによって統制されている訳で

 それをギルドの頂点であるボスが、みずから曲げてまでも遂行しなければならない特務とは?

 おそらく、この後、ギルドの存続に危機が訪れると言うことはボスも承知の事であろう。

 ボスは大きな賭けをしているに違いない。バクチ好きな社長を持つとこんな感じだ。

 一人になったボスは月を眺めながら

 「イシュリッドの居場所はカノン、お前には着き止められねえ……」

 低く渋い声で呟いた。


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  アジトに着いたかカノンはさっそく行動に移す事にした。

 「モラは?」 カノンが仲間達に尋ねる。

 「もう行ったぜ」

 「ランディは?」

 「黒丸を渡しに行ったみたいだぜ」

 「おそかったかっ!!」

 そう、全ては遅かったのだ。このギルド内の争いは要領がよく行けば防がれた事だったかもしれない。

 それとも、ボスはこうなる事を望んでいたのか?これもまた試練だと言うのか?

 カノンはそんな事で頭が一杯であった。

 「まだ、遅くは無い。まだ間に合うはずだ」

 「ランディよ、事をあらだてないでくれよ」 カノンは町外れの西門へ向かった。

 モラが旅に出るとすれば西門より隣の街に行く事はわかっていた。

 だがしかし、残念ながら既にランディーとモラの戦いは始まっていた。

 西門手前の広場の片隅に二人の黒い影が時より火花を散らしている。

 「ギルドを抜けるものには黒丸が与えられるの事は知っているはずだ」 

 ランディーは短剣で攻撃しながらモラに言う。

 「モラはボスから特務をもらった」 素早いモラの動きにランディーは追いつけない。

 「オレだってモラを殺したくはないんだよ」

 「だから特務を放棄しなよモラ。ギルドの仲間を敵に回す事なんかないよ」

 「できないよ、放棄なんて。ボスを裏切る事なんて、できないよ」 モラは首を横に振る。

 「ごめんモラ。死んでしまうより……今後、ぼくが君の手となり足となるよ」

 ランディーはモラを阻止するため、そして殺さないために手と足を攻撃する事に決めた。

 その時、ヤーンの踊る剣がランディーに襲い掛かった。

 「モラ!その剣は!?」 ランディーには、この運命を止める事はできなかった。

 「この先、今以上に苦しむ事になるよ。どうしてそんな決断をしたんだよモラ……」

 ランディーはヤーンの踊る剣を弾こうとしたその時

 自分の剣が折れて、その刃先がランディーを直撃した。

 「ランディーっ!!」 モラも驚いたがその刃先はランディーの急所を貫いていたのだ。

 「仲間同士が殺しあうなんて、こんな苦しい事はないよ……」

 意識を失う最後までランディーはモラを必死で止めようとした。

 モラは振り向かずランディーを後にする事で、あふれる感情を必死で抑えていた。

 振り向いてしまったら、ランディーの声を聞いてしまったら、ボスとの約束が守れるか

 正直言って自分でもわからない状態だったのだ。

 冷たくなるランディー。暗殺者の最後はこうなると決まっている。

 墓に入る事はないのだ。ましてや、葬式なんていうものもない。

 必ず訪れる死に対して人間は回避する術がないのだが、暗殺者にいたっては死んだ時点で

 全てが終わり、また今までの存在すら意味も持たない。どういった大きな仕事をこなして来たのか?

 何人殺したのか?と言う履歴すら存在しない。じゃあ、何のためにこの仕事をやってきたのか?

 暗殺者は生きているうちにはそんな疑問視すら持つ余裕もないのだ。

 自分の犯してきた罪、殺人に対する懺悔の念と自分は一体どうなるのかと言う未来予想は

 アサシンには無用なもので、それを感情から除外できるか否かが重要なポイントである。

 もちろん出来ない者はアサシンにはなる事はとても無理な事だ。

 「ランディー……」 間に合わなかったカノンはランディーの死体を抱きしめた。

 アサシンとは何かと言うウンチクをいくら並べようとも、やはり暗殺しているのは心を持った人間だ。

 ランディーの死はカノンにとっては大きな事柄であった。

 彼女の記憶や感情は他のものには理解できないであろう。

 ただ、ここまで悲しむと言う事は、よほど彼の存在が大きな柱となっていたに違いない。

 カノンはこの時、たくさん泣いた。

 涙を流し、肩を震わせて泣く美少女。

 この光景を見てこの少女がアサシンなんて誰も思わないであろう。

 「モラ、お前を始末しなければならないなんて……とても残念だ」

 こうしてギルドの仲間よりモラの抹殺開始の火蓋を切る事となった。



 
  


つづく



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