Shangri-La
第10話
世界の終り
2008/05/08 UP


 「この世界はもうじき終わりを迎えるわ」

 この台詞は今後、龍児の記憶から離れずに、心の傷になって残る事になる。

 しかし、あまりにも単刀直入な言い方である。この時点では信じられるはずが無い。

 「ま、まじですか?」 龍児君、ちょっと信じているのか?まったく信じていないのか?

 ここの所、あまりにも奇怪な現象が続いているため、龍児には次第に理解する能力が

 備わって来たとは言え【世界の終わり】と言われると……。

 まあ、剣が言葉を喋り、大男と殺し合いをして、セーラー服の少女が人殺しをするような現実を

 目の当たりにすれば、次は宇宙人か何かが侵略してきてもおかしくは無いだろう。

 今だって、あの剣の化身であるチェルビラが千恵と称して、親戚と言うまた無茶な設定に成りすましている。

 ただ、龍児の未来予想としては、単身で仕事をしている父親のおかげで母と二人暮しではあるが

 このまま平凡に高校を卒業して、平凡に仕事に就いて、社内恋愛か何かで結婚して、家族を持ち

 平凡に人生を終えてゆく。ただそれだけだった。

 なにも、政治家になってこの日本を動かすとか、メジャーリーガーになろうとか、ゴルフの賞金王になろうとか

 そんな高嶺の花のような夢を狙っている訳ではない。

 リアルな想像は出来ないが、きっと子供や孫はかわいいだろうと信じていた。だが……
 
 この世界が終わる?もうじきって何時?もう何がなんだか解らない状況である。

 「何よ、そのリアクションは」

 「もっと驚きなさいよ」 チェルビラは何か不満そうである。

 「は、はあ?」 龍児もこればかりは困り果てるしかない。

 【世界の終わり】なんて普通は受け入れられない事柄でどのようなリアクションをしても

 みな不自然になるであろう。ただ、チェルビラは慌てふためく龍児の姿が見たかったのだろう。

 「そうね……。あなた達の世界の言葉で言うなら、シャングリ・ラかな?」

 チェルビラは龍児のリアクションに誘われたのか、講釈を語り始めた。

 「シャングリ・ラ?」 龍児は聞き覚えこそあるが、その意味までは知らなかった。

 「いわゆる、桃源郷」

 「桃源郷?」

 「え?何も知らないのね」 龍児の反応にムッとするチェルビラ。

 「ユートピア、夢の国、ガンダーラ!」

 「ガンダーラ、ガンダーラ、愛の国、ガンダーラ」 龍児はハミングした。

 「歌わなくて良いのよ!」   「古いのね……」

 「ようするに、この世界が終わろうとしている今としては」 子猫のような目が真面目な目つきになった。

 「唯一、助かる道が、その【シャングリ・ラ】へたどり着く事だけと言う事よ」

 「そこへ行くとどうなるんだよ?」

 「簡単に言うと、そこで子孫を残しなさい。と言う事よ」 チェルビラは赤くなって言う。ちょっとかわいい。

 「えっ?」 龍児も言葉につまり、赤面する。

 「まあ、何よ……そこへたどり着き、古きものを脱ぎ捨てて、新しく進化するのよ」

 「古きものって……それが世界の終わり……?」

 「そうよ」

 「まってくれ、この日本はどうなるんだ?」

 「あんた、話を聞いてたの?」

 「人間はやっとここまで文明を築き上げて来たのに、どうなるんだ?」

 「はあ……だから、全て無くなっちゃうのよ」

 「そんな、僕たちは何のために一生懸命に努力してきたんだ!」

 「何言ってんのよ、日本なんて国、たかだか、第二次大戦後に急成長した、ほんの半世紀くらいの話じゃない」

 「えっ……?」

 「よそには、千年続いた文明が滅びたりしてるのよ」

 「……」 返す言葉のない龍児。 

 「その自分だけの視点を何とかしなさいよね」

 「そんなこと……」

 「とは言っても無理ね。地球人にはまだ、個人同士が情報を共有できていないからな」

 「情報の共有??」

 「まだ、インターネットが始まったばかりだから、仕方がないわね」

 「まだ始まったばかり?」

 「ほかの世界では一人の思考が他人と共有している種族もあるのよ」

 「どういう意味?」

 「ああ、ごめん、理解できないか?」 チェルビラは困った顔付きで言う。

 「簡単に言ってくれ!僕は何をすれば良いんだ?」

 「私達と、シャングリ・ラへ行くのよ」

 「ええっ!?」

 「人類の中でそこへたどり着けるのは、真の実力者達だけ」

 「力の無い者達は、みな滅び消えてしまう」

 「そ、そんな……」

【力の無い者】 この言葉は龍児にとって先日の巨漢との戦いを思い出させる。

 「力の無いものこそ、助けてやらなきゃいけないんじゃないのか」 龍児は感情を高ぶらせた。

 「ほう、その性格は変わってはいない様だな」 チェルビラの口元がゆるむ。

 「弱いものいじめは最低だ!」 唇を震わせながら龍児は言う。

 「生存競争の中で、弱いものが排除され、強いものだけが生き残るのは自然の摂理だ」

 「身勝手な言い方じゃないか!」 自分の信じている事を真っ向から否定された龍児は

 とうとう激怒し、納得のいく説明なしでは居られなくなった。

 「人類はみな兄弟とは言わないけど、弱いものを助けず見殺しなんて人間のすることじゃない!」

 「わかった。じゃあ、理解しやすく質問するぞ」 チェルビラはアゴを引き、じっとにらむ様に見つめる。

 「一人しか入れない脱出カプセルに、老人とお前のどちらが乗る?」

 「老人だ」

 「その老人は不治の病で脱出しても長生きは出来ないとしてもか?」

 「そうだっ……」

 「脱出カプセルに乗らなかったお前も死ぬが、老人もすぐに後を追うだろう」

 「老人を見捨てる事は出来ない」

 「人類はどんどん進化をしなければならないのよ」

 「進化……?」

 「未来に可能性の無いものより可能性のあるものが生き残るべきだわ」

 「そんな……」
 
 「次いくぞ。殺人鬼が命乞いをしたら、助けてやるか?」

 「改心したのなら助ける」

 「お前の母親を殺した殺人鬼でもか?」

 「そ、それは……」

 「人間は他人のことを考えている余裕があるのは、今が平和だからよ」

 「混沌とした時代の中ではそんな事は言ってられないはずだわ」

 龍児のテンションは下がる一方である。

 「人類の最後に未来につながる扉を、お前だけなら通る事が出来て生き残れるが、他のものはみな死ぬ」

 「ぼく一人だけ生き残るなんて出来ない!みんな一緒に生き残りたいんだ!」

 「残念ながら人間には自己防衛本能がある。最終的には自分の身を最優先にする様にはたらくのだ」

 龍児は悲しみで一杯になった。そして感情をコントロールできなくなり

 泣いた……。

 最後は言葉も良く聞き取れないくらいであった。

 それでも龍児は必死に弱いものをかばい、助けると言い続けた。

 「平和がもたらした堕落。人類の本当の目的。お前にはもう一度、先導者になってもらわねば」

 チェルビラの言葉は今の龍児にはもう届いてはいなかった。

 「もう良いいわ。記憶を取り戻すまでは無理ねきっと……」 チェルビラは肩を落としながら言った。


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  「ロケム様、アベリアンの方はいかがでしょうか?ゲロ」

 暗闇の空間より、語尾にカエルの鳴声のような口調のヤバランの声が響く。

 「既にアベリアン大陸は世界が崩壊しかけておるわ」

 冷たい石造りの玉座にそのロケムと言う男が座っている。

 「お前が張っているダークネスの呪文と同じ漆黒の空間に吸い込まれているようだ」

 「世界がブラックホールに飲み込まれていると言う事であるゲロ?」

 「そうだな……」 頬杖を付き考え事をしている様子のロケム。

 灰色と群青色の混ざり合った肌の色をしているロケムの髪の毛は爬虫類の尾が生えているように見える。

 この世のものではない。悪魔のような、いや悪魔そのものであろう。恐ろしい形相である。

 「大司教共は全て粉砕した。用心棒だった連中もな」 口から台詞と共に冷気が漏れている。

 「大艦隊を率いて来よったが、人数ではない」

 「ははは。確かに、力の無いものがいくら集まってもロケム様に比べれば虫けら同然ゲロ」

 「全て隕石の餌食にしてやった」

 「さようでございますか?ではあそこの世界からゲートポイントを狙うものは消滅したあると」

 「いや、一人だけ逃がした」

 「ロケム様から、逃れるケロ出来る者がいるとは」

 「戦いの神の聖戦士(パラディン)が特別なリーンインカネーションで別の世界に輪廻転生しよったわ」

 「クローム神のパラディンですあるか……厄介ですなゲロ」

 「事もあろうか、そいつはデミゴットの称号まで持っている輩だった」 舌打ちをするロケムの表情も恐ろしい。

 「聞いた事がございますケロ。聖剣を手にしたパラディンは片手からでも再生するとかゲロ」

 「それは不死身だと言いたいのか?私に勝ると?」

 「いや、とんでもないある。聞いたお話あるゲロ」

 「それよりヤバラン、チェルビラの剣は見つけたか?」 ロケムは気分を害したのか、厳しい表情で質問した。

 「そ、それが、探知魔法では反応する時としない時が……ケロ」

 「老いたか?貴様の探知魔法で探せないものは無かったはずでは?」

 「確かに……いかなる妨害魔法も私の探査魔法の前では無意味ある……のはず」

 「たかが剣一本ごときゲロゲロ」 悔しそうな口調でヤバランは言うが、表情は暗闇の中で見る事は出来ない。

 「チェルビラの剣は神の一部でもある、アーティファクトだからな」

 ヤバランは今までアーティファクトであろうとも、いかなる妨害魔法を施したものでも、必ず探知してきたのだ。

 物品探査の魔法ではこのロケムですら一目置いているくらいである。

 「イシュリッドどもに、こちらの物質世界に捜査もさせているあるゲロ。見つかるのは時間の問題あるゲロ」

 「その時間が無いのだっ!」 きつい口調でロケムは怒鳴った。

 「アベリアンとこちらの物質世界では17年の時差があるのだ」

 「しかも、イシュリッドもやられ続けているらしいではないか?」

 「申し訳ございませんゲロ」

 「聞くところには小娘ごときにやられたと……グレーターまでもが……」 

 小娘に怒りを覚えているのか?少しばかり興味があるのか?ロケムはそんな顔つきをした。

 「あう、しかし心配はいらないある。フレイラも剣を回収に物質世界へ降りておりますゲロ」

 「急がせろよ」 ロケムはそう言い残すと部屋を後にする。

 強大な力を持つ種族の中で最頂点に君臨し続けたロケムは、邪魔になる者を片っ端から排除してきた。

 仲間であろうと、身内であろうとも例外ではなかった。世界の果てで自分よりも強い存在も無く

 退屈な日々を送っていたある日、自分の生まれた意味を考えるようになった。

 そしてその探求に残りの人生をささげる事を決意した。

 いくつかの銀河系が生まれ、そして滅んで行くのをロケムは見てきた。

 そしてとうとうその意味が見つかったのだ。

 それはこの世の最果てにあると言われている、ゲートポイントだった。

 いくら探しても見つかる事が無かったこの世界の出口。そしてその向こうには一体何があるのか?

 ロケムはきっと自分に用意された舞台がそこにあると確信している。

 だがそれは何か?確かめてみたい。見てみたい。行ってみたい。

 ロケムはそのことしか頭に無い様である

 「生まれ変わっておれば、17歳か……」 部屋を出て遠い夜空を見てロケムはつぶやいた。

 「聖戦士パリスめ……」




つづく



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