Shangri-La
第9話
黒い肌のフレイラ
2008/04/13 UP


  夜の街、パトカーのサイレンが騒がしい。

 今夜もまた犯罪が絶えない、この世の中。

 「相変わらず平和な世界だな」 白銀の髪の毛は肩より下まで伸びている、黒い肌の少女が皮肉を言う。

 「おんな子供が夜に出歩ける治安の良さ」 夜の街に繰り出す人々を眺めてため息をついた。

 「私の世界では考えられんな」 風になびく綺麗な白銀の髪。

 「こんな世界に生まれたかったのか?フレイラ」 

 その白銀の髪の毛の中から親指サイズのクリスタルが顔を出し空中に舞った。

 言葉を話す六角柱の宝石(クリスタル)は街の光が反射してとても綺麗である。

 「さあな……」 目蓋を閉じて黒肌の少女は言う。

 「退屈すぎるんじゃないか?フレイラには」 

 「そうかもな……」

 「まあ、ヤバランの命令だし、さっさと宝剣を回収して帰ろうぜフレイラ」

 「そうだな……」

 このフレイラと言う黒肌の少女は、闇の組織のヤバランの命令で

 どうやら別の世界より宝剣を奪取しに来たようである。

 黒い肌のエルフ族、いわゆるドローエルフ(ダークエルフ)はとても残忍な種族で有名で

 自分が生き残るためには他人を平気で犠牲にする。

 人の命と言うものを何とも思っていない種族である。

 「ん?何か、もめ事が起きているみたいだぜ、フレイラ」 クリスタルは何かを察知したようだ。

 「やめて下さいっ!」路地裏で大きな声が聞こえた。

 黒い肌の少女フレイラは路地裏に目をやった。

 「オチャラケてんじゃねえ」 チンピラ風の男達が真面目そうな眼鏡の少年を取り囲んでいる。

 「このDVDはなぁ、レアもんでよぉ、10万以上するんだよ!」

 「だから見てないって、何度も言ってるじゃないですか!」 

 「おらっ!!」 チンピラの一人が眼鏡の少年の指をつかんだ。

 「へし折られたいのか?」

 「10万円なんて大金すぐ用意できるわけ無いじゃないか」

 眼鏡の少年がそう言うが早いか、鈍い音と共に指がへし折られた。

 「ぎやぁぁっ!!」 眼鏡の少年はあまりの苦痛に声を上げずに居られない。

 一回り大きなチンピラが奥にしゃがんでタバコを吸っている。

 「滝口さん。どうします?」 手前のチンピラは一回り大きなチンピラに尋ねた。

 その親玉らしい男は滝口と言う名前だった。

 身長は180cm以上で周りの5人の誰よりも背が高い。

 「なあ、指ってのは10本あるよな?」 滝口は言う。

 この言葉に眼鏡の少年はちびりそうになっている。

 「こう言うのは気に入らんな」 夜空を見上げるフレイラの白銀の髪がまた風になびく。

 「余計な事を考えるなよ、フレイラ」 クリスタルは助言する。

 「はっ!」 フレイラの姿が眼鏡の少年の目に留まった。

 「お願いです!警察を呼んでくださいっ!」 

 「てめーっ、まだ解っちゃいねーようだな!」 チンピラは眼鏡の少年を、おもいきり蹴り上げた。

 「うぐっ!!」

 引き金というものだろうか?

 一人の蹴りがきっかけで、一斉にチンピラ達が蹴り始める。

 「警察なんかにチクったら、ただじゃすまねーぜ!」 蹴る殴るの暴行に眼鏡の少年は成す術が無い。

 とうとう、少年はうずくまり動かなくなってしまった。

 勇気を出して叫んだ言葉が、アダとなった。『警察を呼ぶ』はまさにNGワードだったのだ。

 しかし、滝口にとっては眼鏡の少年は、もうどうでも良かったのだ。
 
 「良い女じゃねーか?」 滝口は舌なめずりをした。

 「ラチれっ!」 滝口は合図を出した。この黒い肌のフレイラに10万円以上の価値があると見たのだ。

 チンピラどもの行動は、まるで訓練をつんだレンジャーのごとく素早かった。

 「姉ちゃん、逃さねえぜっ!」 5人はフレイラを取り囲んだ、いや包囲した。

 フレイラの身長は男たちの胸ほどである。これでは壁に囲まれたようなものである。

 か弱き少女は無残にもチンピラ達のオカズになろうとしている。
 
 と、その時、「お前等、やめておけ」 学生服を第二ボタンまではずし、柔道着を肩より下げている、硬派な青年が現れた。

 「だとー!」 チンピラが硬派な青年に接近し、顔を近づけてアゴをしゃくりながら言う。このチンピラは口が臭そうだ。

 青年は胴着を落とす瞬間に、チンピラを投げ飛ばした。

 その光景はスローモーションとなり見ていた全ての者の目に焼きついた。

 綺麗に一本背負いが決まって、その見ていた全ての者の心の中では「一本!」と鳴り響くようだ。

 「大の男が、女の子一人を囲んでみっともないとは思わんか?」 

 「ふざけやがって!」 あまりのかっこ良い青年の登場にチンピラ達は怒りを覚えた。

 「まてっ!」 滝口がチンピラ達を止める。

 「って事は、お前が10万払うんだな?」 滝口は言う。

 「払わせてみるか?」 青年は滝口をにらみ返した。

 メインイベントは今まさに始まろうとしていた。


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  「龍児。ちょっといらっしゃい」

 突然、母に呼び出される龍児はどうも顔色が悪い。

 それも当然であろう。最近の出来事で頭の中は、いろんな絵の具を混ぜ合わせた結果

 灰色になってしまった時のようである。

 「なんだよ母さん……」

 龍児は落ち込んだ顔を見られるのも嫌だったのか、少しシャンとして見せた。

 「従妹の千恵ちゃんよ」

 それは、突然の出来事だった、いや「それも」と言うべきだろう。

 「しばらくの間、家で預かる事になったの」

 「ああっ!この子は?」
 
 あの、子猫のような瞳の黒いドレスの女の子であった。

 あの巨漢との戦いに巻き込まれて危険に陥った、下手をすれば命にかかわる

 そんな出来事の後、突然、家に現れて従妹だと?これは偶然じゃないと龍児は思った。

 「龍児。お買い物行って来るから、知恵ちゃんを見ててね」
 
 「はっ。ああ、いて、行ってらっしゃい」 考え込んでいて、あわてた龍児は言葉に詰まって、かんでしまう。

 初め出会った時は、ずっと後をつけてきて、巨漢の男との対決時に石を投げていた。

 あの後どうしたのか?龍児はずっと気になってはいたが、まさか従妹だと称してアプローチしてくるとは……

 一体この後どうなるのか?龍児には想像が付かなかった。


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  はれ上がった顔は、もうもとの原形をとどめては居ない。

 倒れる体を何度も引き起こしては拳を叩き込む。

 すでに勝負は付いている。

 まわりのチンピラ達は既に限度超えたこの喧嘩にビビってしまい、声も出ないようだ。

 体重の乗った拳は凄まじいまでの破壊力を生む、そしておそらくは握力に比例してその力も倍増していく。

 ハードパンチャーの共通点は硬い拳と強い握力である。

 地面に散乱している学生ボタンを拾い上げ、潰す。

 「格好良くでしゃばった割には弱かったな」  滝口は息も切らしていない。

 「空手と柔道をかじっているようだが、辞めたほうがいいんじゃないか?素質無いぜ、あんた」

 滝口はそう言うと青年の人差し指をへし折った。

 「ぎゃああああぁ!!」 青年はあまりの痛さに、やはり声を上げずには居られなかった。

 「なんだ、まだ痛みを感じるのか?」 滝口は次々と指をへし折る。

 「これじゃあ、もう空手も柔道も出来ねえなあ」 全ての指、10本をへし折った。

 「ついでに拳も潰してやるか?」

 もう、この青年はおそらく空手の選手として復帰する事は絶望であろう。いや、それどころか

 日常生活にすら差支えがあるに違いない。

 「もう勘弁してください、勘弁してください」 青年は涙声で許しを請う。

 「ださいなっ!空手家よー!」 青年を蹴り上げる滝口。

 フレイラは滝口の目をじっと見ていた。それに滝口が気がついた。

 「なんだぁーそのさめた目は?」 滝口はフレイラの方向へ歩き始める。

 「お前を助けるために現れた空手家の無様な格好だ。この順番で良くと次はお前の番だぜ!」

 「なのに、気にいらねー目つきだ!」 

 普通なら、この段階で泣き叫ぶはずの者が、冷静に一つ上からの視点で眺めているではないか?

 フレイラに怒りと悔しさとは別に、何というか?自分が受けると思ったギャグを言ったが、はずして

 場が静まり返ってしまった時のような、そんな虚しさを覚えた滝口は沸騰寸前のやかんの様になっている。

 「何とか言ってみろ!あああ?」

 フレイラは極めて冷静に、いや、うんざりとした様な顔つきで滝口を見ながら、口を開く。

 「この世に生きる人間など、大して意味などは持たぬ」 フレイラは透き通ったエメラルド色の瞳で見つめている。

 「お前等は生きていようが、死んでいようがどちらでも良いんじゃないのか?」

 「何言ってんだこいつは?」 滝口はとんでもない発言に一瞬固まった。

 「人生の中で何をしたか?何を残したか?」 少女はポーチから日本刀を抜いた。

 「お、おい。何だそれは?ポーチから物騒なものが……」 あせる滝口。 

 「世界に影響を与えるような行いをして居なければ、存在しなかったと同じだ」

 「何言ってんだこの女はー!おかしいんじゃないか?」 理解できていない滝口。

 「理解できぬか?」 

 「よく言ってる事が、解かりませんが……」

 「だから、お前等は今ここで死んでも良いと言う事になる」
 
 そう言うと女の体はまるで空気のように軽く、そして素早く滝口を斬り付けた。

 滝口の腕が肘辺りから切断された。

 「相変わらず、勝手な理屈だなフレイラ」 クリスタルが笑う。

 だがチンピラ達にとっては笑い事ではない。暴力が全ての世界で、はびこっていたチンピラたちも

 まさかこの展開で腕一本もってかれる事になろうとは誰も想像できなかった。

 「ま、待ってくれ。よく事情が飲み込めない!」 腕の切り口から大量の出血。

 がしかし、次の一振り次第では命までもが持ってかれると野生の判断力か?

 「まずは話し合おうじゃないか!」 滝口は必死でこの展開を止めようとしている。

 「ださいな、チンピラよ」 氷のような眼差しで見つめるフレイラ。

 「今の今まで、お前のしていた事と同じ事をしてやっただけの事だ」

 「ちがう!殺しはしていない!母ちゃんが殺しだけはするなと……」

 「いや、ただ殺すだけだ。魂までには影響は無い」

 「まてっ!弱い者いじめはよせ!」 

 「強いものは常に弱いものを殺す。ごく自然な事だ」

 「特にお前のような奴はな」

 「解りましたっ!もう解りましたのでご勘弁を!」 命乞いをする滝口。

 「お前等もそうして来たであろう?そして、今ここがお前等の最後だ」

 「誰も悲しまない、また、悲しむ者が居たとしても、そいつも、ろくな存在ではないだろう」

 「世界に影響は無い」 剣を振り下ろすその顔に表情は無く、ただ血しぶきが派手に飛び散った。

 他のチンピラたちは腰を抜かして、蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。

 「これまた豪快じゃねえ?」 クリスタルは嬉しそうに言う。

 「タル、止血してやれ」 フレイラは物騒な日本刀をポーチに納めながらクリスタルに言った。

 「え?貴重な魔力をこんな奴に使うのか?」 クリスタルは驚いた口調で言う。

 「かまわぬ」

 「しゃあないな」 クリスタルは何か魔法の力を行使した様子で

 滝口の出血が止まった。

 「行くぞ……」 フレイラはそう言うと先に暗闇に溶け込んで行く。

 「ドローエルフがねえ……人助けか?愉快愉快」 

 クリスタルは呟きながらフレイラを追って暗闇に溶け込んで行った。


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  「少しは現実を受け入れる気になったか?」 

 千恵による龍児の机の上に腰掛けての第一声がこれだった。

 従妹にどうやって成りすましたのかは解からないが、あの宝剣がこの幼い少女に変身して

 龍児にアプローチしてきた様だが、龍児はよく解かっていなかった。

 「え?この声は……しゃべる剣の声だ」 龍児はこの声に聞き覚えがある事だけは解かったようだ。

 「だからー、ここ最近の出来事の事じゃ」 

 「どう言う事なんだ?君は何者なんだ?!」 

 「パニック状態じゃな」 あきれる知恵。

 「少しは理解できたかと思ったが」 千恵は首をかしげている。

 龍児も驚いてはいるが、もう負けているのは嫌だったのだ、そして間髪入れずに対応した。

 色々な出来事があったが、躊躇(ちゅうちょ)して、おどおどして行動に出られなかった事に

 龍児は後悔をしていたのだ。とりあえず動いてみよう、今できる事をしてみようと反省した結果の対応だった。

 「答えてくれないか?」

 「解からないか?じゃあ質問するが、お前の存在の意味は?」 

 この質問にも聞き覚えがある。龍児はあの美しい剣の入っているカバンを見た。

 「剣が無い?」

 「という事は……」

 「剣が君で……君が剣で……」

 「やっと気づいたか?」 知恵の口元が笑みを浮かべる。

 「姿を変えられるのか?」

 「理解してきたな」 嬉しそうに言う知恵。

 「いや、僕の存在の意味より君は一体何なんだ?」

 「私はチェルビラよ」

 「いい加減に教えてくれ。何が目的なんだ?僕に何の関係があるというんだ!」

 「あの剣は妖刀だと聞くし……」

 剣の謎にぶつかって以来、龍児はいろいろな事で悩まされた。渡辺と再会した結果では得られなかったその謎が

 今まさにその剣自身より聞く事になろうとは、これもまた驚きな事である。

 「話せば長くなるの、今のお前には理解できないと思うし」

 「なんだそれ?はぶらかす気か!」

 「思い出せない、覚えていないお前が悪い」 全てを見透かしたような、子猫のような瞳が絡みつくようだ。

 「なに?僕が忘れている事なのか?」

 「まあ簡単に言うわ」 チェルビラのえらそうな顔付きが少しかわいい。

 しかし龍児の顔付きは険しくなる一方だった。

 「この世界はもうじき終わりを迎えるわ」

 「え?」

 何とも、次から次へと凄まじい展開で、龍児にはついて行けそうになかった。




つづく



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