Shangri-La
第6話
片足を引きずる男
2008/03/08 UP
「おはよう!」「おはようございます」
朝の登校中、龍児は昨日のことを思い出していた。
「何が起きようとしているんだろう?」
「ぼくには理解できないよ」
考え込んでいた龍児は信号が赤に変わったことも気づかなかった。
「あぶねーぞ!こらっ!」 進行してきた自動車がクラクションを鳴らし、運転手が怒鳴った。
「ああ!すみません」 あわてて龍児は謝るが、既に自動車は遠ざかって行く。
「あぶなーい。大丈夫あの子」 それを見ていた他の学生達が笑う。
その中に学級委員の山下がいて、見るに見かねてフォローに入った。
「大丈夫?杉村君」 近づいてきて声をかける山下。
「あ、ああ。ありがとう山下さん」 龍児は照れながら笑うしかなかった。
「最近、変だよ。ボーっとしてばかりで」
「え?」
「もうすぐ、中間テストだよ。勉強は大丈夫?」
「あはは。ぼちぼちかな」
「あ、そうそう。今度、UFOのお話。聞かせてね」
そう言うと山下はニッコリ笑って友達のいる方へ走っていった。
「や、山下……さん」 またボーっと龍児は見ていた。
「朝からご機嫌だな龍児」
「見せ付けるなよーうらやましいーー」
吉岡と宮田がかけ寄って来た。
「そ、そんなんじゃないよ」
「ほんとか?正直に言えよー」
「ひやかしはやめろよ」
三人並んで登校するUFO研究会の最強メンバー。
「そういやさ、今日、新しい格ゲー入るらしいじゃん」
「放課後は、ゲーセンツアーに決定だ!」
「部活は行かないのか?」
「そげんこつ、しよったらライバルに先越されるとよ!!」
「まじかよ」
今日も平和な一日が始まろうとしている。
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マンションのドアが開き、ステッキを突き、片足を引きずりながら男が出て来た。
「一人で本当に大丈夫かい?」 ドアの中から女性が心配そうに声をかける。
その口調は厳しくしっかりしている。
「相手は少年で思春期なんだよ。難しい年頃だ」 男はニコッと笑う。
「答えになってないと思うけど」
「少年の事は俺に任せておけ、カノン」
「またあのゲームセンとか言う所に行くのか?」
「ああ、少年はまた現れると思うんだ。それより携帯電話、ずいぶん使いこなせるようになったな」
「メールばっかりだけどね。せっかく買ってもらったからね」
「何かあったら電話するから、電源入れておいてくれよ」
「解ったわ」
「夕方になったら迎えに来てくれ」 男は微笑んだ。
「了解」
会話が終わると男はドアを閉め、鍵をかけた。
あの男は、いまだにカバンを探していた。
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お昼。楽しみな昼食、青春の1ページとも言える、にぎやかなキャンパス。
龍児は焼きそばパンをほおばる。
「杉村君」 山下が風にのる羽のように柔らかく現れた。
「は、はい?」 椅子が倒れかけそうになり、あわてて体勢を立て直す龍児。
「毎日、焼きそばパンで飽きるでしょ?」
「いや、まあ……」
「良かったら、私のお弁当分けてあげようか?」
ええ?なんと言う事だ?
学級委員である山下からの爆弾発言で、何も準備のない龍児は不意打ちを食らったようだった。
あまりにも急すぎて、はいそうですかとは返答できない状況だ。
「いや、その、ぼく、もうお腹いっぱいで」 とっさに断る龍児。
「ふふ、余計な心配だった?でも遠慮しなくて良いのよ」
「ああ、ありがとう。また今度」 ぎこちない言い方。
「あ、そう言えば、UFO研究会の部員って帰りにゲームセンターに立ち寄ってるんだって?」
「あ、それは」 やばい雰囲気か?先生に告げ口されるのか?
「元町のあそこだよね?」
「そ、そうだけど」
「今週金曜日は行かないほうが良いよ」
「なんで?」
「生活指導の先生達が視察に行くから」
「え?」
山下はニッコリ笑った。かわいい笑顔だ。
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、またね」
そんな秘密事項を一般の生徒に漏らすなんて、学級委員としては失格である。
が、逆を取れば、それをわざわざ龍児に教えるということは、何か特別な意識が働いているのだろうか?
今朝の山下の発言である”最近、変だよ。ボーっとしてばかりで”を思い出した。
確かにモラの事とあのカバン、いや喋る剣の事を考え込む事が多かったのは事実だが
山下は龍児のそれを指摘できるほど意識して見ていたという事になる。
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「ええ?そうなのか?週末はやばいじゃんそれ」 吉岡は驚いた口調で言う。
「そげな事は良いけど、どげんして山下さんが教えてくれたとよ?」 宮田はいやらしく細い目だ。
「何だよその目は、変な博多弁やめろよ」
「なんか山下さんとの会話できる機会、ばり多くねえか?」
「そりゃ、一緒のクラスだから」
「いいなー、いいなー」
5時間目の始業チャイムが鳴った。
「じゃあ、放課後な」
「OK」
三人は授業に戻った。
龍児は社会の教科書を取り出して、今まで意識していなかった山下を横目でチラリと見た。
山下は龍児に気づき、笑みを返す。かわいい。
意識されている事は確信に変わった。
青春の1ページはここにもあった。
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「グラフィックが良くなっただけやろ?」
「十数年前のゲームだからなー。俺たち生まれてないし」
「人多くて、納得行く戦い出来なかったなー」
夕方のゲーセンツアーも終わり、三人は分かれた。
一人になった龍児の目の前に一人の男が現れた。
「また会ったね」
その男は、右手にステッキを持ち、足を引きずりながら近づいてきた。
「これ、あげるよ」 男はまたぬいぐるみを龍児に差し出した。
「え?ああ、どうも」
「今度は本物だよ」 白い歯をニッと出して、男は笑う。
「そうだ、カバンを」 龍児はためらいながらも、カバンの事を伝える事にした。
「ごめん、君が預かっててくれたのかい?」
謝るべき事柄に、逆に謝られた龍児はキョトンとしている。
「迷惑をかけたんじゃないか?」
「いや、その……」 言葉に詰まる龍児。
まったく文句の一つも言わないこの男に龍児は正直驚いた。
さんざん一人で考えていた、あの剣の事が聞けるチャンスだと龍児は判断した。
「あの、聞きたい事が」
この男の接し方を見るからには、龍児の判断は正解であろう。
「まあ、立ち話も何だ、ほら、あそこのベンチへ行こう」
「この足ではしんどくてね」
「あ、はい」 さすがに彼の足にまで気の回る龍児ではなかった。
公園のベンチに二人は腰掛けた。
「あっ」 ふとブランコを見るとあの時の幼い女の子が座っている。
黒い子供用のドレスにはフリルが沢山付いていてかわいい。
子猫のような瞳は半分閉じられ、虚ろな表情で寂しそうだった。
「渡辺といいます」 名刺を取り出して手渡す。
「どうも、杉村龍児です」
「中を見たんだね?」
「はい、綺麗な剣が」 もう正直に話して納得の行く話を聞こうと決意した龍児。
「試し切りした?」 男はギラギラした目つきで問いかけた。
「いいえ」
「ほう」 感心する渡辺。
「渡辺さんは?したんですか?試し切り」
「したよ。試し切り」 一瞬固まった。このあと何を斬ったかで話の展開が変わる。
龍児は覚悟しなければならなかった。
「この足さ……」 この発言には龍児も度肝を抜かれた。
人を斬り殺したと言う展開もお断りだが、自分の足を切るとは、そんな展開もお断りだ。
「幸い切断にまでは至らなかったがね」 そういう問題ではない。
「その時さ、近くに老夫婦がいてね」
「斬り殺しそうになって、自分の足を刺したんだ」
「ええっ!」 これまた驚く龍児。
「それが精一杯だったんだ。へたすりゃ、その二人を殺していたかもしれない」
「自分で自分がコントロールできないと言うか」
やはりあの剣は物騒な代物だったんだ。
「あの剣はそういった魔力の封じ込められた妖刀だよ」
「そうだったのか」
「ん?何かあったのかい」
「あの剣が喋りかけてきたんですよ」
「ほ、ほんとうかい?それは」 渡辺もこの発言に驚いているようだ。
「で?その剣はどこに?」 渡辺が龍児に問いかけたのではなく
黒いスーツの大男が問いかけてきた。
つづく
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