Shangri-La
第5話
インテリジェンス・ソード
2008/03/02 UP



 「こっ、こんな事があるのか?」 龍児は目の前の現実を理解できなかった。

 「剣がしゃべるなんて」

 「お前も、想像力の貧困な奴だな」 剣はそう言うとカバンから飛び出した。

 「ああっ!剣が一人で動いた!」 龍児は腰が砕けたようにしゃがみこんでしまった。

 「なんという情けない姿だ。私の見込み違いだった様だな」

 「そっ、そんな事、言ったって、こんな事はありえない」

 「UFO研究会などと現実逃避していた割には、非現実な事柄を受け入れられないとはな」

 「ええ?」

 「お前のような、ちっぽけな存在が全てを理解したつもりでいて」

 「その常識を超えた現実を目の当たりにしたとたん、逆にそれを否定するのか?」

 「ずいぶんと滑稽(こっけい)で、一瞬笑えたが、すぐに失望に変わったぞ」

 「何言ってるんだ?」 龍児はパニック状態だ。

 「では、問うが、お前は何のために存在しているのだ?」

 この質問に龍児の目の色が変わった。

 「何のために?……」

 「答えよ」 剣は天井高く浮かび、龍児の上からプレッシャーをかける。

 「ぼくは……」 思春期になって何度と無く自問自答を繰り返したあげく

 龍児はいまだ、この回答を得てはいなかった。

 「答えられないと言うのかっ!?」

 「これが単なる偶然だと思っているのかっ!!」

 「はあ?」

 「場合によっては許さないぞ!」 剣はそういうと龍児にめがけて飛び掛ってきた。

 「何なんだ!?その言い方は?」 龍児はよけつつ剣をつかんだ。

 その瞬間、龍児の全身に電撃が走った。

 それはまるで全身がしびれたように敏感になり、少しでも動けば痺れが走る。

 いや、そんなものではない。言葉に当てはめるならばエクスタシーであろうか?

 「そ、そうなのか?」 剣の声が震えていた。

 「こんなちっぽけな存在に成り下がってしまったのか!」

 剣は龍児との接触で何かを確信したらしく、それでいて、何か失望したらしい。

 剣は窓から外へ飛び出して行った。

 龍児はそのまま気を失っていった。 

 もう何がなんだか、まったく分からない状況であった。

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 「ガフッ!」 最後の叫びとともに男は倒れた。

 「てこずったな、モラ」 声はするが姿は見えない。

 「このショートソードで止めがさせないなんて」 モラは二本の剣を眺めながら言う。

 「この男のイシュリッドは、たぶん4回脱皮したレアものだで」

 「モラの持っているショートソードでは止めは打てにゃー」

 呼吸を整え、左右の太ももにベルトで固定された鞘(さや)へと両剣を
 
 西部のガンマンが拳銃をスピンさせて、ガンフォルダーに収納するような手さばきで華麗に納める。

 「グレーターは5回脱皮しているから、わしでも貫通せーへんでいかんわ」

 モラは途中から話を聞いている態度ではなくなった。

 「のどがかわいたぁー」 真剣なまなざしから開放された一言目は、やはりこれだった。

 「コーラ、コーラ」 モラは飲み物を買いに行くつもりだ。

 「あっ!」 モラはぼやけた顔つきから、一変して目の色が変わった。

 次の瞬間、モラは太ももからショートソードを抜き何かをはじき落とした。

 地面に音を立てて落ちたのはダーツ(手裏剣)であった。

 飛んできた方向を見るモラ。

 「とぼけた顔をしている割には見事に私のダーツをはじき返したな」 一人の女がいた。

 「カノン!」

 美しい顔立ち。そして美しい長い髪が風になびく。

 「また、厄介な奴が来てまったがや」

 「やっと捕まえたぞ。モラ・カンモ」 そう言うと女はトレンチコートを脱ぎ捨てた。

 美しい黒豹のようなスレンダーな体つきがコートの中から現れた。

 黒い戦闘用のボディースーツを着していて、腰から剣を二本抜き軽やかなフットワークで間合いを取る。

 モラもショートソードを二本抜き構える。

 「一家から抜けて生きていけると思ったのか?」 そう言いながら女は攻撃を開始した。

 「ボスは許してくれたもんっ!」 モラは困った顔付きで言い返した。

 「ふざけるなっ!それではいそうですかと」 暗闇に輝く二人の剣が刃と刃を交える。

 「下の者達が了承するとでも思ったのかっ!」

 「しつこい奴らだがや、こいつら」 モラの腰から顔を出してつぶやくダンシング・ソード。

 「先の追手は貴様が屠ったのか?」

 この質問にモラは答えなかった。

 二人はしばらく沈黙の中、剣を交えている。

 そして長い髪の女は口を開いた。

 「ほかの二人は良しとしよう。だが、マイ・バーンはお前の」

 「言わないでっ!!」 感情的になるモラ。

 いつも明るいモラ。ニッコリ笑っているモラが、眉をひそめて悲しい表情をしている。

 かわいい猫のような瞳が次第に潤み始め、ぽろぽろと涙がこぼれる。

 「よくもまあ、昔の仲間を屠れるものだなーっ!」 語尾の最後を奥歯をかみ締めながら言う

 この女もまた心の奥で泣いていたのだろうか?。

 しかし、それとは裏腹に剣さばきは確実であった。

 「モラ!しっかりしろ!」ダンシング・ソードが心配する。

 女の確実な剣さばきをディフレクト(はじき返し)するモラも見事ではあったが

 モラの心の方はズタズタに引き裂かれていった。

 「いかんがや!このままではやられる!」

 ダンシング・ソードが勝手に飛び出した。

 飛び出した剣に女は目をまん丸に見開き

 「やっ、ヤーンの踊る剣(つるぎ)では無いか!?」 女は驚いた。

 「悪く思やーすなよ」 三刀流で応戦開始だ。

 形勢は逆転したが、モラのメンタル的な問題は解決されてはいなかった。

 モラはかわいい瞳に涙を溜めながらも見事に剣を振るう。

 そこへダンシング・ソードが加わり押せ押せモードになったのだ。

 「くそっ!卑怯な三刀流が!」 押される女は距離をとった。

 「そうは行かないよモラ」 女はブーツの先に仕込まれた短剣を戦いのコンビネーションに加えてきた。

 両手、両足で四刀流になったのだ。

 モラの三回攻撃に対して、カノンの四回攻撃。

 足の短剣は旋風脚の様に回転しながらモラに襲い掛かる。

 逆転につぐ逆転でたった。

 「ああっ!」 モラの上腕に命中した。

 「ひいっ!」 モラの太ももにも。

 地面は痛々しくも、見る見るうちにモラの血で染められていく。 

 攻撃回数が多ければ良いと言うものではないが

 この流れるようなコンボは芸術と言って良いほど見事であった。

 「このままでは、まずいでいかんわ!モラ!」

 「マイちゃんは……マイちゃんは……」 

 モラは既に戦意を喪失している。

 「仕方にゃあな。…光と影の交わる……」 ダンシング・ソードは何やら呪文を唱え始めた。

 「これで最後だ!!」 女は飛び掛って四本の剣でモラを鷲づかみにしようと試みた。

 「…世界の狭間の位置より我を返還せよ!」 その瞬間、光がモラを包んだ。

 「なにっ!」 光に巻き込まれないよう一歩下がり、右手で光をさえぎる。

 しかし、あまりの光の強さに目がくらみ女は成す術を無くした。

 「ワード オブ リコールだと?」 悔しさのあまり両剣を地面に突き刺す。

 「大司教クラスの神の魔法。これがヤーン大司教の踊る剣の力か!?」

 「魂を封じ込められた剣、インテリジェンス・ソード……」

 地面に突き刺した両剣をしまいこむ女は、光の消えた跡を鋭い眼差しで見つめている。

 「まあ、良いだろう。こちらに来た目的はもう一つあるからな」

 「ゆっくり決着をつけようではないか。モラ・カンモよ……」 

 女はコート拾い、しばらく夕焼けを眺めていた。

 そして長い髪をなびかせながら、その場を後にした。

 
  モラたちはまったく別の場所へと転送されていた。
 
 そこは、建築途中の高層ビルの屋上であった。

 「まあ、人気が無くてよかったがや」

 モラは両膝をつき、がく然とし剣を落とした。

 つぶらな瞳からは涙が次々とこぼれて行く。

 「マイちゃんは許してくれたもん……」

 モラは紫色になる空を眺めながら何度もつぶやいた。

 街の光が一望できる美しい光景の中、モラの涙は止まらなかった。
 



つづく



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