Shangri-La
                   第2話
      三刀流のアサシン
                 2008/02/11 UP



  外灯が人気の少ない公園を寂しく照らす中、猫を抱きかかえる少女。

 杉村龍児はその光景を心癒されるままに眺めていた。

 「あっ……」 少女が龍児に気がついた。

 猫を抱きながら近づいてきて

 「ねこねこ、ニャンニャン」

 「えっ?」

 「ねこねこ、ニャンニャン」

 猫を抱いてくれと言うしぐさに龍児はうなずいて猫を受け取った。

 背伸びをして猫を差し出す少女の身長は龍児の肩にも満たない。

 「この猫ちゃんね、まだお腹すいてるみたい」

 首をかしげて微笑む少女に龍児は心奪われた。

 「あっ、行かなくちゃ」

 ふと遠くを見て少女は言った。

 「わたしはモラ。あなたは?」

 「ぼくは、龍児。杉村龍児」

 「この猫ちゃんをちょっとあずかってて」

 「えっ、あの……」

 そう言い残すと少女は軽快に走りはじめた。

 「まって……」 龍児は声をかけたが届かなかったようで、少女の姿は見えなくなり

 猫をなでながら龍児は一人寂しい公園で少女の立ち去った方角を眺めていた。

「変わった子だな。まるで風のようだ……」

「も、モラか……」

 まだ幼い顔立ちと小柄な少女がセーラー服を着ている。

 実はこれが違和感をかもし出していたのだ。

 セーラ服を着る時期は少女では中学生になってからが定番で

 中学生になると、すでに女性らしらが表に出るため、逆に幼さが失われていくものだ。

 モラはその幼さを失ってはいなかったのだ。いや、見た目は小学生でも十分通るだろう。

 龍児と猫を残して、夜の風とともに少女は去っていった。


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   モラは緊迫した表情で人気の無い路地裏を駆ける。

 「今日は二人目なの?」 モラは尋ねる。

 「相手は時間も場所も選らばへんて」 声だけ聞こえるが姿は無い。

 「猫ちゃん、おいてきちゃったよぉ」

 「そんなもん 知らんて」

 「大丈夫かな?」

 「そんな事よか自分の心配したほうがええて」

 雑居ビルの横小路を曲がるモラ。
 
 「こっちかな?」

 「おった!」

 前方に黒いスーツの男性が一人こちらへ歩いていた。

 「はっ!」 こちらに気づいたようだ。

 「逃がしゃあすなよ!」

 「わかってるっ!」 

 黒いスーツの男性とモラは、お互い距離をとって硬直している。

 「貴方が暗殺者ですか?」 黒いスーツの男性は口を開いた。

 モラは黙ったまま太もものショートソード(短剣)を一本抜いた。

 「ほう、これは面白い所に刃物を隠してますね」 男性は笑みを浮かべた。

 モラは抜いたショートソードで素早く攻撃をしようとしたその瞬間

 モラの手からショートソードがはじけ飛び、火薬の匂いが鼻をかすめた。

 「こいつ、拳銃をもっとるがやっ!」

 「申し遅れたが、私はアサシンハンター。貴方を始末する依頼を受けています」

 「なんだ……この余裕は?」

 「貴方のことは調べさせてもらいましたよ。モラ・カンモ さん」 

 スーツの男性は、また白い歯を見せて微笑んだ。

 「そっちの名前を知っとるとは、こっちの住人じゃにゃあな」

 サイレンサー付の拳銃はモラにターゲットを絞っている。

 モラのショートソードは弾き飛ばされている。

 モラはサイドステップをくり返しつつ、もう片方のショートソードを抜く事にした。

 モラの戦闘スタイルは刃渡り60cm位のショート・ソード(短剣)を両手に持ち

 素早い攻撃で相手を翻弄する二刀流と言う奴で、相手の攻撃を受け止める盾のような物は持っていない。

 素早い動きで敵の攻撃を全てかわす事と、反撃を許さない連続攻撃が最大の防御と言うわけだ。

 拳銃(飛び道具は)弾丸が一直線に発射されるのでサイドステップのような

 動きをすれば命中率は格段に下がる。

 そう簡単に命中する事は無いとモラは高をくくっていたのかも知れないが

 もう片方のショートソードを抜きつつ接近戦を挑んだ。

 がしかし、抜いた瞬間にまたもや弾き飛ばされた。短剣は地面にむなしく突き刺さった。

 「こいつ、かなりの手練(てだれ)だがやっ!!」

 そして次の弾はモラの太ももをつらぬいた。

 「ああぁぁっ!」 苦痛にゆがむモラの顔に男は反応した。

 「いい声ですね。そんなかわいい声だったんだですね」 嬉しそうに男の顔が笑う

 手も足も出ないとはこういう事を言うのだろうか? 

 太ももから血がしたたり落ち、片ひざをつくモラ。

 「こりゃ手ごわゃあ相手だな」

 さすがにアサシンを倒すことを生業(なりわい)としているだけの事はあり

 戦いに慣れているようだ。また、無駄な動きも無く間髪入れない連続攻撃も見事だ。

 「これはどうですか?」 アサシンハンターは勝ちを確信して

 モラをもてあそび始め、今度は肩を打ち抜いた。

 「いやあぁぁっ!」 モラの瞳から大粒の涙があふれ、唇は震えている。

 「久しぶりにこんな良い顔を見ましたよ」 男は、またもや嬉しそうな顔をしている。

 「まだですよ、まだ死にませんよ。いや、死なせませんよ」 

 男はモラに近づき、銃口を口にえぐりこんだ。

 「ほら、この黒くて太い、硬いものを」 

 サイレンサーはモラの唾液だらけの唇をかき分けて中へ中へと

 モラは苦しさのあまり悲鳴にならない声と溢れんばかりの涙を流す。

 「ごぽっ!うえぇっ!」 モラは大量の唾液をのどから吐き出した。

 「吐き出しましたねっ!」 何が癇にさわったのか? 急に男は激怒し拳銃を乱発し始めた。

 威嚇のつもりで打ったはずの弾の一発がモラの腹部に命中した。

 「あぐっ」 モラは両ひざを地面に着き気を失いかけている。

 「モラっ!これ以上はやばい!わしを使え!」

 「あああぁっ!こっ、これは失礼っ!!」 男はもったいなさそうな顔をして叫んだ。

 だが、モラは地面に倒れると見せかけて腰の辺りから三本目のショートソードを抜きつつ切りかかった。

 「あまいですよっ!」 さすがはアサシンハンターだけの事はあって、不意打ちにはめっぽう強い。

 三本目のショートソートも弾き飛ばされた。

 「もういいです。逝ってもらいましょうか?」 止めを刺す決意が男の最後の弾丸を発射させる。

 だがその時! 弾け飛んだはずの三本目の短剣が空中を舞いながら、そしてその剣が男に襲い掛かる。

 「だっ!ダンシング・ソードっ!?」 アサシンハンターは度肝を抜かれた。

 ダンシングソードとは『踊る剣』の事で特殊な魔力が封じ込められている。

 その魔力で宙を舞い、剣単独で相手を攻撃する恐ろしい代物である。

 先ほどからモラにアドバイスを与えているのは、どうやらこの『踊る剣』の様だ。

 モラも、すかさず地面に散らばった二本のショートソードを回収して攻撃に転じ

 一瞬にして三本のショートソードがアサシンハンターめがけて攻撃した。

 いわゆる、三刀流と言うことだ。

 今度はアサシンハンターが手も足も出ないまま串刺しになっていき

 決着と言うものは素早さが命である事を今更ながら悟らされた。

 アサシンハンターは沈み込むように倒れた。



   夜風がまだ肌寒い中、モラはまた一人、ちょっと苦戦しつつも見事に屠った。

 呼吸を整え、左右の太ももにベルトで固定された鞘(さや)へと両剣を

 西部のガンマンが拳銃をスピンさせてガンフォルダーに納めるような手さばきで華麗に納める。

 「やりにくくなったな。雨宮 萌良 じゃなくて モラ・カンモを知っとる奴が出てきやがった」

 「モラ?大丈夫かて?」 空中を舞いながら『踊る剣』は心配そうに声をかける。

 「つばいっぱい出ちゃったから、のど渇いちゃった」

 首をかしげて微笑むモラはかわいかった。 





 つづく



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