第一話
喧嘩空手


2004 10/23 UP

 

 退屈な授業が俺たちの全てじゃないと口癖の少年は川原で空を行く雲を眺めていた。

喧嘩をしたあと負けるといつも彼はしばらく仰向けになり、

遠くを行く雲をうらやましそうに眺める癖があった。

「徳重君。」 かよわい声が少年の耳に入ってきた。

「君は・・・山下さん・・・」 普段から女子生徒の名前を記憶できない彼は、

やっとの事で思い出した。

もっぱらまだ4月の半ばだし、高校生活も始まった所だった。

「怪我しているの?大丈夫?」 心配そうな顔つきで山下もえは言ってくれるのたが、

徳重高志はそれより何よりこっぱずかしくまともに会話にならかった。

すると突然、もえの携帯がなった。どうやら親からの電話らしく

「じゃあ私行くね・・・」 にこっと笑い手を振るもえに、無愛想に手を振り返した。

 


 徳重高志は一人暮らしであった。かなり家賃の高そうなマンションに住んでいる。

カード式の電子ロックを解除し透明なガラスで出来た自動ドアを開け中に入りエレベーターに乗る。

最上階の22階の一番奥の扉にまたカードを差し込む。

真っ暗な部屋で彼は明かりもともさず冷蔵庫からカレーパンと牛乳を出して食事を取り始めた。

最上階から眺める都会の夜景は人の心を狂わせる・・・。

そう・・・まるでこの世を制したかのように錯覚させるのだ・・・。


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 二人の幼い妹弟(きょうだい)を幼稚園に送り、晶(アキラ)はダッシュで学校へ向かう。

しなやかでスマートなその走りはまるでスプリンターだった。

しかも裏道を行く彼はフェンスを軽く飛び越えるではないか。

こういったタイプは陸上部に入れば10種目の選手になれるだろう。

足も速く、跳躍力もあり、持久力もある。おっと・・・今度はパンをかじりながら・・・おとした・・・

パンを拾い砂をはたき、また走りながら食う。彼の暮らしは貧しく、食の無駄は一切なかった。


   兄弟三人で遊園地に行ったときの話である。

家族で来ていたよその子供がクッキーをばらばらとこぼした。

 「りょうちゃん、汚いから拾っちゃダメよ!」

晶はこの言葉に腹を立てた。 「何ゆうてんねん、まだ食えるで」 

母親は迷惑そうに 「ああ・・みんな向こうへ行きましょうか」 関わりたくなさそうに去っていった。 
 
落ちたクッキーを拾い弟達に食べさせた。 「兄ちゃんどないしたんこれ?」 

「やさしいおばちゃんが分けてくれたんや」

弟達が「おいしい」と言うたびに晶の心は複雑に傷ついていった。


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 6時間目の授業が終わった時の話である。

掃除をするために机を後ろに全員が移動し始めた。

そこへよそのクラスの男子供がどろどろと入ってきた。

「このクラスに空手をかじった奴がいるらしいな!」 女子は逃げ出し、男子は隔離された。

「にがさねーぞー!!」

高志は「またかよ・・・」と嫌気がさしながらも、「おれだ!」と言おうとした瞬間に 

「自分や!何か用か?!」 石黒晶が答えた。

高志はこんな骨のあるやついたんだと思い、少し様子を見る事にした。

 石黒晶は強かった。

 あっという間に4人の男子生徒を戦闘不能にした。流れるような足技だった。

 

 そして・・・クラスが落ち着いたとき 

「理由がどうでも怪我をさせる事はいけない事だと思います。」 山下もえは悲しい瞳で言った。

晶は一瞬固まったが 「男の喧嘩に女が口をはさまんでええ。」 

「男同士はな・・・時として力でぶつからなあかん時があるんや。」

「でも、人が人を傷つけるなんて・・・」

「わるい・・・平行線やから・・・やめとこ・・・」 晶はこの場に居辛くなって退場した。

廊下で壁にもたれ座っている生徒が言った。 「石黒・・・あいつらお前に用があったんじゃねーぞ」

この言葉に度肝を抜かれた晶は 「どういう事や!!」 ものすごい勢いで問いかけた。

「あいつらな馬死李須苦(バシリスク)って言う暴走族のメンバーだぜ。」

「先週もめた徳重に用があったんだよ。」

「なに!!」


   これが徳重高志と石黒晶の運命的な出会いと始まりであった。

つづく・・・

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