死神様?女神様?
VOL-01
幼なじみ
2009/06/20 UP
全ては夢か幻か?
僕はそんなものを見ているのだろうか?
緊急病棟から足早に運び出される一台のベッド。
僕はその上に寝かされている。
あっ……お母さんが何か叫んでいる……
こんな一心不乱な母さんを今まで見た事もない。
小春もいる……
泣いているのか?
記憶を少しずつ思い出してきたような……
手に何か持っている事に気づいた僕は、それを必死で確認しようと試みる。
一枚の写真だ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
僕の名は加藤秀明。
幼稚園の頃、この街に引っ越してきた僕は当時友達ができず
隣の家に住んでいた小春と、いつしか遊ぶようになっていた。
「今日はカエル捕りだ」
「今日は砂山で遊ぶぞ」
「セミ取りをしようか?」
いつも強引に小春を誘っては悪さばかりしていた。
そして僕らは思春期に入りお互いが意識するようになった。
もうずいぶん話をした事もない。
自分の生活でいっぱいな事が理由かもしれない
いい訳だな……
高校生になり僕は男性に、小春は女性になった。
たまに会う事もあるが、軽く会釈するだけで会話なんかは無かった。
意識、意識、意識
なんて邪魔なハードルなんだ。
小春も僕に意識してしまって、話す事が出来ないんだろうか?
いや待てよ、小春にも選択権がある。
僕の事なんか相手にするほどの存在じゃ無いのかも知れない。
いや、普通に考えればそうだろう。
うだつが上がらない僕の事なんかは好みじゃないんだろうな、きっと。
交流の途絶えた身近な異性。
ここ最近では考え込むと、いつも異性のことばかり。
もやっとばかりしている。
しかし、しばらく考え込んで
まあいいか、深く考えても仕方ない。
まだまだ僕の人生は長いんだ。
と、突然妙な割り切りとともに別のことをする。
その日もそうだったはずだが、思いもしない事が起こった。
突然、フラッシュを焚かれた時のように目の前が白く輝き、視界を失った。
「なんだ?いったい……」
すると目の前におぼろげに輝く、美少女が姿を現した。
「おんなのこ?」
しかもすごく可愛い。
これはいかん
末期症状だ
現実逃避にもほどがある。
僕は時々妄想する事もあるが
こんな生々しいのは初めてだ。
「現在地確認、これより任務に移る」
美少女は口を開いたと思いきや、よく理解できない事を言っている。
その少女の肩にかからない位の髪の毛は金色と銀色をあわせ持つ様な色
時より金色に、時より銀色に見えると言うべきか?
肩を眩いばかりにむき出しにした衣装とコルセットをたしなんでいる。
スカートはひらひらとしていて、あまりにも短すぎて
時より股座の下着がちらりと姿を現してしまうような、あられもない格好である。
「何なんだ君はっ!?」
僕は思わず声にしてしまった。
少女はこちらをじっと見て
「私が見えるのか?」
鋭い声色で言った。
「見えるのかじゃなくて……」
パンティーも見えてます
「……」
少女は口を閉じたまま、またもや僕をじっとにらんでいる。
「そんな恥ずかしい格好で困るんだけど」
「私も困った……」
「なんで君が困るんだ!」
「私が見えるという事は……」
「見えるという事は?」
「貴様はもうすぐ死ぬと言う事だ」
「えっ?」
いかれた少女だ
そう言ったシチュエーションか?新手の商売か?
「しかしこの場合は事故処理か?おそらくは転移の軸がずれたために生じた現象」
「何を言っているのか意味が解りませんっ!」
「責任は転送セクションにあると私は断定する」
「ちょっとっ!」
「ん?」
またまた少女は僕をにらんだ……
何か考えているのか?
そしてやっと口した台詞が
「では聞こう、私が幸運を導く女神に見えるか?それとも死をもたらす死神に見えるか?」
「はあ?」
こっちがおかしくなりそうだ
いや、この少女はきっと心の病をもった方では無いだろうか?
「どちらでもなく、ただのコスプレ少女に見えます!」
言ってやった
「どうでも良いから出て行ってください」
「私はこの世界の者ではない」
「結構ですっ!」
「現実を見たまえ」
「あんたこそ現実を見たほうが良いんじゃないか!」
「私の姿が見えてしまうという事は危険な事だ」
「そんな事でお金を請求しようったってだめだっ!」
しばらくこの口論状態が続き、うんざりした僕は
「出るところに出ようじゃないかっ!」
警察に突き出す事にし、少女の手をつかんだ
「えっ?」
つかみ損ねた僕は、再び手をつかもうとした
「つかめない?」
「言っただろ。私はこの世界の者ではないと」
僕はこの時、腰を抜かすという体験を始めて味わった。
「うそだろ?」
彼女がもし本当にこの世の者ではないとすれば僕は本当に……。
少女はしばらく考え込んでいるのか微動足りとしない。
「もうかわってよっ!キシャル……あ、ごめんなさい」
彼女の口調がここで変わった。
「私はウルク。突然な事でご迷惑をかけてしまった事をお詫びします」
あまりの衝撃的なことに僕は力が入らなかった。
「ちょっと待ってくれ、僕が死ぬって本当なのかい?」 僕は半信半疑に尋ねた。
「ごめんなさい……」 その不思議な少女は小さく答えた。
「そんな……」
「私の姿を目視できるという事は、この世から半分抜け出しかけていると言う事なの」
その意味はやはり死
死ぬ間際、人は天使だの悪魔だのを見ると言うが
僕は会話までしている。
しかもたった今、僕の命はもうすぐ終わると宣告されたのだ
ありえない事だ
「ま、まだ死にたくない……」
膝が震えてきた
押さえられない
止まらない、震えが止まらない
「物質世界の住人には私の姿は見えるはずがないんだけど」
「ひょっとしたら私が見えたという事は、貴方は特別な存在なのかもしれない」
死を宣告された僕にはまったく余裕がない。
なにが、どこが、特別な存在なんだ。
「理由は何なんだっ!?どうして死ぬんだよっ!?」
僕の声は裏返っていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
あの不思議な少女が姿を消してから一週間、僕はこの間
死の恐怖に包まれて、半狂乱と言う言葉がどんな意味を持つのかを理解した。
しかし、よくよく考えれば非現実的な話じゃないか
死の宣告?
そんでもって、僕がもうじき死ぬって?
あほらしい
こんな事で僕の日常生活に支障をきたす訳には行かない。
もっと現実を見据えなければ
士気が高い時は自分を励ます事も出来たが
少しずつ足音を立てて死の恐怖はやってくる。
死んだらどうなるのか?
何処かへ行くのだろうか?
たった十数年だったけど
この体には、今の僕にはもう戻って来れないに違いない。
力強く僕を抱き上げてくれた、人生の理想的な存在だった父さんとも
怒られてばっかりだったけど、結局は優しかった母さんとも
いがみ合ってばかりいて、最近大人になってお互いを分かり合えたと思った兄弟とも
喧嘩もしたけど同じ苦境をともに送った友人たちとも
言い出したら切がないや
全てとのお別れか……
「あ……」
死んだおじいちゃんの告別式を思い出した。
みんな普段見せない悲しい顔をしていた
僕の時もみんな泣いてくれるのだろうか?
おじいちゃんの次だなんて
順番が違うよ
親より先に死ぬ事は
親不孝の何者でもない
でもなんで?どうして?僕がこんな形で
死ななきゃならないんだ……
運命とか言ってたけど
初めからこうなるって決まっていたのか?
たまたまそれが解ってしまった
そういう事なのか?
「死にたくないよ……」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
あれから一ヶ月たった。
人間とは不思議なもので、死と言う恐怖にもなれることが出来るようだ。
まあ、実際に病気が進行している訳ではないから
僕の場合は信憑性に欠ける。
最近では死の恐怖が襲ってきても
急に現実な事柄を考えるようになり、あまり怖くはなくなったのだ。
たぶん、自律神経が死と言う恐怖を逃避するように
別のことを考えるように仕向けているかもしれない。
「まあ、深く考えても仕方ないや」
今日は街に行って新作のDVDを買いに行く予定だ。
つまらない事は考えないようにしよう。
電車に揺られながら、人ごみの中
一人で考え込めば、やはり死についてだった。
しかしこれだけの人々が、この世界で共存しているなんて
みんなそれぞれ違う人生、違う考えを持っているんだな……
「あの老人……」
僕はどこかしら死んだおじいちゃんに似ているその老人に席を譲った。
今の僕にはこんな事も出来るんだ。
年齢は八十歳位だろうか?
僕の人生の五倍くらい生きてるんだな
長いんだろうか?……八十年は……
街に着いた僕は店へ直行する。
楽しい事を無理やりにでも探し出し
それを堪能する事だけが、今の僕を繋ぎ止めている。
泳いでいないと死んでしまうマグロの様なものだろうか?
「あっ……」 僕は偶然にも幼なじみの小春に再会した。
「あぁっ……」 小春もこちらに気がついたようだ。
「やあ……なにしてんの?」
普段ならきっと声なんかかけない、気の利いた会話が出来ない僕の精一杯の努力だった。
「本……買いに……」
「ああ、僕もDVD買いに行くんだ。一緒に行かないか?」
がんばって誘ってみた。
「別に……いいけど」
なんか良いのか?いやなのか?
どちらとも取れる返事だな
「行こうか」
はっきり断らなかったと言う事で……
今の僕はとても積極的になれるんだ。
僕は変わった。
足を一歩前に踏み出し振り返った瞬間、僕は全身に電気を浴びたような感覚に襲われた。
視界と記憶は、僕の思考よりそれをいち早く認識したのだ。
「あれはっ!」
冷や汗が全身より湧き出したのが解る。
そう、あの美少女が人ごみの中にまぎれて僕達を見ているではないか?
黒い衣装と白銀の髪
この前とは違う、どう見ても死神のような出で立ちだ
「とうとう迎えに来たか……」
ただ、おぼろげな輪郭ではっきりしない。
これもまた見えてはいけないものが見えているに違いない。
僕達は足早に店に向かうが
やはりあの少女は確実に付いて来ている。
僕の死が近いと言う事だ。
もう膝ががくがくで言う事を聞かない。
ここ最近、襲ってこなかった恐怖が今までにない力で僕を締め付ける。
せっかく僕自身が良い方向に変わりかけた所なのに
ここまでか……
ここで死ぬのか?……
「どうかしたの?」
「な、なんでもないさ」
買い物を無事に済ませた僕らは、喫茶店で休憩する事にした。
いつしかあの死神少女は姿を消している。
様子を見ているのだろう。
「しゅ、秀ちゃん……」 小春は神妙な顔つきで僕を呼んだ。
それは僕が幼稚園の頃から呼ばれていた呼び方だった。
秀明の秀をそのまま「しゅう」と呼び、しゅうちゃん。
「なんか雰囲気変わったね」
「そ、そうかな?」
はっきりとしない声の僕は小春の注文したレモンスカッシュの泡に見とれていた。
「小学校の高学年の頃かな?」
「え?何が?」
「秀ちゃんが話をしてくれなくなった」
「そ、そうだっけ?」
「男らしくいつも引っ張ってくれてたのに」
「あ、ああ」
「急に遊んでくれなくなった」
「ほ、ほら女子は女子同士で遊ぶようになっただろ?」
「さびしかったな……」
小春はストローをくわえながら、ふて腐れた様子で言う。
あの頃、小春はクラスメイトの女子と折り合いが良くなかった事を思い出した。
いじめにあっていたようだ
「ご、ごめん……」
何も出来なかったあの頃の自分に変わって詫びを入れた。
「まあ、過ぎた事だし。それよりさ」
小春は定期券ケースから一枚の写真を取り出した。
「これ憶えてる?」
二人でセミ捕りをした夏休みのワンシーンであった。
僕はタモを持って
小春は隣で虫かごを持っていた。
僕は軍人のヘルメットをかぶって
小春は僕が貸してやった少年野球のヘルメットをかぶっている。
「秀ちゃんいっぱいセミを捕ってたよね」
「あ、ああ」
「写真撮った後、図書館行ってさ、セミが鳴き出して図書館中が大騒ぎになってさ」
「あははは」
「秀ちゃん虫かご開けて、セミ全部放しちゃってさぁ、もう大変っ!」
嬉しそうに話す小春。
「なんで……こんな写真を?」
「この時の自信たっぷりの秀ちゃんの表情が……」
「表情が?」
「……好きだったの……」
小春の顔が赤く染まる。
小恥ずかしい感覚だ、今までの僕はこういった感覚から逃げていた。
怖かったんだ……
なぜか?……
でも、今の僕はもう逃げはしない。
この後いろいろと会話が弾んだ
ちょっとした同窓会みたいだった。
「そろそろ、いこっか」
「そうだね」
喫茶店を出ると外の空気が心地よく、思わず伸びをする。
小春はこの後、両親と約束があるようだ。
「これあげるよ」
そう言ってセミ捕りの写真を手渡した。
「いいのかい?」
「もう一枚あるの」
「そうなんだ」
「本当はね、前からずっと渡したかったんだけどね」
小春の無邪気な笑みがこぼれそうである。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「ああ……」
「ここでいいよ」
「お別れだ……」
本当の意味での
お別れだ。
短い人生だったけど、今日ほど充実した日は無かった。
彼女は僕が死んだらきっと泣いてくれるだろう……
見送る僕
僕の人生はたった十数年だけど……
この時、もう一度やり直したいと切に思った。
やり直して小春と……
僕は愕然と肩を落とした
と、その時
背後から音もなく忍び寄る影
「はっ!君はっ」思わず声を上げる。
死神少女がとうとう姿を現した。
「やっぱり私が見えているのか?」
「もういいよ。覚悟は出来ている」
「そう……」
死神少女は地面すれすれを浮遊しながら通り過ぎてゆく。
「えっ?」
どういう事なのか?
「どこへ行くんだ?」
死に場所に案内するつもりなのか?
僕は死神少女を追いかけた。
すると死神少女は小春に取り付いていた。
「まさか?」
そう言えば死神少女の視線がやけに小春を捕らえていた。
今回の標的は僕じゃなくて
小春だったんだ
「やめてくれっ!」 僕は全力で走り出した。
見ると左方向より40’コンテナを牽引したトレーラーが運転を誤って
曲がりきれない様子で、滑る様にして横転した。
歩行者を巻き込みながらこちらへ突っ込んでくる。
「小春っ!危ないっ!」
スローモーションで周りの風景が展開されて行く中
どうして小春がここで死ななきゃならないんだと
何度も何度も心の中で叫んだ
すると
「運命なのよ」 あの死神少女がつぶやいた。
「運命なんかで片付けられてたまるかっ!」
僕は必死で走り
どうせ死ぬなら小春を助けてからでも
いいじゃないか
そう念じながら走った。
そして
間に合うはずも無いその距離を、僕はものすごい速さで駆け抜け
小春を突き飛ばした。
「間に合ったっ!?」
小春は声にならない叫び声をあげて……
一瞬時が止まり
この時僕は彼女との思い出を走馬灯のように思い出していた。
悪さをしていつも二人で怒られていたけど、全部僕が原因だった。
小春の教科書に落書きを沢山して、泣かしてしまった時もあった。
小春が自慢していたヘアーリボンを隠した事もあった。。
それでもいつも一緒に遊んでくれた小春。
そんな大切な存在を僕は見失っていたんだ。
今までの事、全部ゆるしてくれ
小春……
僕に突き飛ばされ、ゆっくりと彼女が中を舞い
無事に芝生の上に転げ落ち
僕の体はトレーラーにはねられた。
「これで良いんだ……」
小春は信じられないと言う表情でこっちを見ている。
「女神の力を使ったのねウルク……」
「いいじゃない……それくらいは」
一部始終を見届けた後、ゆっくりと姿を消していったあの少女は
幸運を運び奇跡を起こす『女神』と悲しみと死をもたらす『死神』の二面性を持つ存在だったと
意識を失う直前に僕はわかった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「秀明っ!しっかりっ!」
「秀ちゃんっ!」
移動中のベッドの上
朦朧とした意識の中に二人の声が飛び込んでくる。
そして、手に握り締めた一枚の写真。
あの時の写真か……
今でもまぶたに焼き付いているよ
確かにあの時の僕は凛々しい顔をしていた
でもその凛々しさは、時がたつに連れて
僕がどこかに置き忘れて来てしまったんだ
少しずつ……確実に
あ……
病院の廊下の片隅にあの少女が居た
髪の色は金色で白い衣装だった。
君は……
天使?……
まばゆい光が僕を包み込んでゆく
お迎えに来たんだね……
その天使の表情は
優しく微笑んでいるようでもあり
悲しみに泣きだしそうでもあった
THE END