J.B氏が贈るファンタジー小説読み応えがあるぞ!!

                  選ばれた戦士
はげしい日差しが大地を焦がし始めた、この大陸の朝はこれで始まる。一つ、また一
つと合わせて三つの巨大な光点は、古来よりこの地にすむすべての生き物に苦痛を与
え続けている。・・・・・
ザァーと風が鳴る、とそのとき森の中から一つの影が現れた。黒いプレートメイルに
ソードを二本ぶら下げたその男は、なにやらむずかしい顔をして道とはいいづらい草
に覆われた木々の間を進んで行く。
「この先いるはずだな・・・・うまく会えればいいのだが」
二刀のうち右手に持ったロングソードは血まみれでひどくいたみ、プレートメイルも
胸のところがかなり大きくさけている。それらは彼のここまでたどってきた道すじの
壮絶さを雄弁に物語っていたが、男のほうはと言うと鋭い視線を前方に向け力強い足
取りで先へ先へと進んでいく。ここは大陸の国々から遠く離れ村の一つも存在しない
いわゆる未知の地域である。ここいらが長い間そうありつづけた理由はほかでは見ら
れぬ強力なモンスターの存在にあったが、人間やそれ以外のいろいろな種族の者達
は、過去に幾度となくこの肥沃な土地を我が物にしようと大軍を送り込んだ。しかし
ことごとく失敗し、やがて誰も寄り付かなくなるといつの頃かここは「ディープウッ
ズ」と呼ばれ魔の地帯と化した。このなかにたった一人で踏み込んでいくとはよほど
の愚か者かそれとも・・・・・
緩やかな丘を越え小さい川に出たとき男の動きが止まった。低い体勢をとり目を細め
遠くを見つめる。常人の目には何の異変も写らぬその景色の中に何を見つけたという
のか?・・・・・いやまだ彼自身も正確には見えてはいまいただ彼に備わっている戦
士の血は近ずきつつある死の影をとらえていた。
「パシッ・・・ヒュン!」風を切る音とともに大きな黒い影がものすごいスピードで
川を横切り、そのあとを追う様に
次々と新しい影が続く。男は木の後ろにまわりこみやり過ごそうとしたが、群れの一
匹が急に止まった。ゆっくりとこちらにふりかえると他の影もそれに習う、今やその
正体ははっきりと確認できた。
「雷獣か・・・・・・ついてないなあともう少しだというのに」
男は痛んだほうのロングソードを捨て予備の剣を抜く。この雷獣という体長5メート
ルの獣は体を天然の硬い鎧で覆われ並みの剣では刃が通らない。それにこの獣を最強
のモンスターの一角をになわすに至っている力、頭にある二本の鋭い角から発射され
る雷撃波は大型のモンスターすら一瞬で黒こげにしてしまう。雷獣は一匹、また一匹
と彼のまわりを取り囲みはじめた。全部で28匹と言ったところだが、並の騎士で一
度に相手にするのは2匹が限界と言われている。つまり今はかなり絶望的な状況と言
えた。逃げると言う手もあるがこいつらは足も速いすぐに追いつかれるだろう。男は
剣を構え攻撃に備える、今や獣の包囲網は完成したようだ,。もうすべての雷獣が突
撃の体制をとっている。
「ドルルルル・・・・ ドルル」
低い唸り声があたりに響く、男も獣もまだ動かない。緊張した時間だけが過ぎて行
く。と、そのとき群れの奥からひときわ大きな体と立派な角を持った一匹がゆっくり
と進んできた、どうやら群れのボスらしい。ジッと男の顔を見つめながら低く吠え
た。
「オマエ・ハ・・ナニモノダ・・・・ココニ・ナニヲシニキタ」
急に飛び込んできた声に男は驚いたが、
「テレパシーか・・・・私はゼラドの騎士だ、この先に住んでいるというある人物に
会いにきた。私にかまわないでもらいたい」
いささか都合のいい話だとは思うが出来れば戦いは避けたいところだ。獣のボスはそ
れには答えず進んでくる、そしてついにその息がかかるほど側にきた。男はこんな近
くで雷獣を見たのは始めてだったが、白くつやつやした長い毛に包まれたその姿は森
の王者としての風格に満ちていた。しばらくして獣は口を開く。
「ココハ・・イロ・イロナセイブツ・・ノテリトリ・ダ・・・・・キヲツケテイケ」
それだけ言うとクルッと向きを変え立ち去ろうとする。
「なぜ見逃してくれるのだ?」
男は尋ねた。獣は少し振り返ると、
「オマエハ・・トテモツヨイ・・・ソレガワカルカラダ」
それだけ言うと二ッと笑った。と、言うより彼にそう見えただけなのかもしれない
が、・・・・・・ 男は森の奥に消えていく獣の姿を見送
りながら一つ大きなためいきをついた。もう日も暮れかかっている。この森のなかで
夜を迎えるのはあまり利口な行為とは言えないが少なくとも早くいくらかでも安全な
ねぐらを探すか、目的の人物の家を探し出すかの選択をしなければならない。彼は迷
わず後者を選んだ。そして先ほど捨てたロングソード拾い上げると、それを鉈代わり
に背の高い草やつたを切り開きさらに奥へと進んでいった。数100メートルも進ん
だころだろうか急に森が開けた、そこには1軒の家とそして・・・・その傍らにある
井戸の近くにある人影は・・・。男は期待に胸を踊らせ近づいていった。まだこちら
に気づいた感じはない、いや気づかないふりをしているのか・・・・?。これ以上近
づけば装備のこすれあう音で気づかれるだろうがかまわず先に進む、するとついにそ
の人物は振り返った。どうやらその人物とは女のようだ、井戸の水で髪を洗っていた
のかそれからは水滴がぽたぽたと落ちている。彼女は不思議そうにこちらをみつめて
いたがやがて、
「君は誰だ私に何か用か」
男はそれには答えなかったがその表情には歓喜の色が濃くあふれている。・・・・間
違いないこの女だ普段はその長い黒髪に隠されているらしいのだが、左目が剣切られ
たような傷で潰れている。今はそれがはっきりと確認できた。女は男の表情からその
意図を探ろうと試みたが複雑な感情を含んだそれを理解するには至らぬ。ついに二人
は向かい合った、今度は男が口を開く。
「あなたはカレン・・・・べスター国騎士団NO24のカレン殿か?」
「・・・・・・そうだ」
カレンと呼ばれた女は井戸のかたわらに腰を下ろし髪を拭き始めた。どうやら丸腰の
人間に急に切りかかってくるような悪党ではなさそうだったので、話ぐらいは聞いて
やろうと考えたのだ。本当はこのような無礼な輩にはそれ相応の挨拶をしてやるとこ
ろなのだが、まあそれはいつでも出来る。・・・・・男は先を続けた。
「私はゼラドの騎士フォーン。私と、私と戦っていただきたい。嫌だといわれようが
それを聞く時はない」
カレンは眉をひそめた。
「ゼラドとはあの4年前に滅んだ国のことか?」
「・・・・・そうだ」
男の顔には苦渋の色が浮かんでいる。本当はこのような威圧的な態度で人にのぞむよ
うな人間ではないのだ。それはすぐに彼女には分かったが、さてどうしたものか・・
・・・。カレンはしばらく考えた末、
「いいだろう戦ってやる。そのかわりお前の抱えている事情を話してみろ、私も何の
わけも知らず付き合わされるのはかなわぬ」
男は狼狽した。なにせべスターの騎士とは、狂暴で残虐な集団だと言う事は子供でも
知っていることだ。会った瞬間に戦闘になるだろうと彼は踏んでいたのだが、事情を
話せだと言われるとは想像すらしなかった事だ。男は少し渋っていたがやがてここに
くるまでに至った経緯について静かに語り始めた・・・・・・。
それはある日突然起こった。雨が上がったばかりの村では植物の匂いがむっとたちこ
めていた。少しばかり涼しくなった外の風に当たりながら、農夫達が仕事を再開しよ
うと立ち上がった時パッと砂埃が舞った。凄まじい速度で何かが駆け抜けていく。す
ると次の瞬間彼らの姿は、人間のそれとはまったく違うものとなりはてた。手、足、
首、胴とバラバラに切断されて弾き飛ばされ飛び散ったそれが地に落ちた時には、も
う村人の3分の一は同じ運命をたどっていたが、その誰もがは自分が一体どうして死
んだのかすらも分からなかった。彼、つまりフォーンが駆けつけた時にはもはや生き
ているものは一人もいなかったのである。だが彼は見た、城の方角に去っていく一人
の男の姿を。そいつは一度こちらを振り返るとさらにスピードを上げ、視界から消え
てしまった。フォーンはすぐに追撃を開始したがすぐに見失ってしまう。
「くっ・・・・・そっ、そんなばかな!!」
この世界には様々な動埴物がいるがその中でもグライゴアルと呼ばれる四本足の半昆
虫動物は、瞬間時速340Kmで疾走することが出来る。だが騎士の反射神経と目を
持ってすればそれはスローモーションにすぎない。幾多の魔導師の研究と太古の昔こ
の地にいたという神々のいたずらによって、人間の中には恐るべき能力を持って生ま
れてくる者が現れた。ある者は素手で大木を切り倒し、またある者は自在に空を飛び
水中の中ですら呼吸するすべを持った。それらの特殊な力を持つ者こそがこの大陸で
いっぱしの戦士と呼ばれる者だ。特に騎士ともなればその特別な力とともに高い戦闘
能力が要求される。フォーンはこの国で5本の指に入るほどの強力な騎士だが、その
彼ですら追えぬ相手とは・・・・・。とにかく村の惨状を見る限りやつらの目的は明
らかだ。幸いここは王城からかなり離れている、何としても奴よりもはやく城に戻り
この事を皆に知らせねば。フォーンは立ち止まり大きく息を吸い込むとゆっくりと静
かにはきだした。これが彼の力を使うためのいわば儀式である、それがどういった物
かは今は明らかではないが次の瞬間彼の姿は忽然と消え失せた。
この悲劇はついに城へも訪れた・・・・・・。この時、城のなかには辺境の警備にあ
たっていたフォーンともう一人を除いて、すべての騎士が集まっていた。王は去年氾
濫を起こした川への対策を練るために主だった者を集めて話し合っていたが、急にど
さっという音とともに何かが転がってくる。何事かと人々は振り返り転がってくる物
の正体を見極めようとしたが、その正体が知れるとそこにいた者はすべてはっと息を
呑んだ。それはこの国で最強の騎士と言われていた者の無残に切り落とされた首で
あった。
「おのれ何者かっ!!」
王は叫んだ。その先にはいつのまに現れたのか一人の男が立っている。
「クックックッ・・・・さあな、だがお前にとっては死神だ・・・」
「きさま言わせておけば!!」
王と騎士達は一斉に剣を引き抜き男のまわりを取り囲んだ。20対1という圧倒的な戦
力差ではあったが実際はそうではない。王の額からは玉のような汗が噴き出し、小刻
みに震える体は限界をこえた威圧感を受けているていることを雄弁に物語っている。
張りつめた空気の中ついに一人の騎士が動いた。
「おのれ我が剣で引き裂いてくれる!!」
騎士は攻撃を開始した。恐るべき速度で接近し必殺の一撃を放つ、
「グォォォォー!!」
激しい咆哮をあげ振り下ろされたそれは突然20本の剣の嵐となり男を捕らえたかに見
えた・・・・だが、現実はそうではなかった。ことごとく男の剣によって撃墜されて
いく。
「くっくっくっ・・・・・やはり三流国の騎士は三流だな」
彼は一言も発する事なくただうなだれていた、おそらく彼の最大の攻撃だったのだろ
う。
「おいフォックスあまり遊ぶな」
また一人男が入ってきた。一体どこから現れたのか血の滴るソードを右手に携え冷や
やかな笑みを浮かべている。その身にまとった装備どれをとっても魔法の光に包まれ
ていたが、より人々を恐怖におとしめたのは二人から発せられるどす黒いオーラのよ
うなものだ。しかし城の多くの人々の中でたった一人だけその正体を知るものがい
た、王である。彼がまだ若く数人の仲間と世界を旅してまわっていた頃、いくつか
あったモンスターとの戦闘の中で確かに見たことがある。だがそれを放っていたモン
スターとは・・・・。急いで左手に持ったロッドの力を使うと王の中でおぼろげでは
あるが二人の正体が浮かんできた。・・・・そこにうつったものとはやはり危惧して
いたそのものであった。
「こやつらを生かして城から出してはならぬ、全員突撃せよ」
王はこう叫ぶと真っ先に切り込んでいった他の者もそれにつづく、激しい剣の打ち合
う音がしばらく続いたがそれも長くはなくやがて城は静けさに包まれていった。・・
・・・・
フォーンはやっとの事で城に着いた。馬ですら7日はかかる道のりをたった1日で着
いてしまうとは一体どういう技を使ったのか?彼はすぐさま城の中に足を踏み入れた
がすべては終わった後であった。城内は血なまぐさい匂いが溢れかえりところどころ
に激しい破壊の跡が残っていた。彼はゆっくりと歩いていった。あるものに近づくた
めに。・・・・・それは比較的すぐに見つかった。まるで眠っているようだった。変
わり果てた妻の姿を見つめながら彼は立ち尽くした。
「グッ・・・クッ・・」
頭の中に何かがうねっている、・・・・呼吸すらままならない。やがてそれは一つの
形を取り始めると激しい怒りという感情となって彼を包み込んだ。彼はすぐさま城を
あとにすると追撃を開始した、それはいつ終わるとも知れぬ長い旅の始まりでもあっ
た。あれからもう4年の月日が流れ、やつらとの戦いに備えて厳しい修行にも耐え
た。だがはたして倒す事ができるのか?恐らくやつらとあいまみえるのは一生の内に
1回か2回だろう。やつらの実力はこの大陸一の騎士団レベルだ。少ない機会を逃さぬ
ためにも自分自身の力を推し量っておく必要がある。だから私はきた、べスターの騎
士と戦うために。・・・・・カレンは静かにうなずいた。
「家に入りな・・・・私は公務で疲れている明日でもいいだろう?」
森の奥地にある小さな家に灯がともった。
中に入ると外見からは想像出来ぬぐらい広く、少し大き目のテーブルが中心に置かれ
ているほかはどこにでもあるような幾つかの家具とレンガ作りの暖炉があるだけで高
価な装飾品やら調度品などは一つも見当たらない。とてもこの大陸一の大国の騎士の
家とは考えられぬが、ただ建っている場所の特殊性からして納得できた。カレン殿は
先ほど奥の部屋に入られたきりまだ出てこられない。フォーンは暖炉の前に立ちゆら
ゆらと揺れる炎見つめた。この大陸の夜は昼のそれとはまったく違いかなり冷え込ん
でくる。ここに辿り着くまでずっと野で過ごしてきたのでもう慣れていたが、暖かい
部屋の中にあるとかえっていろいろな考えが起こっては消えとても落ち着いた気分な
どにはなれない。フォーンは暖炉の前でうろうろと歩き回ったが、1歩あるくごとに
カチャカチャとアーマーのこすれあう音がするのでそれもままならずしかたなしに椅
子に座った。やがてとてもいい香りがしてきたかと思うとドアが開いた。
「やあ、待たせたな」
手にスープの入った器と、大きなパンのかけらを持ってテーブルの所までくると手早
くそれらをならべていく。彼女はもう一度奥に引っ込むと、今度は水の入った容器と
カップを持ってきた。
「あまりたいした物はないが、まあ食えよ」
カレンはそう言うと黙々と食事を始めた。いつもは料理なぞは侍女にやらせている
が、それは本国にある屋敷での話だまさかこんな所に連れてくるわけにはいくまい。
だが私にしては良くできたほうだまずくはない。
「・・・・・・・・・ん?」
チラッと彼の方見てみると食事を始めるどころか剣の柄に絶えず手をかけ彫像のよう
に動かずにいる。ひとくちも食さずに料理を評されてはたまらぬと何事か言ってやろ
うと口を開きかけたが、その前にあることに彼女は気づいた。
「ああそうかすまんな、だがいい心がけだ」
そういうと自分のスープの入った器と食器をフォーンのそれを取り替えた。
「これでいいだろ?」
フォーンはそれでも拒んだが、腹を空かせた半病人とは闘えぬとまで言われてしかた
なしに食べる事にした。考えてみればここしばらくまともな食事なぞとってはいな
い。とりあえず豆と羊肉のはいったスープを口に運ぶ。とてもいい香りがしたあと口
の中いっぱいにそれは広がっていく。彼は今までいろいろな料理を食してきたが、こ
れほどのものには出会ったことはなかった。いやそう思えるほど飢えていたのだろう
か?少し塩味のきいたパンも極上の味がする。彼はひさしぶりに深い満足感に満たさ
れていった。やがて食事がすむとカレンは食器をかたずけるために一度奥に引っ込ん
だ後、手にミルクの入ったカップを二つ持って戻ってきた。その一つを彼に渡すと、
窓の側に立ち空に上がった月に視線を向ける。
「・・・・なぁフォーン」
彼は視線を彼女に移したが、その横顔は先ほどとはまったく違う戦士のそれになって
いる。
「お前の追っている男を倒すのは二人でやったらどうだ?メイジと組めばまず間違い
なくやれるだろう」
これはこの危険な森の中で、一人でここまでこれた彼の実力を計算にいれての事だ。
だがフォーンは首を振った。
「いいやヤツは俺一人でやる・・・・・でなければ殺された騎士達の無念は晴れん」
事実、国が落とされた後他国がそれを知ったときわずか数名の騎士に滅ぼされるとは
ゼラドの騎士どもはふぬけぞろいだったかと失笑をかっていたのだ。それを耳にする
たび彼の心は暗く沈んでいった。
みていろ・・・・・みてるがいい。我が国で生み出された剣技の数々を、最強の騎士
とは俺の事だと世に知らしめてやる!・・・・。 その顔に強い決意の色を感じ取る
とカレンは小さくうなずいた。と、その時上で何者かの気配がした。フォーンもそれ
に気づき身構えるが、カレンはそれを右手で制した。
「ごくろういつもすまないね・・・・彼は違うよ」
彼女は気配の主に声をかけた。それに答えるように暗闇から白い顔がぬっと現れる。
「最近とくに厄介事に巻き込まれますなカレン様」
「聞いてたのか?」
「先ほどきたばかりなので少しはね・・・・では役目に戻りますので失礼します」
男はそういった後フォーンに目をむけ、
「あ、そうそうくれぐれも妙な事はなさらぬよう・・では」
また暗闇に消えていった。一体どこから現れたのか?確かにここには二人しかいな
かったはずだ。それは彼の持っている探査系の魔法がかかった品から分かった事だ
が、どうやらあまりあてにはできぬらしい。フォーンはカレンに向き直り尋ねた。
「彼は?」
「ああ・・・こんな所に住んでると夜寝込みをねらっていろんなやつが来るもんで
ね、守ってもらってるのよ」
「部下なのか?」
「いいえ彼は我が騎士団NO26だ、まあ確かに私の方が位は高いがね昔いろいろし
てやった事への彼流のお礼らしいわ」
カレンは空になったカップをテーブルに置くと椅子に腰をおろし小さくのびをした。
「我が騎士団はNO1から30までいるんだが・・・・皆とても仲が悪いんだ。私ぐ
らいさ皆と仲がいいのは」
「なぜだ?」
フォーンは興味深げに聞いた。
「そりやそうさ位がひとつ上がるごとに収入も権力も上がるからな」
「いいや聞きたいのはなぜ皆と仲がいいのかということだ」
彼女はしばらく黙っていたがやがて、
「私は魔法も使えるんだ。だから色々な魔法の品を作ってやったり防御を施してやっ
たりとね・・・」
・・・・・なんだと!彼は目を忙しく動かし部屋の隅々を見たがそれらしい魔道の品
を見つけるには至らない。カレンは急変した彼の表情に戸惑っていたがやがて、
「はっはっはっ、安心しろ位を決める闘技会では魔法は使ってはならぬ、私のNO2
4は剣の実力だよ剣のね・・・ただ」
彼女は立ち上がると暖炉の前に立った。炎に照らされたその横顔にはなにやら憂いの
ようなものが浮かんでいる。
「ただ明日はどうする、魔法抜きでやるか?」
フォーンは首を振った。
「いいやあなたの全ての力を使っていただきたい。でないと不公平だ」
「・・・そうか」
カレンはジッと動かずにゆらゆらと動く炎を見つめていた。・・・悪い奴ではない
な、だが彼は典型的な騎士だ戒律と正義を重んじそれを貫こうとする。この手のタイ
プは正直なところ長生きできない。戦いとは常に高度な戦略、センスとずるがしこさ
がいる。彼は引かねばならぬ時その戒律、正義感に阻まれいともたやすく死に向かっ
ていくだろう。事実そういう騎士を彼女は戦場でよく見かけた。2年前だったか、他
国との共同作戦で山を越えてきたモンスターを退治しに行った時だ。2〜3百と見て
いたその数はゆうに5千を上回りしかも相手が悪かった。当初リザードマン、オーク
と思われていたモンスターはサイオノイドモンスター”リガルガン”とそれに操られ
たグライゴアル達だったのである。この大陸でもっとも恐れられるモンスターの一つ
であるサイオノイドモンスターとは、強力な超能力を使い1キロ先から敵の精神を破
壊し、岩をも溶かすエネルギーボールをうち、そしてテレポートで接近した後、その
手にもつ独特の武器で攻撃してくるのだ。彼らは一見黒いカマキリに見えるが、よく
見ると触覚のかわりに羊のようなカーブがかかった角を持ち、6本ある手にはとても
大きくこれまた真っ黒なブーメランが握られている。この恐るべき殺戮兵器は鎧を紙
のように引き裂き、ある戦いではこの武器のために一瞬で24人もの戦士がバラバラ
にされたという。グライゴアルについてはその有名な移動能力と、胸にあるポツポツ
と開いた穴から打ち出される鋭い刺と爪がある。それに対しこちらは騎士が30人た
らず、メイジは4人しかしそのうち2人はすぐに精神を破壊されてしまった。この中
で彼女から見てまともに戦えそうなのは私も入れて3人、そのうち一人は同じくべス
ターの騎士NO25のジェイルと同盟国であるヴァーム国のマックス、あとは中の上
といったレベルだとてもまともには戦えない。
「逃げるしかないな」
カレンとジェイルはその為の相談を始めたが、ヴァームの騎士マックスはがんとして
それを拒んだ。
「この先には村がある、弱いものを守るのが騎士の勤めだ」
周りの騎士達もそれに続く。カレンは懸命にこの戦いの無意味さを説いたが、彼は耳
を貸さなかった。というよりは理解しようとしなかったのだ。カレンはこのような類
の人間をみるといつも思う。なぜそんなに死にたいのだ?どうにかなる戦力差ではあ
るまい、村人達は確かに哀れではあるが、しょせんこの世は自分で自分を護れぬ者は
死ぬしかないのだ。それは大抵どんな動物にも当てはまることではないか!人間が特
別と言う訳ではないそれが自然の摂理と言う物だ。とはいえ共同作戦であるこの戦い
で、戦わずに逃げたとあっては王にどんな処罰を受けるか分かった物ではない。よく
て国外追放悪くて死罪か。ふとジェイルの方を向いてみる。・・・・とても顔色が悪
い、あたりまえかっプッと彼女は笑った。確か彼は去年妻をめとり今年中には子も生
まれるとか、何がなんでもこんな所で死にたくはなかろう。
「やるだけはやるか」
仕方なしに彼女は剣を引き抜いた。そして自分の体からある装備を外すと、無造作に
ポイッとジェイルに投げつける。
「身に付けてろっ!!」
戦いは始まった。ヴァームの騎士達は勇敢だった。彼らは口々に自ら信じる神の名を
叫び、自分の何倍もの速度で突撃してきた敵に向かっていった。血煙が上がる。カレ
ンは空を駆け抜け敵の真ん中に躍り出た。途中で飛んできた黒いブーメランを剣で叩
き落とし、着地と同時にため込んだ魔法力でエネルギーブラスターを放つ。この古代
の魔導師が作ったとされる魔剣から生み出される灼熱の光線は、凄まじい勢いで敵を
つらぬいた。一瞬にして20匹ものグライゴアルが嫌なにおいを撒き散らし吹き飛ん
だ。だが、その勢いはまったく変わらない。チッ、と舌打ちしたその瞬間、四体のリ
ガルガンがテレポートアウトしてきた。一斉にその黒い武器を振り下ろす。とっさに
剣で受け流すが、二発は当たった。しかし幸い、彼女の魔法の障壁は、それらを見事
に防ぎきった。
「ヒュー、あぶないあぶない」
カレンは素早く呪文を唱えると、彼女自身最強の技をくりだした。一体何が起こった
のか?一瞬まぶしい光がカレンの体を包んだかと思うと、周りを取り囲んでいた四体
のリガルガンは、ことごとく胴体から上を永遠に失ってしまった。切断面から大量の
緑色の体液を吹き上げながらも、漆黒の武器を振り上げたまま二歩ほど進んだところ
でドオッと倒れる。
「ハアッ、ハアッ・・・」
カレンは息があがってきた、この技は体力を消耗しすぎるのだ。
「・・・グッ」
休む暇もなく彼女に向かって、今度は二十数発の精神破壊波が打ち込まれた。頭の中
に冷たいなんともいえぬ、触手のような物がまとわりついてくる。あらかたのマイン
ドブラストは魔法の障壁によって、その効果を消されたが、そのうちの幾つかは彼女
の脳にたどり着いた。カレンは急いで左手にはめた魔法のリングに呪文の言葉をかけ
た。その効果は間一髪間に合い、狂気の渦に巻き込まれそうになっていた彼女の精神
は護られた。だがジッとはしてられない、彼女はその華奢な体は想像もできぬ瞬発力
で跳躍した。そのすぐ後に、ギューンと風を切る音がしたかと思うと、ドス、ドス、
ドスと地に黒いブーメランが突き刺さる。
「・・・・・もうだめだな」
空に逃れたカレンは下の戦いを見ながらそう思った。30人いた騎士達はもう7人を
残し戦死してしまった。マックス、ジェイルはまだ生きているようだが、それもいつ
までもつやら・・・・。そういう彼女自身、約70%の防御魔法が破壊され、左手も
ブーメランに肘から下を飛ばされていた。まあ左手の傷はともかく、腹の傷が痛い。
恐らく内臓まで達しているのだろう。治癒の魔法もかけては見たが、ごていねいに再
生停止の力がかかっている。とりあえず痛覚と出血は止めたものの、早く治療せねば
持たない。自分一人ならなんとかなるが、せめてジェイルは助けてやりたい。カレン
は息を整えると呪文を詠唱し始めた。喉の奥から噴き上がってくる血を、懸命にこら
えながら意識を集中させる。この作業は、実はとても危険なものだった。もし今攻撃
されたら防ぐすべはないのだ。だが、幸いなことに呪文が完成するまで敵の攻撃はな
かった。急いで完成した魔法の焦点を、ジェイルに合わせると大声で叫んだ。
「ジェイル私の魔法を受け入れろ」
彼は大剣をうならせ、目の前のグライゴアルを一撃で絶命させると、振り返ってうな
ずいた。すると次の瞬間彼の姿はパッと消えカレンのいる空中に運ばれた。
「うあああっ!!」
飛ぶことの出来ぬ彼は突然の出来事に驚いたが、すぐにカレンが彼を支える。ジェイ
ルもつかまろうと、彼女の体に腕をまわしたが、ぬるっとしたものが手にまとわりつ
いた。
「おい、大丈夫かかお前!?」
「ああ、心配するな大丈夫だ痛みも止めてあるし」
ジェイルの方は比較的無傷だった。この戦いの前に渡しておいたアミュレットの力
は、見事に彼を守りとおしたようだ。ただ魔法の光がかなり弱っている、もう少しし
か力が残っていないだろう。
「・・・・・どうするカレン?」
ジェイルは敵の流した体液よって、べっとりとした顔を向けていった。
「引こう・・・・やるだけはやった。城にテレポートする、つかまってろ」
下ではもう一人しか生きている者はいなかった。それでもまだマックスは戦ってい
る。その表情には恐怖のかけらもない、ただあるのは正義を貫く為に戦う戦士のそれ
であった。彼が一度剣を振るたびに、十発以上の爪や、ブーメランが容赦なく彼を
襲った。悲惨な結末はまじかに迫っている。カレンは見ていられなくなった。急い
で、魔力のこもったイヤリングを外し呪文を唱えると、二人は眩しい光に包まれてい
く。ぼやけていく視界の中、ヴァームの聖戦士マックスは魔物の群れに飲み込まれて
いった・・・・・・・。

「さあ、もう休もう。奥の部屋を使いな」
カレンはテーブルの上を片付けながら言った。
「いや私は外でいい」
フォーンは立ち上がりドアへと歩いていく。
「だめだ!中にいろ。ここには私を倒そうとつけねらう奴等が、たまに来るんだ。寝
込んでいる間に殺されたくあるまい?」
「・・・・しかし」
「くどい奴だな・・・。まあ聞け、私だってな、もしお前が朝起きたら死んでまし
た、なんてことになってみろ寝覚めが悪いだろうが」
たしかに普通の人間にくらべると、強力な力を持つ騎士とは言え、寝ている時は普通
の人間のそれと変わらない。二十年前に処刑されたアサシンなぞ、十二人もの騎士を
殺したがその者は”戦士”ではなく、ただの人間であったそうだ。まあ魔法の品々
で、いろいろと防御を施して寝るのが普通なのだが、それすらやすやすと破る者もい
る。フォーンはそれでも抵抗したが、やがて観念したのか奥の部屋へと消えていっ
た。
「ふあ〜っ・・・」
カレンも眠ることにした。どさっ、とベッド倒れ込むと自分でも意外なくらいはや
く、彼女の意識は夢の中へと消えていった。

朝がきた・・・・。柔らかい日差しが部屋に入ってきている。
「チッ・・・チチッ」
小鳥が忙しく飛び回っている。カレンは目を覚ました。すぐには起きずに、うつ伏せ
のまま動かずにいるが、これには訳がある。背中が痛むのだ。朝になると決まって痛
みだす。何度か直そうと、試みたが直らない。それほど気にならないので、放ってあ
るが、まったく起きるのが嫌になる。彼女はしばらくそのままでいたが、やがてゆっ
くりと起きだすと、天井に向かって言った。
「彼はもう起きているのか?」
「はぁ、先ほど出て行かれましたが・・・」
声の主は昨日現われた騎士のものだ。
「そうか、ご苦労だったな」
男はその声に答えるようにすうっと消えていった。彼女は手早く朝食の用意を済ませ
るとヌッと窓から顔を出した。いたっ、なにやら木の近くで体を動かしている。そう
いえば他国の騎士たちにはその力を維持するために、1日必ず一定のトレーニングを
しなければならないというきまりがあるとか、ちなみに我が騎士団にはそんなものは
ない。その代わり年1回闘技会が行われるのだ。
「やあ、おはよう」
窓から声をかけてみる。
「ああ、おはよう昨日はどうも」
木にぶら下がり懸垂をしながら彼は答えた。
「朝食は?」
「もう済ませました」
「じゃ、少し待ってくれ」
カレンは首を引っ込めると朝食を摂り始めた。今日は朝から激しく動かなければ、彼
はなかなかやりそうだ。いつもはもう少し食べるのだが今日はここまでにしておこ
う。昨日まとめておいたレザーアーマーに手を通した。これを着るのは久しぶりだ
.。少し金具が錆びている。実のところ、出来ればもう着たくはない。無理して得た
NO24の地位だが、もう十分金は持っている。このうえは出来るだけ、この地位を
守った後は、ごゆるりと遊んで暮らすつもりだ。この大陸の南の国ファルクでは、こ
こでしか手に入らない高価な食材を使ったどんな食通をもうならせる料理があると
か、そのうえはそこまで足を運び大陸中の料理を食べ歩こうか。・・・・まあ今まで
何回も何回も死にかけたのだ、私にはその資格があるだろう。
「ふぅ〜っ」
やっと着終わると外に出る。
「またせたね」
「・・・・いいえ」
ブン、と音をたてながら少々高い枝から飛び降りた彼は、空中で1回転した後、しな
やかな体を駆使してストッ、と着地してみせた。その体さばきといい、飛んでから着
地までの隙の無さといいたいしたものだ。普通、プレートメイル等の動きのかなり制
限される鎧を好んで着て戦う戦士には、これほどの柔軟な体持つ者は少ない。それよ
りも腕力と脚力があるほうが有利に戦えるからだが、どうやら彼にはその考えは当て
はまらぬらしい。カレンはフォーンがその装備をすっかりつけ終えたのをみはからう
と、少し離れた開けた場所へと移動することにした。これは彼との戦闘で、家にと
ばっちりがくるのを恐れてのことだ。やがて目的の地に着くと、その真ん中あたりで
二人は向かい合った。
「ではいくぞ、よいか?」
カレンは剣を抜いた。フォーンもそれに習い、腰にぶら下げた二本の剣を抜く。双方
のもつ剣からはぼんやりと、魔力のこもった品特有の光がにじみだしている。
「・・・ええ」
戦いは始まった。だが二人は構えたまま動かない。お互い牽制しつつ出方をうかがっ
ている。緊張が高まってきた。相手が少し動いてもそれが肌で分かる・・・・・。張
り詰めた空気の中、大陸最強にして凶悪な騎士団の騎士と、滅びさりし国の孤高の騎
士はついに激突した。二人ともほぼ同時に地を蹴ったあと激しい音を立てて刃と刃が
ぶつかり火花が散った。フォーンは恐るべき速度で二本の剣をたがいにうちこみ、さ
らに剣を振るスピードを巧みに変え、小刻みにフェイントをかける。そして放った剣
の軌道を90度ひねるように変え、彼女の速い動きをを捕らえようとする。まさに神技
にも等しいその攻撃を、一本の剣と体技でかわすカレンの技もまた神技であった。
(フッ・・・やはり本物だ)
フォーンはまさに、噂どうりのベスターの騎士の実力に目をみはったが、本当に彼が
望む戦いはこの先にあった。まだお互い切り札を隠している。フォーンは一度後方に
飛びすざっって体制を整えると、自分のある能力のスイッチを入れた。再度突進す
る。カレンはそれをまともに受けずに横っ飛びにかわすと、肺に溜まった空気を鋭く
吐き出した。騎士の強靭な体は、その息すら武器とすることが出来る。彼女の放った
ブレスニードル(みえない空気針)は、フォーンに当たった。いや、正確には当たっ
たはずだった。それが彼の体をすり抜けたとみえた瞬間、カレンはフォーンの剣に捕
らえられた。
(しまった!!)
あらかたを剣で受け流したが、三発もヒットを許してしまった。幸い、防御魔法にそ
れらは止められたが、もし剣に防御破りの魔法がフォーンの剣にかかっていたとした
ら・・・・・。カレンは驚愕した。
(やる、・・・こいつの実力は、我が騎士団でも高いレベルだ。こうなれば私も力を
尽くさねば)
カレンは自分の考えの甘さを、認めざるをえなかった。なにせこの戦いの直前まで、
彼のひたむきなその姿に少しばかり同情していた彼女は、わざと負けてやろうかとも
考えていたのだ。カレンはすぐに気を取り直すと、自分の力を最大限に引き上げた。
二倍・・・三倍ともうすでに十倍まで体を加速させていたのを、彼女最大の十五倍に
まで高めた。もうこうなると微妙な、バランスを取ることは不可能だ。つまり自分自
身の耐久力以上に体を動かしてしまい、肉体を破壊しかねないが、しかしもうこれし
か方法がない。こうなるとさすがにフォーンの動きもスローに見える。視界もオレン
ジ色がかり、息も苦しい。剣を振ろうと動かしてみるが、何かに押さえつけられてい
るようになかなか進まない。だが、一度動き出すとスッと軽くなる。それはフォーン
には当たらなかったが、凄いのはその後だった。恐るべき速度で放たれた斬撃は、そ
れが外れたにもかかわらずソニックブラストを生み彼に襲いかかった。
「・・ぐっ!!」
とっさに剣で防いだが彼は吹き飛ばされた。カレンはこの好機を逃さず凄まじい速度
で追い討ちをかける。フォーンもすぐに体制を整えると、真っ直ぐロングソードを突
き出した。彼の目が怪しく光る。しかし今のカレンにとっては、スローな動きにしか
過ぎない。やすやすとかわして斬りつけた。いや、かわしたと思った次の瞬間、予想
もつかぬことが起こった。
「そっ、そんなばかな!!」
胸に激痛が走る。そこにはかわした筈の、剣が突き立っていた。かかっていた防御魔
法はすべて破られ、レザーアーマーも突き通されている。とっさに身をよじってかわ
したが、彼が本気で突いていたら間違いない、即死していただろう。彼女はバランス
をくずし、土煙を上げ横転した。少しは受け身も取っていたが、なまじスピードをあ
げていたのであまり効果はない。岩や木激突しなかっただけでも良かったほうであ
る。フォーンはすぐに剣を収めるとカレンにかけ寄り助け起こした。
「大丈夫ですか!!・・・カレン殿!」
(・・・・・・・大丈夫な訳ないだろうが!!)それが彼女率直な意見だったが、胸
を強打しているのか声がすぐに出ない。ややあってやっと声が出せる様になる頃に
は、自分の体の状態が分かってきた。どうやら腕と足が一本ずつ折れているようだ。
まあこれくらいで済んだのだから、良いほうだろう。カレンは苦笑い浮かべた。
「これだけの力があれば、お前の言っていた奴も倒せるだろうよ」
「ええこれで確信が持てました・・・しかしあなたにはひどい怪我を・・・」
フォーンはそう言うと、少しうなだれた。だが仕方がなかったのだ・・・・。彼とて
彼女の身をむやみに傷つける気など無かったが、それを思いやるほどの余裕などはな
かった。言い換えるとそれほどまでに彼自身も追いつめられていた。
「気にするな、一日あればこんな傷再生するよ・・・いつもならすぐに直るような装
備を付けてるんだが」
カレンはフォーンの手を借り立ち上がった。
「お前の貧弱な装備に合わせてやったのだ。感謝しろよ、本当の私の実力はもっと上
だからな!・・イテテテッ」
フォーンは彼女に肩を貸しながらうなずいた。その顔にはわずかに安堵の表情が浮か
んでいる。
「ええ分かっていますよ、しかし大したものだ。私が戦った騎士には有名な奴もいた
が、これほど強い者はいなかった」
「分かれば良い・・・とりあえず家に戻ろう」
二人は来た道をゆっくりと戻り始めた。カレンの足の怪我の為に、帰りはかなり時間
をくってしまったが、昼過ぎには無事に着くことが出来た。そしてフォーンの手を借
りて装備をはずすと、早速ソファーにもたれ込んだ。
「ふうーっ」
傷のほうはだんだん治ってきているようだ。だが、まだ一人で歩けるほどではない。
早く身体に付いた血や、砂埃を洗い流したいが、それが出来るのは夜になる頃だろ
う。
「なあフォーン、いつ旅を再開するつもりだ?」
「あなたの怪我が完全に治ればすぐにでもと考えていますが・・・・・」
「・・・・そうか」
カレンは折れていないほうの腕を、頭の下に持ってくるとしばらくの間考え込んだ。
沈黙が随分長く続いたので、フォーンは心配になって彼女の顔を覗き込んでみたが、
どうやら眠り込んでいるわけでもないようだ。それからもしばらくはそんな状態が続
いた。
「フォーンお前しばらくここに居ることにしろよ」
「えっ・・・なぜ?」
急に沈黙を破った彼女の突然の提案に、フォーンは戸惑った。しかしカレンはそんな
彼にはおかまいなしに、ソファーからのそのそと立ち上がると、隣の部屋に歩いてい
こうとした。急いでフォーンはよろめく彼女の身体を支えた。カレンは彼に視線を移
すと不敵な笑みを浮かべ、耳元でささやいた。
「良い物をやる・・・・それもたくさんな」


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