愛犬スバル死す




わが愛犬スバルは1997年4月生まれ。
キャバリア・キング・チャールス・スパニエル・牡。
2004年2月17日、朝の散歩の途上に死す。




●2月17日(火)、晴れの朝7時、ABグラウンドをいつもの散歩。
きさらぎの光の公園(その)をまた今朝ものどかに歩む夢とやいはむ
われらゆく口笛吹いてランランとこの七年(ななとせ)の早春(はる)の道なる
駆けゆきてまたふりかえるつぶらなる目と交わしたるわれらの夢ぞ
しろがねのかがよふ朝をもろともにわれら駆(は)せゆく春のことぶれ
この春の光浴びゆくわれらなる楽しかりくば夢を明かそう

●城址公園に向かう。
また今朝もお前と行かむ道なれば光満ちたる春の城址よ
あかねさす春のわれらのひとときに花の梢のしだれほほゑむ
八ツ橋の赤くかかりし池めぐり朝の光にわれら愛(かな)しも
国守る気概などなきわれなれば朝の光に愛す一匹
あかあかと朝焼く公園(その)の風立ちて口笛吹きてわれらゆきしを

●躑躅の木の影で横転し痙攣。抱きかかえ、近くの草地動物病院へ駆け込む。
痙攣すお前をいだきひた走るかかる小さきいのちを祈り
先生、助けてくださいーー痙攣に苦しかりけるわれの一匹
おいスバル、行くぞ! 散歩に嬉しくば駆け寄りきたる声をいくたび
喉こじあけてチューブ差し汚物吐かせど何もなし容態悪化
うつろなるその目に向ひ叫びたるスバル! スバルとわれは狂ひて
刻々と時間過ぎゆき吐瀉(としゃ)なきて力うしなひくずれゆきしを
毒物は検出されずはてといふ獣医師みつめわれはうつむく
いやこれは劇薬なればいかばかる涙こらへてわれは詰め寄る
いくたびも呼びかけらむか苦しみに目もうつろなるきみをいだきて
●9時、絶命。
苦しみに喘ぐひととき死にゆくを小さき呼吸(いき)にわれは触れぬも
一度立ちまた伏せゐたるあはれなる何ゆゑわれの崩るるスバル
心臓音波ゆるやかに消へゆきて眠りゐるその目に光る涙一滴
解剖しますか、いいえーーひたすらに許しておくれ許しておくれ
二時間にして死す運命なればまた来ん春を憎みて叫ぶ
なにゆへぞかかる仕打ちのなにゆへぞ 拳をにぎり天をあおぎぬ
いま死してまだ暖かき一匹の炎(ほぶら)よ上がれ天突き燃へよ
●家に帰り亡骸に伏せ号泣。酒、一升が明く。苦しい。
一升酒を飲み干して汚れたる首輪とリード酔ひて洗ふか
花吹雪けいのちやなにぞこの夜に冷たきお前を抱きて眠る
抱きしめて抱きしめて寝る夜半の月頬寄せ叫ぶ目を覚ませよや
ああ無残 慟哭かくも運命(さだめ)なるわがきさらぎを狂(ふ)れて舞はぬか
夕暮れに叫びすがりていづくにかあはれさやめき花の雪降る

●2月18日(水) 朝の光の中ににスバルが笑っている
ぬばたまの闇に駆けゆく春の日にわれらは風となりて候
楽しかる日々にてあらばうららかに光にまみれ野を駆けゆかむ
あだに散る花の梢にうそぶきてまた不憫なるおまえを抱く

●夜、近所の福室さんが見舞いにきてくれる。夜遅く家人が旅行先から帰宅して号泣。
口笛にきたるおまえとほほゑみぬ人知るなゆめ花揺れやまず
うらみても泣きても闇夜(よる)のふけゆけば冷たくなりぬお前をいだく
責めるなよこぞスバルなる運命や 福室孝三郎氏の手握る
またかくて運命(さだめ)の花の吹雪きゐる喚(おら)びの春となりにけるかも
どうしたの あなたがいけない泣きわめく妻を静かにわれは見てゐる
●2月19日(木) 朝、スバルと歩く散歩コースを辿る。お友達だったマロン、ココに会う。
行くのだよ その公園行くのだよ夢つむぎしかわれの七年(ななとせ)
許すなよわれを憎めよひたすらにかよわきいのち奪ひゐたれば

●花、そして好きだった餌(ユカヌバ)をダンボールの棺に入れる。
花に笑(え)み睡れる朝の光なる棺をかかへわれはよろめく
両腕にかかへる棺に眠りゐる小さきあはれきみの夢かな
数々の思い出あらば花に添へこのつれなきを夢醒めゆかな

●10時、斎場。手続きをとり滑車に棺を置いて帰る。
好物の餌と花の棺十三キロ六千円、春の斎場
さらばさらばわが友よせつなくば夢の中にて抱きしめてやる
ありがとう花いっぱいの日をくれぬ思い出くれぬスバルにあるか
つれなくも無明の春にゆかましをただほほゑみて見送ってゐる
おもひ出は春の悲天に駆(せ)ゆきてわれのいのちのめぐるなりけり

●雨水。早春の明るい日差しいっぱいの部屋にもうスバルはいない。
もうゐないゐないのだこの早春(はる)をわれと語らひ行かましものを
酒飲みて耐えにし夜にメール打つ狂ひの歌の五首七首
ドウシタノ イツモシズカニ オダヤカニ ボクハコウシテ シヤワセダッタ
イイノダヨ ボクハタノシク カケテキタ ユメノ七ネン アリガトウ 
春あさみ何遂げ告げむ涙雨夢の明かりに花の揺れゐる
現身(うつしみ)のわれを責めゐてよる更けて闇の疾風(はやち)に犬の鳴きゐる
●田村さと子さんにメール。ペンクラブで犬の本を一緒に書いた同志。涙に画面が見えない。
辛いでしょう辛いでしょうね犬好きの田村さと子のメールに泣きぬ 
暴力と恋のラテンの風くれぬ田村さと子に泣けと叫ぶも
もうお前のいない部屋に花飾るもうお前は帰ってこないのに
夕暮れの川原にひとりたたずめば狂ひ探しぬ汝(なれ)の面影
過ぎゆけば早春(はる)のひととき相見むもいづくに睡る風よ叫べば

●2月19日、スバルのいない生活が寂しくはじまる。
おお春よ 黄泉(よみ)の原野を駆けゆけばスバルよわれを連れ行きしかな
どこへ行くどこへ行くのだこの闇を駆け行きゐれば夢にめざむる
また会おう その花吹雪く日にあらば汝(なれ)とは舞ひてうたひ遊びぬ
たまきはる不在の部屋に哭きてゐる春の夕べの昏れてゆくかも
死して三日耐えざるも咎ある身をば八つ裂きにせよ
このゆふべひとり川原にさまよへばお前を忍び泣きぬれ果てぬ

●2月20日、山本掌さんが花を贈ってくれる。
花束を贈りし人の愛(かな)しくば山本掌よ明るき春よ
花陰に鬱金の扇もちゆきて舞はざるわれの罪を許せや

●快晴で暖かく、東京に出る。
着替えしもすがりつくものゐなければ寂しくわれはネクタイ結ぶ
都会(まち)に来てその雑踏にまぎれてもわが寥々の原野つづけり
おお春の街のそぞろの烈風よわれを攫(さら)ひて連れさらましを
国破れても山河ありしと問ふか雪ぞみだるるわれのきさらぎ
通りゆきふと気がつけば書店にて犬のカタログ購ひて寂びしき

●お茶の水仲通り・太田姫神社に参拝。
いたいけなお前をさえも守られぬ壮士(おとこ)にありて流れゆくはや
ほのあかき夜(よ)の太田姫(たわやめ)にぬかずきて祈り寂しき街をさまよふ
不況ダブルの憂き世なる酔ひしれて夜の酒場のさやけき快楽(けらく)

●2月21日暁闇に目覚むーーいずくんぞ、知らん、忘憂の花。
 
暁闇に熱く吠えけりきさらぎの風の刺客となりて駆けしや
わがいのちともやはらかき小さきにふれてきたるやあはれ七年(ななとせ)

●午後、なすこともなく小庭の繚乱の侘介椿の剪定。
繚乱の花にてあらば伝えてよ義に生くわれの扇いづこぞ
ゆるしなき日を生きしなに逐(や)らむかな花あやめてをいのちこととひ

●安森敏隆よりの「悼スバル」のメ−ルに、また泣く。
はるかなる京の日暮れにわが青春(はる)をこととひしかば安森敏隆
おれはかく愚劣な男となりにけりついに上洛せしこともなく
かの疾風怒涛の京洛(まち)をましぐらに貴様は何を見たるといふか
いやおれはなだれゆきしを雪吹雪 夢うつくしくさらばといひき
安森よあとしばしなるくれなゐの酒もて京の春の盃

●夕暮れ、またいつもの道を行き、慟哭。
ゆふぐれのいつもの道をあゆみゐて蔑(さげ)すめ嘲笑(わら)へあはれ男よ
屈せんと地に伏しされば風ゆくを昏れざるときを人知るらむか
人形の町に月冴え雛祭りちかづく日々をほほゑみいたり
(う)せてむなしき花いらへなきすべのゆるしなき日にまた睡りゐる

●2月22日、暁闇に目覚む。
(あま)つ日の夢かはす袖いのちなるみよひたむきにあはれ生きしを
眉さむき朝いづかたに風ありて裂かれたる愛もて過ぎゆきぬ
夜が明けてまたくる時のさざめきぬ流れただよひくずれ寒しよ
また来るスポーツ公園の木陰 今朝嘔吐する春をあざむき
(あま)光る苑(その)に戯るわれらなるさやけく唄ふ童謡(わらべうた)かな

●午後、月光短歌会。福島泰樹と湯島から浅草、上野に飲む。
菊姫に酔ひて根岸の黒時雨 鴫啼きゐれば男の憂れい
くるはずおりて花吹雪はかなきを語りて問はん言ひし朋はも
酒酌みて嘯きさなり風さびし無頼の春に泣き濡れてゐる      
さかづきをあげこころざしひそかなるいざうれ木曽の二万騎駆けむ

●2月23日(日) 突風吹く。夕べの酒が残りしも、朝のスポーツ公園。風が唸っている。
風の鳴る公園(その)に佇みこととひて涙千切れて七日がたちぬ
早春(はる)の日に絶えゆくいのちしづかなり風にさすらひわれらゆきしを
きさらぎの朝の光につつまれて口笛吹きぬまさきくあらば
渺茫のときの流れのさびしかる七日を終えてわれは居らむか
さあスバル さらば別れの涙かなさらば別れの涙をそそぎ

●七日夜、スバルが黄泉比良坂を駆けてゆく。
かぜかよふなれははなやぎたずぬともあひ見むものか夜はふけゆく
花の香のかをるばかりのたまゆらのしずかに駆けよ黄泉比良坂(よもつひらさか)
すすり泣くかぜに情(こころ)を誰か知る雪降るらむか夜に発ちくる
ともすればなだれくづれし咽び泣きわがきさらぎぞ奮ひて立てりな
モモ、マロン、ポロありがとう光りみち慕ひすりよる千世にといはむ
遠世(とほよ)からささやきゐたるあたたかき羞しきあはれわれのたまゆら

くづれしをその苦集滅道(くづめじ)に行き昏れてはりさけながれわれは生きるを
(と)りて走れよと叫ぶいまさらにながらへたるか花の怒涛よ
殺したるわれの罪なることなれば責め切り刻め黒きうつし身
また来む春にうつむきていづこなる風のたよりにさまよひいでぬ


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