開示された内なる<叙情と闘争>

葛藤する辻井喬の”戦後”とは何か

黒古一夫著『辻井喬論――修羅を生きる』(論創社)
 


 本書は詩人・小説家である辻井喬の「家族、政治、転向、経営者、詩・小説という文学」について詳細に解明している。

ここについに本格的な文学研鑽がおこなわれ、厳粛で説得力ある作家論がなされた。辻井喬は詩集『不確かな朝』を経て『異邦人』でデヴューした。つづいて複雑な家庭の人間関係を背景にした『彷徨の季節の中で』、『いつもと同じ春』、『暗夜遍歴』など自伝三部作が精力的に書き上げられている。

あわせて経営者(西武セゾングループ代表)として、常に戦略的企業集団は七〇〜八〇年代の大衆消費社会に“総合生活産業“をくりひろげ、西武美術館を始めとする多様な文化事業を展開した。華麗な資本の論理による流通マーケティングの狂乱の宴だった。

多くの作家と作品に分け入り戦慄的な「時代と文学」の論考を深める著者は、ここでは思惟する同時代人なる表現者・辻井喬と経済人・堤清二の軌跡を、「二足の草鞋」を履いた者ならではの「修羅」の生きざまとして同情的に断定している。だが、それもいってみればビジネスの時間と文学の時間は相互補完的にバランスをとっていたのであり、その自己否定の内的矛盾も、つまりは混然一体の独自のニヒリズムであるようにおもわれる。

それにしても、文学は負のコンツェルンの宿業としての内的な闘いだったか。父親との確執から一族の帰属に悩み抜き己の出自を確かめることが初期の作品テーマであるが、現実は革命運動から脱落した敗北感をともなう文学への転身であった。

多感な時代を巡る変節の中で、辻井喬の悲哀と葛藤の正体が明かされる。すなわち、戦後革命運動に寄せる期待の幻想はともあれ、政治と文学の問題は「人間、いかに生きるべきかといった文学の本質=王道を基底に、政治から文学への転進に成功した」のであると著者は指摘する。「辻井喬のような転向意識なき転向は運動からの離脱意識や敗北感はあっても、自らの思想・信条を裏切ったとう意識は希薄」だったとも検証される。

作家は作品によって評価されるのだ、と本書が一つ一つの作品を躍動感豊かに手際よく解明していることも印象深い。さらに著者はその核心をつき、辻井喬をして「最後の戦後派」と位置づけ、「無責任体制に対する異議申し立て」をし、戦争と天皇制に「真摯に向き合うところにおのれの文学を打ちたてた」という。「作品から浮かび上がる最後の戦後派」の光と影の構図が綿密に考察されている。文学王道への論陣が冴えわたる。

顧みるにいわゆる戦後文学には普遍的な世界にむけられた大きな視野があったのだが、そこには人間を問いつづけ、いかに生きるべきかを根源的な問題としている。そうした意味がデジタル化された現代には拠り所もなく失効してしまった。それにかわり、奇妙に明るく軽い浮遊感覚ののっぺりした無風の幻野がひろがって久しい。確かに文学は終焉したのだろう。多彩なブックレビューの前に純文学や私小説の命の回路は無残に断裁されてしまったのだろう。だが、3・11に直面し真の言葉の回復を念じ、ある一面において、改めて戦後文学がただされようとしていることも否めない。

はたして、辻井喬の内部における戦争や戦後はいかに相対的に思想化されているのだったか。わたつみの彼方に潰えた青春群像を鎮魂し、そこに敗戦の汚辱は未だ何も払拭されていない。血塗られた永劫の夢に心の痛みがうずく。そもそも自らの昭和史とは、散華を永遠化しようとした若い死の浪漫の山河のいったい何であったのだろう。

『わたつみ 三部作』における思想詩は、戦争犠牲者に対する鎮魂とともに、悲惨極まりない戦争が時代と文学のありかを考えさせる。戦後的日本のエートスの光芒が現代の迷妄を痛撃するのである。

 それこそ「反戦主義者・護憲派の文学者」としての歴史、故郷、文化など戦後の断絶のパトスであり、ここからあらゆる思想を共有し世界を語る言葉を求めるこもごもの声が聞こえてくる。かててくわえて、詩人・小説家と経済人たる孤高の二者の回顧総括により開示された内なる<叙情と闘争>は、まぎれもない戦後的言説による憂愁と怒りの十字架である。リアルな実生活の実感にもとづく論理的熱気として、未来に向かった鮮烈の運命的クロニクスであるといわねばならないだろう。

にもかかわらず、多くの文学賞を始め日本芸術院賞恩賜賞などを受けながら、その文学の本質において、「一般的な作品評価がなされない」と示唆される現実があることも決して看過できない。

――辻井喬の小説の世界は重層的な物語の灯りに揺れ動き、いつも心の昂ぶりをもって読んできている。本書を通読し、痛切にそういうことをしきりにおもっていた。



『図書新聞』2012年5月19日号

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