知性と感性の相克

いかに抒情するか




『和田周三全歌集』
短歌新聞社



 このほど『和田周三全歌集』(短歌新聞社)が発刊された。
『微粒』(一九五六年)から『越冬』(一九九六年)に至る八歌集二千五百九十七首、その他に出詠された作品百四十五首が収録されている。

和田周三は一九一三年、京都生まれ。十九歳で作歌をはじめ、「現実的抒 情主義」を提唱する小泉苳三を師と仰いで結社「ポトナム」に参加。その教えを深く学び、精力的な活動をはじめる。ちなみに、当時、同会には小島清、国崎望久太郎、白川静、淵定、山元一郎、清水瑞一郎など錚々たるメンバーが連なっていた。立命館大学では近代文学の創世記の研究で学位を得、日本文学史をはじめ、芥川龍之介、石川啄木など近代文学を中心に講じ、一九九九年七月、八十六歳の生涯を終えている。本書は六十年間の作歌生活の総集編といっていい。

 ・現実に通へる夢の怖れもち真昼の道を行きて帰りぬ 『微粒』
 ・わが額(ぬか)に頬に沁みくる光ゆえ生きてありとも風冴ゆる道 『雪眼』

和田周三の作歌理念は、一貫して揺るぐことなく師の小泉苳三の説く新抒情の発展と継承にあった。すなわち、イデオロギーや権力志向に反撥する怒り、嘆きを直接的な表現によらず、「日常の風物や自然によって象徴的に表現する方法」をとることであり、しかも日常性に即した写実を否定し、そこから惹起された感動をもとに、新たな詩的普遍性を構築していくのである。知性と感性の相克のはざまで、社会的現実に当面して生じる現実感を「いかに抒情するか」。この根源的な問いつづけの中で、和田周三の詩魂は無限の精彩を放っている。まさに、「現実的抒情主義」の真髄に即した「現実感象徴」を念願としたゆえんなのであろう。明晰な詩論を背景に独特の円熟した歌風がうちたてられている。
 
 ・明けそめし東天にして三日月はほのかに全き円還を見ず 『春雷』
 ・信ずる神異なるゆえに殺し合う神は天にて采配振るや 『越冬』

同学で、六十五年に及ぶ交友を回顧した白川静の弔辞は、「穆として清風の如し」とその人柄をたたえているのも興味深い。

学恩を深く受け継ぐ上田博は「略年譜」を、大西公哉・国末泰平は「解題」を執筆担当。また、激動の六〇年代の立命短歌で大きくはばたいていた安森敏隆の「和田周三の人と文学」は、京都アカデミズムと歌壇ジャーナリズムを視座におきながら、繊細な体温感覚を持っていた師の身近にいた者ならではの渾身の歌人論を展開している。


『図書新聞』(2003年7月13日号)

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