日録●太田代志朗●2026年 

3月25日(水) 大宮公園で花見。
東武ライン北大宮駅で降り、T君とぶらぶら。
大宮公園は薄曇りの空の下、淡いピンクの櫻が咲き誇っている。
中でも「ジンダイジサクラ」と名札のある木が燃えあがるように眩しい。もう酒を飲んで騒ぎ明けることなく、あれこれの四方山話、氷川神社に詣でてから参道をゆく。大宮駅ルミネのレストラン街、大かまど飯・寅福で昼食。
スマートウォッチは7.200歩。帰りの電車に乗ると、花の雨が降っている。
「花実の折は忘れめや。草木国土まで成仏の御法(みのり)なるべし」(『西行桜』)や。


3月23日(月) 花曇り。
昼前に公園ウォーク50分。
送稿しての風韻なき1首がどうにかならぬかと悔み、項垂れている。
はたして世にいう老熟とは何であろうか。短慮、才なき身の顛末なりや。
トランプのイラン侵略戦争、そのアメリカと内密のホルムズへの自衛隊派遣か。各地で「憲法第9条を守れ」デモ。


3月22日(日) ちらほらの花。
晴れ。暑さ寒さも彼岸まで、いよいよ春本番がやってくる。
朝方は寒おすけど・・・小庭の侘介椿がいっせいに咲きつづけている。
昼過ぎの公園ウォーク50分。
櫻花もちらほら咲きはじめ、屋台も出て、人で賑わっている。
福島泰樹氏に「くれなゐの雨」30首おくる。混沌の転調。
・老いてしもくれなゐの雨混沌と


3月19日(木) 東京に開花宣言。
晴れ時々曇り。気温上昇20℃。なぜか今一つ体調リズムがはかどらない。
運動スクールに行く気もなく、公園をウォーキングポールで50分。ハクモクレン、レンギョウ、ユキヤナギ。
『言霊の舟ーー白川静・石牟礼道子報復書簡(藤原書店)読む。30首「くれないの雨」に悶々。


3月17日(火) 彼岸の入り。
晴れ。眼鏡市場で眼鏡をあつらえる。
4、5年たち感じがよくなくなり、豊富なフレームから好みのものを選ぶ。
公園をウォーキングポールで40分。
石川淳『狂風記』再読。このイマージュとパロディの波乱万丈。
・清かなる夜叉にしあらばくれなゐの四百十八首 四月十八日


3月16日(月) ウォーキングポールで40分
晴れ。夕べは何か追われる重たい夢にあえいでいた。
昼前、公園をウォーキングポールで40分、2.500歩。
膝の負担が軽減され体力向上やシェイプアップ。上半身の活用で有酸素運動の効果が高まる。ーーということで第1日目から、これまでの杖行と違って楽しく歩く。
転寝&読書。春の駆け足、各地の開化時期が伝えられる。
・比良坂になびく黒髪ほゝえみて告げむ朝(あした)の紅きくちびる


3月15日(日) 晴れ。
晴れ。家人の茶道教室。1カ月休みでお軸に遅れお雛さま。
炭点前、薄茶で最後にご挨拶して一服いただく。夢幻庵の閑寂幽玄、大変なお手間、静かなひととき。成人式後に体調を崩した孫姫は春休みで塾アルバイト(講師やチューター)、また江の島へ遊びに行ってきたの由。
短歌30首「老残日乗」がなかなかまとまらない。


3月13日(金) 曇り。
曇り。ちょっと肌寒く10℃。
家人とスーパーへ買い物、1週間分。このところ食欲なし。
昼過ぎの城址公園40分、跛行2.100歩。スイセン、サンシュ、ユキヤナギ。
転寝&読書。夜、TVに映画『明日に向かって撃て』(米:1969年)。アメリカン・ニューシネマ。アウトローたちの青春。
緊迫の中東情勢、ホルムズ海峡封鎖。埼玉でもガソリン高騰、レギュラー@182円。


3月11日(水) 東日本大震災、15年。
晴れ。川辺をぶらぶら。畑仕事をやっている町内会のNさんに会い、四方山話。
その流れで一画の川辺の芝生でサウンドエッジで30Y、60発ほど打つ。老残の季節の巡りの春、さて18ホール、もうムリなんだろうがね。
「ユリイカ」の総特集「梅原猛」(2019年3月発行)再読。

寒の戻りで昨日は牡丹雪が降りしきった。
その雪の中、ラインで事前予約の11時、春日部税務署で確定申告。すべて家人任せの書類整理、そしてスマホの読み取りエラー、入力の手間など係員のサポートで1時間余。ーー疲れはて、何んとか申告終了。

3月9日(月) 河津櫻。
晴天。10時予約のS歯科院で治療。
その帰り元荒川沿いに行くと河津櫻が咲いている。一部葉櫻になり、季節がめぐる。外気温8℃。城址公園に回り跛行3.500歩。ちょっと汗ばむ。
運動スクールにいってきた家人が昼過ぎに帰り、あれこれやることが多くテンヤワンヤにてゆっくりお茶の稽古も何もできないという。諸事万端、無能の老爺は救けてもらっている。
春の彼岸会追善法要行けず法晶寺に報恩供養の御塔婆代収める。


3月8日(日) 晴れ。強風。
昼過ぎ、城址公園60分、跛行4.500歩。
弥生3月の光、風、香り。
思えば3月、大阪・京都の生活を切り上げ上京したのだった。
その褐色に身もだえる旅立ち、戦慄し、なお遁走していたのだったか。
1968年ーー首都はモーレツ&ビューティフルに燃えたっていた。


3月7日(土) 晴れ、強風。
朝風呂に入り、朝食。風が轟々と吹き荒れている。
昼前に車AQUAにガソリン満タン(@510円)、走行距離39.000Km。
図書館に寄ってからウォーキング20分、2.000歩。
野道に菜の花が咲き乱れている。自分の体に合った活動。適度な運動、心臓の負担を軽減したライフスタイルーーと。
・菜の花や跛行の野辺にひとり哉


3月6日(金) 即天去私。
晴れ後曇り。小盆栽を3鉢ほど植え替え、茫々漠々。
日が暮れ、風呂に入りさっぱりした気分になる。

なぜか、あの入院・治療の中で、いくたびも「即即天私」と心に繰り返していた。思わぬ心臓の手術がどうなっていくのか。揺らぐ思いに、なざかその言葉が湧き出てきて大きなささえになった。漱石の未完の小説『明暗』などもとより関知することでない。私利私欲を捨て自然の大きな流れに身をまかせる。心臓にメスが入り、救急救命の生死が問われる。大きな流れに身を任せソクテンキョシ、すべてお願いしよう。祷り、そしてひとり呟いていた。
・花散りな”即天去私”と呟けり


3月5日(木) さいたま赤十字病院。
晴れているが北風が朝から吹き荒れる。
さいたま赤十字病院(循環器内科)の退院後2週間目の診察。心電図・血液検査で1時間あまりかかったが、S先生の診察で順調な経過。特に心臓リハビリを受ける必要なく、運動スクールなどで体力調整をはかることもよいとのこと。「順調」とはいえ、心臓の回復には数ヶ月〜1年ほどの長いスパンが必要。また整形外科の脊柱管狭窄症の手術は今後の体調をみて4、5カ月先の見通しになる。
ーー帰宅してひと休み。健やかな生活をと感謝して生きる。わが老いの面目である。
・古城下のおぼろの春の小家哉


3月4日(水) 雨のち晴。強風。
くれなゐの雨ふるこゝろ春乃雨老いにけらしな老いざらめやもーー山中智恵子
七十二候は「草木萌動」、奈良のお水取りも始まった。
昼前に雨が上がり、青い空が広がる。小公園を跛行2.500歩。
・流離の思想にありて花の雪


3月3日(火) 「図書新聞」の終刊。
桃の節句。朝から雨が降っている。箱根で大雪。
しのつく春の雨に冬の寒さとなる。

『図書新聞』がこの3月をもって終刊。
「文学・芸術・学術・思想・ノンフィクションや児童書などの書評をはじめ、映画評や美術批評、社会批評や時代批判の言論」で時代を切り開いた。井出彰さん(社長・編集長)に「短歌時評」を書けと促され、1990年1月から1年間書きつぎ、担当の藤沢周さんは「ネオ・ロマン派の歌人」といって持ち上げてくれた。短歌時評を経てその後、定期的な書評を受け持ち、どんどん新刊書が送られたりして、意欲的に執筆した。思えばさまざまなジャンルの本をとりあげた。
井出さんは困難な経営に向かいながら、「小説やエッセイを得意とする文人肌」でいつも見守ってくれていた。「高橋和巳電子全集」12巻(小学館)の編纂・解題を終え、その総括を書かしてもらおうと思っていたが、その井出さんが亡くなり、担当者が変わり、梨のツブテになってしまった。文学の責任と時代の憂愁が迫る。年々歳々花相似たり、人同じからず、である。
・春雨や朝のカフェオレ飲み干しぬ


3月2日(月) 鬱金櫻。
曇天。昼前のスポーツ公園。ムリできず時々座って休憩。跛行3.000歩。
分祠の荒れた境内に早咲きの花(鬱金櫻)が咲いている。
そして、リビングに小さな雛人形を飾り、雛あられをポリポリ。

世にいう断捨離、終活ならざるも蔵書半分を処理しなお4連移動書庫あり。
さて、横尾忠則のシルクスクリーンのポスター三島由紀夫原作『椿説弓張月』は、わが書卓に夢幻の艶をくりひろげる。国立劇場で一緒に観劇した高橋和巳はもう酒も飲めず体調が一向に思わしくなかったが、「幕切れで為朝が白馬にまたがって去りゆく幻想的なところはよかったな」とポツリといった。その秘蔵のポスターは、神田K書店では5万円で引き取るというが、そんな巡りも嫌なことで、いづれ奴がれの骨紛にまぎれゆくはや。
・断罪にわが発狂の花の闇


3月1日(日) 晴れ、弥生。
晴れ。3月早春の陽ざしに身も心もほぐれる。
城址公園で流し雛。町は雛めぐりで賑わっている。
昼前、所用あり大宮に出る。ここから氷川神社に詣で、大宮公園、盆栽村へのいつものコースをと思っていたが、跛行3.000歩でダウン。エキナカで大船軒の鯵の押し寿司を買って帰る。ーー夜、月煌々。

・梅匂ひ狂ひゆくはや老残も
名月無片墨、座梅盛開、芳香四散、家中無人、一身徘徊ーー名月記。

 
日録サイト:2002年7月~2026年3月

WEBサイト「花月流伝」は2002年7月より開信。
掌篇、短歌、高橋和巳研究、書評、エッセイ、著書目録など随時編纂・発信。
しかるに、多くのデータが遺憾ながら消失されている。

鋭意検討中だが、その大半は老学無才にて手に負えないのが現状だ。

さあれ、ネットワーク時代をひめやかに思索、迷走、
わが意識の天頂をいろどる暗黒の形而上学。
「文学終焉」の荒野に、ロマンと鎮魂を開示する




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