わがナスターシャ



●愚直に武州小庵に籠つていると、夢のまにまに時雨が走る。
侘介椿が花開き、また散つてゆくゆふべの約束もたがへて。

初時雨ぬれて永遠(とは)なるさらばとよ詫びてこころの侘介椿

何ならむ「ダリを殺せ」と行方なきわが敷島の夢のかなしも

京だよりメゾン御池分譲とさても岳父は謡ひの稽古 

刎頚の友みまかりて神無月 掌に冴へ返る黒楽(らく)に語るも

手術台に睡りし朝(あした)引き裂かれ涙にじむをわがナスターシャ

戦後派保守論客のサブカル論ーー関はり知らず夜の雨降る

月光(つきかげ)に密謀せむか群盗は病みつゝもなほ哂ひおりたり

●なぜか、今朝のカフェ・オレの何とまずかつたこと。
それでも「哀愁の美感」に酔ひつつ日がな彷徨するのだ。

うつし世の義母二十九歳 越前の海に命絶つ今朝の竜胆

無頼なる髭剃りておりゆふべには歌などうたひひとをあやめぬ

若き言語聴覚士倒れ一カ月 言葉にならず「恋」もいづくや

着流しに夕べさまよひいづくにか恋の憂き身の高雄の紅葉

暁闇にめざめ老ひたる夢を負ふーー首相秘書官暗殺されり

イージス艦出港せる朝しぐれなばこころの奥のよしの山かな

うたげに無国籍料理店を指名さはれ端唄の女師匠

●ナスターシャなど、もとより知らぬ。
いや、あの夜のお前の乳房には血が滴り落ちていたのだつたか。


されば謀叛 雪のきさらぎ昏れなむをきみのことばの蒼き列伝

ナスターシャなど知らぬ愛恋の夜のかなしかりけり乳房に問ふも

雪の入谷に鐘鳴りて「切れやうといはしやんすは・・・・」とふ三千歳は

北海の密魚鮑を蒸し焼きに寒月冴へて酔ひくづれぬも

おしなべて『四季花鳥図』を切りきざみ添はぬは浮世の名こそ惜しけれ 

見ざれども花も紅葉もきらめきぬ風の刺客の夢のまほろば



歌誌『月光』(2009年12月号)

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