わが西行桜



 今年の春は、四月に入つて急に初夏の陽気になり、さうかといへえばまた肌寒い日に戻つたりして、しだいに花がほころび始めていつた。 

 各地の花の便りがあつたが、別にどこへ行くといふ当てもなかつた。愚直なまでに家の近くの城址公園の花の下を日がなぶらぶらして過ごした。花見客の華やぎをよそに、犬(キャバリア五歳・雌)の散歩にはうつてつけの日々でもあつた。;

 東京から一時間半ほどの小さな城下町、風来流魂の身に花の表情は刻々と変つていつた。京都の花、吉野の花はいかばかりだつたのだらう。 

 花はいつも人を痛切な思ひに駆り立てる。そのたびに、私の内に能舞台における一セイのように鼓が囃され、笛が幻妙にあしらはれてゆく。「誰も花なる心かな」と浮き浮きした中で始まる能『西行桜』は、桜を愛し無心の境地で花と一体化した名曲である。 

 嵯峨の隠れ家で、折から不機嫌な西行(ワキ)は花見禁制の触れを出す。だが、案内を乞はれやむなく花見の人(ワキツレ)を招じ入れ、花見に興じる。仮寝に老桜の精(シテ)が姿を現し、西行の歌の「花見にと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の科(ルビ=とが)には有ける」の“とが”を否定。無心に咲く花に罪などもとよりなく、「草木国土(そうもくこくど)悉皆成仏(しつかいじゃうぶつ)」を讃へる。生きとし生けるものすべては完結し、鎮魂され、成仏するといふ現世肯定の世界観であり、これがすなはち「本覚思想」なのであろう。 

 序舞(じょのまひ)を舞つて夜明けとともに姿を消す花の精の風姿が、いつまでも心に残る。 

 ところで、『西行桜』の作者は金春禅竹だが、中世の闇の風塵に世阿弥を追ひ求め、その論考を深める中で己の浅学を省みることもなく勇を鼓し、新作能につひに筆を染めたのだつたか。 

 まづ奥吉野に血塗られ果てた後南朝の最期のプリンスを題材にした『自天王』、そして同じ悲壮な夢幻能として書き上げたのが鎌倉右大臣『実朝』であつた。その劇的展開と美の範疇に世阿弥は遥か気高く遠い存在だが、なぜか私のかかへる幻野には、いつも定かならぬ漆黒の花が舞ひ続けている。 

 花嵐に今度は八重が開くと、辺りの新緑がいつせいに眩しく煌き出した。藤や躑躅や百合が咲き乱れ、初夏の風が甘く匂ひつた。まさに、「花実の折は忘れめや。草木国土まで成仏の御法(みのり)なるべし」(『西行桜』)や。


『大法輪』第76巻第8号(2009年8月1日号)


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