| 日録●太田代志朗●2026年 |
2月27日(金) 晴れ、しだれ桃。 晴れて寒さもやわらぎ早春の兆。 久伊豆神社~城址公園ウォークの30分。退院後一週間、急性期から回復期へ、いづれ心臓リハビリで有酸素運動や筋トレをおこなうべく。 家人と近くのヤオコー(スーパーマーケット)へ1週間分の買い物。午後、茫漠。 ・きさらぎや日が昏れ家の風呂に入り 2月25日(水) 雨の一日。 昼前の城址公園の菖蒲池をひと回りしてくる。 雨中、誰もいいず、鴨たちが池面にじっとしている。町は雛巡りで賑わっているようで、もうすぐ花祭り、流し雛。本日の跛行1.300歩。 PCはHDDからSSDに換装して快調。 なお、生成AIを十分に活用しているわけでないが、個人情報の多彩な変容、その「パーソナライズの精度」に驚かされる。 2月24日(火) 『京大1969 「自由学風」の闘争史』(青土社)。 暑かった昨日と打って変わり、晴れたり曇ったり。 久伊豆神社を参拝。枝垂れ桃、黄梅。跛行1.500歩。 『京大1969 「自由の学風」の闘争史』(青土社)恵贈さる。 京都大学文書館主催の企画展「1969年再考」が話題をよび、ここにあらたな京大闘争の根源が明かされ文化や学問のあり方そのものが問われている。当初、その激動の時代を纏めるべく編集企画委員の渡辺恭彦氏より執筆依頼を受けた。「高橋和巳について書け」ということだったが、その趣旨がわからないままお断りした。浅学にして京大系でなく、またバリケード闘争に加担した身でもない言説は慎むべきだと思ったからである。 本書は大判250ページ、その後のバブル景気とポストモダンにより熱狂の学生運動は封印されたが、渡辺恭彦編の精緻豊富な資料構成、池田恭哉の「高橋和巳の文学ーー京大闘争との対峙の中で」、また福家崇洋の「世界革命とアングラ文化ーーポスト1969と京大西部講堂」など心眼を開かれた。 2月23日(月) 晴れ。 8時に起きてから食事。一気に夏日となり外気温24℃。 ベランダにでて寝転がり、日光浴30分。うつらうつらしている。 『文藝春秋』3月号は芥川賞受賞号だが、山根一真の「腰痛手術五泊三日体験記」。数年の腰痛に耐えてきた著者ならではの切実なレポート、身につまされる。 5月の大宮薪能(氷川神社舞殿)の能は「葛城」、「石橋」。 ミラノ五輪が終わり、”強い日本”にスパイ防止法、国家情報局設置とや。 2月22日(日) 朝の目覚めも快適。 立春が過ぎ、ゆっくり眠ることができた。 食事は卵雑炊など、終日安静に過ごす。ローブレターは通常の通常のバルーン治療よりも血管への刺激が強い治療。特に2回連続で行った後は、心臓も血管も「お休み」が必要とのこと。SNSに「上野の桜、京・三条大橋西の河津桜が咲いた」と。そして、バッハ管弦楽組曲。 ・余寒の候わが心臓に灯が点ず 2月21日(土) さいたま赤十字病院で心臓手術。 晴れ。明るい陽ざしが気持ちいい。 さいたま赤十字病院に2月12日に緊急検査、入院、手術で昨日帰宅した。 緊急を要し、まずカテーテル治療。つづいて2日後にロータブレーター治療が行われる。 これまで胸の痛みなどまっく感じていなかったのだが、動脈硬化で血管が石のように硬くなっており、大変な治療となる。 もともと同院整形外科で脊柱管狭窄症の3月末の手術のための最終検査を終えいったん家に帰ったところ、その担当の整形外科のO先生から直接に電話があり、「心臓に異常値がある」との呼び出しで救命救急センターに駆けつけたのだった。その検査で直ちに入院、整形外科と循環器科の先生方の協議で「心臓手術を先行」とされ、また両先生からご説明を受け、迅速な高度医療の一貫処置でまさに命拾いしたのである。 循環器内科のS先生は2回目の手術の時も「早くやったほうがいいでしょう。リスキーを伴いますがね」といってくださったが印象深い。正味9日間でカテーテルおよびローブレーター治療を終えたわけで、このまま何もしらないで放置していればいったいどうなっていたのか。この救けられた命を大切にしてゆくべく、誠に感謝に耐えない。 2月10日(火) 晴れ。 風なく晴れ上がり、冬空が澄んでいる。 七十二候「黄鶯睍睆」、”うぐいすなく ”春の候。 公園ウォーク40分。紅梅、白梅、山茶花の落下繚乱。 さてと快調のパソコン(ワープロソフト)に向かい執筆悶々。年明けのPC検索エンジンは「御仁は”孤立の文士”」とあり。その混乱錯誤のプロフィール統一のためにも固有のAIを持て」という。なるほど、文学潮流の一端の栄頌も素直に受けとめそぞろ黒き涙浮かべているか。 ・春の雪とけて跛行三千歩 2月9日(月) 晴れ。雪の後。 昨日は15センチほど積もり、雪で埋もれた城址公園を散策していた。春の雪に心おどらせてぶらぶらしていた(右写真)。 パソコンが劣化したHDDがSSD(500GB)に交換され戻ってくる。なるほど操作がいちだんと軽く快適な環境。NECでは8年前のモデルは交換出来ないということで大宮のN社に依頼、思わぬ出費84.000円也(出張&サポート込み)。 衆院選挙は自民圧勝、ミラノ・コルティナ2026オリンピックに日本勢好調。 『曠野』122号読む。主宰の飛高敬さんに礼状。 2月4日(水) 立春。 晴れ。暦の上ではこの日から春が始まり。 まだ寒いが、友人T君と久伊豆神社~城址公園をぶらぶら。 健康福祉センタ(ゆーぱるひざこ)で温浴&サウナ。 まだ陽ざしが高い昼下がり、そして”王将”でたらふく食い、ビールをあおった。 春がきて知己を深め、日帰り温泉のようにゆったり、ほっくり。 ーー叶匠寿庵”寿長生の郷”より残寒の便り。 2月3日(水) 節分。 節分で、季節の分かれめで、ひとり華やぎ浮かれた気分。 「こいつぁ、春から縁起がいいわい」と呟くも、寒風が吹きすさぶ。 「恵方巻」は、その年の縁起の良い方角(恵方)を向いて、無言で太巻き寿司を丸かぶりすることで福を呼び込むとされる。なるほど愚老のことしの本命星は六白金星、停滞運なり。恵方巻でも食べればいいんだろうけれど。 2月2日(月) 晴天。 関東は穏やかで外気温11℃。スポーツ公園にゆき60分、跛行4.500歩。 元気なシニアがテニスやグラウンドゴルフに興じている。 東北は大雪で交通障害への厳重警戒、青森県は自衛隊に災害派遣。 衆院選挙終盤へ、またも裏金議員の復活や。 夜、NHKーTV「世紀の映像」、歌舞伎・女形特集で歌右衛門、雀右衛門、玉三郎。 2月1日(日) 如月、初午。 はや2月。椿の氷る余寒、一点梅花の候。 朝風呂に入ってからご飯に味噌汁、梅干し、鯵の開き、納豆。 カラリと晴れ、乾燥した関東特有の明るさが眩しい。 公園ウォーク90分余。跛行3.900歩。 ちょっと汗かいて帰り、転寝&読書。そしてお三時に葛饅頭。 パソコンでひと仕事。プリントアウト110枚。 そのパソコン(NEC LAVIE DIrect DT)は7年目で、起動が遅くなり気になる。 いずれメモリ8GB→16GBへ増設、HDD→SDDへ換装しなければならぬ。 |
| 日録サイト:2002年7月~2026年2月 WEBサイト「花月流伝」は2002年7月より開信。 掌篇、短歌、高橋和巳研究、書評、エッセイ、著書目録など随時編纂・発信。 しかるに、多くのデータが遺憾ながら消失されている。 鋭意検討中だが、その大半は老学無才にて手に負えないのが現状だ。 さあれ、ネットワーク時代をたおやかに思索、迷走、 わが意識の天頂をいろどる暗黒の形而上学。 「文学終焉」の荒野に、ロマンと鎮魂の文法体系を構築する。 ▲TOP▲ |