贋チャンドス卿の夜

「わたしの精神がこのようなのぼせあがった倣岸から、
極端に小心な無力へと陥らざるをえず・・・・」
 ーーホフマンスタール著『チャンドス卿の手紙』

1

ふるさとは遠きにありてなど笑止 毘沙門橋で母をあやめぬ

明月亭若女将出奔す「もう、えゝのどす・・・・」てふ小夜時雨

元老院に物申す深夜(よる)なにゆえか少年たちが夢捨ててゆく

よもすがら城址の風の吹きゆけば遂に内乱 勃発せしか

かつて革命を夢見しことあれば食べおりぬ好物の鯖寿司

そのゆふべ髭剃りており声高な保守論壇の某氏身罷り

老いざらめ紅蓮の京洛(まち)を欺きぬ瞼重たき修羅になりてや

2

されば謀叛 鬢のほつれに昏れなむを故国に帰り恋もするかな

五色八重散椿(ごしきやゑちりつばき)散り士はいかに散りてこころの風の斑鳩

敷島の国愛したる朝(あした)なれ謡ひ愛(かな)しくながれゆくはや

青嵐さはれ邪宗の門きしみわが悲の器 汨羅(べきら)に佇ちぬ

亡国の朝の山河に雨降りぬイージス艦は行方知れずも

「家を出で世を背(そむ)けり」と方丈記 やつがれひとり南無とや冥(ねむ)る


3

名物“平蜘蛛の釜”のいづこ戦乱の数寄者に告ぐこよひこそ

定家卿色紙に「恋」のひと文字の彼奴(きやつ)の詩歌(うた)のあはれ寝覚めよ

アレキサンドリアの海に死す朝の鐘ひびく わが復讐のため

下京の暗き露地奥ゆかりなき古(ふる)うた諷(うた)ひし物憂き男

いささかも慙愧することなきか夜の「御風雅いかが」や贋チャンドス卿よ

夕ごとに悪王子町にたたづめば悪業(あく)のかぎりに転がす手鞠

ネオ・ロマンを構想す 逆光の湖(うみ)に嘯きわれ落ちゆきぬ



歌誌『月光』2009年6月号

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