日録●太田代志朗●2025年 

12月31日(水)  大晦日。
晴れ。穏やかな大晦日。ゆく年くる年。
ひとつの年が過ぎ去り、また新しい年を迎える。
正月を迎える準備も、家人にささえられ、ささやかに終えた。
お節料理、祝箸、屠蘇散ーーこの1年、老体にてようやってきた。
百八煩悩を打ち消す鐘が深い音色で鳴りひびく。
・煩悩もかたじけなしや鐘が鳴り


12月29日(月) 晴れ。電動ベッド。
晴れて風もなく、穏やか日溜まり。
久伊豆神社の年末詣で、この1年に感謝。
来年の六白金星は凶運にて恐々。城址公園ウォーク跛行、2500歩。
午後、注文した電動ベッドが届く。期待の電動ベッド&羽毛布団で気持ちよく。
・寒梅やほけて夢みる棺の底


12月26日(金) 寒風吹きあれ、強い冬型の気圧配置。
晴れて北風が吹きあれ、北日本・北陸は大雪、猛ふぶき。
家人とスーパーへの買い物後、健康福祉センターで温浴&サウナ。
122.3兆円の予算案、防衛費は無制限、医療費は削減の借金残高過去最大。夜、キンカンの甘煮を舐めながら、BSーTBS「戦後80年・昭和100年、日中関係、高市政権」保坂正康氏ら。


12月25日(木) さいたま赤十字病院。
家から岩槻駅までタクシー。電車で岩槻~~大宮~さいたま新都心(電車)。
折柄、駅前のけやき広場はXマスマーケットで賑わっている。
午後1時、整形外科岡崎先生の診察。ブロック注射後2週間、まだ少し腰部の痛みあり。よって再度ブロック注射或いは手術か、年明け15日の診察となる。診察費160円也
混雑の大宮駅も素通りし早々に帰宅。家人と紅茶にケーキ、疲れきり炬燵に入り眠ってしまう。夕食に湯豆腐、浦霞で一献。


12月24日(水) 冷たい雨。
人形の町、小城下の河畔の住宅地が霧にかすむ。
クリマスイブ、別段のことなく老心をやしない過ごしおり。
ダイソーで買ってきた”CDーDVDディスククリーナー”で古いレコードをクリーニング。
ジャンボ尾崎さん(78歳)が亡くなった。レジェンドの活躍は素晴らしかった。
さて残るわが人生に、まだプレーはできるのか。夢と感動の18ホール。

12月23日(火) 晴れ。
小庭の侘介椿が4、5輪と咲き始めた
昨日は朝一番でS歯科院の診察、有難く痛みがやわらぐ。
台所や風呂場の掃除終え、風が冷たく久伊豆神社詣&ウォーク。
柳宗悦全集が手つかずで書庫に眠り、『美の救い 柳宗悦傑作選集』。
モーツァルト「ヴァイオリン協奏曲第3番、4番」。
・蒸し寿司を食べたし夕べ鐘がなり


12月21日(日) 曇り時々小雨。
昨夜から歯がしくしく痛む。
秩父で鹿・猪の石焼を食べにゆくこともできなくなる。
午後、家人の茶道教室。小庵に山茶花、残花。逸品の大樋焼。
寒気に腰部の痛みは治まらず、依然として跛行なり。
・退(の)きやがれ賽の河原で粥すする


12月20日(土) 時々小雨。
師走の小雨が冷たい。
横井清著『花橘をうえてーー京・隠喩息づく都』(三省堂)読む。
”都忘れの京語り”が心を優しくしてくれる。
浅学にこれまで”京語り”といえば岡部伊都子、杉本秀太郎であったのだが。
・塵の身や炬燵に寝入り京の夢


12月19日(金) 三島由紀夫生誕100年。
晴れ。運動ジムで90分。身体がやわらかくなる。
午後は家にあり静かな歳末、年末年始3連休と。
「日本は核武装すべし」「非核三原則を捨てる」とう怖い世の中。
夜、BSフジ・プライムニュースに「三島由紀夫 生誕100年」(浜崎洋介×柴山柱太)
茫洋の日々に思わぬTV番組、45歳自決・三島由紀夫にこうべをたれる。
・霜月の太刀やせつなき幻(ゆめ)の旅

12月17日(水) 冬晴れ。
明るい陽ざしに風しずかなり。
今年も残すところ二週間、温浴&サウナでゆったりしてくる。
転寝しモーツアルトをきき、そして現代語訳「雨月物語」。 巻之一「白峯」は崇徳院の怨念、平治の乱、西行の読経回向。
Xを開くと数年前のものが表示され、最新の投稿表示のサポートうける。


12月15日(月) 晴れ。
冬空が澄み、風なく外に出て光を浴びるのに良い日。
久方にT君と会い公園をぶらぶらする。
その砌、大勢で浅草七福神めぐりを始め、尾瀬、大平山、宝登山、御嶽山、高尾山などよく巡った。お互い足腰にハンディをかかえながら四方山話もつきず、昼食に鰻重。白焼きに日本酒といきたいところだがお互い自重。


12月13日(土) 晴れ。穏やかな1日。
北海道、東北は大雪。八戸の地震、注意情報。
当地は穏やかな日和で公園ウォーク30分、1500歩。ブロック注射後のステロイド効果は数日、あるいは10日~2週間程度にかけて除々にでてくるようなのでゆっくり慎重に跛行。午後は転寝、読書、ベートーベン。
新聞新著広告コピー:棺桶まで歩け。金は使え。冠婚葬祭に行くな。人生はまだやり直せる。歩けるうちは死なない。


12月11日(木) さいたま赤十字病院。
朝の寒気甚だし。曇のち晴れ。
午後、さいたま日赤病院(整形外科)で脊髄造影、神経根ブロック検査。
ベッドに仰向きに寝かされ、注射は20分ほどで終わり、その後ベッドで安静。
4時前、病院をでると西陽がまぶしく、けやき広場にビル風が吹き荒れている。
跛行し、気休めにロイヤルホストに入って紅茶&オムライス。


12月8日(月) 晴れ。
窓辺にクンシラン、ヒャッカビジン、サンスベリア。
窯焼きフランスパンを買い、公園ウォーク2500歩。
気温17℃、いっぱいの落葉、冬の静かな時間が流れて。
中公文庫に武田泰淳『目まいのする散歩』、吉田健一『わが人生処方』。


12月6日(土) 時々晴れ。
いったん起きるもまた寝入り、朝食はゆっくり白粥、鯵の開き、梅干し。
昼前に家人と新装開店のヤオコーへ1週間分の買い物。
人形の町は往時の勢いもなく、破魔矢の幟が静かにはためいている。
NHKテレビに「近藤正臣ーー郡上八幡ひとり暮らし」(再放送)、みる。
老いと孤独の緩やかな時間。畏友小松辰男の京都の友人であり、芝居仲間。
・霜夜なれ黒馬(うま)かけめぐる夢の中


12月5日(金) 晴れ。無為悠々。
晴れ。12℃、空気が澄みひんやりとしている。
東北各地は大雪だが、関東は高気圧におおわれ静かな歳末。
朝の城址公園ウォーキング、杖曳3500歩、紅葉が映えている。愛用のNIKONデジタル一眼カメラD80。

家人の”松風の会”、夢幻庵のお茶会。
夜、月煌々。「歳を重ねる事は豊かになること」なりや。
・去年よりまた寂しくて牡丹鍋


12月4日(木) 各地で雪。
朝の寒気にぶるっと震える。今期一番の冷え込み。
運動ジム、ハンディをもつご婦人方に混じって90分。
塚本邦雄『西行百首』(講談社文芸文庫)は愛憎こめた宿敵・西行論。
なおその他に手にとる多くの書物の手触り、装丁・間村俊一の才知俊麗。
そして三枝和子の小説「隅田川原」の老女たちは幽冥の境を超えて遍満しはじめる。深井の面をつけて。

世事恐々ーー2025年暮れ。
物価高騰ラッシュ、円安インフレが進む無責任な積極財政。
気持ち悪い「働いて、働いて」の流行語大賞。
・日本は崩壊していくのか枯尾花。


12月3日(水) 寒気流入。
朝は雲って冷えこみ、午後から晴れ。
気分晴らしに「ゆーぱるひざこ」(健康福祉サセンター)で温浴&サウナ。
きょうもゆったりしてくる。この健康福祉センターは亡娘の通っていた大宮東高校に隣接している。バスケットボールの練習の帰りに災禍にあった。16歳、春のことであった。ゆえにここはわが弔いの道でもある。夜、満月煌々。
・弔いの道なれしかば寒椿


12月2日(火) 曇り。
寒さもこれから本番、朝の玄関周りや小庭の枯葉の掃き掃除。
曇りで気が晴れないが、久伊豆神社詣で&ウォーキング跛行の2500歩。
午後、混雑した区役所でマイナンバーカード更新の受け取り、予約なしで行き1時間待たされうんざり。待合ロビーで、高齢福祉課の公私にわたりお世話になっているTさんに会い、”ますます元気教室”のご案内などうける。
さいたまの日没16:28。あれこれしていて気がつくともう暗くなっている。
・蒸し寿司や新京極の夕灯り


12月1日(月) いよいよ師走。
晴れ。風なく陽ざしいっぱい、紅葉がはらはらまって舞っている。
あと1カ月で今年も終わり。来年の「運勢暦」をみていたら、わが六白金星は停滞運。何でも”厄年”で、困難で苦しい時期、健康への配慮を怠るなという。いよいよもって豊かな余生に影がさしたか。
ーー朝1番でS歯科院。午後はM病院でインフルエンザ予防注射。

脊柱管狭窄症については、さいたま日赤で年明け(1月7日)に手術が決まっていた。
だが、その後の診察でブロック注射(12月11日)というこになり、これは脊髄神経の周りに局所麻酔剤やステロイドを投与、痛みや炎症を抑える治療法。治療時間は30分程度。しばらくベッドで休み、その日のうちの帰宅が可能ということもありがたい。ただ根本的な狭窄を解消する治療ではないようで、いったいどうなるのか緊張している。手術は経過しだいだが来年3月30日、2週間の入院といわれている。


 日録サイト:2002年7月~2025年12月

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鋭意検討中だが、その大半は老学無才にて手に負えないのが現状だ。

さあれ、ネットワーク時代をたおやかに思索、迷走、
わが意識の天頂をいろどる暗黒の形而上学。
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