水無月伝説

私に最も遠く、それゆゑに一番近い同志の一人であろう。
それも亦韻文に殉ずる者の非業と言はう。

――塚本邦雄『恋の至極は』(季刊『月光』第九号)



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「詩歌(うた)」は死を懸けて欺くものだ。

「遠くて近き同志」に告ぐ断崖の風に嘯き定家を殺せ

天籠の詩歌いづこにほほゑみて皇帝ペンギン行方知れづも

悪事終へわれら酢牡蠣の晩餐に知るかなしみの水葬祭り

韻文に殉ぜよ、非業のはてにいつの日かまた吟(うた)ふたまゆら

その花の揺らぐひかりの悪行にゆめ語りてなわれの水無月

若王寺の岳父老いたるも秘めやかに雨夜の一献古唐津添えて

壮年のあはきかがやき水澄める国はつなつに詩歌あざむき

密謀す月光(つきかげ)に美(は)しき群盗病みつつ奪ふもののありしや 

黒き霊歌うたふ園丁流し目に何遂げたるかうるむあかとき

夏さりて遁れ来し汗の掌(て)にまた嘉(よみ)しつつ「甲冑を愛す」 と 


その一行一行が甦り、瞼が熱くなるのを禁じえない。

国歌なき日本にあしたいもうとよ髪あらふ母よりも哀しく

死に至る病にさはれ絢爛とまなじりあはくきざすゆふぐれ

詩歌亡びむとピアノ鳴りわたる大和の夢の血の酢ににじむ

彼奴(きやつ)こそくろがねの朝の憎しみ夢重たきも装飾楽句

さみだれに言の葉蒼く斬りきざむもはやいふべき人のなければ

詩魂縹渺たりと逝き夏過ぎて父は書き綴る幼帝殺戮記

われら水無月うつくしき死よいかに新古今紐解きゐるを

王は夢殿に倒れ夕映えのかなしき日暮れジャリの詩集は

カエサルの眉暗き日に国亡ぶことありぬ物語に泣くか

うつくしき暗殺われに誓ひてよさはれうたはぬ湖国をよぎり


思えば「死」とは、誰かのために、すべてのものが果たす完全犯罪であった。

老連歌師刺殺さる雲林院の稚児愛したるゆえ降りしきる雨

中世歌壇史に花月夢想百韻と近江出陣の夜の名残の歌会

アレキサンドリアの海に死す朝の鐘ひびくわが復讐のため

漆黒の馬洗ふ払暁ひとり恋ひゆけばまた人あやむるか

われに突然の老いきたるをゆふべ心いさよふ悪王子町

火夫は夜の火炎をくぐり葬送の海鼠らに笑みぬ感幻楽

時雨亭若女将失踪に薔薇園の狂(ふ)れゆく女(ひと)の紅きくちびる

彼奴(きやつ)こそくろがねの朝の憎しみ新古今紐解きゐるを

はつなつにまなじりあはきうつせみのまたくるめきぬたとへば詩魂

葬送のみなづきまこといづかたの恋ふべきなりぬされど遊星

詩歌(うた)は死を懸けて欺け紺青のわがはるかなれ水無月伝説

 


『詩歌句』(2008年秋季号)

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