小田実氏を悼む

●日録:7月31日(火)
小田実氏が亡くなる。思えば鎌倉における高橋和巳の野辺の送りでは京都勢の参列が皆無の中で、小田さんはその巨体をかがめるようにして、
「太田さん、高橋と雑誌をやっているんでしたね。何か手伝うことがあったら何でもいってよ」
と気軽に声をかけてくださった。
私は戸田円三郎氏(高橋さんの幼友達で当時北海道新聞社)と火葬場で向いあいその骨を拾って骨壷に収めたのだった。

その後小田さんとは2、3度お目にかかったが(季刊『人間として』の「高橋和巳追悼号」ではその高橋論が印象的だった)、近年は阪神大震災の被災者支援を求める運動を始めとした活動についてブログなどで拝見するに過ぎなかった。ご冥福をお祈りいたします。

●日録:8月1日(水)
先立って小中陽太郎氏から案内のあった映画&コンサート(会場:東京・内幸町ホール)は実のところ小田実激励の会だったのだろう。
小中さん、日本ペンクラブ京都講演の帰り以来、あなたからよく小田実論を聞かされました。一夕、ベトナム脱走兵やNHK制作・前衛劇(小田実原作・小中陽太郎演出)のフィルムも見せてもらいました。

そのたびにベ平連反戦活動の熱風が吹き上げたのですが、美的ラディカル派にしてエピキュリアン的憂士は一線を画しただ微笑しているだけなのでしたね。

【2007年08月01日】

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