黒古一夫著
『「焼跡世代」の文学』
アーツアンドクラフツ) 

時代を刻印し、時代(情況)を超えようと苦悩する文学
――戦争による「廃墟・荒廃(焼跡)」を原点にした表現・創作の叫び

太田代志朗

 
  なぜ、今、「焼跡世代」の文学なのか。本書はその世代の作家として高橋和巳、小田実、真継伸彦、開高健をとりあげ、いかに戦争が彼らの原点になっているか。十代半ばで「敗戦」を迎えた人間のかかえる闇の深さを説き、「戦争・戦後体験の文学」について論究している、

まず高橋和巳(一九三一~一九七一)は『悲の器』で作家デビューし、文運隆々と『邪宗門』『憂鬱なる党派』『日本の悪霊』など発表するが、志半ばに三十九歳をもって病没した。その内実の幻野は「少年期に、都市全体が焼けつくした廃墟に立ち、同時に人びとの内なる荒廃をみてしまったために、のちに華麗な街々の装飾をみても、背後にはなお廃墟が広がっているのだと思い込んでしまう不幸な意識」(『悲の器』あとがき)にある。大阪空襲はアメリカ軍によるB29約二五〇機の無差別攻撃で、市街地を火の海に変え、約一万五千人が犠牲になった。

哀愁の高橋和巳と取り組む著者には全共闘の「バリケードから後退して青春の傷をひきずり、挫折や敗北をいつまでも忘れることができず」にいたという苦い体験的感性が滲む。それは捨身の逆襲なる戦線と営為であり、心の機微の戦略性が凶々しい分断の時代を挟撃する。

かつて「高橋和巳作品集」担当の編集者は文芸評論家になり「高橋和巳論」をまとめるが、本書はその才学英明な作家論の「本格的な読み違い」を痛撃していることも大変興味深い。追従と恫喝に「文壇の提灯持ち」と蔑まれながらの転向論など寡聞にして知らず、疚しい文壇風聞の情理もいざ知らぬ。だが、憤懣ふくみに身を反り、時に風にあおられ、佇むこともあったのだろう。それも著者の一つの含羞で、無傷の幻想などあるはずがない。高橋和巳の位相が、内部衝動のほとばしりとともに独自の眼識の柔軟な確かさで解明されている。

さるにしても、、“六八年の思想”は総括された。パラダイムチェンジにより「戦後」という知の集積が崩れ、近代小説は終焉したのである。いや、それでも破滅と共苦のわななく内面の真実へ、負うべき深層言語による愛と光へ転位したのではなかったか。封印された漆黒の闇を解かれ、生誕九〇年記念企画「高橋和巳電子全集」(小学館)が新たに編纂・発信中で、高い関心が寄せられている。

小田実(一九三二~二〇〇七)については、「敗戦体験は同時に思想の廃墟であり、表現・創作の基層として彼を早熟な作家に育てあげた」という。無意味に殺される「虫ケラどもの死」こそ難死であり、それが思想的キーワードとなる。必ずしも「作家として十全に遇されてこなかった」長編小説を問い、ベ平連をはじめとした行動や思想の核心について省察している。なお、著者には先行して『小田実――「タダの人」の思想と文学』(二〇〇二年)があり、戦争が「タダの人」に強いる犠牲(玉砕)を直視し、この戦争を忘却の彼方にやるのでなく過去のものにしてはならぬこと、つまり「戦争はまだ終わっていない」のである。

真継伸彦(一九三二~二〇一六)は、戦時下および戦後すぐの「強いられた死」や「自死」を身近に見聞きしてきたゆえに「確固たる生への願望を至上の命題とする決意がみなぎっている」という。こうして、思索型の青年期に奈良県大峰山の山中をさまよい、死生観にもとづく仏教への関心を深め、乱世に罪と救いの問題を探る小説『鮫』や『無明』を書く。「人間とは何か」、「私とは何か」を追及し、自爆するより生き抜く延命を選ぶ。そして「戦後の青春」を「死」と伴走して自分のありかを求め、そこから生まれた「批判(批評)精神」がいかに貴重であるか説いている。

また開高健(一九三〇~一九八九)は、少年時における戦争体験からベトナム戦争の戦場体験を通じ、「生き抜く」ことに執着する。小説、戦争のルポルタージュ、釣りやグルメのエッセーなど幅広い分野で活躍するが、「その一方で内に湧出してくる『虚無(感)』は、明確な輪郭を与えられないまま戦争がもたらす『闇』としか言いようのないものであった」と評価している。そしてこの「虚無」と戦いつづけ、後年に「小説家は敵を失い、ヒーローを忘れ、嘘をつく気力を失い」と嘆嘆することになる現実をわれわれは決して看過してはなるまい。

かように、いずれも四人は季刊「人間として」(創刊・一九七〇年三月、発行・筑摩書房)の編集同人で、各々の少年期の敗戦・焼跡・闇市体験や挫折の左翼体験により加わり、上っ面の仲間ぼめでなく辛辣な相互批判を行うべく精神共同体として出発した。祷りと希望への黙示録を物狂おしく開示していくのである。本書はその根源的な葛藤の構図を読みとり、語りなおす注目すべき論攷で、血の通った人間像が底知れない凄味をおびて浮かびあがる。

こうした「焼跡世代」こそ、実は中上健次、立松和平の作品に色濃く影響をおよぼした作家たちで、同じく桐山襲、宮内勝典、津島佑子らがいる。それが戦後民主主義の良質の落とし子かどうかはともかく、一九七〇年前後の政治の季節に青春を送ったいわゆる「団塊の世代の作家」である。通史によれば、彼らに先行するのは内面のゆらぎを模索する「内向の世代」である。だが、そうなのか。はたしてそれでいいのか。「焼跡世代」こそ真の“兄”ではないか。不毛の世代論でなく、敗戦・戦後の悲惨なありように繋がる新たな潮流を提示し、博捜至らざるなき近・現代文学研究が冴える。

日清・日露の戦争にはじまり、アジア・太平洋、ベトナム・湾岸、イラク戦争などその血塗られた時代を直視し、「戦争は文学にどう描かれてきたか」は著者の年来のテーマとなっている。総じて原発・核・フクシマ論、全共闘文学論を痛切な批判検証の動かしがたい必然性として措定する。さかしらな類推でなく、学究の良心をもって収めきれぬ著者の文脈で、酷烈な人間性の深奥にせまる。

ロシアのウクライナ侵攻で世界は一変し、本書について「苛立ち泡立つ心を鎮めながら」著者は校正作業をしている。ミサイル攻撃で街が破壊され多くの人が命を落としている現実は、まぎれもなく焼跡世代の受けた惨状であり、「赤茶けた『焼跡(廃墟)』)や『難死』が重なり、困惑した」という。

それにしても、「衣食足りて文学を忘る」(開高健)で、文学は遠くへ飛び、小説が闘うには役割を終えてしまったか。戦後七十七年、サブカルチャーや情報化、最近ではスマホやSNSが軽やかな言説空間を放つ。デジタル人文学の表層に、「文学」は「ブンガク」になり、独自のネット用語が新たな表芸のリテラシーになっている。だが、それでも破れかけた認識をとりなおし、薄明にテクストをたぐりよせる。未練深く執着した暗黒のスティグマが文学の荒野を切り裂く。歴史は非情に繰り返され、ラディカルでしなやかに荒ぶる魂は、寄りゆくかなしみの戦慄に彩られている。


『図書新聞』2022年8月6日号

 
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