日録●太田代志朗●2025年 |
9月27日(土) 秋、過ごしやすい日々。 近くの川沿いの小径を歩き、花々の写真を撮る。 芙蓉、野菊、竜胆、彼岸花がもう終わり。 高齢福祉施設”ゆーぱるひざこ”で、温泉&スチームサウナ。4、5人の静かな湯舟。明るい陽がさし、ゆったりぬくもる。あがって、ひと休みに飲食コーナーで武蔵うどん肉汁。 9月26日(金) さいたま日赤病院への道順。 晴れて30℃、また夏日となる。 昼前の電車で東岩槻~大宮~さいたま新都心。そこから歩き日赤。 車で渋滞のところをゆくのも不安で、電車&徒歩コースの確認。 日赤の受付で親切に受診受付の説明を受ける。歩数1.700歩がシンドイ。 *ホテルメトロポリタンさいたま新都心で、ランチコースをとったことがあったっけ。 9月25日(木) 晴れ。 身体がこりかたまっている。 もう少しレベルアップの運動をと思うが、ムリしまい。 昼過ぎの城址公園にゆくと、青空にいわし雲が美しい。 秋の深まりに、ほっこらと気持ちもなごむ。 ニコンデジタル一眼カメラ、快適なシャッターチャンス。 日々好日、まだやり残していることがある。 9月24日(水) 秋晴れ。 七十二候は「雷乃収声」 (かみなり すなわち こえをおさむ)。 夏の入道雲から秋のいわし雲に空の景色が変わる。 記憶が朧にかすみ、何を信じ生きればいいというこもない。 秋空が澄み、老体がたわむ。 風ならで驚く秋の一葉(ひとは)かなーー紹巴 9月22日(月) 晴れ。深まりゆく秋や。 家人は昨日のお茶の稽古を終え、ひと息ついている。 孫姫とは、”魔法のパスタ”店にゆく次回の約束なる。 そして深まりゆく秋に旅、温泉、しがない郷愁。 昼前、スポーツ公園ウォーク。 ウォークといっても足をかばい、間欠性跛行なり。 ニコンデジタルD80の重み、シャッターの深みある音。 9月20日(土) 彼岸入り。時々、雨。 本年4月オープした”ゆーぱるひざこ(健康福祉センター東楽園)”。 フィットネスルーム、温水プール、屋内運動場、音楽室、図書室など健康の維持・増進、生きがいづくりの真新しく広大な設備。家から車で20分。 その浴室&ドライサウナでゆったり、ほっこり。気持ちよい湯上りにひと休みしてから、飲食コーナーでミニ天丼580円。 9月19日(金) 曇り、気温22℃。 H整形外科にこの春から通院、椎間孔狭窄の治療受けているのだが一向によくならない。よってさいたま赤十字病院への紹介となり、その予約は1カ月先となる。 さてこの1カ月間の養生いかにぞと思う。 朝食に夕べの残りの栗ご飯。そして、茶室夢幻庵の整理・清掃。 さるにつけても、お茶はお手前作法も真剣に取り組まないままでいる。 AI(COPIROT)を引くと、 「夢幻庵」は、日本文化の深層を体現する梅原猛の命名によって思想と美の結晶となった空間である。すなわち、「夢幻庵」は鎮魂の場であり、文学的な遊行(漂泊)の象徴でもある。あわせて、言葉の庵であり、沈黙の対話の場であり、かぎりない文学の営みになっている。 まことに恐悦至極のAI論説である。 NIKONデジタル一眼レフカメラ D80(2006年発売 新品)をYAHOOショッピングで購入。初期設定し、撮影の準備の取り付け終える。現在スマホが中心で、ひと時代終わったデジタル一眼レフが安く放出されている。 ・当方はニコン COOLPIX P7100を愛用してきている。 9月17日(水) 炎暑34℃。 また暑さがぶり返し34℃。熱中症警戒アラートが発令されている。 昼前の図書館にゆき、その帰りに遊水池公園ウォーク20分、1.700歩。 公園の雑草が刈られて整備され、キバナコスモス、ノウゼンカツラ、シュウカイドウ。 頃日、某女史からの残暑メール。 「孫姫ちゃんと”焼飯&餃子”の食事会・・・嬉しく出かけられたことでしょう。お相手をしてくださる孫姫ちゃんの存在が宝物ですね。ーーこころと身体の声に耳を傾けながら、できるだけ”ゆっくり、ゆったり、のんびり” 過ごしていきましょう。」 9月15日(月) 敬老の日。 運動スクールで90分。このところ全身が固まっている。 それが一つ一つ身がほぐされ、気持ちが晴れる。 *アンジュとは15年、いつも一緒の日々だった。 「亀山郁夫」の自伝的エッセイ。 十九世紀ロシア小説論、革命と粛清のクレムリン宮殿。 根源的な恐怖のもとに、全体主義国家の光と闇が浮彫にされる。 ドストエフスキー翻訳、および研究は作家の危険な核心にせまる。 ここに高橋和巳の『邪宗門』、『日本の悪霊』が読まれていることも知る。 9月13日(土) 敬老の日の集い。 「敬老の日の集い」(住宅自治会主催)に家人と出席。 近隣ネットワークは薄れ、自治会活動も無沙汰のかぎりで在住45年。 30人余の参加、余興のマジック・ショー、ちらし弁当、紅白饅頭。 それぞれ自己紹介もあり、お互い元気であればと切に思う。 顧みるに45年前。この元荒川沿いに第1期分譲36戸。 蒼茫の武蔵野台地、ふきすさぶ川風、月下の城址。やっと手にした住い。 子どもたちは幼く、日々慌ただしくも、いつも明るい力が湧いていた。 9月11日(木) 首都圏に大雨。 朝方の雨が止み、雲間からまた暑い陽がさす。 沈んだ心身を梳き、束ねなおし、気を入れる。 首都圏で大雨、河川氾濫、一部停電、交通機関が乱れる。 ドストエフスキー、ロシア、ソビエト崩壊ーーその恐怖と感動。 亀山郁夫関連の著書を一気に読み上げる。 『大審問官スターリン』、『偏愛記 ドストエフスキーをめぐる旅』、『あまりにもロシア的な』、『磔のロシア スターリンと芸術家たち』、『ドストエフスキーの旅 終わり魂の記録』。 9月9日(火) 晴れ、35℃。 早朝のデスクに向かい、窓から差し込む陽ざしを浴びる。 創造的なPC、ただSNSなどその情報の過負荷や言説の断片化にたじろぐ。 2025年9月、秋ーー老身をいたわる隠棲の地に雲千里、鳥一声。 9月7日(日) 白露、蝉しぐれ。 朝食を終え、書室でレコードを聞いていると、他愛なくひと眠りしている。 昼過ぎの公園ウォーク。蝉しぐれに桜の枯葉が舞っている。 眩しい陽光がはね、澄んだ空が高い。一陣の風もすずやかに秋がしのびよっている。約60分、1.850歩。きょうも”間欠性跛行”なり。かくて、無聊に老いはてていくのだろう。 舞囃子『敦盛』を舞ったという某君の本番の動画が届けられる。 ・・・夢の世なれば驚きて、捨つるや現(うつつ)なるらん。 9月5日(金) 激しい雨。 8時前、雨の中、M記念総合病院(泌尿器科)へゆく。 9時診察、クスリ(シロドシンOD錠)が切れ新たに2カ月分がでる。 10時帰宅。雨が激しく、車の運転も気が気でない。 夜、台風15号が大きな災禍を残し、東海から関東へ抜けていく。 9月4日(木) 台風15号。 雨が朝から激しく降り、その雨が一端小降りになったりする。 運動スク-ルで90分。心身の健康を保ついつもの楽しいプログラム、ストレッチ。 各地で大雨災害発生の危険度が急激に高まっている。 9月3日(水) 午後から曇り。 七十二候は「禾乃登」 、 穀物すなわち実る。 早暁のベランダで朝陽を浴び深呼吸。 H整形外科でリハビリ(電気、牽引、マッサージ)。 季節のめぐりに、公園の桜の葉が削がれ木の枝があらわになっている。 「秋の七草に心和む季節・・・」と叶匠寿庵より来信の残暑見舞い。 好物の生姜糖(飯田商事)、何とも懐かしい味で一服。 9月2日(火) きょうも危険な暑さ。 9月1日(月) 防災の日。猛暑列島。 さいたま県内に熱中症警戒アラート発令。 それでもゆかしく吾亦紅、月の茶、萩の餅、月見団子、秋の蝶。 老残にて病院通いだが、何とかとかやっている。 朝の小庭の水や甕の中のメダカの餌やり。読書&クラシックレコード&転寝。余生を楽しむべき静かな時の流れ。そして、また小家の枝折戸をおおうようにヤマモミジが伸びほうだいになった。 ・風月の友にさらばと老残は夏の終わりに白粥すゝる ・ながらへて武州の里に告げざるをまた一日を夢にことゝふ 角川「短歌年鑑2026」自選5句でき、おくる。紅蓮のソナタ?! 日本近代文学館秋季特別展「滅亡を体験するーー戦禍と文学」内覧会の案内。 高齢課主催のいきいき体操の案内を受けるが、自信なく断る。 |
日録サイト:2002年7月~2025年9月 WEBサイト「花月流伝」は2002年7月より開信。 掌篇、短歌、高橋和巳研究、書評、エッセイ、著書目録など随時編纂・発信。 しかるにその大半がアップデートできず、鋭意検討中。 ネットワーク時代をたおやかに思索、迷走し、 「文学終焉」の荒野に、ロマンの夢の文法体系を構築する。 ▲TOP▲ |