黒き地吹雪
――小笠原賢二 三周忌に


小笠原賢二、平成十六年十月三日逝去。
いつだったか、酒を静かに飲んだ。滔々と語り始めると、そこに北海の雪が吹雪いていた。


うつそみの書き急ぎけり朝月夜(あさづくよ)沁みてかなしき雪降りにけり  
極北によどみすべなくうごめける遠き海鳴り夜のたまゆら
汚れたるかなしみなどいざ知らず南無とや修羅の血しぶく朝(あした)

ときにまた酔ひてくだまく夜なりて狂へる雪にまみれ遊(すさ)ぶか

『拡張される視野』一巻紐解けよ 裂かれ遂ぐべき怒涛の歌群
明るい闇に閉ざされて絶叫の短歌(うた)は可能か 鴫啼くゆふべ

あやしかる化身となりて発ちゆけば無頼の花に伝へざらむや

手には手を一気に思想切り裂きて夢なきゆめのしぐれたばしる

国亡びしのちもわれらひそやかに叛きの夢に逐はれてありき

「文学的孤児」、いや北海の孤児ならん暗黒(やみ)のはたての汨羅(べきら)にうたふ


北海道増毛町生れ。苦学して上京。
法政大学では小田切ゼミに学び、文芸評論家として活躍。


亡母(はは)よいま髪梳く夜のしんしんと添ひゆくままに雪降りつもる

北海の増毛の町は吹雪をり今朝の憤怒(いかり)を秘めてゆくかな

『終焉からの問い』に詩歌ゆきゆけばゆれていづくにわれの烈風

往年はからざるに花しだるるを手毬唄など聞へる日暮れ
滅亡の詩型にあらばいかにある小田切ゼミの鬼子よわれは
エロスの裔よ文学よなだれきて泣きぬ夕べの人の恋しき
瞑りゐよ いや師よ赦せ渺茫のしらべのはてにコーヒー啜る

莫逆の友に告げゆき屈せんとはるけしこころ夜半の残雪

宿業を背負ひ夕べの帝都(まち)にきて亡父(ちち)の帽子を被りて奔る

一杯の美酒(さけ)に注ぎたるかなしみの悪業なりて日々を紡ぎぬ


母校の法政大学文学部教授の職が内定するも、肺ガンを宣告さる。
病床でなされた最後の著書は『「幸福」の可能性』(洋々社)だった。


北海の故郷(くに)吹き曝すあめつちの言葉くだきて歌はざるかな

たまきはる余命の一夜さみなしにおれのゆくての黒き地吹雪

こととひてなほもつきくるかなしみにたへてゆかなむさだめなりせば

こころざしゆめになせやとねがはむをあねうえわれをゆるしたまへや

「福島(泰樹)さん、俺、まうダメだ・・・・」、俯きて病室(へや)に酌みしや最期のビール

君眠れ風の骸よ荒磯よ月光(つきかげ)あはき永遠(とは)の夢はも

すべなくも花散り乱れ絢爛の黒衣に香る通夜の白百合


東京・町屋斎場でその小さくなった骨を拾う。
「人間は結局誰しも、その出口のない生をくぐり抜けて・・・・」(『「幸福」の可能性』)。


やはらかき言葉憎みて断腸の一行ゆゑに蒼穹(そら)裂けゆくも

生と死のあはひくぐりて清(さや)かなれ黒き地吹雪 秋の白骨

一匹の黒蝶放つ雪原(せつげん)の斃れし影に寄りて語るな

『月光特集版』 2006年10月04日号

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