谷知子・島村輝編
『和歌・短歌のすすめーー新撰百人一首
花鳥社

現代をリメイクする豊穣な歌の流れ

和歌・短歌の魅力を現代に、そして未来に繋ぐべく選ばれた新撰百首

太田代志朗


 
 本書は「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」の須佐之男命(ルビ=すさのおのみこと)の歌を巻頭にあげている。これは神話にはじめて現れる三十一文字(ルビ=みそひともじ)で、和歌の歴史ははるか遠い昔の時代からつづき、「そのことば、万代(ルビ=よろづよ)に朽ちず」と寿いでいる。

古代の人々は、また言葉に霊力が宿ると考える「言霊信仰」 を持ち、美しい心から生まれる正しい言葉は、「その言葉通りの良い結果を実現し、逆に乱れた心から生まれる粗暴な言葉は災いをもたらす」と信じていた。柿本人麻呂は「しきしまの大和の国は言霊(ルビ=ことだま)の助くる国ぞま幸(ルビ=さき)くありこそ」(万葉集)と歌い、何より「この日本の国は、言葉が持つ力によって幸せになっている国です。これからも平安でありますように」の意味がこめられているという。

ごく大雑把には平安・鎌倉・江戸時代には多く和歌とよばれる。それが明治大正期にはいると、さまざまな文芸革新運動のなかで短歌とよばれるようになる。現代短歌にかかわっている人たちは、おおむね「短歌」「歌(ルビ=うた)」とよんでいる。五七五七七の句切れを持つ短詩そのものは万葉集(成立年代は不明)にはじまり、一般に一四〇〇年の歴史がある。長歌に対しての反歌が現在、短歌といわれる五七五七七、五句三十一音を基本形とする歌である。

本書はこうして誰にも理解できるように丁寧に説きあかし、「日本の和歌・短歌の魅力を現代に、そして未来へと伝えたい」と新しい時代の百首を選定する。すなわち、フェリス女学院大学文学部日本語日本文学科の教員・学生に、好きな短歌・和歌を公募し、二百首以上の作品が選びだされた。ここからさらに検討し、上代の大和・奈良時代にはじまり、中古(平安時代)、中世(平安時代末期、鎌倉・南北朝・室町、安土桃山時代)、近世(江戸時代)、そして現代(明治維新から今日)までの百首が精選された。

目次を見ながらその日の気分で、どこでもいいから好きな時代、興味ある歌人を訪ねていけばいいようになっている。時代をたぐり、詩魂がたぎる。「うららに照れる春日」の大伴家持、「桃の花光をそふる」の大江匡房に思いを馳せる。また、「瀬をはやみ岩にせかるる」崇徳院に非情の宿命を、そして王朝の妖艶無比のフアンタジックな世界に藤原定家、後鳥羽院。「神よいかに聞きたがへる」とうたう御水尾院には近世和歌の悲しみが彷彿とする。近代にはいれば森鴎外、夏目漱石、北原白秋、斎藤茂吉、若山牧水らの名歌がならぶ。また、現代短歌には葛原妙子、馬場あき子、美智子上皇后、佐々木幸綱、俵万智、さらにアメリカ出身の詩人・随筆家のアーサー・ビナードやセーラー服の歌人・鳥居らがとりあげられている。

かように万葉の時代から現代までの一人一首で、それぞれの専門を生かした解説により、和歌・短歌を理解するうえの時代背景や作者紹介がコラムになっている。誠にハンディな形で、歌の魅力が現代に、そして未来へ受けつがれていくように願いがこもる。

時代の渦巻く潮流にいくたびも短歌滅亡や円寂論が鬱勃とし、たとえ第二芸術論に貶められようと、定型詩は日本語の秩序と美の規範であるといっていい。現代においては前衛短歌の岡井隆、塚本邦雄、寺山修司の欠落は淋しいが、これも清新な短歌史の視覚の可能性の一つということなのだろう。

むろん単なる歌論でなく、ましてや歌壇展望や一家志操を律する短歌結社の主調でもない。伝統の重みや歴史の流れに、屈指の秀歌が波瀾の時代からうかびあがり、定型韻律の文語の奥深いリズムがあきらかにされている。

なお、今日のデジタル情報社会は日常の思考や行動の様式をすっかり変えつつある。情報が爆発し、連結し、融合し、再編される新しい世界で、ともすれば多彩な表現領域に日本語の崩壊が指摘され、韻文の喪失感が創造的な和歌・短歌の危機をよんでいるともいわれる。情報ネットワークによる言語=文学空間であるが、インターネット上にある短歌サイトが短歌を自動的に生成させる「超・現代短歌」が話題になっているようで、これもいってみればデジタル時代の率直な流露であり、自然にわきあがる真情形式なのだろうか。

本書は高校・大学の教育現場で活用できるようにまとめられているが、教わるべきもの多く、精選された詩華がファンタスティックに独自の煌めきでせまってくる。われわれの日常が和歌・短歌の豊穣と叙情性によってリメイクされ、花吹雪にまみれ、あけぼののかぎりに揺れ、夢のいそぎにたゆたうのである。

秀歌をたたえる初々しい多彩な文言がさわやかに読む者を熱くうつ。彫心鏤骨の論考とちがって、研究室の匂いからとかれた和歌・短歌への創見により、栄光と汚辱の三十一文字の清韻が展開されている。その学統の流れも作品の解析を通じて論証され、たまゆらの詩歌がふぶく。「新選百人一首」は古来の和歌・短歌を現代に開示し、未来の詩形へつぐ創造性が脈打っている。


「図書新聞」2021年5月29日号

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