妖しい夢魔の舞台のかがやき


  花が吹雪いている。

縋るような切ないひとときーーこの春も、さまざまな花との巡り合いがあった。

彩の国さいたま芸術劇場で、『草迷宮』を観たのは三月終わりのことだった。原作・泉鏡花、脚本・岸田理生、演出・蜷川幸雄。キャストは浅丘ルリ子、田辺誠一、辰巳琢郎。

 幼い頃に聞いた手毬唄を探し求めてきた青年は、菖蒲という魔界の女に出会って激しい恋をし、やがて、二人は愛しあうようになる。人里離れた黒谷村の逢魔が刻。不気味な闇と幻影。強烈な色香を放つ凄艶な美女。花と草の迷宮に、至純の二人の魂が彷徨する。これこそ、鏡花独自の妖艶な魔と夢の煌きの世界である。

 だが、舞台は蜷川伝説という、定型バロック調の猥雑さだけが目についた。そこには血の匂いも、異界の闇の深さやおぞましさも感じられなかったのは、いったいどういうことだったのか。何も文学主義的にいうのではなく、それが、「宇宙的な広がりのファンタジー」とやらで構成されるのでは、あまりにも楽天的でありたまったものではない。鏡花の世界の表層をなぞるだけの舞台に、いったい何の魅力があろう。

 確かに、その舞台は官能的な夢をどこまで冷酷に紡いでゆくかにあった。それは、われわれにどこまで深く夢見るさせてくれるかにある。『夜叉ケ池』の白雪姫、また『天守物語』の富姫・亀姫の妖しく際立つ異形の者たち。ゆえに、菖蒲という女も鏡花の追い続ける夢そのものなのであろう。現世のしがらみから解き放たれた霊。魔界の硬質のかがやき。それこそ、悲哀に滲む鎮魂の位相でなければなるまい。 

 さいたま芸術劇場・大稽古一カ月の提供協力。主催制作は埼玉県芸術財団など、絢爛の舞台である。 
 

『ショッパー』(1997年4月9日号)

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