眩しく胎動する学生短歌会

このほど、同志社女子大学短歌会の『DWCLA短歌』3号が発刊された。
ここには同大大学院生を中心にOBの作品が掲載され、フレッシュな感性が脈動している。定型韻律にかける青春の鼓動が眩しい。

同誌担当発行の畏友安森敏隆(同志社女子大学大学院文学研究科・日本語日本文化専攻教授)が学生短歌の現状について論じている。

京都で1965年頃、永田和宏、稲実宏之を中心に「京大短歌」、安森敏隆、北尾勲が「立命短歌」を復活、河野裕子は「京女短歌」に所属していた。
だが、これらは全共闘の前衛的な学生たちにより解体消滅していく。

混沌の時代とともに、熱い宿業の定型詩はその栄光と悲惨の歴史を辿ったということだろう。

時経て、「京大短歌」が新しく復活される。この創刊号より永田和宏、安森敏隆が加わり、今日に至るまで若手歌人の指導に当たっている。
京都大学に勤める永田和宏は最新歌集『百万遍界隈』(青磁社 2005年12月)で「高橋和巳を知らぬ世代を引き連れて酒を飲むことさびしくもある」と、研究者として百万遍界隈で過ごす素顔を何気なくうたっているのも興味深い。

また、立命館大学と同志社女子大学の学生を中心に「同立短歌会」が設立されている。
ここではケータイ電話で撮った写真や、エッセイ、短歌作品を組み合わせ「ケータイモバイルつらねうた」として「京都新聞」に36回にわたって連載された。

――かくいう浅学の私は、あの若き疾風怒涛の時代。
立命短歌会には無縁のまま、なぜか一日、京大短歌会の会合に出席した。
だが、何一つ発言するともなく、終わって誰からも声一つかけられもせず、ただ俯いて夕暮れの街に出ていったのであった・・・・・。


【2006年04月07日】

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