奈良本辰也記念文庫を訪ねる

三月の終わり、京都にいる機会がって数日ぶらぶらしていた。
夜風がまだ冷たく、石塀小路から祇園をよぎり円山公園にいったが、花の蕾も固く今にも咲きそうでいて淡い紅の色を滲ませているのが何とも哀れでいじらしかった。

一日、案内してくれる人がいて、北白川に京都造形芸術大学を訪れた。
話題の春秋座は閉館していたが、映像ホールでは吉田喜重の映画特集をやっていた。

芸術文化情報センターは一般も利用できるのでありがたい。
このライブラリー館内の奥に「奈良本辰也記念文庫」がある。

復原された書斎の前で、私は立ち尽くした。  
北白川のお宅の懐かしい書斎である。
熱くこみ上げるものがあった。二十代半ば、私は小さく畏まっていた。
私は勤勉篤実な歴史学徒ではないのだが、無頼の若造を暖かく先生は向かえてくださった。

ここには2万3000冊の旧蔵書が寄贈され、誰でも自由に閲覧できる。
貴重厖大な資料が整理されているのである。
その中に先生が栞の玉文を書いてくださった拙著『清かなる夜叉』も並べられてある。
大切に保管されていたことを思うと、滂沱の涙を禁じえない。

史学界の重鎮だった奈良本辰也先生(1913−2001)は学園紛争時に立命館大学を辞し、京都新聞に連載小説を執筆されるなど一歴史学者として研究と著述に専念され、晩年は京都造形芸術大学の理事に就任している。
時経て何かの打ち合わせがあり、祇園を二、三軒回ったことがあるが、先生の豪放で明るい酒はいつも楽しかった。
陳瞬臣さん(作家)を神戸から呼び出して一緒になったこともある。
お二人の親密な話し振りが爽やかであった。

この春、花の咲き始めにやっと念願叶った訪問だった。
次ぎにはもっと時間を作って訪ねようと思っている。



▲INDEX▲