日録●太田代志朗●2024年 

4月24日(水) 雨、三隣亡。
朝から雨がしとしとと降っている。
小庭の大きく育った山紅葉の緑が冴えて目にしみる。
晩春の雨が静かな時間をきざんでいる。
かの「田園の憂鬱」の世界が身をよじるようにせまる。

1週間前から右指辺が腱鞘炎(ドルケバン病)で痛く、いかようもない。
ちょっとしたことや、キーボードを打つのもうまくゆかず不自由きわまる。
F院整形外科で診てもらい薬、電気治療をうけたが、とまれカカオのきいた一口チョコレートをなめる。

さて、ポストモダン、デジタルトランスフォーメーションの中で文学は終焉した。
世にいう表象文化論などまったく無知蒙昧なる身にわかる手だては何もない。
そうならばとあまたの書をうっちゃり、ひきよせた車谷長吉、西村賢太を読んでいるのだよ。

きょうも1時間待ちJust MysyopサポートでわがHPの修正チェックをうける。
コンピュータプログラム、デジタルコンテンツの整合発信を希う。


4月22日(月) 「WEBサイト「花月流伝」発信。
時々の小雨に、桜花がすっかり散り落ちた。
少し肌寒く小雨があり、夕方から陽がさす。
【右写真は4月始め家の近く花の城址公園で】

やっとのことで、WEBサイト「花月流伝」が発信のはこびになった。
21から22のバージョンアップ、ジャストシステム社の懇切なサポートを受けた。
3、4カ月分の迷走混濁のページは消失されたが、それはそれでしかたない。
とにもかくにも、ここに嘉すべく蒼茫のサイト更新・転送・公開となった。
天地有情、杖をひき静かに歩く。

ーー昨今、集中&意欲を喪失。だらだらしており、何事もはかどらないでいる。
「高橋和巳電子全集」12巻(小学館)の編纂・解題の残務処理も終え、ただ茫々漠々。
寄る年並みに人のつきあいも、約束事も紐が溶けるようにゆるんでいく。
夜、武州小城下に朧月。はかどらぬ余生だが、骨を埋めるに何ぞ期せんや。


2024年、正月早々から、呟きのまますごしてきている。
日々の呟き、埒もなきこれが生存報告である。
所詮、哲学や思想が己の生きることの手だてにならぬ身は、文学にすがることで、おぼつかくも妙風にさらされつづける。
いや、これも何ともおこがましいいいぶりであり、とまれ自ずから遊行、流離、遁走のいかにかはせむ。
2月、3月、そして花の4月に花が散り、さても新緑の季節を迎えようとしている。
ちなみにわが「日録」は2002年2月から配信(一部不通)、アクセス19.510なり。


4月18日(木)
 黒髪匂ふ夕べ。

・清かなる夜叉にしあれば老いにけり黒髪匂ふ花の夕べよ
・伝へたれ無残な春を背にうけてうたひゆかなむわれの晩年
・ながらひてうつせみかなしき夕べには蹴鞠をさがす風の比良坂


4月10日(水) 京都。
京都に2日ほどいたが、どこへいっても人込みで息切れがしていた。
京暮らしの思わぬ記憶が蘇る賀茂川、嵯峨野、神護寺、祇園、吉田神楽岡。
母の従兄の子の縁者の老婦人と、静かな小路の奥の家の小座敷で会った。
病いで弱々しくも小鼓と三味線をかたわらに、「これはあなたに持ってもらいたい」と手渡される。
出前の鯖寿司が美味かった。ーー若く苦楽を過ごした時間をひきよせ、これはコラムで改めてつつづる。


4月5日(金) 花の雨の1日。
花が咲き、夕べから冷たい雨。
家人の松風の会。皆さんお元気。10年目になる茶会。
北尾勲歌集『樹』(1970年刊・新星書房)読む。
安森敏隆らとやっていた美と存在の畏れにわななく世界。
歌人は若く吉野を尋ね、その後郷里へ帰ったという。

・花ふぶき雨になりたるこの朝(あした)わが晩年に散りにけらしな


3月28日(木) 野田パブリック・ひばりコースで。
時々陽がさして9時40分、INスタート。
身体が軽く動き、気持ちのいいティショット。
距離はでないが、ボールがまっ直ぐ飛んだ。
いつもと違って広大なフェアウェイが限りなく美しく眩しい。
84歳の高士にして、本日まことに颯爽と、悠々としているでないか
河川敷きのコースに風なく、鶯がきれいな声で啼いている。

スコアは99(47・52)で久方の100切りになった。
友人との楽しいラウンドの一1日。河本、前田、太田の3サム。


3月26日(火) 雨の1日。
昨夜から雨。咲きかけた花がまたしぼむ。
このところブログを書かない。与太記事なんて何にもならぬ。
ホームページもサイト転送できぬまま、何も手がつかないでいる。
雨に閉ざされ気持ちも晴れねまま、気まぐれな老人は端座法然。
枯淡の境地には遠いが、甘やかされ己をふみはずすような老醜だけは忌避したい。
西澤栄美子著『書物の迷宮ーーイメージと意味の隔たりに向って(水声社)読む。


3月13日(水) 弥生。
雨風があがり、昼頃より穏やかな日和になる。
家人が朝早く家をでて、埼玉安全運転学校で試験を受けてくる。
お互い高齢運転,気をつけねばならぬ。
ーー故中西省吾君に供花。年々、淋しくなる。


3月8日(木) 弥生の雪。
朝起きると、雪が降りしきり、3センチほど積もっている。
その雪も昼前には止み、明るい陽ざしがさす。
終日、何することもなくぼんやり過ごしてしまう。

昨日はかすかべ湯本温泉。
予定の野田ひばりコースの代わりに校友諸賢と団らん。
新しくリニューアルされて、湯、サウナ、蕎麦の19番ホールなり。


3月6日(水) 確定申告。
夕べの淡雪が溶けだし、雨もあがる。
スマホ難民はe-Taxの送信できず、春日部税務署におもむき確定申告。
受付で1時間余待たされ、PCのサポート受けことしも朦朧老残はフーフー。
還付金45.000円。家人にすべてをお任せしてしまった。
年をかさね、ともすればぐらつくも安泰、時の流れに身をまかせる。
それにしても、分断と凋落ニッポン漂流ーー円安インフレ、盛況のインバウンド(訪日外国人観光)、高齢・少子化・人工減少、政治と裏金自民の偽悪、プレハブ万博、生成AIの戦略。

・深き夜を花と月とにあかしつつよそにぞ消ゆる春の釭(ともしび)
ーー藤原定家/拾遺愚草・巻中・韻歌百廿八首



3月1日(金) 弥生3月。強風。
朝から強い風。陽ざしがあるが赤城下ろしが冷たい。
小1時間ウォーク。4日前の練習500発の疲れもとれる。
3月は巣立ちと別れの季節、若者たちの新しい門出に祝杯。
高橋文二著『源氏物語の時空と想像力』(翰林書房)読む。

 
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