生駒・宝山寺前の「たき万」

 この夏の1日、京都在住の友人との話の中で、どこか皆んなで温泉にでも行ってゆっくりしたいものだということから、
 「それでは生駒の”たき万”へ行こう」
 ということが提案されました。

 当初、私は西下の折に丹後半島巡りか、北近江路辺りでもぶらりと行ってみたいと気軽に思っていました。それが何と生駒・宝山寺”たき万”、これには全くビックリしました。

 生駒・宝山寺の門前にある「たき万」。
 生駒山「標高642M」の中腹に位置した宝山寺は修験道の行場として古くから開かれ、歓喜聖天宝山寺の門前町。”たき万は”桜、納涼、木々の紅葉、雪景と四季を通じ、素晴らしい自然の景観を満喫できる宿で、各客室からは古都奈良の街並と奈良盆地が一望できます。

 思えば、「対話」の座談会や研究会、読書会など、この”たき万”で泊り込みでよくやったものです。というのは、高橋和巳の父上がよく保養で利用していた関係で”高橋のボン”のカオが利いたからであります。
 そう、われわれは、「歓喜聖天」さまのおわする門前の旅宿で文学を論じ、歓楽尽きぬ夜々に徹したのです。

 この宿の大座敷で酒を浴びるほど飲み、そして集まってはいつも花札に興じました。風呂を浴びに行くと、湯上りのお姐さんと出会ったりしてはときめいたものです。
 梅原猛先生によれば、「ここで酒を飲み、花札をする高橋和巳のあんな愉快な姿を見たことはない」ということですが、実に楽しいひとときでした。

 もう二度と行くこともあるまい、と思っていた宿でした。
 「おお。やったるで・・・・」
 と花札に夢中になる高橋和巳の鬼気迫る風姿が迫ってくるのです。
 私にはケリをつけたはずの遠い記憶の彼方の出来事でした。それが、思いがけない話題の中に出てきたわけです。多分、FもHも深い感慨のもとに伝えてきたのでしょう。
 狂おしい波瀾の時代がまだお互いの中に燻り続いています。

  洛陽の親友、もし相問わば
  一片の氷心 玉壷にあり
             ーー王昌齢(唐詩選・七絶)

 夏の終わり。
 死にもせぬ旅寝の果てよと嘯きつつ、さていかが相成るものか。いささか動揺しているのです。

 【2005年8月19日】


▲INDEX▲