秩父風月



2005年7月2〜3日、秩父を訪れた。
梅雨明け前で、雨が降っては止み、また降りしきった。
荒川の流れが木立の間に見え隠れし、札所の小さな石仏に風が流れていた。

札所の水潜寺、法雲寺、長泉寺、橋立堂、金昌寺、清雲寺、萬部寺。
そして、神秘な深い木立に包まれた三峰神社に詣でた。




●野仏と石標にみちびかれて。
野仏の微笑(わら)ひて告げむ夕さればこの村里に風のにおへる
あえかなることにてあらばまがなしき風の秩父の札所めぐりに
つゆじもの濡れたる午後の巡礼のかなしき道をたどりゆくらむ
ゆきゆきて夏のかぎらふひとときの木の間がくれの石仏かな
巷里(ゆめざと)に水子地蔵の笑まひしをふとよぎりゆく女(はは)の影かな

●長瀞の流れ、その岩畳に遊ぶ。
長瀞の深き流れに夏の日のかがやきゐれば緑したたる
荒川の激しき流れよどみつつ蒼くここでは瀞(とろ)と呼ばるる
串焼きの出店の鮎を頬張りて石畳(いわたたみ)ゆくわれにてあるか
幼子(おさなご)と舟遊びせし遠き日の帰らや夢にさやぐわれかも
帰らざる日々にてあらば清らけき流れに放すわが歌がたり

●長瀞・長生館にて昼食。
賑やかに笑ひ転げるひとときに瀞の流れを見てゐるわれよ
老ひざらむ夏の一日(ひとひ)のたまゆらの愛(いと)しき村に槿咲きたる

●札所の参道を行き、裏山を歩く。
告ぎゆきて秩父札所を巡るかな老ひて見るべく夢のあらずも
さみなしにくずれてゆかなわが夢の不動堂には雨降りしきる
さしのべてふとつぶやけば愛(かな)しくも小さな石よ仏よ風よ
何をいまさら謡ふらむ哀しきを雨の峠を越えたる日暮れ
いまさらに拒まれたるを夢なるも雨の秩父の哀しきゆふべ

●川のせせらぎの聞こえる宿に。
雨に濡れ札所めぐりに暮れゆきて宿にやすらふ人の羞しき
灯の揺れて友と酌みしやこの夜の酒に酔ひたる宿の愛
(いと)しき

●野仏の金昌寺。
ほほゑみて今日過ぎゆかむ祈りても哀しからずやマリア観音
裏山に立ち並びたる野仏にかすかなる血の翳りこそ負ひて歩めよ
清めらるることなきわがうつしみに目を閉じむ四番寺の風にこととひ
(と)ひたまふことなく夏のひとときにあやにかなしきひとのいづこや

●華厳の滝の飛沫にうたれ。
見上げるに飛沫にうたれゆふぐれの赤き叫びにうなだれゐたる
轟々と落ちくるものにまぶた閉じ乱りなむとや華厳の滝よ
滝水にうたれたたづみ何しかも心は和(な)ぎぬわれの昏れがた

●山越えに行く、雨が降る。
さもあらば夏の一日かくありてわがかなしみの驟雨過ぎたり
山越えの道の険しくくらかりき村に笛吹く人のありしや
そのかみの罪にてあれば泪なる風の悲鳴の水子車よ
一期は夢よただ狂へ暮れわたる夏の峠に叫び戯(たわぶ)

●宿の夜、せせらぎの音。
うつしみはあへかに今宵ゆくりなく闇のしじまになにおもほゆる
渺茫の夢に追われてむなしきをこころの果ての夜の鳴澤
いかなれば生くるかぎりを担われよしなやかにわが夏にさらばと

●三峰神社、祭神はイザナギ、イザナミの二神。
創始は日本武尊、のちに役行者が山伏の修験とした。
たなびける白雲隠る奥山に神さびせすといにしへおもふ
(かむ)ながら荒山道をたどりきて春日大社造りの本殿
あそびすと荒ぶる神にささやけば深き木立に老ひて愛(かな)しも
秩父、奥多摩の山々に鎮座せし社の山犬の御札にあれよ
荒川は甲武信岳(こぶしだけ)に源とその水流をまぼろしにみゆ
(あめ)の下知らしめししを神々の荒山道にあやに悲しみ

●峠や小道に秩父困民党のゆくへを追う。
降りしきる雨の暗きに問ひゆきぬ秩父困民党のゆくへを
この里にきたりて暁(あけ)の同胞(はらから)の薄きまぶたに問へばかなしも
伝蔵よ生きなば闇に静けきを孤りめざめて立ち去りゆかな
さらばまた血に飢へたるを叛乱(たたかひ)の夕べになりて髪かきあぐる
切なきを村雨に濡れこととひぬゆくへ知らずも時の流れに

●ふとわれは歩みとどめて。
ふとわれは歩みとどめてひなぐもる秩父の風にうそぶきゐたる
訪ねゆく峠の店に人ありて石臼挽きの手打ち蕎麦かな
まぼろしか枝垂れ桜の散りにしをあかるくそよぐ清雲寺なれ
ひそかなる夢路に灯り人恋うとかへりきたれば蛍をさがす
うつくしき何の祈りぞ漠々と秩父風月(ふげつ)になだれゆきしを

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