衝迫する紅蓮のパトス





やすいゆたか著
『評伝 梅原猛ーー
哀しみのパトス
ミネルヴァ書房




夜は暗い。なぜ、人は夜の思想を見きわめようとしないのか。闇のパトスがすべての始まりだった。――漆黒のデモンに取り憑かれた一つの相貌がくきやかに浮かび上がってくる。それこそ、非在の愛を渇望し、絶望と不安に裏打ちされた固有のルサンチマンそのものでなかったか。
 
 誤解をおそれずにいえば、梅原猛は、いまや巨大な星雲状の精神史的現実として、われわれの眼前に立ちはだかる。その伝記・研究も着実にすすめられ、いまや禁忌伝説の片鱗すらないように思われる。にもかかわらず、梅原猛は大きな謎に包まれている、といわなければならない。
  
 ハイデッガーの哲学を死の哲学と受け止め、デカダンと向き合う人間存在を出発点に、当初、日本文化の批判的考察にはじまる美と宗教の発見にいそしむ。古代の探求では、藤原不比等によって封印撰修された記紀神話・成立論が明らかにされ、法隆寺は聖徳太子の怨霊を閉じ込める鎮魂の寺だとし、宮廷歌人の柿本人麿はそれまでの通説をくつがえして、流浪の果てに刑死したことが論証される。さらにアイヌ、縄文、空海の真言密教、親鸞から法然へと多くの論議を招きながらも、新たな日本人の精神史の系譜が鮮やかに構築されていったのである。
 
 思えば、その狂熱と過剰と混沌の権化の周辺には、おびただしい伝説と神話が渦巻く。代表三部作として『地獄の思想』『隠された十字架』『法然の哀しみ』が挙げられるのだろうが、そうした著作をはじめとした縦横多才の活動を通し、世の人々は口尖らせていう。

たとえば、通説を大胆に批判する変幻きわまりない学者。いや、認識の旅を続ける永遠の放浪者であり、手近かに隠れている深い真理を求め続ける旅人だ、と。また、詩的孤独の面影を漂わせているかと思えば、次の瞬間には呵呵大笑する奇人なるや、と。はては、研究機関の設立に東奔西走、清獨併せ持つ政策プロデューサーであり、得体知れぬ毀誉褒貶なる人物なる、と。そして、 怠惰な知識人の非を打ち、激動と混乱の現代社会に常に警鐘を鳴らしつづける無類の哲学者なり。くわえて、高橋和巳をして長編『邪宗門』に登場する奇怪な一教祖のモデルに当たらしめ、国学と水戸学にもとずく同世代の三島由紀夫のナショナリズムと美学を一刀両断、返す刀で小説を書き、スーパー歌舞伎、狂言の台本に精力的に立ち向かう希代の芸術家たり、と。

いずれにしても、冷徹で自由奔放、壮絶な知の戦線により右顧左眄、虚学阿世のみ盛んな時代の流れにあって、国際日本文化の学統が眩しく煌く。梅原学の滔々たる山脈が聳え立っているのである。

本書は、梅原日本学の基層に真っ向から肉薄し、その人生と思想を「徹底的に問い直し、捉え返」している。
 数奇な運命によって、若い母と引き離され苦悩する梅原猛にとって、「生母千代への意識化に抑圧された想い」は、深く混沌としていた。しかるがゆえに、「この生母の死と裏表である自分の生の意味を抱え込み、問い続け、苦悶し続けた人生」であった、と著者はいう。
 
 無意識識のうちの生母への哀しみが、壮大な梅原猛の根底をなしている、というのである。哀しみこそ、孤独な存在の証しであり、梅原猛の蒼然と引き裂かれた魂の叫びであった。「自分が生まれたことで母を殺したという現在意識」こそ、内在する狂気を培養し、創造する精神の営為を可能にしていったか。
 
 この深層心理学が梅原学のすべてを解明するものであるとは思われないが、確かに「日本文化の底には哀しみ」がり、「梅原猛は自分の存在の根底に暗い闇の存在を感じていた」ことはまぎれもない事実であろう。

また、生母への限りない愛として「生命の共生と循環」の思想の形成がなされ、「この世とあの世の往還の思想を見出し」、共生と循環、無限の往還こそ、「生母千代の哀しみに帰還」するものだ、とも指摘している。
 
 東洋の叡智にもとづく新しい生の哲学の創造は、梅原学が内孕するまた大きな課題の一つである。この生命循環の思想こそ、一九八〇年以降の中心的な問題意識となっているが、碩学も齢熟して、いま八十歳。矍鑠として円空論の執筆に情熱を傾け、また渾身の人類の哲学と取り組むべくあと二十年の弛まない奮闘を表明し、万丈の気を吐く。「長い知識の旅」は、燦として大日曼荼羅の光を浴びたかのような悠揚たる風姿とともに、果てしなくつづいている。

一巻の評伝として、本書は哀しみの深い水脈をたどりながら、膨大な主要著書を丹念に読み込み、切れ味鋭く論述している。 
 
 余人は恐れをなして、ついにこころみようともしなかった評伝は、一読巻置くをあたわず、ここに慄然たる光芒を放つ。本書の魅力は、何といっても満身創痍の語り口であり、それが花武者の爽やかさと自信に満ちているということであり、これこそ何をかいわん、心踊り、衝迫する著者の紅蓮のパトスそのものとなっている。


『図書新聞』2005年7月2日(2752号)掲載

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