日録●太田代志朗●2024年 

11月30日(土) 11月尽。
夕べはよく眠った。
霜が下りて寒い朝がシーンと静まっている。
シニアサポートの案内で、日常が多様にいろどられることになったこの1カ月。
日課のウォーキングに麻雀教室で半チャン、また家人といきいき体操教室。元気にでかけさまざまな出会いがあった。
ーー時雨忌も過ぎ、11月が終わる。今年もあと1カ月、武州古城下に存えて40年。


11月27(水) 時雨、晴れ、
今朝まで雨で、この時季は意外に雨が多い。
三寒四温で温かくなり、雨もあがり好天気になる。
公園を1時間ウォーキング。山茶花がいっぱい咲いている。
ひと仕事の区切りに、大量の文書書類は個別にファイリングした。
ーーお三時に栗蒸し羊羹、松葉屋の”月よみ山路”(石川県小松市)。また沢山ないただきものの金柑を手洗い。家人がその甘煮のレシピ通りに大鉢いぱいの銘品をつくってくれた。


11月25日(月) きょうも晴れて穏やかな一日。
朝1番のS歯科院の定期診療終え、ぶらぶらと坂道の上の小公園。
そこから畔道をたどり遊水地、雑木林、廃屋、小鳥の啼き声。
優しい風景が四季の風にいろどられていく。

日々是好日、だがどうしてか、溶けない悲しみの闇がある。
いつもざわめき、ひずみ、喘ぐ内なるものは何か。
枯淡の境地などほど遠く、われありて老醜を噛みしめる。
ーー書架よりギッシング著、藤野滋訳『ヘンリ・ライクロフトの手記』(1924年、春秋社発行)。その田園の移り変わる四季の日々にさぐる生と死の変奏。
*愚老義、忝くも安寧にくらしおり。ありてあらざりしゆめのさた、急げ露に乱れてゆく旅や。


11月23日(土) 勤労感謝の日。
晴れ。空が澄みわたり、陽ざしが眩しい。
強い風がふきつけ、街路や公園に枯葉が転がる。

「働き方改革」では、個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方が検討されている。
それにしても、昭和の人間たちは遮二無二なってよう働いた。
愚輩は1968年上京、編集・PR広報の現場で分をきざむ鎬を削った。
徹夜でホテル籠りの執筆はいつものことだった。企画分野に変わっても定時帰宅はなかった。
結婚し家庭を持ち、団地住まいから一軒家、ローンに追われ、子供たちを育てた。
さあ、裸一貫になって文学賞に挑まないか、いわれてすごみへたりこんだ。
モーレツからビューティフルへの夢を追いかけ、銀座~元赤坂27年(1968~1995年)だった。


11月22日(金) 小雪。
小雪、いよいよ冬の到来である。
早朝5時前に目覚め7℃、そのままデスクに向かう。
物狂おしい己の中の文学、哲学はどうなったのか。
シニア体操教室(9:30~11:30)の2回目、家人と一緒に参加。
インストラクターの指導で全身が柔らかく、ほっこらした感じになる。

ーー思えば、お召や結城の着物のいくつかは母が買ってくれた。
その母は84歳で逝去、親族も少なく晩年の母に私は決して優しくなかった。


11月21日(木) 水仙、山茶花。
寒い朝の小雨の中をでかけ、緊張していた。
人にあったが、その対応力が落ちていることが自分で分かる。
帰宅して、疲れ、眠気が襲い、しばらく横になっていた。
茶室に水仙、山茶花。夕食にワイン、栗ご飯。
大相撲(九州場所)が面白い。
元横綱北の富士さんが死去、82歳。その粋な風格、名解説だった。


11月19日(火) 今季一番の冷え込み。
早朝6時起床。ぶるっと強烈寒気、身がちじこまる。
いよいよ冬の到来である。
昼ころになり寒さもゆるみ、城址公園を散歩。
紅葉が映え、曲輪跡の落葉がかさかさと音をたてていく。
ーー予定を組んでくれた本日ゴルフはキャンセル、よかったのかどうか。
それぞれの人生の機微をわかちあってきた仲間たち。
冬晴れの18ホール、未練はあるが塩時でもある。


11月18日(月) 穏やかな一日。
Mクリニックで市民検診、インフルエンザワクチン予防接種。
新規開院のクリニックの応対よく、時間はかかった(9:00~10:40)がよかった。
その帰り、昼前の明るい陽ざしにみちた城址公園をぶらぶら。
紅葉に彩られた穏やかな時間が流れている。


11月16日(土) 曇り。
朝からどんより曇り、何やら重たい気分になる。
このところ、所用雑事が重なり、慌ただしく過ごしていた。
やることなすことに気が張り、バランスを失い、疲れはてた。
日々の暮らしに、認知機能や運動機能の低下がしのびよっている?!

今宵は満月。
月に向かえば、美しき罪の咎やある。
ありてあらざりし夢、幻ーーわれの晩年。


11月13日(水) 晴れ。
七十二候「地始凍」、ちはじめてこおる。  
高気圧におおあれ春日和15℃。薄紅葉が陽ざしに映える 
小庭の夏椿と生垣の剪定に3、4日かかりきりだった家人を誘い、一緒に昼過ぎの公園ウォーキング。思えば身近に四季を感じる小城下に40年余、凡々と暮らしてきた。お互い寄り添い、ああでない、こうでもないと他愛ないことを喋ってくる。
・なぐさみに女房の意見聞いて居るーー江戸川柳


11月12日(火) 晴天
穏やかな冬晴れ。F院整形科で診察。
電気治療&リハビリはうけているが、右臀部から膝にわたって痛さがひろまる。
座骨神経痛か。柴田先生の診断で臀部に注射。腰椎MRI検査予約。
帰路、昼前の城址公園を散歩。紅葉に気分が和らいでいく。
ーーさても紅葉の下で老いぼれの座れ唄よ。われ呼吸す、即ちわれ存在す。


11月10日(日) 時々晴れ。
空をおおった雲間から時々眩しい陽が差す。
AQUAにレギュラーガソリン満タン(3.950円 @166円)
散歩コースに丘陵の畦道をゆき、畑、霊園、紅葉、教会、旧家、柿の木、壊れた物置小屋、古墳跡、お好み焼き店。寒くなり着心地いいジャンバー、履き心地いいスニーカー。

それにしても、「山中、暦日なし」と悠然たる古老の生き様。
いな、人は死ぬことのあらじかーー無聊の身にて哭くことのある。


11月9日(土) 七十二候は「山茶始開」(サザンカの花が咲き始める)
夕べはよく眠った。
朝6時20分に起きだして2階のベランダに出ると、家の前の通りから1軒右手向こうの公園の欅の樹の横からの太陽が眩しい。その陽光をいっぱい浴びる。ーーきょうもいい日でありますやうに。

なぜか、書庫の間に寝転び、本が雪崩て落ちてきた1冊。
アルツィバーシェフ著、米川正夫訳の『最後の一線』(創元文庫 昭和27年7月5日初版発行)。陽に焼け古くなった上中下3冊文庫。ざらざらした感触の紙面、ぎっしり詰まった8ポイント文字、懐かしく第1部48ページまで一挙に読む。


11月8日(金) 温かく穏やかな一日。
元気教室(シニアサポートセンター主催、中央公民館)に家人と参加。
こういう健康支援がありがたく、オリエンテーションと体操を3時間受ける。
まだ身体は動くが、老夫婦でフレイル予防などいろいろ学ぶ。
もとよりアップデートの余地はないんだけど、余生を楽しく麗らかに。
帰路、シャトレーゼに寄って、和栗モンブランなど購う。

トランプが大統領に選ばれた。分断、フェイクーー米一国繁栄主義なる時代。
そして、裏金迷走政権の行方ーー止まらない物価高、どんどん貧しくなる国。


11月7日(木) 立冬。
晴れ。朝から木枯らしが吹き荒れる。
樹々が轟々と音をたて、今季1番の寒さに身がひきしまる。
健康マージャン教室(シニアサポートセンター社協岩槻)。9:30~11:30。
「頭の体操、脳トレ」ということで4卓16人、初心者限定の元気なご婦人方に交じって興じる。4、50年振りにパイを持つが、楽しい2時間だった。

BSに映画『駅 STATION』(1981年、降旗康男監督、高倉健主演)。
見るともなく、懐かしく、つい見入ってまう。モーレツからビューティフルへ、駆け抜ける昭和とう時代の男のエレージーがたぎる。東京へでてきて私事10年、生活と仕事を束ねるビューテイフルな構造に打ち砕かれていた。


11月5日(火) 晴れ。美男葛。
散歩に城址公園から、静かな住宅街を通りぬけ駅前の図書館に寄る。
この人形の町に棲んで40年、あれこれあった。
小さな駅前ビルを少し歩き、地下でホテルブレッドのパンを購う。
不粋な老人に馴染みのカフェや何もなく帰宅、歩数計12.000歩。
ーー家人が茶道稽古から帰り、もらってきた美男葛を活けてくれる。赤く熟した果実の色が生めかしい。
・目をさませ後しらぬ世の紅葉狩ーー『鬼貫句選・独ごと』(岩波文庫)読む。


11月4日(月) 穏やかな秋の日。
秋晴れの穏やかな一日。愚老無為安楽の日々なり。
近くの城址公園を散歩したり、椿をおおう蔦の茎を伐ったり。
振替休日やら、家で蜂蜜カリントウをつまみ、ゴロリ昼寝したり。

個人生活は私用スマホ。仕事にパソコン、業務用スマホ併用。
すなわち業務では電子メール、私用ではLINE。仕事は「パワーポイント」や「スクラット」を使い、ビジュアルかつ合議型」ですすめる。「ワード」は使わないとう御仁の天晴スタイルに絶唱、感服。
あはよ、老いぼれはスマホは自由に使えず、専ら「電子メール」。
含羞ある至極の文章は「ワード」に打ち込んでいるのだよ。


11月3日(月) 文化の日。人形供養、流し雛。
七十二候は「楓蔦黄」、モミジやツタの紅葉が始まるをいう。
晴れて空が澄み、陽ざしいっぱい、涼やかな風。
ドライブ(AQUA走行距離43.500Km)&ウォーキング。
「文化の日」、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」とう憲法制定。


11月2日(土) 時雨。
朝から雨がしとしとと降りつづける。
終日時雨。小庭が小暗く濡れる。何することもなく気持ちが沈む。
寒くなりセーターを着こむ。小庵の黒柿の結界を前に、しばし黙然端座。
・口切や小城下ながらたゞだならぬーー蕪村


11月1日(金) 霜月。秋麗。
晴れて澄みわたった青空、樹々も彩りを添えはじめている。
霜月で暦の上では冬であるが、菊見、紅葉狩と心楽しい月。
昨今の体調よく、朝食を終え書室にこもる。
新たに設けた「文学的老残ノート」に、”天国に文学はないのか”(桑原武夫)と老いぼれの物語。
WORDの字体も14Pと大きくし、パソコンの画面がポストモダン的、戯作的な風合いに満ちる。

昼過ぎの公園ウォークに出ると、秋の陽ざしがいっぱい。
足を大きくかかげ、踏み出し、背筋を伸ばして歩く。
町にはほとんど出なく、小庵たたずむ城址の周りが生活圏になっている。
清澄な円熟した心境にほど遠く、自分の人生を好きなように駆け呵々笑う。
所詮、故郷喪失のデラシネは収まりきれぬ徒花である。
思えば、静岡~大阪~京都~東京~埼玉(浦和~新座~岩槻)と流れきた。

そして日が短く、日暮が早くなった。
テレビ報道に裏金自民崩壊の政局論争がけたたましい。
夕餉に家人がステーキをだしてくれ、いささか赤ワインに酔う。
あれこ老夫婦の話題に体調のこと、開炉、月並釡、松風の音。
ーー亡娘誕生は11月6日である。



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