武州晴嵐

縁あって、武州岩槻城本丸跡に居住三十年。
落城の焔に軍馬が嘶き、花々が散りはてていった・・・・。




1

岩槻城は長禄元年(一四五七)、築城。
天正十八年(一五九〇)五月、落城。

遥かなる武州白鶴城址とよ血しぶく春の嵐に問ひぬ

何せうぞ本丸跡の庵にて遊(すさ)び果てたるやつがれ一人

浮き城の燃え焼きおちぬすみやかに「坂東武者の習ひは死ね」と

城燃へて漆黒の馬駆けゆけりせつなかりしをわが詩歌(うた)亡ぶ

散らで花よと編みし狂客ありてたはけにうたふわが偽閑吟集

こころざし秘めたる太刀に嘯きてゆかねばならぬ雪のあけぼの

ゆふぐれて酒一合のかなしみに「風塵甚だ紛憂」たりと

決起せざる髭剃りており払暁にさはれ武州の風の列伝

この町もこの世も遠きゆめなりて還りゆかむか士にあらざるも

さらば薔薇、短き春よ、屈辱よ、つづめて言えば俺はこれだけ

2

渺茫の城下に夢だけが淡く駈けめぐる。
今年も陋屋の小庭の侘介椿が繚乱と咲き乱れた。

侘介椿(わびすけ)の名に隠れ住む無頼なれ美しからざる母あやめたる

愚老へは御さたなしとう何ならむ風の城址の淡き晩節

きさらぎの雪降るらむか悪源太いざうれ二万騎駆け落ちゆかむ

晴隆公記の写本 音曲歌舞酒宴東隣放火盗賊襲来

父はもはや国愛せぬゆゑその朝(あした)泣きて叫びて山河を駆けよ

仇敵ひとりみまかりて文机(ふづくえ)の塵払ひたる武州晴嵐

紺青の夢にまぎれて謡ひたる叛きの城にわれはありけり

つひに革命も維新もなく過ぎぬ友一人去りまた晩(く)れなんとし

問はるれば義にゆらめけるうつそみの落武者なりて流れゆくはや

煌々と照りてこととひ瞑(しづ)かなれ ああ渺茫の城下(まち)の月光(つきかげ)


歌誌『月光』2009年1月号


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