バタフライ初級:伏し浮き

 バタフライの初級はまず、伏し浮きから始まった。
伏し浮きは誰でも小学校の時に習ったことがあるのではないかと思う。両手を前に伸ばし、うつ伏せに浮かぶだけの、もっとも簡単な浮き方だ。
ちなみに、伏し浮きは英語ではdead-man's floatというのだそうだ。日本語に直訳すると土左衛門浮き、さらに因みに土左衛門とは江戸時代の太った力士、成瀬川土左衛門という人のことで、溺死体は中に腐乱ガスが溜まり、土左衛門のように膨れ上がったので、溺死体を土左衛門というようになったそうだ。
話がそれてしまったが、伏し浮きほど単純、簡単なものはないと思っていたのだが、そうではなかった。実は伏し浮きは奥が深い。完璧にしようとしたら非常に難しいのだ。
体を真っ直ぐにすれば水から受ける抵抗が最も小さくなる。誰にでも分かる簡単なことだ。だから、「気をつけ」の姿勢で腕を前に伸ばせばそうなるのかと思っていたがそうではなかった。
「気をつけ」の姿勢(直立の姿勢)はお腹が前に出て、背中が後ろに曲がっている。少しS字型になっている。
このS字ではなく、できるだけ真っ直ぐにならなければいけない。つまり、お腹を少し凹ませて、背中の力を抜かなければいけないのである。
また、前(進む方向)を見てはならない。顔面は真下に向けなければいけない。他人より遥かに大きな顎を持つ僕の場合は特に要注意である。前を向くと巨大な顎で急ブレーキがかかってしまうのだ。
さらに、足はつま先が下ではなく、後ろに向けなくてはいけない。つま先を下に向けると、足の甲で大きな抵抗を作ってしまう。
最も気をつけなければならないことは、全身の力を抜くことだった。力を入れることはその分、エネルギーを消費する。体力を消耗することになり、力を入れているだけで疲れてしまう。
「ガマヨさん、全身に力が入り過ぎていますよ。首の筋がビンビンに張っています。力を抜いて、下を見て。」刀根コーチ(仮名)がグイッと僕の頭を下げながら言った。
彼女の素晴らしいのは笑顔だけではなかった。まず、彼女は生徒全員の名前を覚えていた。必ず全員に一人一人名前で呼んで個別に指導した。
どんなにたくさんの生徒が連続して泳いでも、彼女は必ず全員に、平等に、個別に助言を与えた。そして、その助言はいつも的確だった。彼女の助言を聞いて毎回泳ぐ度に、必ず何か前とは違ってうまく行くことがあった。前より楽に前に進むことを実感した。彼女は只者ではない。天才コーチだ。
色々な点を指摘され、その度に良くなったが、力を抜くことはどうしてもできなかった。真っ直ぐにしようとすれば力が入り、力を抜けば今度は曲がってしまう。力を抜いて体を真っ直ぐに伸ばすのは難しい。彼女に習い始めてから終わるまで、その後、コーチが代々替わっても、なかなか身に付けることができなかった。それだけ付し浮きは奥が深かった。

おさらい:
伏し浮きの注意点
@少しお腹を凹ませる。
A背中の力を抜く
B下を見る
Cバレリーナのトウステップのようにつま先は後ろに向けてできるだけ背伸びする。
D力を抜く(特に腕、首)
E息は少しずつ吐き続ける。決して止めない。