書評 『大串隆之・近藤倫生・難波利幸 編 (2009)
「シリーズ群集生態学3 生物間ネットワークを紐とく」

京都大学学術出版会 328pp. ISBN:978-4876983452
定価 2900円(税別)


タイトルにある「生物」「ネットワーク」に引かれて本書を手に取った。評者は生態学の研究をしているわけではないが、既に出版から2年以上経過するこのシリーズに関しては書評はあまりみかけないこともあり、本書について書くことにした。評者の専門分野は統計物理学・ランダム系の物理学であるが、ネットワーク理論とカウフマン理論の研究経験があり、生態学(むしろ、野原、道端、畑、田んぼにおける生態系)に大いに興味を持つ一読者という立場からの、
誤読も恐れぬ見方である。


本書は「相互作用」(もしくはこれを「ネットワーク」と置き換えても良いが、)をキーワードとして主に種間のダイナミックスについて、1章と6章では数理モデルの解析を中心に、2−5章は相互作用に関する実験・観察の結果を中心に解説している。終章はまとめと展望、そして1章と6章に関連する2つのコラムから構成されている。全体的な印象として、1章・6章と、2−5章の繋がりが必ずしも十分ではなく、「一体どのような読者を想定して書いた本なのか?」という疑問が湧いてきた。1章に、この巻の目的は「種間相互作用を基に生物間ネットワークを紐とくことである」(p.42)とある。しかし、対象とする読者やそれに対する配慮に関しての記述は無い。全体として学会誌の解説をまとめ直したような、専門家のみに向けて書いたという印象を受ける。実際、終章「生物間ネットワークを紐とく」にあるように、新たな「研究」を生み出すことが本書の目的なのかもしれない。シリーズ第1巻がまだ刊行されていないが、そこに「何のためのシリーズか」「どのような読者に対するものなのか」明記するのだろうか。

各章の内容は、まえがきに加え、それそれの章の冒頭にも概要としてまとめられている。(各節の小見出しなどはweb上でも知ることができ、おおよその内容も想像できるようになっている。) ここではまず、2−5章について簡潔に記し、その後に1章および6章の記述について言及することとする。

2章「相互作用の多彩な効果 河川群集を理解する(片野 修)」では、河川群集の事例としてアユとウグイの相互作用、アユと雑食性魚類の関係など、相互作用についての研究結果が報告されている。3章「相互作用の変異性と群集動態(堀 正和)」では、野外における相互作用の研究と、その時空間的に変化などについて岩礁潮間帯の生物群集の実例をもとに説明している。4章「生物群集のキーストン アリの役割(市岡孝朗)」では、アリが生み出す多様な間接相互作用や、種間競争を介した侵入アリによる生態系の攪乱などが紹介されている。各小節の終わりが、「……課題である。」「……興味深い問題である。」や「……今後の研究が待たれる。」と結ばれていることが多いのは、キーストン種であるアリ研究の困難さを象徴しているのであろう。5章「食物網から間接相互作用網へ(大串隆之)」では、植物の変化による間接相互作用や生物多様性への影響についてヤナギやセイタカアワダチソウなど実例も含めて解説している。

これら2−5章は、内容が日常で目にする具体的な事例であるという点のみならず、写真や図を用いた説明でわかりやすく、専門家でなくとも現場の迫力やおもしろさが伝わってくる。直接関連する間接相互作用に関する記述は、本シリーズの第二巻2章にもあり、形質変化に関する記述は第二巻1章にもある。

1章「種間相互作用がつなぐ生物群集 直接効果と間接効果(難波利幸)」では、生物群集における直接・間接相互作用の種類・強度などの整理と、生物群集の安定性について説明している。本書を1章から読み始めた場合、淡々と文章のみで抽象的な説明が続くので内容がわかりにくい。論文のabstractを並べ立てて説明したような印象がある。せっかく2章から5章は身近な生物による具体的事例で、相互作用について説明してありわかりやすいのだから、次のような読み方をすることをお勧めしたい。

1章のわかりにくい点は気にせず読みとばし、続けて2−5章を読んで、さらにコラム1を読んだ後に、もう一度1章を読む。そうすれば、1章で整理されていることの意味が実感できるかと思う。コラム1とコラム2は標準的内容をコンパクトに記してあるので、できれば初めに目を通しておくと他の章が読みやすくなるだろう。

また些細なことではあるが、1章の数式に関し、読み進みにくい箇所を挙げる。(i) p.11 式(2)において、捕食者数密度として使用している記号Pの説明が無い。(ii) p.23 式(7)にロトカーボルテラモデルの記号がいきなり出てくる。(コラム1に記述あり。)(iii) p.24 式(10)の周辺に記号RRの説明が無い。(p19に出てきている。)(iv) p.27 式(13)で使用している記号Kの説明が無い。1章の初めの方の式なので、より丁寧に記されていないのは残念である。同様に、p.37式(16)の係数などの説明の不足なども散見される。
1章後半は相互作用の強度に関し、実験データと数理モデルの対応のことが書かれているが、5章の図4, 図5のような具体的相互作用networkを使った解析の事例も入れると、数理モデルとの繋がりがわかりやすく身近になり、一冊の本として意味が深まるのではないか。その際は、数理モデルのパラメーター(相互作用強度など)の決め方などにそれほどこだわらず、数値計算で計算可能なあらゆる場合をチェックしていくことも意味があるだろう。安定性などの結果が実在のものと異なっていても、何があれば安定になり得るか、隠れた相互作用などを探す役に立つかもしれない。(既にいろいろ行われているかもしれないが。)


6章「中立モデルとランダム群集モデル(時田恵一郎)」では、抽象的な数理モデルで複雑性と安定性の関係に関し、明確に言えることを説明していると感じた。しかし、もっと図を使うなりしたほうが、読者に内容が伝わるのではないだろうか。実際、引用文献の著者が引用している文献では図を使って説明してあると思われる個所を、文章のみで簡潔に記述している個所も多い。本章の説明に対応する図や数値計算結果の一部は、本書の文献にも挙がっている同一著者の他の解説記事(「大規模生物ネットワークの数理」)複雑系の構造と予測 共立出版 2006)に記もされている。そちらのほうが丁寧に記述してあり、本書と並行し参照すると理解しやすくなる。 

これも些末ではあるが挙げておきたい。3節のGardner and Ashbyのランダム行列を使ったモデルの説明はコラム1と重複するが、行列要素の分散を表す記号(p.205)が、コラム1(p.55)と異なる。レプリケーター方程式に関しても、3節とコラム1で重複しているが、こちらも異なる記号で表現されている。3節の行列Cがコラム1での行列Aであるなど、混乱しないような注意が必要だ。(コラム1においては別の意味で行列Aが使われている。)
6章の中心的な内容でもある、反対称ランダム行列レプリケーター方程式において、完全な反対称ランダム行列を用いるのは解析的計算の都合であろう。より現実的な状況をモデルに取り込んだらどうなるのか気になることを記しておく。

(i)捕食関係を保ったまま、完全反対称性を崩した場合、(ii)反対称ランダム行列をより現実に近い反対称バンドランダム行列にした場合、(iii)ランダムではなく相関のあるバンドランダム行列にした場合、などにも興味が湧いてくる。また、数値計算での平衡状態に対して、生存種の取り除き効果やswitching捕食や突然変異などの効果を数値計算なら容易に調べられるので、その結果も興味深い。最大固有値のみで、数理モデルの性質を議論するよりも、有限性を考慮し固有値分布全体の性質や固有関数も見ると何がわかるのか。本章に関してだけでも興味は尽きないが、これらも既に(数値)計算結果があるのかもしれない。

一般に、network理論や群集生態学を全く分からなくとも、多くの人が現実のネットワークは有限サイズの有向ネットワークであり、その相互作用の強さは時間的変動しネットワークのダイナミックスと結合して変化することがイメージされるであろう。従って、群集生態学からnetwork科学が学ぶことは数多くあるが、逆はあまりないだろうと思う。人間が頭で考える物より、実在の自然界の方がはるかに豊かで多様で、必ず対応物や現象を内包していると思われる。それが評者の感じる群集生態学の魅力でもある。それに対応するモデルも豊かであるべきだ。よくある言葉をもじって言えば「厳密でなければ数理モデルではない、豊かな内容でなければ数理モデルを学ぶ価値はない」。もし、観測・実験に寄り添っていないとすれば、理論モデルを研究する側の怠慢だと思う。(これはモデル研究を主としている評者自身への戒めでもある。)

まえがきに、其々の章に複数の査読者を付けたとあった。その点で、各章に関連する専門家にとっては各章著者の研究内容をコンパクトに整理されたものになっていて読みやすい書だと思う。後ろには引用文献が60ページ近く(約1000編)もあり、その方面の研究を進めようとする、学部上級生から大学院生にも良いテキストになろう。(逆に、非専門家にとっては厳選した小数の文献が各章の末尾にあるほうが有難いであろう。)さらに、数理的取り扱いの訓練を多少受けていれば、実在の生態系との関連を実感するのに良い書であろう。これらの点に、本書の特徴と意義があると考えられる。

一方、特に1章と6章に関して、少し異なる分野の読者に対しては、読み進みにくい不親切な部分がある、という印象を否めない。専門雑誌ではないのだから、複数の査読者うち最低一人(できれば二人)は異なる専門分野の人が入り、理解し易さ、読みやすさを考慮した査読が行われると良かったと思う。記事として読みやすいものにするのか、学術資料としての役割を重視するかのバランスが問題となることは多い。業界の同業者からの思わぬ指摘を受けないように慎重になったために必要最小限の記述になったり、研究以外に余分な時間を取られないようにと、つい研究紹介に終わってしまう場合もあるのかもしれない。

(2011/011/10)

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