これまでの研究経緯と今後の課題など 2

ここでは、主に非専門家向けに、おおよその研究内容を説明する。 まずはじめに、義務教育課程での理科の知識で理解できる説明をする。 とはいえ、できるだけ実際の日常生活での知識のみで、その雰囲気が伝わることを試みるため、ややエッセイふうな記述になった部分もある。 

次に、高校での理科の知識を前提とし、簡単な物理や化学の用語を用いて、できるだけまじめに説明をする。

こういった説明は「研究者や学者の社会に対する説明責任」などということを持ち出すまでもなく、家族や身のまわりの人々との日常会話としてもあるべきことかもしれない。また、このような説明を考えることで、研究そのものの思わぬ進展が得られるかもしれない。

研究方法、特に物理学の研究方法には、理論と実験という方法がある。 私は主に、理論的考察や計算および計算機による実験を研究手段としている。 子供の頃、モノを分解することは好きであった。壊れたラジオ、テレビ、時計などを分解し楽しんだ事はあるが、決して修理することはできなかった。 時には、構造を比べるために壊れた時計と同型の時計を分解し、余分に壊してしまうくらい、細かな作業は苦手であった。 こういうタイプの細かなことが好きな人は、実験家や技術者に向いているのであろう。

また、よくある質問で「それは何に役に立つのか?」というものがある。 しかしその場合は、「『役に立つ』の意味はなにか?」ということも考えなければならない。 技術への応用や宇宙の解明のみならず、身近な現状や出来事に対し、真実をより多面的、多様にとらえることが、物理学の存在意義のひとつである。  
(2007/07/15) 

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義務教育・日常生活版
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  森の中での電子の振る舞い (電子の運動と局在)
真っ直ぐな道よりも凸凹の道は歩きにくい。これは電子にとっても同じである。きれいな結晶でできた銅線のなかは伝導しやすく、不純物などの障害があると伝導は悪くなる。 しかも、実際には伝導しにくいどころか、不純物がある程度以上になると、閉じ込められて全く動けなくなるのだ。(これを局在という。) 2次元での例えでは、電子が障害物がたくさんある森の中を抜けようとすると、 地面の凸凹や木々に邪魔をされ、なかなか森を通り抜けることができない、といえる。つまりある領域にトラップされてしまうのだ。 これは、電子が波と同じ性質を持ち、障害により不規則に散乱されることによる結果である。 つまり、局在は、音波や光波でも、なんらかの波が複雑に散乱されることにより生じる。 この性質は、その森の様子や天候など様々な条件によって変化するため、まだまだわからないことが多く、研究を続けている。


 でたらめな運動と規則 (集団運動とカオス)
ニュートンが運動の法則を発見して以来、宇宙を支配するものは、本来、秩序的なものであるイメージを生んできた。日常で目にする現象が確率的なものとして映ることがあるのも、ただ単に要素の数の多さによるものと理解されていた。 しかし、計算機の発達により「運動そのものに本質的な不規則性(カオス)が存在する」ということが発見され、科学の認識を新たにせざるを得なくなったのである。 我々はたった3個の粒子系の運動すら、正確に予言することが出来ないのだ。 (例えば、月と地球と太陽の運動ですら、何億年先の様子はわからない。) ここでいう不規則な運動には、規則的なものから完全に確率的なものまで、様々なタイプの運動が含まれる。こういった不規則な運動の生じるメカニズムや、それが日常の現象(摩擦の発生など)にどう関わっているかを研究している。


 熱ってなんだ? (不可逆過程の発生)
日常用語として、「熱がある」「熱がたまる」などのように、 「熱」は生活に密着して使用されている。しかし、当たり前のものの本質を哲学的に理解することが一番困難なように、「熱」を理解することは難しい。「熱」の便宜的な扱いはできても、熱に関する理論体系自体が「熱ありき」で始まるため、 「熱とは何なのか?」「何故、熱が生まれるのか?」に関する十分な説明はいまだになされていない。ニュートン力学に始まる物理の理論でも、摩擦や熱は直感的に導入されるのみである。この、日常的にありふれた「熱」に至る道筋を、物理学の理論である量子力学から見つけようと研究している。


 自然のなかで統計ってどうして生まれるの? (統計法則の発生)
「天災は忘れた頃にやって来る。」これは、地震などの後よく言われる有名な言葉で、関東大震災を経験した物理学者の寺田寅彦が記した(現した)言葉である。 実際、地震の頻度やその大きさに関する統計法則は今も盛んに研究されている。理論的には地震の発生に対応する簡単な(力学的)モデルを作成し、そこから得られるデータを解析して実際のデータや予測されている法則に一致するかどうかを、研究者は調べている。 一般に、頻度が順位に逆比例する、または、順位のべき乗に逆比例する、というタイプの法則を「ジップの法則」という。 我々の身近な「頻度とその順位」に関する統計法則として、たとえば所得分布の経験則で、「全体の2割程度の高額所得者が社会全体の所得の約8割を占める」というパレート法則や、都市の人口分布に関する法則、などが知られている。 ちなみに、寺田寅彦の師である夏目漱石は、幾何学が得意で科学好きであったようだ。


 生き物の面白い性質 (生物と生命)
田んぼの生き物、里山の雑木林などは、子供の頃から生活の場であり遊び場であった。何のことは無い当たり前の田舎の象徴のようなものに対し、その頃は特別な感情も持たなかったが、物理学を学んでいくうち、次第にその「意味」を考えさせられるようになってきた。こういった問題を考えるとき、物理学で確立されている既存の方法は全く無力である。しかし、物理学の存在意義は、ものの見方、考え方の転換や、多様な角度から物事を捉え、また捉え直し、新たな意味や真実を見出すことにある。 コペルニクスの地動説や、ダーウィンの進化論など、物理学に限らず多くの学問体系はそのようにして発展してきた。田んぼの生き物、里山の雑木林の意味を、最近よく使われる言葉で表現すれば、生物多様性や外来生物問題ということになるが、広く言えば、環境問題である。身近な田んぼの生き物、里山の雑木林の観察を通して、これらを考えていきたい。 当たり前のものというのは、物事の安定性を表現しており、当たり前のものの存在が脅かされたとき、危機は目前に迫ってくる。



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高校理科版
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 電子の運動と局在
ミクロの世界を支配する量子物理学に従う、電子のような物質は、波動と粒子の二重性をもつ。 この波動性が、ニュートン力学では見られない現象を生み出す。 例えば、運動エネルギーで乗り越えられないはずの高い壁をすり抜けたり(トンネル効果、隋道効果)、電子線の回折効果のよな波動による干渉を示したりする。 ランダムな凸凹(散乱体)が配置されている場合、電子(のみならず波動性を持つもの全て)は、その干渉効果のため、それほど高くない障壁でも電子を閉じ込めることができる。(これをアンダーソン局在という。) この局在は、光波であろうが、音波であろうが、波が複雑に散乱され干渉した結果生じる。 このようなアンダーソン局在の存在が電気的、光学的性質に関わる物質の例として、アモルファスやガラスが考えられる。 このアンダーソン局在は、散乱体の配置や外場(電場、磁場)の条件により多様な性質を示すため、まだまだ研究の余地がある。 さらに、DNAに電極を付けその電気伝導特性をデバイスとして利用しようとする試みがある。 この場合にも、A,T,G,Cの配列の仕方により局在効果が効いてくることが考えられ、モデルを作り研究している。


 集団運動とカオス
ニュートン力学での三法則は、第1法則(慣性の法則)、 第2法則(ニュートンの運動方程式)、 第3法則(作用・反作用の法則)であり、物質は全てこれに従って運動する。しかし、3体問題がそうであるように、3自由度以上の力学系は運動の定数(孤立系でのエネルギーや運動量や角運動量などのような保存量)が足りない場合、運動方程式を解析的に解くことができない。 もちろん、初期条件を与えれば、その体系の運動は一意にきまるが、計算機による数値計算でしか運動を追跡できない、という意味である。 このときカオス的な不規則運動が生成される。 これらのカオス運動は連結された振り子(二重重力振子、多重重力振り子など)でも発生する。 多くの力学の教科書では、解ける問題を解析的に解け、技術や知識があれば、運動方程式はなんでも解けるというイメージ(誤解)を与えがちである。 固体や液体の簡単なモデルとして、バネ(線形または非線形振動子)で相互作用をする粒子系がある。 その粒子系の振る舞いは系のエネルギーや密度により複雑なカオス的変化する。 また、カオスが固体の融解や液体の気化などの現象にどのように効いているのかは、興味深い問題であるが、まだ十分に解明されていない。 


 不可逆過程の発生
熱力学の法則とは、熱力学第零法則(熱平衡の存在)、第1法則(エネルギー保存の法則)、第2法則(エントロピー増大の原理)、第3法則(絶対零度には到達は不可能)である。これらの法則に関連して永久機関も考えられてきた。 外部から何も受け取ることなく、仕事を外部に取り出すことができる機関(第一種永久機関)は、第一法則により否定された。また、第一法則を破らず、第二法則を破り、損失なしにエネルギーを移すことによって、周囲から動力を取り出すものを第二種永久機関というが、これも最後には熱に変換するので、せいぜい熱エネルギー変換効率100%の機関のことである。この熱機関をエネルギー源にすることはできない。 熱と言うものは、仕事やエネルギーという力学的な量と同じ次元を持つが、一旦「熱」に変換されたエネルギーは、仕事として取り出す(回収される)ことが出来ない。何故、この「熱」が生まれるのか、つまりエントロピーが生成されるのか、に関する研究の進展には、カオスの発見が強く関わっている。 しかし、量子物理学は未だにカオスと相性が悪く、量子力学から何故「熱」「摩擦」が生じるのかについての研究は始まったばかりといえる。 異る表現をすれば、(シュレーディンガーの)波動方程式に従う「波」がどのように熱伝導方程式に従う「熱」に化けるのであろうか、ということになる。


 統計法則の発生
「天災は忘れた頃にやって来る。」これは、地震などの後よく言われる有名な言葉で、関東大震災を経験した物理学者の寺田寅彦が記した(現した)言葉である。 実際、地震の頻度やその大きさに関する統計法則は今も盛んに研究されている。理論的には地震の発生に対応する簡単な(力学的)モデルを作成し、そこから得られるデータを解析して実際のデータや予測されている法則に一致するかどうかを、研究者は調べている。 一般に、頻度が順位に逆比例する、または、順位のべき乗に逆比例する、というタイプの法則を「ジップの法則」という。 我々の身近な「頻度とその順位」に関する統計法則として、たとえば所得分布の経験則で、「全体の2割程度の高額所得者が社会全体の所得の約8割を占める」というパレート法則や、都市の人口分布に関する法則、などが知られている。 このジップの法則の発現機構が十分わかっているわけではないので、「姓名に関するシップの法則」の解析と共に、発現機構を研究している。 ちなみに、寺田寅彦の師である夏目漱石は、幾何学が得意で科学好きであったようだ。 また、余談だが、寺田寅彦は弟子の中谷宇吉郎が、理研から出来て間もない北大に新任教員として赴任するときに次のような訓を送ったという。「君、新しい處へ行っても、研究費がたりないから研究が出来ないということと、雑用が多くて仕事が出来ないということは決して云わないやうにし給え」 「それから、時々根に肥料をやることを忘れないで」。 それが、中谷の等身大の研究、「雪」の研究に繋がって行ったのであろう。 彼らの研究は、フラクタル、スケールフリーネットワークや形の科学、という現在の科学にも通ずるものがる。


 生物と生命
生物多様性の意味としては、生態系多様性、種間の多様性、1種の中での遺伝的多様性など、 様々な捉え方が可能である。 1992年の地球サミットでは、次のように定義された。 「陸上、海洋およびその他の水中生態系を含め、あらゆる起源をもつ生物、およびそれらからなる生態的複合体の多様性。これには生物種内、種間および生態系間における多様性を含む」 つまり、縦横様々な階層があり、それら階層内での多様性や、階層間の多様性、である。 もちろん、生態系でわかるように、すべての個体や種は何らかの形で何かに繋がっている。つまり、ネットワークを構成している。 当たり前のことだが、完全に孤立しているものは存在しない。 そして、モデルとして表現すれば、多くの相互作用する要素のネットワークを考え、その要素の状態の時間変動で安定な状態を生成し、その性質を探る事で多様なネットワークの意味を考察することができる。それほど多くない要素による動力学的振る舞いですら、複雑な現象を示す。 ましてや、実際の環境でも様々な種類や数の要素が複雑にネットワークを構成し安定しているため、どんな撹乱(人為的に環境を乱す事)がどんな影響を及ぼすのかを、予想する事は困難である。 このような生命現象に関わるネットワーク構造の形成とそのダイナミックスとの相互作用にも興味がある。



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