これまでの研究経緯と今後の課題など

ここでの研究紹介は、主に大学の物理学科3年生以上、または研究者向けのものである。 専門用語を用いない研究紹介は、「これまでの研究紹介と今後の課題など2」を参照してください。


研究分野を広くいえば、統計物理学、物性物理学、理論物理学に含まれる。具体的には、アンダーソン局在の問題と量子系における散逸問題、局在と散逸に興味をもち、様々なアイデアを具体的にするために主に計算機を用いて研究している。 研究上の興味の対象は、量子系、古典系にはこだわらない。また、同じ問題を多くの研究者と競合して行うのは好まず、なるべく素朴なモデルや独自の問題設定から、なんらかの非自明な結果を数値計算や解析的手法で得たいと心がけている。もちろんその中で多様な物理現象の本質にせまりたい。具体的な研究テーマと概要は以下のとおり。より詳しくは論文を参照してください。関連論文として挙げた番号は論文リストの番号に対応している。

構造に相関を持つ低次元系における局在・非局在問題
ランダム系における局在問題関しては、1979年に出版された、いわゆる4人組の局在に関するスケーリング理論により「一次元及び二次元系は指数関数的に局在し、三次元系では移動度端により局在・非局在状態が分けられる」という実空間の繰り込みに基づくユニヴァーサリィークラスに分け整理されていた。そこでは暗にポテンシャルのランダムネスが無相関の場合が想定されていた。これに対し、ポテンシャルや強結合モデルのサイトエネルギー列の相関が冪的減衰を示す一次元ランダム系における局在・非局在の問題を主に研究した。

  (1)冪指数の大きさによりさらにクラスが分かれる可能性が大きいことを、数値計算とフルステンベルグ型定理に基づく理論的考察により示した。こういった構造上のベキ相関は規則・不規則転移転直上に現れることが期待される。さらに、サンプル集団を考えたときの揺らぎの収束性が、中心極限定理に従う無相関ランダム系とは異なったスローな収束性を示すことを明らかにした。 その後、1995年頃からベキ相関のあるランダム系の研究がいくつかのグループで行われ始め一次元ランダム系での移動度端の存在も示唆されている。

  (2)結果:また、相関のあるN次ランダム行列の積に関する極限定理を研究し始めた。これは、擬一次元系や量子細線における伝導特性、または一次元古典多粒子系の力学的不安定性の解明とも関わる問題である。 さらに、二次元ランダム系で擬移動度端を持つようなモデル(Azbelモデル)の解析的及び数値的研究を始めた。ちょうど、ここ数年来4人組の1パラメータスケーリング理論から外れるランダム系、つまり2パラメータスケーリングで説明される二次元ランダム系が実験的にも発見されており興味深い。

  (3)特に、一次元、二次元ランダム系での移動度端をもつモデル作りとその解析をさらに進め、実験との対応や観測可能性を追求する。実際、最近の実験では、乱れた二次元Si-MOSEFTやGaAs-based Materialにおいて、金属的状態が存在するという報告もあるため、モデル計算との対応を詰めてみたい。

 (4)さらに、ナノスケールの実験として2本鎖DNAの電気伝導(I-V特性)やエネルギーギャップの計測も可能になり実験データが出てきている。DNAの塩基配列のパワースペクトルは1/f型を示す冪的相関をもつという報告もあるので、相関のある二本鎖DNAの梯子状模型における電気伝導特性を調べ、実験結果と比較していきたい。 そのために、2本鎖強結合モデルや3次元ポーラロンモデルにおける局在状態や量子拡現象についても研究している。

関連論文:
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量子系における散逸転移
電子状態より、直接、物性に結びつく一次元及び二次元ランダム系における量子拡散の研究がある。摂動の無い一次元ランダム系における波束の量子拡散は、その局在長で抑制される。 また確率的摂動(ノイズ)を加えた場合、典型的にブラウン運動型の正常拡散が続く。これに対し、「一次元ランダム系の強力な指数関数的局在が如何なる条件下で非局在化するか」という問題意識により、コヒーレントな時間に依存する摂動を加えた系の量子拡散、およびそこで形成される量子状態の特性に関する研究をした。

  (1)その結果、1色の摂動(振動数成分が1つ)の場合は局在は解けず、多色摂動の場合には特異拡散を示すことを明らかにした。 このようにしてコヒーレントな摂動により広がった状態を、ブロッホ状態や準周期系の広がった状態などと区別し、「動的非局在状態」と呼ぶ。さらに、その特異拡散領域では、集団平均した波束の空間的プロフィールは、ガウス分布とは異なりstretched Gaussianとなることも明らかにした。また、典型的な準周期系であるハーパーモデルの局在がこのコヒーレント摂動で非局在化する様子も調べた。 近年、交流電場中のガラスの物性の解明に類似のモデルが使われている。

  (2)この動的非局在状態を基底状態にある他の自由度(典型的には調和振動子や線形振動子)と結合させ、全系内のエネルギー移動を調べた。系のもつ潜在的散逸性を具現化することから、これを「散逸性テスト」と呼ぶ。その結果、系内で準定常的エネルギー流が観測された。周期系のブロッホ状態に摂動を加えた場合は、リカレントなエネルギー変動が起こるのみで、一方向のエネルギー移動は決して観測されず、動的非局在状態の著しい特徴といえる。さらに、調和振動子に流れたエネルギーが温度を定義できるようなボルツマン分布になっていることを発見し、これに対する現象論的解釈を与えた。 また、準周期系に対し同様な散逸性テストを行い、エネルギー移動の特徴はランダムネスの為とは限らないが、ボルツマン分布の形成は、ランダム系での動的非局在状態における特徴である可能性を示唆する結果を得た。

  (3)強交流電場中(1色摂動系に相当)のガラスにおける励起の緩和現象や、ガラスにおける内部摩擦などの物性の解明に取り組みたい。 多色摂動系において振動数スペクトルを典型的な音響フォノンスペクトルに対応させ、いまだ実験的に不明な点もあるランダム系における広領域ポッピング伝導の可能性に関する情報を得ることもできる。また、摂動を制御するパラメータの非断熱遷移への影響もこのモデルにより調べる。さらに、この動的非局在状態は摂動の位相変化に関して敏感である。この敏感性を通して、量子状態の古典化を特徴づけれる可能性があると考えている。

  (4)動的非局在状態に振動子を結合させた散逸性テストにおいては、全系の初期状態を電子と振動子の直積状態にとり純粋状態の時間発展を行った。つまり、純粋状態から自発的に非可逆的現象やボルツマン分布が形成されたことになる。エネルギーが”熱”という形態に変換された可能性を示唆する。状態でいえば、絡み合い状態が生まれたといえる。当然、量子論では”熱”という概念は存在しない(古典論ですらそうであるが)。この現象の詳細な解析と伴に、この絡み合い状態の複雑さ等をうまく表現する量(ある種のエントロピーか?)を定義して行きたい。これは容易なことではないであろうが、量子計算における散逸問題とも深く関わり、今後避けては通れない重要な問題であると思う。

関連論文:
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量子トンネル効果の非干渉化と制御
  (1)
非可積分系における量子トンネル現象を、二重井戸ポテンシャルに周期時間摂動を印加した系(カオス系)で考える。この状況で片井戸に局在した波束の力学的運動やトンネル現象を調べ、確率的な摂動効果と比較する。その際、周期摂動はコヒーレントフォノン、確率的摂動は熱的フォノンと見なすことにより、実験的状況との対応も可能だと考えている。

  (2)摂動が印加されている状況下での波束のトンネル現象がどれくらい制御可能であるかを、量子系の最適制御理論に基づき調べる。また、量子系での制御可能性と量子状態の複雑性との関連を調べたい。二重井戸中の波束の移動制御は、条件により、系にカオス状態が実現しているの方が容易になる。

関連論文: [56], [57], [62], [63]
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量子における散逸現象と波動関数の解析性
「量子系における散逸転移」でも記したように、量子系で発生する散逸現象、また準散逸的現象においてその特徴を波動関数の解析性に関連付けて理解したい。これは、古典カオスにおけるカオスへの転移をKAMトーラスの解析性の破れにより特徴付ける議論の量子版とも見なせる。

 (1)自然境界をもつ関数に対するPade近似の有効性を確認しつつ、プロトタイプとして比較的よくその性質が研究されているHarperモデルにおける臨界固有状態の解析性をPade近似により評価してみる。

 (2)注目する系を、他の自由度に見立てた線形振動子と結合させ、振動子の初期位相に対する、系の量子状態の変動をその解析性により特徴付ける。これを多自由度系とみなせば、他の自由度の初期状態への鋭敏性を調べることっとなる。また、この位相敏感性実験を通して、なんとか量子系の不安定性に対して軌道の多様化のような概念を導入したい。

関連論文:[71]


古典少数多体系における力学的不安定性
  (1)分子動力学法(MD法)による古典多粒子系の力学的、統計力学的性質の研究を行っている。まず、シンプレクテック積分法を定温定圧の能勢・フーバー系に適用し計算を進めるためのスキームと誤差の評価など、道具作りから始めた。さらにそれを使い、一次元Lennard-Jones系(LJ系)の力学的性質として、最大リヤプノフ指数の全エネルギー依存性とリヤプノフスペクトルを調べ、この系の不安定性の起源を明確にした。このエネルギー依存性には"潜熱"を伴う一次転移のような領域が存在する。これはFermi-Pasta-Ulamの格子振動モデルやソフトコア系では存在しないものである。また、粒子間ポテンシャルをモース型に変えたときの特異拡散等の拡散特性を明らかにした。 古典LJ系やMorse系をモデルとし、古典多自由度系の集団運動における力学的構造の詳細な解析を行う。特に、リヤプノフベクトルの高次元空間でのダイナミクスを表現したい。このとき可視化の技術が必要になる。

  (2)さらに、三次元LJ系と超イオン導電体のAgIにおける粒子拡散を数値的に解析し、ガウス分布に漸近するまでのメソスコピック時間領域において、特徴的な前駆ガウス過程が観測される結果を得た。また、超イオン導電体におけるキャタピラー拡散機構やクラスター系の高速合金化機構は、典型的な高速集団拡散現象として知られている。力学系を用いたトイモデルにより、この集団運動の力学的起源をカオス的軌道不安定性を通して明らかにする。また、外場の下では熱拡散と粒子拡散が同時に起こる。この力学的量でない”熱”の拡散を力学的な情報の流れとして解析したい。

関連論文:
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物理・生物現象ネットワーク構造の関係
近年、スケールーフリー構造の存在が、物理学、生物学、経済学に関わる様々な分野で発見された。スケールーフリー構造とは、ノード(節)とそれを結ぶリンクより成るネットワークにおいてリンク数の分布が逆冪法則で特徴付けられるテイルを示すものであり、従来から研究されていたランダムネットワークとは異なるものである。多くのノードとリンクするとハブの存在や最頻経路の存在などがその特徴である。このスケールーフリー構造上での物理、生物現象は興味深い。

 (1)この構造上での電子状態や量子拡散、また、リンクをバネに見立てた場合の格子振動の特徴に興味がある。ハブの周りの状態はどうなっているのであろうか、また、不純物による効果や局在・非局在転移の存在はどうなるのか。

 (2)カウフマンが生物進化の起源を説明するため、ランダムネットワーク上での適応度地形に基づくモデルを提唱した。また、彼がこのネットワーク上でのブール代数に従う状態変化で細胞サイクルの多様性のモデルに「カオスの縁」という概念を導入して以来、リンク数による相転移などの研究が理論生物学においても盛んになった。我々はこのランダムネットワークをスケールーフリー構造を含む様々なネットワークに置き換えた場合の現象の変化に興味がある。適応度地形の統計性などは、ハブ構造の存在を反映して逆冪法則が観測される。 さらに、スケールーフリー構造上でのオーダー相やカオス相を分ける臨界点や、その周辺でのブール動力学の振る舞いをカウフマンのモデルと比較しながら研究している。

(3)より具体的には、形成されたアトラクターの外的摂動に対する安定性や形成されたアトラクター間遷移構造そのものが持つ安定性についても、カウフマンモデルと比較しながらその違いが明らかになりつつある。

(4)スケールフリー(フラクタル)や1/f型スペクトルと並んで、古くから発見されている逆べき乗則に、ジップの法則がある。所得、人口、単語や姓名の頻度分布(ランク・サイズ関係式)が、逆べき乗で減衰するというものだ。 一方、エントロピーをの相加性を犠牲にして要素間の相関を取り込むことで、従来の指数分布(ボルツマン分布)を拡張したq-指数分布が導かれる。このq-指数分布を用いて、様々な国における姓名分布のrank-size関係式をFittingしすると、tailの部分も含め分布全体がよくスケールされることを発見した。 しかし、何故これがq-指数分布になるのかはまだ不明である

関連論文:[58], [59],[61],[64],[65],[66]
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その他、関連する研究:
*Contralling optical absorbability by quantum chaos
*Adiabatic and nonadiabatic transition in quantum chaos system


E-mail: hyamada@uranus.dti.ne.jp