「カマキリと積雪」

 現在は、一年に3,4回偶然カマキリと出くわすだけの生活である。子供のころはカマキリを何度も捕まえて遊んだり、卵のうを家に持ち帰りつい暖かい所に置きふ化させてしまい、小さなカマキリだらの部屋に大騒ぎしたりした。その風貌から何か神秘的でもあるが、身近な昆虫のひとつでもあった。越後のような雪国で多くの人が当たり前に知っているカマキリの卵に関する「言い伝え」がある。「カマキリが高いところに卵を産むとその年は大雪になる」というものだ。不思議な話だと思う反面、卵のうが雪に埋まるとまずいし、高いところに作ると目立ちすぎるので丁度よい高さに作るのだろうと、子供でも容易に予想がつくため、妙に納得もした。私をはじめ多くの人はこの程度の認識ではなかろうか。しかし、長岡にカマキリと積雪の研究を40年以上続けているこれまた有名な民間研究者がいる。最近、この研究者、酒井與喜夫氏の著書「カマキリは大雪を知っていた」を読んだ。独創的で良い研究や学問は、大学や研究所などの学術機関ではなく、民間や生活の中から生まれるものだということを見せてくれる。それにしても、三八豪雪に端を発した研究動機を持ち続け、個人を中心に地道な研究を続けている姿勢には敬意を表したい。酒井氏の研究経緯はおおよそ次の様だ。(詳しくは著書を参照)

1、「卵のう」の産卵場所とその高さのデータを集める。
2、積雪との関連からデータを補正する。
3、実際の積雪に関するデータと比較する。
4、観測点の数、領域を広げていく、また補正の精度をあげる。
5、カマキリがどうして予測できるのか原因をさぐる。
6、原因として、植物、水循環、地球へと展開する。など

酒井氏の主眼は積雪予想をしたいという生活に根ざした動機であり、その目標に向かって自由に研究を展開していってもらいたいと思うが、この研究に関して私の知りたいことを列挙しておく。(もはや十分わかっていることもあるかもしれない。)

あ)酒井氏は広範囲に観測点を広げているが、私はもっと単純な「カマキリの卵と積雪の徹底した相関」を知りたくなる。そのためには、産卵位置とその場所での積雪量に関する長年に渡る徹底したデータが知りたい。狭い範囲で十分であり、補正も必要ないので可能ではないか。ただ、頻繁な観測と計測が重要である。

い)平均値など意識せずに生のデータの分布が知りたい。つまり、例外的にズレているものまで含めて、先入観を一切入れないデータを知りたい。このためには非常に多くのデータを集める必要があるだろう。

う)雪の降らない地域の卵のうの産卵位置についても同様の生のデータ、分布が欲しい。

え)カマキリに気の毒でとても実行できない実験はいくつか思いつく。例えば、産卵前に生息域と異なる環境に移動させるとどうなるか。(酒井氏も卵のうの移動実験は行っているが。)

お)また、生息領域の水環境を変えての実験など。こちらもカマキリに過酷過ぎるがたまたま、そのようになった地域を探して観測していくことで代用できるかもしれない。

か)酒井氏の考察のように、植物(杉)が重要な大地の環境情報を蓄えているということは合理的かもしれない。いったんカマキリから離れ杉のみの移動実験をして、例の探知機で水分量や温度を調べるとどうなのか。これも杉にとってはたまったものではないだろうが。ただ、杉などは年輪や枝葉のつき具合など何らかの形で、長期、短期にわたり過去の天候の情報を蓄えていることは確かだと思う。

いずれにせよ、実際自分でフィールドワークをするとなると大変である。
(2003/12/20)

===== 参考文献 ==============
酒井與喜夫「カマキリは大雪を知っていた」、農山漁村文化協会、2003.
酒井與喜夫、湯沢昭「カマキリが高い所に産卵すると大雪は本当か」、日経サイエンス、1997年5月

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