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NHK ラジオ深夜便「こころの時代」

  「“山仕事”ピンチをチャンスに」テープ起こし

日 時:2006年11月11日(土) 4:05〜4:50

出 演:天野礼子
     峯尾武男(アナウンサー)

アナウンサー 20061111日土曜日、午前4時5分。「ラジオ深夜便」、大阪のスタジオ、峯尾武男です。ラジオ深夜便・こころの時代「“山仕事”ピンチをチャンスに」。今朝はアウトドアライターの天野礼子さんにお話を伺います。

 天野礼子さんには今年の5月13日土曜日と6月10日土曜日のこの時間、2回にわたって、「“川仕事”も“森仕事”も」と題して、お話ししていただきました。天野さんにとって、“川仕事”は川のために働くこと、“森仕事”は森のために働くことを意味します。6月10日、2回目の放送の話は日本の国土の67パーセントを占める森を守っていくために私たちにできることは何か、やらなければならないことは何かについての話でした。放送のあと、多くの方から賛同や励ましの手紙、「もっと詳しく現状を」、「やるべきことを知りたい」という手紙が、私どものところや天野さんの手元に寄せられました。そこで今回は“山仕事”をテーマに話してもらいます。

 天野さん、今回お話を伺うテーマが「“山仕事”ピンチをチャンスに」なんですけれども、これまで伺った話で“森仕事”の続きに出てきたものですから、それを更にテーマを絞って“山仕事”というのは、私、勝手に考えたんですけれども、これでよかったでしょうか。

天野 私はそんな言葉を思い付かなかったんですけれども、今回タイトルにしていただいて、いいなあと思ったんですね。というのは森のことを心配して森のために一生懸命やることを“森仕事”と言ったんですけれども、実際上、今、森での仕事の内容を変えなければいけないという状況になっていて、まさに今おっしゃっていただいている“山仕事”というもののやり方を考えるというところの局面に来てたものですから、驚きました。

アナウンサー 守らなければいけない森が一方であって、これはどんどん人の手を入れることによって、最終的にきちんと育てなければいけない森がある。今日、お話しいただくのはそちらのほうということですよね。

天野 まずですね、日本の森林資源ということを考えてみますと、67.1パーセントが森林率と言われているんですけれども、大雑把に見るとそれは三つくらいに分けられるんですね。

 一つは大体23.4パーセントを占めるんですけれども、自然林とそれから自然度の高い2次林といって、ちょっと人間が手を入れているんだけれども、まだぱっと見て、「あ、いい森ね、気持ちいいわね」って言うような森が、23.4パーセントあります。それから次には2次林や3次林、人間の手がちょっと入っているんだけれども、何度も何度も入れられて貧しくなってきている天然林、そういったようなものが18.7パーセントもあるんですね。それはだから、人間の世話の仕方が悪いので、もうちょっとどうするんだという議論がひとつあると思うんです。

 今は、私が一生懸命、今日、峯尾さんに命名していただいた“山仕事”という部分で、山の仕事のやり方を変えたいと思っているのは、25.0パーセントの人工林なんですね。その人工林は二つのタイプがあって、適伐な間伐がされていて、気持ちのいい、よく日の当たる人工林。でもう一つが、日本のほとんどになるんですけれども、手入れができていない、間伐が遅れている不健全な林になりつつある人工林。これに光を当てて、元気よくして、もっと人工林を使ってあげるというようなことを今することを、私は広めたいと思っているんですね。

アナウンサー 面積にするとどれぐらいになるんですか。

天野 戦後に植えられた人工林が、日本の森林の4割強ぐらいあって、約1千万ヘクタールと言われているんですけれども、その1千万ヘクタールにもっと光を入れて、元気にして、森林国だったら森林国らしくこの森を使っていって元気にしていくということをしたいと、今思っているんですね。

アナウンサー もともとは材として使うために人工林を造ったわけですよね。

天野 はい。

アナウンサー ところがいい材を供給していって、そのあとの手入れをして、また育てていってって、そういういい循環には残念ながらないということですか。

天野 そうですね。日本はこの100年くらいに、私はよく、2回人工林の造り方を失敗しているんじゃないかって言っておりまして、それは私が勝手に言っているんですけど、やっぱり明治維新の時に、いろんなことを外国から入れているでしょう?

アナウンサー ええ。

天野 例えば議会制度はイギリスから。それから森林制度はドイツから入れているんですね。それから河川管理はオランダから入れている。例えば川の管理についても、山の管理についても、日本古来の、まあ少し規制をしながら自然を使わせてもらっているという、柔らかい日本人らしい自然との付き合い方というのがあったのに、それを明治期にいきなり、気候も風土も違うヨーロッパを取り入れちゃっている時に、やっぱり河川政策も無理がいっているし、それから森林も日本が明治維新だった頃のドイツから森林政策は入れているんですけど、そのころのドイツっていうのは経済効率一辺倒で人工林をずっと植えていっているんですよね。そういうようなドイツをマネして経済効率一辺倒でやった。

 それからまた次は戦後に、いわゆる大規模造林というものをやっているわけですよね。まず戦時中に、戦争をしている時はエネルギーがなくて、ほら、石炭自動車とかいうのがあったでしょ。

アナウンサー 木炭自動車ですね(笑い)。

天野 そう、木炭自動車。その木炭自動車などが使われるくらい、日本の森のエネルギーを使わないと、民衆のエネルギーはそういう薪炭しかなかったわけです。そうやって猛ピッチで森を使っていた。

 それで戦後はどうなったかというと、戦争の時に爆撃を受けて都市が全部丸焼けになりましたよね、その時に、例えば名古屋なんかそうですけど、全部爆撃を受けて家が燃えちゃったから、木曽ヒノキなんかで、昔は“御留山(おとめやま)”といって治山治水のためにここだけは開発をしないで止めておきましょうと、留めておきましょうと、書留の「留め」と書くのですけど、御留山という制度があったのが、その伐らなかった所まで、戦後、都市を復興させるために伐っているんですよね。

 それからまたアメリカ軍が、日本にはいい木があるぞと言って、広葉天然林の非常にいい、家具なんかを作るものが大量に伐られちゃったりしてるんですよね。それで大体昭和54年くらいまでは日本の木の値段がずっと上がるんですよ。

 一方で、どんどん使われていますから、古い木がなくなっていて、そしてそこに新しい木を植えていったわけです。大造林と言ってね。それが大体45年生くらいに今やっと到達して、使い頃になってきているんです。

 ところが今までは使い頃じゃなかったので、日本にはやっぱり使う木がなかった。その時に大量に家を造っていくという高度成長と全くバッティングしたものですから、日本の木の値段は上がるし、安いのを使うのは外材がいいんじゃないかといって、外材だったら太いのも来るぞということで、ずっとこの間、外材が使われ続けてきて、大体日本の家を造る木の材料のうちの80パーセントくらいが外材だと。そして20パーセントしか国内産の木は使っていないというふうな状況がここ近年続いてきていたんですね。

 今、先程言ったように、45年も経っているので、ちょっと太ってきているんですね。これが使い頃になってきているので、日本の林業には「ピンチとチャンスが両方来ている」というのが言われています。ピンチというのは何かというと、日本の杉が世界から入って来るものより一番安くなっている。ですから山を持っている人たちは、安いから今伐ると損だと思う人がいるわけです。

アナウンサー それはもっともなことですよね。

天野 ね。ところが反対に買う人のほうから見ると、安いから買いたいわけですよね。買ってあげたいわけですよ。

アナウンサー はい、それももっともです。

天野 そうですよね。じゃあどうすればいいかっていうと、今、「山から材が出てこない」とか、あるいは先程言った25パーセントの人工林が非常に間伐が遅れて、「森が暗くなり過ぎている」というふうに言われていますよね。それ、どういう状況になっているかっていうと、大きな山持ちさんは、今売ったら損だと思っているから、出さないんですよ。

アナウンサー 出さない。

天野 で、小さな山、裏山をちょっと持っているような人たちは、出しても次に自分が植えるようなお金が出ないし、それだったら出せないわね、ということなんですよね。でもそれをどうにかすれば、11万円くらいで安かったら、外国から石油で運んでくるよりもいいわけですよね。今ちょうど、ちょうどと言うと悪いんですけど、原油が上がっていますよね、非常に。

アナウンサー 高いですね。

天野 ですから、外国から船を仕立ててくる船舶の、船賃が高くなっているわけです。「外材は安い」という状況じゃなくなっている。日本材が安いんです。そしたらこの安い材料をどうやって使えばいいんだろうか。それでしかも45年で使い頃になっているといったら、これは何か社会的なシステムをみんなが一生懸命良くすればいいんじゃないかという状況だということなんですね。

アナウンサー なるほどね。それでは、今の時代の中で、日本の林野庁というのはどんなことをやっているんですか。

天野 はい、林野庁は今年の3月くらいに、九州森林管理局が山に350人くらいの関係者を集めて、道づくりの勉強をしたんです。

アナウンサー 道づくりというのは山林の中に、作業のための道を造るということですか。

天野 先程言っているように、山から材を安くしか出せないから、それをどうにかすればいいわけでしょ。そうすると仕事のやり方を変えればいいんですよ。1日に例えば1人の人間が山から何立方の木を出していきますよというのが、今例えば2立方とか3立方なんですよ。それをちゃんと作業道を付けて、小さな作業道に見合ったような機械を入れて、いつでも仕事ができるようにすると、少なくとも1日6立方ぐらいの木が山から出してこれるわけです。そうするとその分コストがカットできるわけですよね。そういう作業道を付けるっていうふうな勉強会を、林野庁は3月に、まず九州から始めて、全国へ展開しているのです。

 それからもう一つは、予算を付けて、あるメニューを作りました。そのメニューは、“新生産システム”というんですけれども、その前の年に作られたのは、“新流通・加工システム”といって、今まで使えなかったような曲がった木とか、そういうのも使えるような大きな工場を造って、その工場へ向けてみんなが一生懸命材を出してくるというようなことを研究しましょうと、そうすると山からたくさん材が出てくる。その材を大量に製材できる工場を造ると、結局山出し賃も安くなる、製材賃も安くなる、そうしたらさっき言った「日本の杉は安いのでもっと使いましょう」というふうな大きな消費ができるわけですね。で、そういう最初の工場を造ったのが“新流通・加工システム”。それは一昨年のメニューだったんですね。で、去年の、去年出してきて今年使われているメニューは“新生産システム”といって、今度は生産のスタイルをもっと研究しましょうということで2本柱がありまして、一つが森の中に2.5メートルから3.5メートルぐらいの幅の、しかものり面といって道の高さですね、道は幅と壁がありますよね、その壁の高さを大体1.5メートルぐらいまでにするんですよ。そうすると非常に自然に優しい道ができるんですね。

アナウンサー ほう。

天野 ほら、大規模林道とかが、非常に壁も高くて、「あんまり使わない道なのに山の中に太い道造って」って自然破壊だと言っていた人多いけど、この怒っている人たちがいたような道じゃなくて、2.5メートルから3メートルぐらいの幅の作業の道、そういう道を付けて、高性能な小さな機械で仕事をやると、仕事が「道端仕事」になるんですよ。

アナウンサー はあ。

天野 機械でちょっと手を伸ばせばできる、と。そういう、言ってみれば網の目のようにたくさん自然に優しい小さな道を人工林の中に造りましょうというのが一つですね。

 もう一つは、日本のほとんどなんですけど、森林所有の形態は小規模なんですね。ちっちゃな山を・・・。

アナウンサー ああ、持っている方がたくさんいて。

天野 そう。山里でみんなが小さく持っているんですよ。で、山里で小さく持っているところに道を付けましょうと言ったって、「私は嫌だ」とか「私はこうしたい」とか言っていたらできないですよね。それからまた個人ではそういう道は付けられないじゃないですか。それを集約して、いわゆるまとめて、一つの「団地」にするんですよ。

 「森の団地」って言うんですけど、団地化して、その団地化していくのも大変なんですよ、森林組合の人たちが1軒1軒歩いて説得したりとか、あるいは集まってもらって話をしたりとかして、やっていくんですけれども、それを京都府の日吉町森林組合というのが上手なやり方をしてるんですよ。国から補助が出る、35年生くらいまでの木は今急いで間伐しなきゃならないですよというようなメニューが、林野庁のほうで提示されているんですよね。そういうメニューをうまく使って、おじいちゃん、おばあちゃんのところへ行くんですよ。で、こういうメニューがあるので、あなたの山を間伐するのに、ほとんどあなたの負担がなしで間伐ができて、しかもその間伐材を売れば、少しお小遣いになりますよ、と。それから隣の人との所有が、境目が分からない所が今多いんですけども、そういったものもこういうメニューで調べることができますよ、と。そしてとにかく損にならないんですよね。そういうものを提示してあげるんですよ。

 そうしたらおじいちゃん、おばあちゃんが、「私たちは大体隣の人との境は分かっているんだけれども、私たちが死んだらもう息子たちは分からないだろう」、「だから生きている間にしっかり森林境界をやっぱりやってやりたいね」と。「でもそんなものは自分たちの金でやると大変でできないと思っていたんだけど、あんたらが言っているようにやると一銭もかからないのかね」と言うわけですよね。「いや、一銭もかからないどころか、おじいちゃん、おばあちゃんの木を売れば、いくらか利益になりますよ」と。そしてまた「そこに再造林をしたりとかすることも私たち将来、考えてあげますよ」というようなプランを、その日吉町森林組合が作っているんですよね。

 そういうもので「儲かる」っていうこと、今ほら、日本じゅうの人が、そんな日本の山を間伐するって言ったって、そこで儲かるなんて思ってない人がほとんどだと思うんですよ。このあいだ私が峯尾さんと番組でお話しした後、私のうちにも、NHKにもあったらしいんですけど、たくさんの電話とか手紙とかファクスとかが来て、「信じられない」と。「とにかく日本の山はもう駄目でどうにもしようがないっていうふうに思っていたんだけど、何かあんたが言っていることを聞くと、何とかなりそうだっていうんだけどほんとかね」っていうようなお便りだったんですね。で私、言ったんですけど、それは「ピンチとチャンスが一緒に来ているんだというふうな話なんです」と。そのおじいちゃん、おばあちゃんの話に戻ると、おじいちゃん、おばあちゃんが「私らの葬式代になるかね」って言うんですよ。で、いやあ、もっともっと長生きしてほしいけど、「本当に葬式代にはならないと思っていたんだ」って言うんですよ。「それが何とかなるんかね」と言って。

 ほんとにそうなるようなシステムを、林野庁も考えているし、森林組合もみんながみんな、そういうふうにできているわけじゃないんですけれども、改革的な森林組合はそういうものにいち早く取り組んで、森の中に道を付けること、小型の高性能な機械を使って、仕事の効率を上げること、それから小規模な森林所有者を束ねることっていうことが全国的になされ始めているし、林野庁はそれをサポートするそういう“新流通・加工システム”、“新生産システム”というメニューを財務省と交渉して獲得してきているんですよ。

 そういうような時期が、去年から今年にかけてのいわゆるチャンスなんですね。日本の材が、日本の杉が世界中の材を取り寄せるより一番安いというピンチだけど、実は安いっていうことは、今まで外材を使っていた大手のハウスメーカーが使いやすいっていうことじゃないですか。そうでしょ。大手ハウスメーカーの人は何で外材を使っていたかというと、外材がいいからじゃないんですよ、外材が安いからだったんですよね。

 だけど今反対によその国が環境問題から、あんまり材を出さなくしてるんですよ。世界的に森林っていうのはものすごく大事なものだから、いわゆる頭のいい国は、森林は大事なものですから、よそまで出すのはやめましょうっていう政策になってきているので、出にくくなっているんですね。それからカナダとかアメリカとかみたいに、昔ある時代に太い木がたくさんあった所は、実は今あんまりなくなってきているんです。で、またあったとしても、そういう天然林は伐っちゃいけないというそういう森林政策になっているので、世界から今までのように日本が自由に、いろんな所から買い付けるっていうような時代ではなくなってきているんですよね。

 例えば今世界で一番材を使っているのは、4年ぐらい前までは、アメリカ、日本という順番だったわけです。今はアメリカ、中国なんです。

アナウンサー なるほど。

天野 そういうふうに変わってきているんで、日本の国民全体は分かっていないんだけども、実はそういうふうにピンチとチャンスが両方あるんだというのは、業界の人たちの三分の一ぐらいはだんだん分かってきているっていう状況なんですよね。

アナウンサー なるほどね。さっき話が出た林野庁ですけれども、日本が誇るこの豊かな自然、天然林を林野庁がどんどん伐ったっていって、一時、随分目のかたきにされましたよね。これはやっぱり変わりつつはあるんですか。

天野 その声が高かったのは、例えば1980年代に知床問題とか白神問題と言われたものがありました。それは林野庁が独立採算制でやってきたからなんですね。で、最初木の値段がいい時は独立採算制でやってきてもやってこれたんだけども、それがだんだんやれなくなって借金がかさんできた時に、天然で残っている貴重な木を伐ったんです。それだけではなくて、その木を伐ると称して、評判の悪い「大規模林道」というものすごく太い道路を、しかものり面が高くて十何メートルぐらいののり面の壁ですよね、そういう道路を造ったので、木のことを心配する研究者とか例えば本多勝一さんみたいなジャーナリストや私なども怒っていたんです。そういうふうに借金があるからといって伐ったところで、それで、その木を伐る分で借金を返せるわけないでしょうと。それよりもその木を伐ると称して道を付けてるけど、その道は自然破壊じゃないかということで、白神の原生林を伐るなとか、知床の原生林を伐るなと言ったんですよね。でもその人たちの発言力があまりにも大きかったために、国民が「木は伐っちゃいけない」と思っちゃったんじゃないかなと私は思うんですよ。

アナウンサー それはあると思います。私なんかついこの間までそう思ってましたから。

天野 そうでしょう。それで私も、いろんな所で最近、「間伐しなきゃならないんだ」という話をしたら、賢そうな子供とかが目をきらきらさせて、「おばちゃん、木は伐っちゃいけないんだよ」と言うんですよね。ところが、その、「木は伐っちゃいけない」と言うのは、先程私が紹介した23.4パーセントの天然林とかそれから18.7パーセントの2次林や3次林で、暗くなっている森、それは天然林だったんです。

 ところが今日の話の“山仕事”っていうのは25.0パーセントの人工林の話なんですが、これは「伐らなきゃいけなかった」のです。あまりにも大きな声で「木を伐ってはいけない」っていうふうな世論になっちゃったので、「25.0パーセントの人工林は伐らなきゃいけない、人工林が手を入れられなくなって暗くなっちゃってますよ」が世論にならなくなっていたのです。

 だから、例えば今年なんかも土石流が山元でありましたね。それから2年前ですか、川の真ん中にバスが浮いた、ああいった水害があの年は日本列島でたくさんあったでしょう。山の元で人工林がやっぱり密度が濃くなり過ぎていて地面がふかふかじゃないんですよ。だから人工林で土石流が起こるようなこともあっているわけですね。その25.0パーセントの人工林はきちんと伐らなきゃいけなかったんですよ。一方の「天然林の木は伐っちゃいけない」というのがあまりにも強かったために、「人工林の25パーセントの伐らなきゃいけない」という議論が全くなかった、この間。それが問題だと思うんですよね。

アナウンサー そして、その実際的な例として、森の団地化というような形で、おじいちゃん、おばあちゃんも手の出しようがなかった自分のところの山林も、そうやって変わってきている。

 山での作業のやり方っていうのも新しくはなってきているんですか。

天野 先程も言ったように、小さな精巧な機械を使ってやることによって、どういうことかというと、今までは技を持っている人しか山はできないっていうことになると、技を持っている人が高齢化していたんですね。その人たちしかできないような林業だとすると、林業に先はないわけです。

 ところが、先程言ったような作業道を細かくつけて、小さな機械でやれるようにすると、それこそ林業は素人の人がやれるようになってきてるんですよ。

アナウンサー へえー。

天野 徳島県に吉野川ってありますよね。吉野川の流域の一つに木屋平村って言う小さな、人口2000人ぐらいの村があって、今は美馬市っていう美しい馬の市っていうところに合併して入っちゃってるんですけれども、人口2000人ぐらいの村がこのごろIターン、Uターン者だけで林業素材生産をやっている会社を作ったんですよ、第3セクターでね。

アナウンサー Iターン、Uターンだとあんまり年配の人じゃあなくて、どちらかというと若い層。

天野 若い層なんです。25歳ぐらいの人たちから35歳ぐらいの人たちが、Iターンといったら、都会に住んでいて、その木屋平村に来るの初めての人ですよね。Uターンといったら、1回都会に出たんだけど、やっぱり戻ってきた人なんですけど、ほとんどがIターンで、ピザ屋さんに勤めていた人とか焼き鳥に勤めたような人が、東京や大阪や徳島市からその木屋平村に入ってきているんですよ。で、25歳ぐらいの人が道づくりの専門家の人に道を造ってもらって、この機械でこうやれば木が伐れるんですよということを、若いから吸収が早いんですよ、技術の吸収が。だからきちんとした高性能の小さな機械を使ってやれば、林業が初めての人でも木を切り出す作業ができるわけですね。

 そして道を付けるというのはちょっと難しい技術があるから、それは高等な技術を持った人に習えばいいんですけど、だんだん習っていけば自分でも付けられるようになるんですよね。で、そういう道づくりの技術っていうものは習得しながら、Iターン者たちはもう一つの技術を、68歳ぐらいのその地域の山のことを知っている人たちから習っているんです。

 その技術は何かというと、地域にいる65歳、68歳、70歳ぐらいの人が5人いて、この人がその地域の山を知っている5人なんですね。この人にIターンの人たちが聞いて、一緒に歩いてもらうんですよ。そしておじいちゃん、おばあちゃんの所に行って、徳島県がこういうふうなメニューを持ってますと。これは35年ぐらいまでの木を今間伐しなきゃならないから、間伐するんだったら補助金が出ますよっていうメニューですよ、と。半分は県が出すんですけど、半分は美馬市が出すんです、と。これに賛同してくれると、おじいちゃん、おばあちゃんの負担が全くなしでやれるんですと言って説得するんですよ。説得の技術を68歳の人から25歳から35歳ぐらいの人に順繰りに伝わってゆきつつあるんです。そういうことが今少しずつですけども、日本列島の山元で起こりつつあるんですよ。

 ということを、全然知らないでしょ、皆さん。で、このあいだのラジオを聴いた人もびっくりして「次はどうなるのかを聞きたい」って言われました。そこかなと思いましたね。

アナウンサー 68歳の人、あるいは60代の人、今現役でいらっしゃる人たちってだいたいその年代ですか。

天野 そうですね。一番若くて65歳ぐらいになっちゃっているんですよ。それでこの65歳の人が70歳までのあと5年に、私はこの25歳から30歳ぐらいの人たちに知恵の譲り渡し、それをしたいと思っているんですよ。あと5年の間にやっぱり猛スピードでみんな、取り組むべきだと思っているんですね。今からあと10年と、今から5年というのは違うんですよね。しかも林野庁がそういう2年連続で二つのメニューを財務省から獲得してというかいただいて、それに集中的にやろうとしている。しかも先程言ったように、45年ぐらいたって、使い頃になってきているスギがわんさとあるというチャンスですよね。この5年というのはすごく重要なんです。

アナウンサー ある意味で言うと非常にいい時期に、若い層がIターン、Uターンで帰ってくる人がぼちぼちでも出てくれば、これは明るいニュースですよね、それはね。

天野 はい。それから、団塊の世代が退職し始めるじゃないですか。

アナウンサー そうですね。

天野 何もその25歳から35歳の若い人だけじゃなくて、55歳から65歳なんだけど、元気で持て余していると、そんなような人だって入っていってくれれば、今は昔のように技術を学ぶのが難しいわけじゃないわけですよね。

 ですから、これから5年ぐらいで林業者にだれでもなれるんですよ。昔だったら10年、20年修行しないと山の仕事はできないよ、それから山っていうのは歩いて行って仕事場まで行くのにまず半日かかって行って、2時間ほど仕事して、それで帰ってくるのにまた2時間というような所だったじゃないですか。だけどちゃんと道を付けていけば、仕事場まで30分もかからずに行けて、ちゃんと仕事をして、早く帰ってこれる。しかも技術っていうのがそう難しくなくて、機械に任せる部分が多くなっている。また、機械だから早くできる、たくさんできる。そして道をちゃんと付けているから、できた材も持って帰れるというような状況になっているっていうことなんですよね。それで値段が安かったらいいと思いませんか。

アナウンサー いいですよね、それはね。

天野 うん。

アナウンサー 団塊の世代の話が出ましたけれども、今60っていっても元気な人が多いから、もう一遍自然の中に入って行って、勉強するだけじゃなくて実際に働いてみませんか、お役に立ってみませんかってのは悪くないですね、いいですね。

天野 いいでしょう。それが今できるようになっていることを全国に早く広めたいと思っているんです。

アナウンサー もう一つ、このあいだのお話の中で、日本では木を材として完成させたものにするためには乾燥をちゃんとしなきゃいけない。その乾燥を重油を使ってやっているんですか?

天野 はい。

アナウンサー 「こんな国は、今、林業国にはない」っていう話が出ましたけれども、これを何とかしようとしている人たちも、今、実際にはいらっしゃるんでしょう?

天野 そうですね、例えば私の知り合いで言うと二人いましてね、私が家を借りている高知の仁淀川町という所ではもう20年もそういう重油で木を乾燥するというのをやめて、木で乾燥することをずっと続けている池川木材の大原儀郎さんと言う人がいます。それは小さな製材会社なんですけど、もっと大きな会社で言うと、岡山県に銘建工業というところがあって、そこは集成材といって薄い板を張り合わせて作る集成材を作っているんですけど、集成を作っていくと何回も削ったりカンナをかけたりするもんですから、カンナ屑ができるんですよね。そのカンナ屑を全部集めて、発電しているんですよ。

アナウンサー 発電ですか。

天野 木の乾燥に使うだけではなくて、発電にも使っていて、自分の所の工場の電力は、全部その木質バイオマス発電でやっているだけではなくて、中国電力にも売電していて、その売電で1億5千万円も稼いでいる(笑い)というようなことをやっている会社なんです。その銘建工業はペレットといってそのカンナ屑をぎゅっと熱で固めた燃料も、作っているんです。

アナウンサー ペレットって、もともと小粒っていうような意味ですよね。

天野 小粒ですよね。そのペレットストーブなんかを使うということを私たちはすることができるわけですよね。そういう木の周りの皮や枝を製材する時に、乾燥する時に使うだけではなくって、私たちが自分たちの家でも燃料として使うようになるとどういうことが起こるかというと、先程のように山で道を付けたり、作業をコストカットしたりしてだんだん材を出していきますけれども、まだ枝葉が山に捨てなきゃいけないほど余っているわけですよね。それを今度木質バイオマスエネルギーで木材の乾燥をする他にも、1軒1軒の家が、石油ストーブを使うのをやめてペレットストーブを使うようにすると、山で今は捨てているものが今度は捨てないでそれがストーブの材料になるわけですね。そうすると林業に無駄がなくなる。無駄がなくなるということはそこでまたコストがカットできるわけだから、日本人が日本の木で家を建てるときに、安く使える。安くしか売れなくても、山元が潤うようなシステムですよね、そういう木材を使っていく鎖みたいな、“木材チェーン”っていうんですけど、そういうものが本当によみがえってくると思うんですよ。

 昔、そういうのはあったんですよ。近年は、例えば7年くらい前から「近くの山の木で家を建てる運動」というのを起こした人たちがいて、それは日本の間伐材をもっと使っていきましょうというふうな、“木の家を建てる運動”だったんですけれども、そういうようなことを言わなくても、つい戦後ちょっと前ぐらいまでは、日本の家っていうのは、近くの山の木で建てるのが当たり前だった。それがいつの間にか当たり前でなく、遠い外国の材を持ってきて、8割も外国の材で使うような日本になっていたのがおかしかったのであって、今はやっぱりそういう日本の杉が一番安いという、それこそ「ピンチをチャンスにする」きっかけを、林野庁が作ってくれたんで、それをみんな国民も一緒に、家も木の家を日本の国産材で建てましょうと。自分の家の暖房も日本の木の材料の周りのものでやりましょう。それからもちろん製材所は木の乾燥をする時は、自分の使っている材の周りのものであるのは当たり前であって、重油なんかでやるのはとんでもないというような日本にしたいですね。

アナウンサー 25パーセントを占める人工林が、これも前回のお話で、今随分弱っている、まさにピンチの状態にある、これは間伐をどんどん進めなければいけない、「強間伐」っておっしゃいましたね。

天野 強い間伐をしたいということですよね。

アナウンサー その間伐をしても、そこで伐られちゃった木は下へ出せないでそこへ置きっぱなしにするしかない、あるいは、処分するのに“産業廃棄物”として処分している・・・。

天野 そうですね、今は山で切り捨て間伐といって伐り捨てているんですね。それは材以外のものをわざわざ出してくるコストがかけられないから切り捨てているわけです。でも、さっき言ったように木質バイオマス暖房とか、木質バイオマス乾燥に使うようにしていけば、切り捨てないで下へ出してこれるわけですね。

アナウンサー 今、天野さんからさまざまな情報を出していただきましたけれども、アウトドアライターのライターとしての天野さんは、当然こうやってラジオで話をしていただくのもそうですけれども、いろんな所へ取材に行ってそれをまとめていろんな人に知ってもらって、多くの人に議論をしてもらうわけですね。

 しかし、まあその前にもう一遍一般市民に戻りますと、団塊の世代にも若者にも期待はできるけれども、なかなか山へ入る機会がないような人たち、あるいは日本の自然っていうのがあんまり身近に感じられないような所に住んでいる人たちに、“山仕事”、あるいは“森仕事”にもっと関心を持ってもらうためには、例えばどういう行動を私たちはしたらいいんですか。

天野 例えばお皿を1枚買うのに、陶器のお皿を買わないで木のお皿を買うっていうのも、これ一つの行動ですよね。それから家を建てる時は、外材を使わないでそれこそ近くの山の木、あるいは日本の国産材の木を使うっていうこともそうですけども、そんなこともできないけれども、とにかく何ができるかって言ったら、今23県ぐらいの県で「森林環境税」っていうのができています。これはそこの県に住んでいる人だったら強制的に500円ぐらいですけど、払わなきゃならないんですけども、それを払うことができる。そのほかに私は、今、林野庁の借金が数年前に3兆8,000億円あったのを国民負担で2兆8,000億円払って、1兆円残ったんですけど、利子がどんどん付いているんですよね。それを返すためにと言っていろんなことをやっているんだけども、木を売って返すというのはやめて、国民が、その1兆2,800億円に今膨らんでいるのをみんな払っちゃって、まず林野庁の頭を軽くしてあげたいと私、思っているんです。「そういうことをしようよ」と言うと、1兆何千億円ですから、「何であいつらが失策ばっかりしてきたのに、俺らが払わなあかんねん」って怒る人もいると思うんですよ。怒ってくれていい。とにかくそういう議論を巻き起こしたいんですよ。「何で払わなあかんねん」と言う人と、「いや、もうやっぱりあの人たちにいい仕事してもらおうと思ったら頭を軽くしてあげればいいじゃないか」というふうな議論を、してほしいんですね。

 それから、環境税というものには今、日本の経済界が反対しているんです。でも環境税をちゃんと私たちは作って、「それを林野庁と環境省で折半で使えよ」とか、そういうことも言ってあげたいですし、とにかく今、私が先程言ったように、5年間ぐらい急いで山元に人を送り込まないと、それこそ団塊の世代もIターン者も送り込まないと、もう間に合わない状況になっていますから、この5年ぐらいはいろんな議論を山に向けてやっていきたいと思うんですよね。

アナウンサー おっしゃるようにそうすると、いやそれには「そんなことに税金使うのはいやだよ」ってご自分だけで思っているのではなくて、「私は反対だ、なぜならこうだから」と。どんどんそういう議論が巻き起こって、みんなが関心を持ってくれるようになれば、やっぱり何か変わっていくかもしれませんね。

天野 それが一番いいと思うんです。いっぺんみんなで議論する。で、例えばそれを払いたくなかったら、払いたくないということを林野庁に手紙を書くとか、自分の読んでいる新聞に投稿するんですよ。そうすると投稿があまりにも多いと、それに関心を持っている人が多いんだなということで特集を組んでくれるわけですよ。そうすると私が今日、あるいはこのあいだもアナウンサーさんとお話したようなみんなが知らない「日本の森の、ピンチとチャンスが同時に来ている」んだっていうことが多くの人に分かるじゃないですか。そうすると、「私たちは67.1パーセントも森林率を誇っているのに、こんなことができていない。こんなことを今やらなきゃなんない」というふうなことが、みんなに分かってもらえるんじゃないかなと思っているんですよね。

 ですから、例えば。アッ、そうだ。今日なんですけど、これから私は吉野、奈良県の吉野山に行ってシンポジウムをやるんですよ。それは林業家の人たちや林野庁で今日お話ししたようなことをやろうとしている人たちがたくさん、300人ぐらい集まって、吉野の山、吉野っていうのは日本の人工林のふるさとなんですよ。500年の歴史があって。ここは世界で一番古いんです。そこで「1分1万円のヘリコプターで今まで材出していたんだけど、そんなこっちゃ駄目だよ」と言って、森に道を入れている人がいるんですよ。そんな人たちがもうちょっと増えるようにしようというのが今日のシンポジウムなんですね。

アナウンサー へえー。

天野 だから、そういうシンポジウムを仕掛けたりだとか、それから、つい最近出した本は「“林業再生”最後の挑戦」っていうんですよ。

アナウンサー 最後の?(笑い)

天野 刺激的なタイトルでしょう?

 要するに、もうこれに失敗したら最後ですよ、と。後はありませんよということ。本当にそうなんですよ。

アナウンサー 決して、脅しに掛けているわけじゃなくて、天野さんご自身、そういう危機感を持っていらっしゃる。

天野 ええ、持っています。というのは先程も言ったようにもう一番若い、森で仕事できる人が65歳になっているわけですよ。ここのところ5年ぐらいでそこにドンと元気な若い人たちを入れなければ、せっかく45年生の使い頃になっている日本の材が使えないという状況が反対に生まれちゃうわけですよ。ここで頑張ればいい方向に行く。猛烈なスピードで頑張らなきゃいけない。

アナウンサー なるほど。ピンチだけれども・・・。

天野 チャンス。

アナウンサー ですね。

 ラジオ深夜便・こころの時代「“山仕事”ピンチをチャンスに」。アウトドアライターの天野礼子さんにお話をお聞きしました。

(終了)