01 2002年8月29日  講演リストへ
川の医者・福留脩文氏の主催される高知県の西日本科学技術研究所
「バイオフィット研究会第60会定例会」での講演 
(西日本科学技術研究所ホームページより)

「公共事業が変わる」

 昨日まで函館・札幌・旭川と連続して「市民の手で変えよう、これからの公共事業」というタイトルで話しをしてきました。
旭川の主催市民団体は、出版記念シンポジウムのために急遽できた「善玉公共事業を考える市民の会」です。
この本で私が言いたいのは、「公共事業を否定しているのではなくて、これからは善玉の公共事業をやれ」ということだと思われて、
この名前がついたようです。

 これまで、我が国では公共事業が経済を回していると言われていました。
しかし、例えば北海道では拓銀の破綻が、実はそうではなかったことの証明だったと思います。
中央官庁が、2割、3割負担でいいからと、いろんな公共事業を地方に下さったのですが、
「2割でいい」と言ってもいろんなところから貰うので、借金で首が回らなくなったというのが現状。
じゃあ日本を破綻させたのは公共事業だったんでしょうか。
あるいは公共事業は本当に悪者なのでしょうか。

 公共事業は、英語でPublic Works Project。
Public Workと言うのは市民が望んで喜ぶものでないといけないと思って、この本を書くようになりました。
私は19歳で釣りを始めて、ほとんど学校に行かないで川や湖や海辺を釣り歩いていました。
そして34歳の時、長良川河口堰の問題にぶちあたったのですが、その前年には、国土庁の「水を語る女性の会」の委員をしていました。
綿貫長官に「日本の川の現状はどうなっている」と言われて、
「今は本流にダムのない1級河川は、釧路川と長良川2つしかない。これは手をつけないほうがいいですよ。」とお話したら、
「自分は富山の神主の家に生まれたから、自然の大切さはわかっている。富山県は昔から水力発電のために、
黒部川ダムのようなダムをたくさん造ってきたが、もう(1988年当時)新たなダムは要らない」とおっしゃった。
自民党にもすばらしい方がいいる。さすが神主だなと思ってチューリップの球根を送ってくださったので、
一生懸命水をやっていたら、翌年、長良川河口堰の工事が始まりました。
建設大臣、綿貫さんでした。

 私はビックリしたのと、政治というのはそういものかと思いながら、
私はずーっと川を見て遊んできたんで、川がどういうものかわかっていましたが、綿貫さんはわかっているんだろうか、と思いました。
そして、最後の川を守る運動を始めたわけです。
1988年からの反対運動は国会を二分して、公共事業という本来はいいものであるはずのものが、
本当は問題があるんじゃないかということを投げかけました。
しかし、1995年5月、私たちの反対にもかかわらず、河口堰は完成してゲートがおろされました。
これで泣き寝入りかと思われましたが、それは違うということを言い続けないといけないと思いました。

 そして、翌1996年にアメリカに行きました。
ビックリしたことにアメリカでは開墾局が1994年5月、「ダムの開発の時代は終わった」と言ったのです。
利水のためのダム造りを続けてきたところが、1993の夏に起こったミシシッピ川、ミズーリ川の大洪水では、
洪水を担当する陸軍工兵隊、長年よかれと思ってやってきたことが、かえって被害を大きくしてしまったと言うんですね。
どういうことかというと、川は蛇行しながら流れるので、洪水はゆっくり下流に向かう。
ですから、上流に雨が降ったら下流の人々は「もうすぐ洪水がくるな」と洪水を避ける。
洪水を水害にしない、いろんな知恵を働かせることができていた。
それが、川を真っ直ぐにしたために、早く来るようになってしまった。
もう一つは、川を真っ直ぐにしたために洪水は以前よるも強く、川の一番危ない部分に向かうようになったが、
強く丈夫な堤防を造ったので、人々は「堤防の間際まで住んでもいい」と思って住んでしまった。
そのために、今年もヨーロッパで洪水が起こりました、思わぬ被害に遭うことになってしまった。
そういうようなことをアメリカでは国民に向かって謝った、と教えてくれたんです。
私はこれがアメリカと日本の違うところだと思いました。

 そして、アメリカはずいぶん変わっているというシンポジウムを1996年の秋に日本でやりました。
すると1997年の3月に河川法が100年ぶりに大改正されることになり、河川法に環境重視と住民対話が入れられました。
そのときの大臣は亀井静香さんでした。
私は法政大学の五十嵐さんと対抗法案を作り民主党から提案してもらい、亀井さんの河川法改正案と、
私の河川法改正案対抗案が国会の衆議院建設委員会で討議されました。
その時に私たちは、もう一つ法律を出しました。
現在日本で行われている国の公共事業は、国民が決めることのできない大臣と、
決めることのできない総理によって行われる閣議で決定されていますが、
これを国会のコントロールに置こうという法案です。
この公共事業コントロール法案を97年に衆議院建設委員会に出したときに、
私の仲間の国会議員たちは、そんな法律を作ったら今よりももっとひどく、
私たちの望まない公共事業が行われるんじゃないかということを心配しました。
しかし、私たちは総理は決められないけれども国会議員は落とすことはできます。
ですから公共事業を国民のコントロールに置くには国会議員にコントロール権を置いた方がいいという法律を出したわけですが、
それは廃案になり、以降3回出していますが、まだ通っていません。

 2000年になると衆議院選挙があり、その時に亀井さんは自民党政調会長になっておられて「公共事業ばらまきのどこが悪い」と、
選挙中ずっとおっしゃっていました。

 その選挙が終わったときに私はヨーロッパに行って、2つの潮流があることを知りました。
一つは、100年間近代工法といって川を真っ直ぐにすることや、強い堤防を作ることや、ダムに治水を頼ることなどをやってきたけれども、
それには限界があるということがヨーロッパでもわかったということ。
例えばドイツなどでは、3000箇所くらいで川を再自然化するというような事業が行われています。
すなわち、財政の観点から公共事業が見直され、その一方で財政に負担がかかっても自然再生をするというのがヨーロッパの潮流なんです。
帰ってきて8月に菅直人さん、鳩山由紀夫さん、亀井静香さんにこの話をしたところ、9月になって、
「公共事業のばらまきのどこが悪い」と選挙中は言っていた亀井さんが、「公共事業抜本見直し委員会」というのを作ったんですね。
私ビックリしました。
そして、民主党も鳩山代表が、「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」というのを作り、私も所属したんですが、
この委員会が2000年の11月に作ったのが「緑のダム構想」でした。
この「緑のダム構想」の直前、2000年10月25日に田中康夫、長野県知事が誕生しています。
その誕生したばかりの田中さんに11月1日にできた「緑のダム構想」を私は送りました。
その直後、亀井さんの抜本見直し委員会が233の公共事業を全国で止めました。
100を越えるオーダーで公共事業が止まったのは日本で初めてでした。
年が明けると2001年2月に田中さんが脱ダム宣言をしました。
同年4月、小泉総理が誕生し、公共事業改革をやっているというのが、今に至る大きな流れです。

 その中で私は公共事業を悪者にした女ですから、いろんな官庁から「そんなになんでも反対するんだったら対案を出せ、
どうやって治水をやるんだ、どうやって開発をやらないで私たちは生きていけるんだ、公共事業がなくてやっていけるのか」と言われ、
自分なりの反論を構築しなければならないと思っていたんですが、昨年11月16日、自民党国土交通部会が、ヨーロッパから講師を招いて、
川を蛇行させるという勉強会をやりました。
国土交通部会は、かつての建設部会で、建設族の巣窟と言われているところです。
その勉強会に出ていた、新潟県の大物の議員さんが、地元に帰って、中里村というところの村長選挙の応援に行きました。
その村長は信濃川に合流する清津川にできるダムに反対している人です。
そこで「みなさん、自民党はもうダムは造りません。今日、私は、川を蛇行させる勉強会に出てきました。」と言ったんです。
「清津川にダムをつくっても信濃川の本流の治水にはほとんど役立ちません。
この村は、この川の美しい流れと段丘で、美しい風景に依存して生きてきました。そんなところでダムを造ったらダメですよ。」と、
この人が言ったと聞いて、私は「公共事業は変わる」と思いました。

 ところで、私は数年前から、仁淀川の上流の池川町という緑と清流が自慢の、人口2000人の町で、
住民のみなさんと一緒に勉強会をして参りました。
池川町は、10年前に建設省のダム計画を要りませんと言った町です。
町に6つの建設会社があるんですが、その建設会社が盛んになってくれないと町民は困ります。
池川町は林業が盛んなときには、9000人も人口の居た林業の町です。
しかし、今は、超過疎、超高齢で町長は非常に苦労して、国からいろんな過疎債とか、もらえる補助金はすべてもらうというような町です。
そんな町で、どうやって生きていけるかということをみんなで勉強しています。
例えば、後でもお話しますが、林業の町ですから、木質を使ったいろんなエネルギーを利用して新しい産業が興せないかとか、
あるいは自分たちの自慢だった安居川とか土居川が、昔はもっと水が豊富でゆったりと水が出てきたのに
なんでこのごろは早く出てしまうのかを考えてみようとか。
51年に水害があり3面張りにしてしまった狩山川。ものすごく綺麗だったのに、今は見るも無惨な川になっている。
これをなんとかできないかというので今年1月に福留先生に来ていただいて、勉強会をしました。先ほど言いましたように、
6つの建設業者があるので、そこに働いている町民が多い。
ですから、そういった建設会社をつぶさないで、従来の公共事業じゃないもの、
産業をちゃんと作っていけるんじゃないかなということを勉強し始めていたんです。
そこに、国土交通部会がそういった勉強会を始めるということで、「公共事業が変わる」と思ったんです。

 それで、北海道新聞にかけあって「公共事業が変わる」という本を出しましょうと、提案しました。
なぜ北海道を選んだかというと、日本はご存じのように、長い時間かけて国土を開発してきたんですけれども、
その中で北海道と沖縄だけは、開発が遅れていたんですね。北海道の場合は、100年前まではアイヌの王国でした。
そこに私たち和人と呼ばれる人間が、侵略していってあっという間に、急速に北海道を開いちゃった。沖縄もそうです。
琉球王国だったのを私たちが100年前から入り込んで、戦後は悲惨なことになり占領されていたのが、やっと開放された。
この二つのところは近年猛スピードで、今までのお詫びと本土並みの予算で、本土並みの大きさの公共事業を、
あの小さな沖縄には集中させました。
私は北海道や沖縄をどうするというのがこれからの日本の公共事業のモデルになるのではないかなという風に思ったんですが、
沖縄は悲惨すぎて、私の手には負えないと思いました。
北海道は幸いにもまだ広いので、不要な公共事業による開発が進んでいてもまだなんとかできるのではないか、
一方で拓銀の破綻とか、雪印の破産とか、狂牛病とかいうのもありますから、何とか北海道に元気なってもらうというのを提案して、
それを日本中のモデルにすれば、日本の公共事業が変わるのではないかなという風に考えたわけです。

 そんなことを考えて全国をこの本の取材のために回っておりましたら、2002年の3月に、もう一度驚くことが起こりました。
2000年の9月に亀井さんが抜本見直し委員会というのを作って、233の事業を止めまして、そのときずいぶん驚いたんですけれども、
2002年3月には、自然再生法案を自民党、亀井派が出したのです。
で、やっぱり私はまたここで、公共事業がいよいよ変わってくるなと思いました。
それには、福留先生から聞いた情報もありました。福留先生が、今までは近自然というものを全国に広めるのに
ずいぶん苦労されてきましたが、
去年辺りから河川局だけではなくて、環境省とか、農水省とか、いろんなところから近自然や自然を再生させるという風な事業が
ずいぶん出ているという風なこともおっしゃっていたんで、そっちのほうに世界の潮流が向かっているように、
ようやく日本も向かっていくんだな、
そして地球温暖化を防止するという大きなキーワードで考えるとやっぱり自然再生というのが
公共事業にならなければならないんだなという風に思ったのです。

 いろんな事を調べて本にしたんですけれども、今ちょっと心配になることも起こっています。
近年、例えば、生ゴミの処理ですと2006年までに生ゴミを大きな会社が半減することを努力しなさいとか、
COの問題ではこういう風にしなさいという、法整備がずっと進んできているんですね。
日本人は21世紀の入り口のところでそういった自然を癒すというか、再生させるという公共事業をつくりつつあるわけですけれども、
それを大きな産業にしようと思う商社や財閥系の会社というのは、私たち市民と違う視点を持っているところがあるんです。
例えば、ヨーロッパの例で言いますと、チェルノブイリの事故以降、EUは、脱原発で、もともと脱原発を実行している、
原発がないオランダだけではなくて、ドイツなどでも30年以内に原発全部なくすという風に言い始めています。
自然再生型エネルギーというのに大変取り組んでいるんです。 
ところがアメリカ同様、日本も、脱原発にあんまり向かっていないんですね。
今年の春に、「自然再生エネルギー推進法」という法律ができようとしたんですけれども
新エネルギー」という名前の法律になっちゃんたんです。
どうして、「自然再生エネルギー」という名前じゃなかったかというと、その中にゴミ発電が含まれているからなんです。
環境省が神戸のポートアイランドの沖に45億円かけてゴミを燃やす施設を作りました。
そこでは、たくさんのゴミを運んでこないと施設を稼働できないので、できて3ヶ月くらいの間にまだ何日間かしか稼働できてない。
紙でも何でも、人間が作ったものは全部リサイクルできるっていうのが地球の今の到達点です。
それなのに日本の環境省は、神戸市の6つの大きなホテルにお願いして、「ゴミが足らないから集めてください」と言ったんですよ。
本来ならば、環境省はゴミを出さないよう国民に教育しなければいけないのに、おかしいですよね。
それでもゴミが集まらないので、今度は神戸中の病院と有馬温泉に頼んで、
それでもまだ足らないからなんとかゴミ集めてくれって言っている状況です。
省庁改革で環境庁は大きくなったんですけれども、日本の市民が向かわなければならない方向あるいは、
向かわなければならない現実とちょっと違うことが、
お役人の頭の中にあるなと私は思いました。

 さっき「北海道を救いたい」と言いましたが、この本の中で私が一番救いたいと思っているモデルは、池川町のようなところです。
いわゆる中山村過疎地域が戦後は、これまで政治をやってくださった方々の集票と集金の場になってきました。
農村が現在の政権を支えてきたと思います。しかし、そうやって奉仕してきた農村が今つぶされている。
そういったところを蘇らせる方法を、国民の側から考えなければならないのではないかなというふうに考えます。
そこで、私が今一番取り組みたいと思っているのが、木質バイオマスエネルギーというものです。
この本の211頁の横棒グラフは、日本の国民一人当たりの森林面積の表です。
一番高いところが北海道、2番目が岩手、3番目が高知県です。
次いで秋田、島根、山形、宮崎、長野、福島、青森、鳥取、岐阜、山梨、徳島といったところが高いところに位置します。
この上半分の自治体で、木質バイオマスエネルギーを使うというようなことを集落で考え産業にしたとすると、
日本では今、山にお金がないから山の世話をできないと言っているのが、できるようになります。

 また、今、8月が概算要求が出そろってきているところですが、昨年、概算要求の締切間際に、こんなことが起こりました。
和歌山県の木村知事が、8月中旬くらいに三重県の北川知事の所に行って、小泉さんの緊急雇用対策にずいぶん金が出るらしいから、
その予算をもらいに行きましょうと言ったんですね。どういうことかというと、今こそ森林を見直すべきであると。
林野庁は3兆8000億円の借金があって、日本の山の手入れが出来ていませんでした。
森林対策を間違った林野庁の3兆8000億円の借金を近年私たち国民が負担して1兆円にしてあげました。
しかし、まだ1兆円借金が残っているので、林野庁は借金を埋めるために5000人の体制でいきますと言って、
営林署をどんどん統廃合していっています。
地元でこれまで雇っていた60代から70代の人々の仕事がなくなっていっているというのが近年の林野庁の現状でした。 
ところが、京都議定書で地球温暖化問題の議長をやらされることになった日本はようやく、EU諸国並みに地球環境の問題から、
温暖化防止に取り組まなければいけないということに気が付いたんです。
それで木村知事と北川知事が、「これからは緑の雇用で」っていうことで、41道府県の知事の賛同を受けた嘆願書を小泉さんに届けたら、
地球温暖化問題に決定的な解決法を持っていなかった小泉さんは、喜んでこれを受け入れたわけです。
そういう意味で“緑の事業”が動いている中ですから、私は木質バイオマスっていうのに今こそ取り組むべきだと思うのです。

 今日本で木材を乾燥させるには中近東からタンカーで運んできて
高知の港に入ってきた石油を池川町のような山奥まで運んで、乾燥させています。
池川には、池川木材と言って、石油による乾燥をしないで木質による乾燥で頑張っているところもありますが、
日本中の多くの木材会社は、重油は厚生省に怒られますので、重油の方が安いのに灯油で木材を乾燥させています。
 もっと恥ずかしいのは、材を綺麗に成形するときに、周りの樹皮や枝葉を“ゴミ”として捨ててるんです。
捨ててるんだったらいいんすが、ゴミとして灯油で燃やしているのが日本の材木業界の現実なんです。
こんなことは他の森林国ではやっていない。
それを日本はやっている。

 木質バイオマスエネルギーというのは木を燃やして、それをエネルギーにしましょうということですけれども、
石油を使わないで木材を乾燥させたり、あるいは従来ゴミとして捨てていた樹皮や枝葉をちゃんと使いこなしていくと
石油を買わなくていいからお金が助かるだけではなくて、化石燃料という地球の資産を滅ぼさないで済むわけです。
木質バイオマスを使うには、小さなペレットにして、ペレットストーブで各家庭で使う方法と、
もう一つ、大きなペレットを作って大きな大型ボイラーで燃やすという方法があります。
地面を掘り返して水道管や下水道管を新しくする工事や、そういったものと一緒に道路の下にパイプを埋設していって
集落の木質バイオマスエネルギーにするとか、いろんなことをやっていくと、新しい仕事が増えて新しい産業ができます。

 例えば、池川町では、町議会議長がプロパンガスの配達をお仕事にしていらっしゃいます。
配達のときにペレットを一緒に配っていけばいいわけです。
食事だけはプロパンでやるけど他の燃料はプロパン使わないでペレットに切り替えるというふうなことが新しい産業になるんですね。

 そういったことを、いくつも日本中を回って見てきました。例えば、北海道では、ゴミとみんなが考えていたものに雪があります。
雪は、札幌だけでも20くらいの雪捨て場があって、東京ドームの何十倍という雪が溜まっちゃうわけです。
それを今、雪氷エネルギーに変えるということが考えられます。
あるいは、苫前というところは、風力発電の基地になっています。
この苫前では、海の漁が盛んなんですけれども11月から2月の間はすごく風が強くて地吹雪がふいて、漁に出られない。
その強い風を逆手にとったわけです。もう一つ、北海道のグランドホテルでは、ホテルから出る生ゴミを今までは
年間230万円でゴミ処理業者に引き取ってもらっていたんですけれども、今は、EM菌というのを噴霧して、
生ゴミを一旦臭いがしないように乾燥させ、その乾燥したものを30日間常温で熟成させて、牛や豚や鳥の飼料にしたり、
畑の肥料にしたりして全部循環させることを考えています。これは日本中で考えられることで、東
京でもパレスホテルやホテルオークラが同じようなシステムを考え始めています。

 それは2006年までに生ゴミを半減することが義務づけられるという法律があるからなんです。
環境に向けての努力をしないと企業は市民から批判を受ける、あるいは評価されない、
あるいは製品を買ってもらえないというようなことがこれから日本で起こってきます。
これまで日本の一流企業は、海外の投資家に向けてだけそういうことをしてきました。
例えば、宝酒造はカムバック・サーモンといって、カナダの鮭が帰ってくるために寄付をして、
アメリカのどっかの自然財団からメダルをもらっています。
海外の投資家に向けて「うちは環境によいことをやってんだ」というのですけど、
今度はそういったものを日本中に向けてやらなければならないというのが、日本の現実になってきました。

 それでは、スライドを映していただきます。


▲緑の雇用を小泉さんよりも早くやった人が居ます。
長野県の田中康夫知事です。田中さんは脱ダム宣言をしたとき、これまで公共事業に取り組んでいた県の建設業者たちに
「これからは緑のダムをつくってよ」とおふれを出しました。
そして勉強会をやったんですが、750人くらい応募が来て、そのうちの8割が建設業者でした。
県の林業課の方の指導で、今までは公共事業の現場で働いていた人たちが勉強しています。
約半年、さまざまな勉強を県から費用をもらってやって、それが済むと森の整備をするための認可、お墨付きが貰えます。
長野県では独自に、こういった事業が増やされてきていて、前年比で12%くらいずつ増えてきています。



▲これは、苫小牧演習林です。この前辞められた演習林長の石城さんが作った林道です。
舗装もされていませんし、法面もこんなに低いです。これは作ったばかりの林道ですが、
こんな林道が苫小牧演習林の中に張り巡らされています。(写真左)


▲1年後です。こんな風に1年で普通に、自然が濃い林道になっています。(写真右)


▲これは、四万十川の流域にある大正町の田辺さんという人が作った田辺林道です。
これも法面は1.5mまでで舗装されていません。幅も狭くて2t車がやっと通る道です。
林道は大きくなくても網の目のように巡らされていれば、ここからすぐ木の世話をできます。
石城先生がおっしゃるように、木を切り出すのを“道ばた仕事”にできるのです。


▲これも間伐材を利用した田辺林道です。道路際のこちらの方も、間伐材を利用しています。


▲次は、春です。もう、自然豊かになっています。最初に見せた田辺林道もあり、こういったのもあるというパターンで、
小さな林道を山に網の目のように張り巡らすと、林道を造ることも良い仕事になります。
大正町ではこういった道をつくって以来、愛媛県の木材市場の方からトラックで取りに来てくれるようになりました。
こういう道づくりがこれから重要な公共事業であって、それはこれまで道路をつくってきた、あるいはダムをつくってきた、
あるいは空港をつくってきた、建設業の人たちが取り組んでもいい仕事だと思います。

 先ほど、一人当たりの森林面積の多い県を順にご紹介しましたが、その中で木質バイオマスに一番取り組んでいるのは、岩手県です。
岩手県には、増田さんという若い知事さんがいて、あと3kmで完成する奥山道という道路を止めました。
建設省の官僚出身なんですが、不要なものはどこまで進んでいても止めるんだと言ったおもしろい人です。
その岩手県は自然エネルギーをこれからは大切にしようということで、木質バイオマス、
地熱発電、風力発電をエネルギーの中核に置くということを言っています。
そして今までは東京から一番遠くて近代化ができてなくて、自分たちは貧しいとか悲惨だとかいう風に思ってきたけれども、
21世紀は開発が遅れたことを逆手にとって、緑豊かな中で生きていくんだというのがこれからの私たちの生き方だという「頑張らない宣言」をしました。

 高知も、今日、空港から海沿いの道を通って市内に入ったんですが、
いろんなところで壁面に緑が植えられていて、まるで緑の壁面に見えました。
高知は相当、近自然化が進んでいるんだなあと思って嬉しくなりました。
この高知にも木質バイオマスに取り組んでいる人たちが居て、すごいなあと思っています。

 このように、一人当たりの森林度が高いところ全部で、木質バイオマスエネルギーに取り組んでも、日本の山は丸裸になりません。
森林度が低いところ、特に都心部はどうしたらいいか、自分の所に森があればそこからペレットを運んでくるようにしてもいいし、
それだけではなくて日本では、実は脱原発と言いましたけれども、自然再生型と言われる木質バイオマスや風力発電、潮力発電、
地熱エネルギーとかあるいはバイオガス発電とかいうものを、全部足した計算が科学技術庁にあって、
現在の原発の使用量と、全部の自然再生型エネルギーを足すと、自然再生型エネルギーの潜在量の方が高いと言う現実も生まれてきています。
ですから、森林度の高いところ全部で木質バイオマスエネルギーを使い切ったら日本の山は、綺麗になります。
今、間伐ができなくて困っていますが、日本の山で“強い間伐”、例えば、100本木があったら30本切ると言う風なことをやっていくと
日本の森は治水力を回復します。それが「緑のダム」になります。
そして、化石燃料を使わなくていい、原発に頼らなくていい世界が実現するとともに、そこに新しい木質バイオマスや、
さまざまな自然再生エネルギーを使うという産業が誕生して、市民の雇用も生まれると思います。

●岩手県だけの木質燃料の熱量計算をしてもらってみると、一番安いのが重油、その次がチップやバークレットという木質です。
さっき木材を灯油で乾燥しているってずいぶん怒っていましたが、灯油はこういったものより高い。ですからチップやバークレットを使うと、
電力は非常に安くなります。今まで日本では原発は安いと言われていましたが、それには原発が危険であるとか、
召還年齢が30年や50年と長いということが計算されていなかったんですね。
そういうものを計算してみると、原発は非常に高いということが最近やっと言われだしています。


▲これは、ペレットストーブです。岩手県の葛巻町というところがありますが、そこの葛巻林業さんが30年前につくった
ペレットストーブをまだ自分のところで使っています。
葛巻林道さんはずーっとペレットストーブやボイラーを作り続けてきたんですが、やっと現代に間に合って、
今また元気にこういったペレットストーブを、ここだけではなく岩手県全部が県知事の指令で取り組んでいて、
岩手県ご自慢の南部鉄を使ったペレットストーブの開発が進んでいます。


▲次は、さっき環境省がゴミを集めるのに熱心でおかしいと言いましたが、徳島県の上勝町という、
勝浦川の最源流部にあたる池川町と同し人口2000人の町です。上勝町では、日本一のゴミ分別、31分別がされています。
住民は自分の家のゴミを持ってきてここに一個一個にいれていきます。
金属製のキャップはここ、透明瓶、茶色い瓶、電池、蛍光管、スプレー缶、そういう31分別をやっているんですね。
分別を始めたとき、熱心な女性達が各集落を回って説明したら、老人たちが「おまえらは老人をいじめるのか」と言ったんですって。
自分たちは表にゴミを出すことさえもしんどいのに、収集センターまで行って、目も見えんのに、いちいちここへ入れえ、
あれを入れえと言われてもできるかいと言ってみんな怒っちゃったんです。

 そこへおもしろい人たちが出てきて、じゃあその困っている老人たちの所に行って、
私たちがそのゴミをもらってきて分別もしてあげましょうと引き受けたんですって。
そしたらおばあちゃんたちもゴミの分別に反対しなくなっただけではなくて、いやあ悪いのうと言って、ここまで一緒に来るんですって。
一緒に来て、おばあちゃんたちが手伝うようになった。
おばあちゃんたちの代わりに分別していたグループは、おばあちゃんたちを車に乗せてくる役目に代わった。
分けてもらっていた人が分ける人になった。

 子供たちも分別に興味を持って学校教育でやりました。
そして、子供たちがゴミ出し展みたいな展覧会をやったんです。
ゴミを出してもらっているおばあちゃんたちの所に行って、僕たちが今度出しますという風なことを言ったら、
子供たちにおばあちゃんが手作りのおやつを作ってくれたり、おじいちゃんは昔こんな風にわらを編んでいたんだよと
子供たちに教えるようになった。
それで子供たちはやさしくなったし、老人たちも子供たちと触れあうことを生き甲斐にするようになった。

 そして老人たちも自ら動くようになったんで町がだんだん明るくなってきたということを上勝町で聞きました。
大きなどこかのステーションに集めるよりもそういう自分たち一人一人の足下でやることが、
本当の意味の公共事業なんじゃないかなと思いました。

 この本の中には、長野県の田中さんが始めた木こり講座、「緑の雇用」を小泉総理に提案した和歌山県の木村知事のことを書いていますが、
実は、今お話しした「緑の雇用」は、多分、今年度の概算要求に入れられようになると思います。
どういうことかと言うと、去年概算要求で「緑の雇用」を要求したのは、小泉さんの6ヶ月の臨時雇用だったんですけれども、
今年の要求は、それを恒久的にやってくれということです。
国土交通省、農林水産省、環境省、そういったいろんな方面で「緑の雇用」をやってくださいというのを、
和歌山県の知事たちが総理にお願いをしています。 みなさんは福留先生から、これからはいろんな自然再生事業が、
地球環境問題という観点からも取り入れられていくという風にお勉強してこられたと思うんですが、それがどんどん主流になっている、
あるいは潮流になっているというのが現状です。

 そしてこれまではどっちかというと、お金がないから山の手入れができない、間伐材のお世話ができないと言われていたものが、
今後はさらに新しい公共事業になるということです。
ですからこれまでは、公共事業と言えば、地元の建設会社さんには道路やダムを造るか、
ちょっと大きな仕事だと空港をつくるのをお手伝いするとかいった事業しかなかったんですが、
例えば、私の大好きな池川町で言うと、登山道づくりも仕事になります。
先ほど見ていただいた田辺林道のような森に優しい、治水にも優しい小さな林道づくりも建設会社の仕事になるでしょう。
ちゃんと予算がついて、自分も気持ちいい、家族にも誇れる、そんな公共事業ができる時代になってきていると思います。
それが、実は先国会で討議された「自然再生法案」なんですね。
私自身は、亀井派が出そうとしたこの「自然再生推進法案」に「まった」をかけました。
どうしてかというと、亀井さんの考えた自然再生法案は、県に協議会をつくってその協議会で、
県と市町村とNPOたちが相談の上で事業をやっていくという考え方なんです。
NPOというのは、非営利組織です。
NGOはNon Govermntal Organization、非政府組織ですから、このNGOとは違うんですけれども
A亀井さんたちの言っているNPOというのは、知事の許可を得る非営利団体なんです
Bということは、知事と親しいところは受けやすい。私のようにいろんな県の知事とけんかしている人は受け入れられにくいですよ
B勝手に協議会の多数決だけでやってしまうと、例えば、ある建設業の方がNPO法人の認可をたくさん受けて
Aそこだけでやると、これまでの従来型に「自然再生」という言葉がついただけの工事をやられるかも知れない
Bそれよりも県の都市計画やマスタープランに入れて、それを市民がちゃんと検証するという風なことが前提になければならないということ。

 もう一つはこれまで私たち日本人、世界の先進国と言っていいかも知れませんが、
この100年間猛スピードで自分たちも含めた生物を滅ぼそうとしてきましたが、これをヨーロッパやアメリカでは、見直そうとしています。
日本も見直そうとはしてるんだけれども、他の先進国のように、
官僚が国民に対しこれまで100年間良いと思ってやってきたことが間違っていたと、
一度として謝らないんですね。自然再生法案を本気で動かしていくというなら、いっぺんは国民に謝って欲しい。
100年間何をしてきたかということをちゃんと検証した上で、市民やNGO・NPO、市町村、県知事がみんなで「都市計画」として、
県議会にマスタープランをかけて決めていく。市民が気に入らなければ議員を変えられるんです。
そういうシステムをつくっておかないと危ないと思うので、とりあえず先国会で、
与党の自然再生推進法案が通りそうになったときストップをかけて、
対抗法案を野党の方からつくってもらうようにしました。
しかし、野党が反対しても、現実は次の国会で必ず自然再生推進法案が出てきます。
それで私はまだもうちょっと亀井さんに、わあわあ言って、
自然再生法案をより良いものにするための努力をしなければならないと思っていますが、
是非、いろんな意味でこの本を読んでいただきたいと思います。
ここには日本人がこれからやっていける智恵を、私なりに書いています。
池川町もそうですし、例えば、滋賀県の新旭町では、町長が積極的にみんなに「自然再生コミュニティ」を作ろうと言って、
海外に勉強しに行ったりしています。2、3日前のニュースでまだ書面は見てないんですけれども、
宮城県の浅野知事が自然再生コミュニティづくりのための条例を作ったという風に聞いています。

 高知県では橋本知事も木質バイオマスについてすごく勉強していらっしゃいますし、
たぶん、西日本科学技術研究所があるからだと思うんですけれども、近自然については道路にしても河川についても、
様々な取り組みがされています。私はこの本に4人の知事のことを書いてます。一人は、田中康夫さんで、
後の3人は岩手県の増田知事、和歌山県の木村知事、そしてもう1人は私が日本で一番注目している、鳥取県の片山知事です。
片山さん、増田さん、木村さんを私は「新御三家」と呼んでいます。
旧御三家は、高知県の橋本さん、三重県の北川さん、宮城県の浅野さんです。
新御三家が元気になってくれたんで、旧御三家もリバイバルするような感じがしてきました。
多分、橋本知事も発憤して、なんかやられるんじゃないかなと期待しております。最後にこの本の後に書いてある文を読ませてください。

 「公共事業は、できるだけ小さく、そして誰でもが取り組めるものが理想です。
自分のまわりの自然を食いつぶしながら生きてきた従来型ではないものがいま日本国民の求めているものでしょう。
“小さな芽”はこんなにたくさんめばえてきています。」


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