07 2007年2月17日  講演リストへ


三次地方森林組合 講演

「“林業再生”最後の挑戦」


天野 京都府生まれとご紹介いただきましたけれども、昭和28年に京都市の北山杉のふるさとである鷹峯という所に生まれました。今、53歳です。京都市の一番北の、明治時代にできた小学校に通っておりまして、その後、街中の同志社中学、同志社高校、同志社大学を卒業いたしました。大学の1年生の時、19歳の時に釣りが好きになりまして、大学時代は100日ぐらい、釣りをしておりました。現在は60日ぐらいしかしておりませんけれども、それでもサラリーマンの人に「60日ぐらいしか行けていない」と言うと怒られます(笑)。

 最近、私は林業について発言を始めました。2000年ぐらいから、7年ぐらい前から林業のことをいろいろと書き始めて、今日お持ちしたこの「“林業再生”最後の挑戦」というのは、去年の11月に出しました。今年の22日には、林野庁の林政審議会の委員になりました。

 今日は、林野庁の一番新しい政策と、今、日本の林業が「ピンチとチャンスを同時に迎えている」というお話を、皆さんの元に届けたいと思ってやってまいりました。皆さんの手元にこういう記事があると思うんですけれども、これは全国森林組合連合会というところが出している「森林組合」という広報誌です。そこに私が4ページの連載をしておりまして、この三次地方森林組合のことも書こうと思って、講演に呼ばれましたのをきっかけに取材を兼ねてやってきたということであります。

 私は先ほど紹介がありましたように、川釣りとか湖で釣ったりとか海釣りとか、釣りが好きで、この広島県では一番好きな川が西城川です。30代の頃は西城川によくアユ釣りに来まして、江(ごう)の川にも来ました。「西城川よりもこの江の川のほうが大きいのが釣れるんだよ」と。「でも水質は西城川のほうがいいね」というようなことで、どちらの川でも釣りをしたことがあります。西城川が飽きたら江の川に行くとか、そういうようなことでよく知っている川です。

 実はこの流域には私の“お友達”の政治家が1人おられまして、その人のあだ名は“どんかめ”というのです。皆さん、ご存じですか(笑)。この間、その亀井さんが45分、代表質問をしましたね。安倍総理には5分もしゃべらせなかったですね。ほとんど40分、独壇場で演説をしておられました。その時におっしゃったことは、「公共事業は、大きなゼネコンに任せて中央で決めるのではなくて、地方で決めるということをしないとだめなんだよ」ということでした。彼はそのことを言う資格がある、ある法律を作ったことがあるからです。今日は林業のお話の前に、ちょっとそのことをお話しします。

 私は先ほども司会者が説明をなさいましたように、日本の真ん中にある長良川という天皇様の鵜飼いが行われている川に河口ダムができようとした時、1988年、昭和63年に反対運動を始めました。その運動が大変大きかったので、その河口堰というダムは1995年に造られてしまったんですけれども、そのあと1997年に河川法というのが変えられることになったのです。

 どういうふうに変えたかというと、「環境を重視する」、それから「住民対話」、「住民の意見をよく聞いてやりましょう」ということを河川法の中に入れるという法律を作った。それを作った人が、亀井静香建設大臣だったのです。亀井さんが1997年にご自分が建設大臣になられた時に一番になさったことは、自分のお母さんがまだ住んでいる家が沈むことになっていたダム計画を止めたことです。ダムというものが川を殺してしまうということをよく知っておられたんでしょう。それで河川法にそういう二文字、「環境重視」と「住民対話」というものを入れた。

 その時に私は、菅直人さんとも友達なので、河川法が変えられるんだったら自民党よりももっといい法律を作ろうということで、法政大学の五十嵐敬喜さんという教授と私とで菅さんのところに行って、亀井建設大臣が作っている河川法の対抗法案、それに対抗する法案を作ったんです。でも民主党と共産党だけの賛成ですからそれでは勝てなくて、亀井さんが作った法律が通った。

 その河川法を審議しているある日、衆議院の建設委員会の席に亀井建設大臣が来ていた。菅直人と亀井大臣が論争していました。そして終わりました。そうしたら、大臣がつかつかと傍聴席にいた私のところにやってきた。「あんたかね、大阪から新幹線に乗っていろいろとうるさいことを言いに来てくれている人は。うちの官僚はあなたがうるさいと言っているけれども、私はあなたのことをありがたいと思っている。あんたがいたから河川法はもうちょっとこういうふうにしたほうがいいということになったので、自民党も頑張ってこの法律をより良いものにしようと思い、いい法律になった。私はあなたに感謝しているし、みんなにも感謝しろと言っているんだよ」と言ったんです。

 その後、亀井さんの法律は通りました。そうしたら亀井さんが、法律が通ったお祝いに全国12のダム計画をやめちゃったんです。500ぐらいあるダムの計画のうち、12を亀井さんはやめちゃった。それで私は亀井大臣にファクスを送りました。「偉い」と。「河川法を変えただけでも偉いのに、お祝いと称して12ものダム計画を止めて、あんたは偉い男だ」と書いたのです。「ついては、ご馳走したい」と。そうすると大臣官房からすぐに電話が掛かってきて、「亀井大臣が男は女におごられるものではないと言っている」と。「つきましてはホテルニューオータニというところにトゥールダルジャンというフランスの鴨料理の店があるのでそこにいらしてください」ということで招待されて、私は行きました。

 そうしたら何と、あの亀井さんは飲めないんですね。飲めないんですけれども、私にワインをついでくれてこう言ったんですね。「天野さん、政治家の仕事は何だと思いますか。それは官僚たちがその事業を止めることができない時に、止めてやること。官僚は自分たちが敷いてきたレールしか走れない、違うことはできないのです。それを、止めてやる、変えてやるのが政治家だというふうに私は思っているんだよ」と。「すごい、こいつは男だ」というふうに思いまして、それから亀井さんは、私がこういう本を出したりするときに「出版パーティをやりますよ」と言うと、やってきてくれたり、亀井さんは皆さんもご存じと思うけれども、「あの顔で」と言ったら叱られるけれど、油絵を描かれるんですね、それもとっても美しい油絵。その油絵の展覧会をなさる時には私がお花を差し上げたりして、そういう妙な“お友達”なのです。

 去年は8月にうちの電話が鳴って、「亀井ですけど」と言うんですね。「何ですか、先生」と言うと「いや、久しぶりにご飯、食べないか」とおっしゃるですね。「先生、何か頼みたいのはわかっていますよ、ご飯を食べるというのは口実でしょ。何か私に言いたいことがあるんじゃないですか」と言ったら、「あなたを、日本で一番有名な選挙区から国民新党で出したい、お金は全部、国民新党で出すから」と。それで私は「どこですか」って聞いたら「東京」と。参議院の東京選挙区だというふうにおっしゃったのですが、丁重にお断りしました(笑)。そんなような“どんかめ”さんのふるさとに、今日は話をしに来たというわけです。

 皆さん、実はこの「“林業再生”最後の挑戦」というのはどういうことかというと、皆さんのお父さんやおじいさんが戦後、一生懸命木を植えました。子どもたちが大きくなったら、結婚するときにこの木を売って、嫁入り道具を買ってやろうと思って、一生懸命スギやヒノキを植えたんです。だけど、それが今1本いくらですか。

 日本中にたくさんの木がありますね。日本は森林率が67%といって、世界有数なのです。先進国の中でこんなに森林率を誇っている国はないのですけれども、その国が日本着の外材の値段と比べると、スギの値段が世界で一番安いのです。そうして日本中の木材が商われている金額と、キノコ、エノキとかエリンギとか売っていますよね、シイタケとか。それらの総額が同じだって知っていますか。キノコはキノコ汁とか鍋にするぐらいですよね。そのキノコの全国の売り上げとスギやヒノキの売り上げが一緒だっていうのは情けないと思いませんか。これはいかに木が安いかということですよね。戦後、まだ物価がそんなに高くなかった時期の木の値段よりも、今の木の値段のほうがずっと安いんですよ。これはどう考えたっておかしいですよね。皆さんのお父さん、おじいさんが、「そんなところまで植えなくてもいいのに」というところの広葉樹林まで伐ってしまって針葉樹のスギやヒノキを植えてきた。それなのに、売れなくなっていた。

 これはどういうことかというと、そういうことをやらせた国の政策が、「その時は正しいと思ったけれども間違っていた」ということなんですね。ここが亀井さんの言った、「政治家が止めなければ、役人には誤りを直せない」という要素なのです。要するに官僚というのはいったん決めたら、決めたようにしかやらない、できないのです。

 だから、林野庁の38千億円もの赤字はなぜできたかというと、林野庁は、戦後都市の復興のために木がすごく高かった時代にほかの省庁に木の儲けをやるまいとして(笑)、それは冗談ですが、独立採算制にしたのです。で、その後、外材がどんどん入ってきて、その外材が安くて日本の材は高いままだったものですから、みんな日本の材を買わなくなってきた。そしてその結果として林野庁も赤字になるし、皆さんの山も木を伐り出すことができなくなっていたわけです。そういったところに今日は、「日本の林業に“ピンチ”と“チャンス”が同時に来ている」という話なのです。

 まず、ピンチとは何か。さっき言ったように、日本着の外材と比べると、スギの値段が世界で一番安くなってしまっているという、これはピンチですね。ピンチなんですけれども、実はそれは木を買うほうから見るとチャンスなのです。

 今、日本で使われている木は8割が外国材で、2割が日本の材だと言われています。外材がたくさん使われるようになったのは、ロン・ヤス会議、すなわちレーガンさんと中曽根さんが「日米林産モス協議」というのをやって、為替を操作したからです。そうしてその時代に外材が安く入ってくるようになったので、今のように8割が外材、2割が国産材というふうになってしまったのです。どんどん外材が安く入ってくる、その間、日本の材はしばらく高値を続けていたのです。高値を続けていたから大手のハウスメーカーが「高い日本材は買いません」と言って買わなくなって、そうしたら今度、買ってもらえないものですからどんどん値段が安くなっていったわけです。だから昔外材が入った当時は、「外材は敵だ」とか言われたのですけれども、それは安かったからなのです。

 ところが今は、ご存じのように石油に限りがあることがわかっております。そして近頃どんどん石油の値段が上がっています。ですから外国から来る船舶の船賃は高くなってきていて、今までの日本のように自由に世界中からいくらでも、日本で使っている材の8割も外国から入れるというふうなことができなくなってきているのです。

 一方、中国はどんどんお金持ちになっているものですから、みんなが家を作りたい。そして実はコンクリートの家よりも木の家を作るほうがステータスなのです。要するにいい生活だということを誇るためには、コンクリートのちゃちな家ではなくて、木の家のほうが上等なんだということで、みんな木の家を作りたがっているのです。それはなぜかというと、自分のところにもう木がなくなってしまったからでしょう。木に対する憧れがものすごく強い。だから日本が今までのように自由に、世界中から木をたくさん入れようとしても、中国が全部押さえてしまっているので、世界中で木の値段が値上がりしていて、日本は今までのように安いお金で外材は買えなくなっているのです。

 ということはどういうことか。日本中のハウスメーカーがこれからは「日本の木を使う」という時代がきているのです。これがチャンス。日本の木を使うチャンスが来ているということです。

 そしてもう一つのチャンスは、戦後皆さんのおじいさんやお父さんが植えたあの木が、45年生ぐらいの使い頃になってきているのです。そういうふうな時代がきている。すなわち皆さんはこれまで、木は安くて安くて、自分の代にはとても山から木なんか出せないというふうに思っていたかもしれないけれども、そうではない時代が、今、来ているということが、今日私がお話をしに来た使命なのです。

 資料の中にこういうページがあると思うのですが見てください。「森林組合のあるべき姿」、「日吉町森林組合の皆さんと湯浅参事」という連載があるでしょう?その2枚目を見てください。「森林所有者に提示する日吉の森施業プラン」というのがあります。これが、皆さんが今日の午前中にやったことなんですよ。この日吉町森林組合というのが、森林所有者の取りまとめということを日本で一番上手にやっている組合です。

 また、この本を見てください。表紙に「“林業再生”最後の挑戦」と書かれていて、黄色い字で「『新生産システム』で未来を拓く」と書いてあります。「新生産システム」というのは林野庁が去年作った予算です。新しい生産のシステムを日本全国で作ろうというものです。それに林野庁が取り組んでいて、各県にその予算が下りてきています。その「新生産システム」というのは、二つの取り組みです。

 一つは皆さんが今日の午前中にやったことと同じことなのですけれども、今日ここに来ている人は全部小さな森林所有者ですね。ものすごく大きな、王子製紙や住友林業のような山を持っている人は、ここには来ていませんよね。日本というのは皆さんのように中規模だったり小規模だったりする、山元に住んでいて農業をやりながら、昔は林業もやっていたのだけれど、林業では儲からないし、もう山に手を入れることも諦めてしまっていて、自分の裏山は手入れもしていないし、下草ももう生えないくらい暗くなってしまっていて、光も当たらないし、お金があったら間伐してやりたいけれども、これだけ木が安かったら間伐もできないよね、ということで皆さん、諦めていらっしゃる方が大半と思います。

 その場所で、林野庁はどういうことをやろうとしているかというと、先ほども言ったように、日本林業にチャンスが来ているからといっても、山の木を皆さんが伐ろうとしたら、一人一人で伐ろうとしたって大変ですし、それから材を伐ろうとしても運び出すような道もないですよね。それを林野庁はこういうふうに考えたのです。「小規模森林所有者をまとめて森を団地化しよう」。要するに「たくさんの人が一緒に仕事をしましょう」ということで、「あなたとあなたとあなたの山をみんなまとめて一つの団地みたいにして、その団地に森林組合がちゃんと作業道を付けていって仕事をしましょう」と。「そしてそのすべての仕事は森林組合が任されてやるのですよ」と。これを皆さんのところは始めているんですね。そして皆さんのところは今、林野庁がやることのもう一つ先をやろうとしているという話をこのあと、します。

 まず、林野庁のことを先に言ってしまいますと、林野庁はそういうふうに皆さんのような小規模な森林所有者を取りまとめることが、山の仕事をしやすくするのだということに気が付いたのです。それで「小規模森林所有者の取りまとめ」というのが「新生産システム」の一つの柱です。それが先ほど参事が「広島県でもメニューを出していて、“低コスト林業”という予算が付いていますよ」というふうにおっしゃっていましたね、あれです。広島県でも国は「新生産システム」というメニューを県にあげているのです。それをもらった県は皆さんのところに、森林組合にお金がいくようにまた予算を組んで、その予算の名前が「低コスト林業」。「低コスト」というのは安く仕事をするということですね。

 安く仕事をするにはどうすればいいか。それは森を持っている一人一人の人が別々に考えて行動するのではなくて、みんなで同じ方向に向けてなるべく安く材を出す道ができるように、狭い、このような道です、この「“林業再生”最後の挑戦」という本の表紙のように、法(のり)面、道路の法面ってわかりますよね、道路の横にある壁の高さ、それが大体1.5メートルぐらいまでの、そして幅が3メートルぐらいまでの作業道を、森の中に網の目のように付けるんです。

 このように、「新生産」の一つ目の核が、「小規模森林所有者の取りまとめ」。皆さんの所有を取りまとめて森林組合が任せられるということ。そしてもう一つの核が、森の中にこういう作業しやすい道を網の目のように付けるということです。

 昔の林業のことを知っている男性だったらわかると思いますけれども、昔、山の仕事をしようと思ったらずっと山の上まで歩いて行って、ちょっと仕事をして、一日がかりで帰ってくるという大変な作業だったですよね。だけれども、こういうふうな道を付けていると山の上まで30分で行けるわけですね。そして今は、林業の機械も大変安くて性能がいいものがでるようになりました。ですから一つの機械が、玉切りといって1本の木をポンポンポンポンというふうに切る、一つの機械でそんな作業をやるだけではなくて、同じ機械で枝払いもできるのです。木は、立っているのをまず倒して、そしてそれを横にして、枝を払って、そのあとで玉切りするでしょう?これが林業ですよね。これを昔は何時間もかけてやっていたわけです。今は木を倒すのも機械でできる。そして枝を払うのも機械でできる、そして玉切りするのも1台の機械でできる。その機械が2千万ぐらいで買えるんです。ここの組合はまだ持っていません。県から借りて使っています。でもこの組合はこれから豊かになるんです、皆さんと一緒に。だから今は機械をいっぱいは持っていないけれども、そういう機械ができている。これからもっと小型化し、安くなる。

 そうすると仕事が早くできるから、ますますコストが安くなって、製材の値段が安くなって、市場に安く出せるようになるのです。市場に安く出せると、皆さん、そんなことよくないんじゃないかと思うでしょう?違うのです。安くなると、今まで外材を買っていた大手のハウスメーカーが買いやすくなる。そして、そういうふうに道が付いていたり、機械があったりするので、安く出してもそんなに損はしなくて、皆さんのところ、すなわち山元にお金がたくさん残るようになるのです。そうやって集約化して、森を団地化する、そしてそこに道を入れる、そういったことをみんなでまとめてやっていくと、そこの部分のコストが、全部皆さんの手元に残るようになっていくのです。

 だからさっき参事が言ったでしょう?「儲かる林業」って。今まで皆さん、何十年と、林業が儲かるなんて考えたことなかったでしょう?でもこれからは林業が儲かるようになるのです。なぜだと思いますか。それはこうやって団地化して道を付けて間伐をするでしょう?今まで仏さんにあげる線香のようになって、真っ暗だった元気のない森が、これで間伐してやることができるわけです。

 間伐すると木は太くなるんです。みるみる太くなっていくのが皆さんにわかるようになるのです。あなたの森が、間伐ができていなくて日があまり差さないでいるのを、間伐しますね。そうすると光が当たるようになりますね。そうすると今までほとんど育たないと思っていたものがどんどん太っていくわけです。今、皆さんのところの木は35年生から40年生ぐらいです。この35年生から大体60年生ぐらいまでが木の伸び盛りです。ということは皆さんの森はこれからどんどん太っていって、儲かる林業ができるということなんですね。

 今度は24ページを見てください。右下におじさんと若い男が一緒に写っているページを見つけてください。この説明をしましょう。24ページの右下の写真を見てください。そこに書いてある説明を読みますね。「森の番人である梅津さん(左・68歳)から知恵を引き継ごうとしているIターンの武本さん(25歳)。2人が一緒に調査をして所有者の名札を付けた」。これは今、皆さんの森で三次地方森林組合がやろうとしていることと同じことです。このおじさんは昔からこの地域の森のことをよく知っているおじさんです。このおじさんをこの若い人たちが11万円で雇っています。

 このおじいさんは何をしているかというと、皆さんの森がありますよね、もう隣の人との区域がわからなくなっているでしょう?もう長いこと山へ行っていないけど、そういうふうなところにこの若い人が、この若い人たちは「ウッドピア」という第3セクターを作っている元森林組合の人たちなんですけれども、この若い人は都会から来た人なんです。林業を今まで1回もやったことのなかった人なのです。その今まで林業をやったことのない人がこのおじさんに連れられて、隣の人との境界調べをやっているのです。

 皆さんのようなところにこの若い人が、68歳の人に連れられて行って、皆さんよりももっと年寄りのおじいさんとおばあさんのところに行くんですよ。「おじいさん、おばあさん、隣の人との境界がどこにあるか知っていますか」「いや、もう長いこと行っていないから知らんわね」。「山に手入れをしていますか」「いや、そんな手入れなんかしとらんよ」「じゃあ、おじいさんとおばあさん、死ぬまでに木を売りたいと思いませんか、あるいは隣の人との境をちゃんとはっきりさせてからあの世に行こうと思いませんか。息子さんたちの代になったらもう隣の人との境はわからないでしょう?それをなんとか私たちが調べましょうか。実は国と県からお金が出て、そういうことを調べたりすることができるようになったんですよ」とおじいさんとおばあさんに言った。おじいさんとおばあさんは「そうだねえ、私たちの都会に出てしまっている息子たちは森のことも知らないし、私たちが死んでしまったらもうわからなくなるのではないかと思って、実は心配だったんだけれども、国や県からそんなお金が来るんだったら、あんたたちがやってくれるんだったら、ぜひやってもらおうかね」とその若い人に言ったわけです。

 若い人1人で行ったら、おじいさん、おばあさんもだまされるかもしれないじゃないですか。振り込み詐欺とかいろいろあるから心配なんだけど、その地域にいて信頼できる、森のことをよく知っているおじさんが一緒に歩いているわけですから、おじいさん、おばあさんは、この梅津さんが来ているんだったらこの若いやつの話に乗っても大丈夫だなと思うんです。「じゃあ、これをやりたいと思ったらここにサインをしてください。このサインをしてくれたら私たちウッドピアが県からお金をもらってそれでできるんですよ、何の負担もなくできるんですよ」。そうしたらみんな「ああ、そうかね、それはありがたいわね」と言ってサインをしてくれて、隣の人との境界がわかりました。

 その境界がわかったら、おじいさん、おばあさんのところにまた行って、「こんなふうにわかりましたよ、あなたの山にはスギが何本、ヒノキが何本、そのうちのスギは大体何年生が何割で何年生が何割でした」と言うんですね。それで「これをどうしますか。これを今売ると、林野庁がいろいろなメニューを出していて、ハウスメーカーたちが買いたがっているので、今、石油が上がっているので、外材を買うよりも国内産を買うほうが安いのでハウスメーカーたちが買いたがっていて、売れますよ」と。「そうかね、じゃあ2人の葬式代ぐらいにはなる?」「葬式代よりももうちょっと出ると思いますよ」と言うと、大概の人が「それじゃあいいわね、私たちは死ぬまでに一遍でいいから木が売れるなんていうことを体験してみたかったけども、それはいいわね」と言ってみんなサインをするんですね。それで本当に30万とか50万とか手にしているというのが、今、全国で流行り始めていることなのです。

 その全国で流行り始めているもののまだ最先端を行こうとしているのが、実は皆さんの三次地方森林組合なのです。次はその話をしましょう。

 今度は皆さんの資料の一番後ろ。一番最後のページにこんなものがあるので見てください。これは農林中央金庫というところから出している雑誌をコピーしたものです。真ん中に「特集」とありまして、今、私が読みますから、めがねを持っていない人は字を追ってくださいね。「農林中央金庫は創立80周年を記念して、森林の再生を通じた社会貢献活動として平成173月に公益信託農林中金80周年森林再生基金を設立した。森林の荒廃が進み、温暖化防止の森林の持つ多面的機能が発揮できない状況を踏まえ、再生基金を活用して荒廃した民有林を再生する事業や活動に対して、4組合の事業が助成の対象として選定された。信託財産10億円。期間は10年程度である。1年当たり1億円程度を助成する。今年度は雄勝広域森林組合、加子母森林組合、三次地方森林組合、新居森林組合の4森林組合が助成対象先となった。4組合の現状や再生基金を活用して行う事業などを取材した」ということです。

 では、左側の、三次森林組合というのを読んでみましょう。記事を読みますよ。「管内には20年から35年前に植林をしたまま手入れ不足で荒れ果てている人工林が、1500ヘクタール近くある。これを再生させようと今年度から森林組合型経営信託モデル事業を始めた。荒廃した森林を対象に森林経営信託としては全国初めての試みで」と、ある。ここがすごいんですよ、皆さん。「初年度は農林中金が創立した森林再生基金の助成を受ける。不在村の森林所有者である組合員と70年間の長期信託契約を結び、その間は組合が所有者となって森林を経営、間伐収益などを上げ、将来は経営者に配当するという事業だ」。ここには書いていないですけれども申し添えますと、このときに、絶対に皆さん、損しないのです。なぜかというと先ほど私が言ったでしょう?皆さんの木は、今、30年とか35年かもしれないけれども、これからどんどん太るんです。木はどんどんやせるということがないでしょう?どんどん太るということは皆さんの木は材価が高くなるということなんですね。

 その次を読みます。「広大な公社などが植林、保育をした樹木を山林地主と共有する分収林契約は木材の安値で利益が出ないといった事情もあって、組合による経営信託事業が考え出された。『山の荒廃を防ぐには金がいるからと何もしないでいると、将来も金を生まない。経費をあまりかけずにうまく管理し、人間に役立つ山にして次世代に引き継いでいきたい。山はきれいになれば地球環境が守れる。産廃投棄なども減るのではないか。そう考えて信託事業の検討を重ねた』と渡辺昭二組合長は熱を込めた。『放置すれば育たずに枯れてしまう木も、経営信託なら100年と決めた伐期まで育ててから伐り出せる。だから木材価格が今の水準と仮定すれば相当の利益が見込めるし、それまでにも間伐材による収益が上がる』などと採算性見通しの重視も上げた。『売れる山づくりへコストダウンも追求。売れる可能性のある森林を作る。端的に言えば立木の本数を減らして太らせる』と、同組合企画営業課の新見係長は具体的な事業内容を解説。『伐り出す木の体積が2倍に太ればコストは半分になる。作業道などの整備と高性能の機械とを組み合わせればさらに安く搬出できる』とコストダウンを強調した。

また平成16年に導入した地理情報管理システムGISに森林情報を蓄積していけば、計画搬出もできるようになるという。これまではどこにどんな木材があるのか、在庫情報の持ち合わせがなかった。このためいくらで売れるか見当もつかない市場へ丸投げの出荷をしていた。今後は情報を基に安定供給を図り、製材業者やボードメーカーなどとの直接取引を目指す。そうなれば市場経理の手数料や運賃も除かれ、安い輸入材との競争も可能となる。日本の風土に合った国産材の価値が見直されている中で、さらに競争力を着けるための対策を推進するとのことだ。

間伐は10年間隔を想定し、研究機関などの指導を受け、将来のある木を残して間引いていく方法、定量間伐を取っていく。このやり方では10年後の間伐は金にならないかもしれないが、20年後には市場性のある木が伐り出せると言われ、配当が期待される。

 さらに事業計画を見ると、施業団地118ヘクタール余りを設定して経営する。育成樹種はスギ、ヒノキ、マツ、そのほか広葉樹。所有者負担ゼロで保育事業を実施するなどとなっている。次年度以降も団地を増やしていく。スケジュールは契約条項を決定し、6月には不在地主約570人に案内通知を送り、同月末から座談会を開き、契約手続きをし、夏には境界確認、現地調査を行い、9月には保育作業に入るなどする。管内の民有林は約5万1千ヘクタール、組合員約7千人、職員は19人、作業員44人」と書いてあります。

 全国にたくさん森林組合がある中で、たった四つしか選ばれないものの一つに皆さんの組合の事業が選ばれた理由は、先ほども読み上げましたように、「日本で初めての長期信託契約」ということが農林中金のお気に召したわけです。すなわちどういうことかというと、皆さんの組合は“日本で一番賢い組合”であるということなのです。今、笑ったでしょう?そんなことはないと言って笑っているんですね(笑)。今までは“日本一”じゃなかったんですけれども、これからは農林中金のお金を1年間もらって、日本で初めての、日本最先端の実験をやる組合が、皆さんの組合なんですね。皆さんがやるわけです。だからこういうことをやっていくんだということを、今日来ていらっしゃる方はどちらかというと高齢者の方が多いんですけれども、ぜひ若い人にそういうことを話してほしいのです。

そのために私のこの本を買えと言っているのではないですよ。それは買って帰ればいいですけれどもそうではなくて、無料のこの資料を持って帰って、都会に出ている息子さんたちが今度帰ってきたら、「自分が死ぬ前におまえに言っておきたいことがある」と。「うちは組合と一緒に日本で初のすごいことをやることにしたからね」と。「最初の10年は伐り出す木が細いからそんなに儲からないかもしれないけれども、自分が死んだあと、20年、30年となると今度は儲かるようになってくるんだからね」と、「最初の10年で文句を言ってはいけないよ」ということもちゃんと言っておいてくれないとだめなんですよ(笑)、皆さん、あの世に行くまでに。そういうことを実は皆さんに、息子さんに言ってもらうために、私は自分の資料を組合とこうやってコピーしているわけです。

今日、私の連載の3種類を選びましたのは、このようにさっきのおじさんの協力で若い人が、Iターンでもこれからは林業ができるんです。なぜIターンで林業ができるのかというと、さっき言いましたように、道が付いている、機械で林業ができる。だから素人でも林業ができる時代なのです。だから、今大学生のお孫さんがいたら、このことを言うんです。「お父さんは都会でサラリーマンになってしまっているけれども、おまえは田舎に帰ってこい」と。そして「森林組合に入れ」と。あるいは「三次町の町行政に入ってこの地域に帰って来い」と。「そうしたら山が儲かって、おまえの時代にはおまえが金持ちになれるんだよ」というふうに言ってあげてほしいのです。そしてまた、「おまえ自身が帰ってきて山の仕事をすれば、実は昔は山の仕事って大変だったのだけれども、今は誰でも山の仕事はできる。誰でもできる山の仕事に、これからはなっていくんだよ」、と。そういうことをお孫さんに言ったら、お孫さんがあなたのうちに帰ってきますよ。「山の仕事は簡単ですよ」と。昔だったら、12万ぐらいお金をもらって大変な山奥のスギの山から伐り出してくるというふうな名人芸みたいなものだったのだけれども、そうではなくて、だれでも機械を使えばできるんだというようなことなのです。

 昨日私が見たのは、県がこの大きな林業機械を、今、この組合に貸してくれているところでした。その貸してくれている県の機械を使っている人、昨日、使い始めて2日目でしたよ。2日目なんだけれど、もう普通にホイホイホイホイとやっているんです。「これ、前からやっているの」と言うと、「いや、今回、この機械触るの、初めてです。昨日から2日目です」と言うのです。それでももうやれるのです。その人はその前は大型トラックに乗っていたんです。夜に走っていたんだけど、今度結婚するので、もう夜の商売はやめて昼の商売をやりたい、のんびりふるさとに帰ってきたいと。お父さんは森林組合の参事だった人だから「俺も林業をやるか」と思って帰ってきた。そうしたら今すごく楽しいと言うんですね。定時から定時しか働かなくていいし、そして土日は必ず休みがあるし、もう楽しくてたまらないと言っていました。毎日おかずのメニューが冷凍食品なのがちょっとつまらないかなというぐらいで(笑)、ほかに悩みがないんだと言うんですよね。そんなように「林業が楽しい時代」になってきたということを、私はぜひ皆さんの口から若い人たちに言ってもらいたいと思うのです。

 今日は、カナダの話もしようと思ってスライドを持ってきました。それではそのスライドをみんなで見ましょう。少し電気を暗くします。

 世界中でこれから木材が高くなるという話をします。それも皆さん、信じられないと思いますけれども。

 これはカナダです。このトラックは100トントラックです。日本では100トントラックはないですよね。それからこれは100トントラック林道です。この写真は私が撮りました。私はここへ行くのに4WDの車で行ったのです。そうしたら、その借りた4WDの車に無線が付いている、このトラックからの無線なんです。「今、自分がここを通るからちっちゃい車はちょろちょろしないで脇のほうへどきなさい、何かあっても知りませんよ」という無線です。とにかく100トントラックがドーンと行けば、普通の乗用車なんか跳ね飛ばされる。だから普通の乗用車はどいてくださいというような100トントラックと100トン林道です。カナダではおよそ60年前から世界中に、大量に、このようなトラックと道路で木を輸出してきたんです。そのカナダで、もうこういうようなことが今後はできなくなっていくという話をします。

 ビクトリア大学というところにトム・ライムヘンさんという私と同じ歳の教授がいます。この人が持っているこの金属の棒とブルーのこれ。木に金の棒をギューッと入れているのです。そしてあの青いところがクル、クルと回るようになっているのです。で、このクルクルを回すとこの棒がズイ、ズイと入っていくのです。そしてこの木の年輪のサンプルを取っています。

 これがあの取った年輪です。年輪の11本の幅を見てください。これ随分細いんですよ。こっちは太いんですよ。皆さん、年輪というぐらいですから1年ですよね、1年にこの木はこれだけ太っている。この木はこんなに細くて。これが実は同じ川の流域の同じ年代の木なんです。この差は何かという話をこれからするんです。

 カナダではおよそ60年間かそれ以上、大きな100トントラック、100トン林道でたくさんの木が山からどんどん伐り出されてきました。そうしたらどうなるのか。山は丸裸になって、裸になった山からは雨のたびにどんどん土砂が流れ込んできて川が埋まってしまって、川が真っ平らになってしまった。教授は、川が真っ平らになってしまったことを自分は直したいと思った。そのときにサケと森とクマの関係を利用しようと思いました。

 これは、クマが食べ散らかしたサケが森に散らばっているという写真です。皆さん、クマは年間の食べ物のうち4分の3を、冬眠の前のおよそ40日間だけで食べるのを知っていますか。サケは世界中を回ってきて4年目に帰ってきますよね。自分が生まれた川から親を知らずに旅立って、4年間世界中を旅してきて、産卵して自分が死ぬためにふるさとの川に帰ってくるんですね。そのサケが帰ってくるのは、全カナダで40日間。その40日間にいろいろなサケが海から川へさかのぼってきて、川から森へ入っていくんですけれども、そのときにクマは年間の4分の3の食べ物を食べる。それは全部サケなんです。1頭のクマがおよそ700匹のサケを40日間に食べるのです。ということは1日に17匹ぐらいを40日間、捕って食べないと冬眠できないということではないでしょうか。1頭のクマが冬眠の前に700匹のサケを食べて、そして冬眠をします。それは冬眠の間の熱料だから、40日間に年間の4分の3の食料をクマは食べるんですね。

 そのクマが、食べるときにどうするかというと、クマというのはテリトリーを持っていて隣のクマとなるべく戦争をしないようにいつもは離れて住んでいるのです。ところが1本の川にたくさんのサケが上がってくると、みんなが一斉に川に出て来て食べますよね。1日に17匹、捕らなければ冬に生きてゆけないから必死に捕りますよね。もしもそのときに隣のクマと戦争になったら、こうやってクマは歩くわけでしょう?サケは口で捕るんでしょう?ガオーッと隣のクマに向かって言ってたら魚を落としてしまうではないですか。隣のクマが気に食わないからといって立ち上がったら魚が落ちちゃうわけでしょう?叫んでも魚が落ちちゃう。だから捕ったら黙って森の中へ入って行って、食べるのです。森の中でおいしい栄養価の高いところだけを急いで食べる。おいしいところというのはどういうところか。ここです。脳髄と腹とか白子、精子ですよね。アユだってそうですよね、おいしいところはそこですよね。そういうふうにいいとこだけ食べる。

 そしてそのあと、しょうもないところは捨てるんですよ。その捨てたものはだんだん大きな動物から小さな動物がねらってきますよね。最初はキツネとかテンとかそういったものが食べて、そのあとはだんだん小さな動物が食べて、最後はウジ虫が骨まで全部分解して食べてしまうわけですよね。そうしたらそれが実は森の栄養になっていたという話なんです。

 さっきのトム・ライムヘンさんという教授は木の幹を取り出して、その木の幹の中に同位性元素というものが含まれていないかを調べた。同位性元素というのはどういうものかというと、地球上にある特定の、どんな形になっても成分が変わらない元素。それを調べた。その元素のうちの一つがN(窒素)15というものだった。その「N15」というものは、海にはたくさんあるけれども、川や山にはほとんどない同位性元素だった。それをその人は調べた。調べて研究に生かした。どういうことかというと、あっちに海がありますね。ここが森ですね。ダーッとサーモンが上がってきますよね。で、ここに滝がある。滝があるところの上と下で幹から年輪を採って比べてみました。さっきの11年の年輪が太いほうは滝までのところの木の年輪なのです。ということは、クマが捕ってきて食べ散らかしたものが、木の中にあったわけです。それが滝までですとたくさん含まれているので、11年の分の年輪が太いわけです。ということはどういうことがわかりましたか。それは「サケが森を作っていた」ということですね。

 そこで、カナダではこういうことが起こったのです。ある公共事業の法律ができたのです。

 この写真、皆さん、ある公共事業が川に行われた後なのです。どんな公共事業が行われたか言える人。だれか。どんな公共事業が行われたと思いますか、川にですよ。

組合員のおじさん 川に降りている木が、それぞれの自然の形でそのまま残っている。

天野 近いのだけれども、ちょっと違う。違うんだけれども大体考え方は当たっていますよ。

 二つの公共事業が、ここの現場に行われています。一つの公共事業はこれです。森にあった木が倒されて川に入れられています。何のためかわかりますか。この奥は森です。ずっと全部森ですよね。山の上から、60年間木が伐られ続けたので、山の土が流れてきて、全部この川を埋めてしまいました。今、ここに岩がありますけれども、これは2番目の公共事業で、ヘリコプターで置かれた岩なのです。木を切り倒してここに置く、ヘリコプターで岩を持ってきてここに置かなければ、ここは真っ平らな川だったのです。でも、ここに木をこうやって入れると、ここに瀬ができていますよね、瀬の下が垂水になって淵になっていますよね、川に変化ができているわけです。もう川が全部埋まってしまっていたから、こんなふうに砂場になってしまっていたから、岩がなかったのをヘリコプターで運んできたら、そのあとこのように苔が付いたんですよ。これを運んできたからここに岩がある、そうしたらまたここに瀬ができて、瀬の下が垂水になっていますよね。この岩の上は、瀬が岩に向かって当たっているわけです。こんなふうに川の中に変化ができる。

 何のためにか。はい。

組合員のおじさん 魚のため。

天野 そうです、今度は正解でした。同じおじさんが答えてくれました。こうして川に変化ができると、サケが喜んで上がってくるようになったのです。何でこんなことをするか。それは産卵するサーモンのためだけではないのです。森を生き返らせるための公共事業なのです。それで、この公共事業の名前は「切り株税」、木の切り株を伐り倒すごとに払う税金、すなわち「木材会社は木を伐ったら必ずお金を払いなさい。そのお金は森を再生する公共事業に使いますよ」ということなんですね。

 亀井静香さんは自民党を出て国民新党というのを作りましたけれども、今度は国民新党が民主党と一緒に政権交代をするのかどうか知りませんが、カナダでは政権交代が起こったんです。この「切り株税」を作った政党が政権交代をさせたのです。そのとき何でその政党に票が入ったのかということなんですけれども、カナダの人は三つ好きなものがあるのです。一つは森。二つ目はクマ、動物の王者。3番目はサケなんです。その勝ったほうの政党は、「私たちが古い政党をどけて政権を取ったら、自然に優しいことをすることを約束します」と言ったのです。そうしたらみんなが喜んで、カナダの人は自然が好きだから、じゃあ一遍あいつらに政権を取らせてみようかということになったのです。で、政権が取れた時に、その政党はこういう公共事業をやる「切り株税」というのを作ったわけです。そしてその公共事業が行われることによって、森が今、よみがえろうとしているのです。その公共事業は川だけに使われるのではなくて、間伐にも使われるし、いろいろなことがされているというのが、カナダの現状です。

 なぜこんなことがカナダでは起こるようになったか。それは世界中に木を輸出し過ぎて山がほとんど死んでいるようになったから、こういうふうな状況の防止策を作ろうというふうに言っているのです。で、実はアメリカでは1980年代ぐらいにもう自然保護運動がうるさくなって、あまり天然林が伐れなくなりました。そして今カナダではこういうふうな状況も生まれているので、これ以上は、先ほど参事が京都議定書という言葉を使っていたでしょう?地球温暖化で日本が「3.8%を約束します」と言っているような地球温暖化の問題から、こういった森林の大切さが言われるようになって、それぞれの国はよそまで行って伐りませんという時代になりました。地球温暖化を防ぐためにも、それぞれの国は自分のところの森をちゃんと整備します。そしてこうやって川をよみがえらせます。そして自然を直していくんですということをやるような時代になってきたので、もう世界から日本が木を集めてきて木の家を作るというような時代ではなくなってきているのです。

でもさっきの中国の例で言いましたように、みんな実は木の家に住むのが好きなものですから、日本人は特にね。ですから木の家がなくなるということはない、世界中で。中国が証明しているでしょう?山に木がない中国だから木の家を作りたがっている。そういうことが世界で起ころうとしているというのが、このスライドを見ていただいた理由でした。

 ではスライドでの話は終わります。「これからは世界中で木が一番大切になるという時代が21世紀にやってくる」という話だったんです。

 実は私は昨日から三次に来ておりますが、明日は山形県の金山町というところに行くのです。次は、その金山町の話をします。金山町というのは、明治11年に日本にやってきたイザベラ・バードさんというイギリスの学者が日本中を歩いて、「日本奥地紀行」という本を書いた時に褒めた町です。「何てすばらしい景観の町なんだろう」と。金山町というのは四方を山に囲まれた盆地で、大変雨が多いので、金山杉というすごく立派なスギが有名なところです。その地域の産業は林業で、金山杉というのはとてもきれいな山形杉とはいうけれども、秋田との県境ですから、売られる時は秋田杉なんですけどね。そこは盆地ですから、夏は暑くて大変雨が多いので、水蒸気が多い、湿気が多いところなんです。全く三次と一緒でしょう?三次の皆さんも半日ぐらい霧の中にじっといるようなところでしょう?皆さんのところは水蒸気が多いですよね。ですから金山町というのと似たような町なのです。

 山形というのは大体冬は4メートルぐらい雪が降るんです。で、金山町というのは昔から金山杉が有名なところで、金山杉で家を建てる大工さんが非常に多かった。その大工さんが、冬は4メートルもの雪で埋もれてしまっているから仕事にならないでしょう?だから東京オリンピックなんかで高度成長期に東京に出稼ぎに行っておりました。そうしたら東京で出稼ぎをしているときに建設現場で働いていると新建材があるということを知りました。それで「あ、これこれ、これはいいね、使いやすいや」と言って、金山大工は金山に戻ってきて、夏の間、一生懸命金山の家を新建材で作り替えたのです。

 そうしたら困ったことになりました。新建材というのは湿気に弱いのです。普通だったら家というのは50年、100年ともちますでしょう?皆さんのところのきれいな石州瓦とか漆喰、ああいう家というのは何百年ももつじゃないですか。ところが新建材の家は10年で腐り始めた。

 それで金山の人はびっくりしまして、新建材ってこんなに悪いのかということで、もう一度金山の町をイザベラ・バードさんが褒めてくれたあの100年前の町並みにしようということで、30年前に住宅コンクールというのを始めたのです。「金山町をもう一度、漆喰と金山杉の町に変えましょう」と。で、「住宅コンクールをしますよ、みんなそれに応募してください」と。「町は、家を直すのに500万円以上使う人には50万円の補助をします」ということを始めたのです。そして30年間の間にその補助金が使われた額は2億円。500万円の家の修理に50万円くれるんですよ。じゃあ、その50万円の総額が30年間で2億円になりました。果たしてどれだけのお金で家が建てられたと思いますか。そこの県会議員の先生、答えてみてください。500万円の家に50万円が出ます。その50万円の積み重ねが30年間で2億円です。この2億円を元にして、原資にしてどれだけの家が建てられたかという金額を言ってください。工事費の概算。

議員 7千億・・・。

天野 そんなには・・・。10%でしょう?皆さん。ヒントは10%ですよ。2億円の10%はいくら?20億でしょう?大体そんなものじゃないですか。500万円の家を作るのに、50万円というのでしょう?そうしたら2億円の10倍だったら20億しかないはずですよね。ところがここで使われたお金は82億円なんです。40倍以上になった。

 なぜか。それは金山の人たちがお金持ちだったからではないのです。みんなやっぱり昔のほうがいいね、町は住宅コンクールをやっているし、私らも早く私らの時代に、娘や孫のために家を建て替えておいてやろうかというふうに思った人たちが、一生懸命働いて、2億円を元にして、82億円の建設事業が生まれたんですね。

 私は、明日、金山町に3回目、行くんですけれども、金山の町は皆さんの町に似ているの。どこが似ているかというと、皆さんのところは石州瓦に漆喰壁でしょう?金山の町は漆喰壁に秋田杉なんですよ。瓦がいいのがないから。瓦は大したことない。でも、30年そういうことをやって町並みはものすごくそろっているんです。私は昨日からこっちに来て、「ああ、金山の町に似ているな、この町もあと一歩やれば金山になれるな」と思った。

 というのは金山は、その町中が金山杉と漆喰の家であふれていて、とってもきれいなんです。中学校も木造で新しく建てたんですよ、古いんじゃないんですよ、新しく木で建てたの。どっかの教会に似たようなああいうしょうもない役場と違うんです。ちゃんと昔ながらのことをやっているんですね。三次だって下水処理施設、なまこ壁で漆喰壁できれいでしょう?ああいうふうに昔のものをもう一度やろうとしているのが、金山町なんですけれども、金山町はとにかく徹底していて、もう新建材の家は1個もなくて、全部金山杉の家。助成金をもらうのに条件があるのです。「金山杉を使うこと」、「金山大工を使うこと」なんです。

 私は皆さんのところでも「住宅コンクール」をやらせたいわけ。そのときに私は何をしてもらいたいかというと、これから皆さんは山で儲けるんですよ。山で儲けたらそのお金で石州瓦の家、漆喰の壁。漆喰の壁は寒いという人もいるけど、そんなことはありませんよね、冬暖かく、そして夏は涼しいのが漆喰壁です。だけどもそれでも寒いと思ったら、外は漆喰壁なんだけれども壁の中は集成材にする。間伐材で集成材を作るんですよ、間伐材は皆さんのところでは30年とか35年生のやつを最初は間伐するから使い物にならないです、はっきり言って、小丸太ばかりです。小丸太は建材にはそのままではなりません。ですけれども集成材にはできるんです。

 だから今度、私と一緒に住宅コンクール、始めましょうよ。議員、県に言ってください。それをやるとどうなるかというと、外は昔ながらの漆喰壁で、内側も漆喰壁なんだけれども、その漆喰壁と漆喰壁の間にしっかりと“江の川材”の集成材が入っているという家を作るんです。そうするとまず、漆喰を使って家を建てる漆喰壁の職人がよみがえります。今、かろうじて漆喰壁を作る職人さんはいますけれども、どんどん高齢化していますよね。だけれども、皆さんが山で儲けたお金で家をちゃんと作ると、そういう漆喰壁の職人さんにも若い人が入ってくるわけです。石州瓦の職人さんも、今、どんどん老齢化して、機械で作っているからいいようなものの、それでも職人になるのを若い人はいやがっている、もう年寄りしかいないようになっているんだけれども、こうやって皆さんがお金を儲けて、そうやって住宅コンクールをして、とにかくこの地域の漆喰壁屋さん、瓦屋さん、大工さんを育てるのは自分たちなんだというふうにやってごらんなさいよ。そうしたら、よみがえるのは何ですか。それは三次の「木の文化」なんです。

 三次は、木がたくさんある。江の川がこんなに強い川なのは、それはたくさんの雨が降って、森が元気だからなのです。でも今まで40年間、あるいは50年間、森は本当は元気じゃなかった。それは皆さんの責任でも何でもないです。でも、皆さんの責任でも何でもないけれども、皆さんの裏山を放置していたのは皆さんでしょう?それはお金がないからだったんです。

 これからは森林組合が70年契約で、任せておいたら儲けてくれるんです。その儲けたお金で、家を建て替える、新建材の家なんかはやめたほうがいいですよ、だって自分たちの森を生かしていくんでしょう?新建材で家を建てたら皆さんの木は売れませんよ。皆さんの山の木を集成材にしたり、あるいは柱を使ったりしてやっていこうと思ったら、「木の家が造れる文化」を作り直さないとだめなんですよ。

 だから森林組合の新見くんは「石州瓦って知ってる?」と私に聞かれたときに、答えられないといけないんですよ。森林のことだけ知っているという森林組合の指導者ではだめなんですよ。

 そういうようなことが、今は皆さんに求められているし、またチャンスでもあるんですよね。そういう時代が来ているということをぜひ、これだけの人たちの口を使えばいいのです。先ほど私が見せましたこの京都府の日吉町森林組合は、皆さんが今日やったGISを使って森林所有者を取りまとめるということのモデルなんです。皆さんが農林中央金庫からもらっている1億円で、今年、この地域でなさるような事業を指導してくれるのは、京都府の日吉町森林組合の湯浅さんなんです。皆さんが今日やったモデルは、日吉町森林組合が確立したものを、この組合が勉強してまねしてやっていることなんです。いいことはどんどんまねすればいいんです。そしてその一歩先をゆく「日本初のモデル」を作ってゆく。

 それでこの地域ではこういうふうに小規模森林所有者を取りまとめますと儲かるでしょう?実は儲かる話というのは、何の努力もしなくてもすぐに広まるんです。儲かる話とか儲からなかった話というのは人の口に上りやすいですよね。特に儲かった話というのはやっぱりうれしいから話しますよね。すると何も広報する必要はないんです。

 今日こうやって皆さんが集まるのに、組合が随分苦労して、いろんな配り物をしたりとか、参事さんが何べんも皆さんのうちに行って、「午前中はこういうふうな説明会がありまして、お昼から天野さんという人が来て講演があるから来てください」と言いましたけれども、こんな苦労は実は皆さんが一遍いい目をすると、これからは要らないんです。

 日吉町森林組合も、最初はこういう座談会をやったとき、大変だったんですよ、集まる人は10人とか20人というふうなことだったんですけれども、1回、ある地域が儲かるということがわかりますと、今度は人なんか集めなくてもいいんです。電話が掛かってくるんです。向こうからおじいちゃん、おばあちゃんが電話をしてきて「私のところはいつ来てくれるんかね」と言ってくるんです。そんなようなことがこれから始まろうとしているんですね、ここで。

 実は先ほど言い間違えたことがあって、農林中金の助成をもらってやる日本初のことをやる地区はここじゃないんですね。どこだったっけ、秋町?この組合の秋町地区で農林中金のお金を使った日本初のことをやるんです。全国に出て行くメニューは秋町でやるんです、秋町のほうは郵便局長さんが割りと大きな山を持っていらっしゃるので、そこはやりやすいところなんですね。皆さんの組合は賢いんですよ、大きな所有をしているところをやるとやりやすくて早く儲かるから、儲かる事例から先にやるとみんなが喜んで、「あ、うちもやって、やって」ということになりますから、そういうことをちゃんと考えているんですね。

 どんどん、よそがやっている上手なことをまねしている、日本で4番ぐらいに賢い組合がここなんでしょう()1番というのはやっぱりこの日吉町森林組合ですけれども、今は、日吉町組合はもう普通の組合にどんどん教えていっているという指導的な立場になっていて、ここにあります日吉町森林組合の湯浅さんという人はしょっちゅうこの三次に来てくれて、道づくりを教えてくれているらしい。

 道というのはこの本の表紙にありますように、3メートルの幅の道で法面がこのように低くて、植生がすぐに生えてくる。このような道を造りますと、林業が“道端仕事”になるんです。大きな、高い、昔の林業の機械だと、作られ始めたころは1台の機械が5千万とか8千万とかしたんですけれども、今はこんな道で使うものはそんなに高くないです。2千万ぐらいで買えるようなものができつつあるんです。今、組合はまだそんなに儲かっていないので、自分のところで機械が買えなくて県に借りているんです。ところが県が貸してくれた機械が、県の在庫が足りないのと、大きすぎて使いにくいのですよ。本当はこの組合にふさわしいもっと小規模な機械をこの組合は買いたいのです。早く、皆さんと一緒に組合が儲けて、そういう小規模な機械を買えば、小規模森林所有者の集約化をして、山に間伐を入れてあげるという仕事がもっともっと早く、効率よくできるという状況になってくるわけです。

 それで、さっきの“どんかめ”さんのことをもう一度ちょっとお話をします。先ほどカナダの「切り株税」の話をしたでしょう?実は、あの法律に似た法律を亀井さんが作ったのです。そのきっかけになったのが、私の提案だったのです。その話を今からいたします。

 1999年、今から8年前に衆議院選挙がありました。そのときに亀井静香さんは建設大臣を辞めて自民党の政調会長になっていたんです。私は先ほども言ったように菅直人さんとも友達ですから、1999年に亀井静香さんが自民党の政調会長だった時は、私は菅さんと公共事業改革をいろいろとやっていたのです。それでその総選挙のときに自民党政調会長の亀井静香さんがこういうことを言っていたのです。「民主党などは公共事業が悪いというふうに言うが、公共事業のどこが悪い。公共事業は利益の配分である。だから地方には公共事業が必要なんだ」と。

 ところがそのときの選挙は、自民党が大勝ちできなくて、民主党がずいぶん勝ったんです。政権を交代するほどではなかったんだけれども、あのときは民主党がなかなかいい成績を残した。

 私は選挙の翌日、622日からヨーロッパに行って、この本の前の「“緑の時代”をつくる」という本を作ったんです。3週間ぐらい、ドイツ・オーストリア・イギリスを回っていろいろと公共事業のこととか公共政策のことを勉強してきました。そして帰ってきて、3人の政治家に順にお話をしたんです。1人目は菅直人さん、当時民主党の幹事長です。2番目は民主党の党首で鳩山由紀夫さん。そして3番目にお話ししたのが自民党政調会長の亀井さんでした。そのときは1999年です。私は1997年に亀井さんが建設大臣として河川法を変えた時に“亀ちゃん”とお友達になったと言いましたよね。もう、お友達になっていましたから、ヨーロッパに行ったことを話した。3人に同じ、こういう話をしました。

 「ヨーロッパでは財政難から公共事業が止まっています。なるべく不必要なものをやめて必要な公共事業にお金を回さなければお金が足りないという状況でやっているので、ダムなど不要なものはやめる方向にあります」。これが一つ。二つ目は「とはいえ、必要な公共事業にはお金が回されていて、その必要な公共事業の最先端は自然再生ですよ」、と。

 これを菅さんに7月、鳩山さんに7月の下旬ぐらい、亀山さんに8月の初めにお話ししました。3人に同じ二つのことを言ったわけです。経済難から公共事業が止まっている、しかしながら必要な公共事業には金が回されている、「自然再生」が最先端である。この二つを言った。

 そのとき、亀井さん以外の2人には言わなかったことを亀井さんに言ったのです。「今まで日本というのは公共事業、すなわちダムや道路を造ることで田中角栄、金丸信、竹下、そして今の橋本派というふうに政治をやってきたけれども、これからの時代はヨーロッパで行われているように、“自然再生”をやる政治家が21世紀の政治家になる。総理を目指すならこれを考えてはどうか」ということを、亀井さんだけに言ったのです。亀井さんは「また、アマちゃんはそんなことを言って私をそそのかして・・・」と彼は笑っていました。それが8月です。先立つ6月の選挙の時は亀井さんは「公共事業のどこが悪い」と言っていたわけです。ところが9月になったらその亀井さんが、なんと、「公共事業の抜本見直し検討会」というのを作ったんです。そして12月までの間に223の公共事業を全国で止めたんです。すごいでしょう?6月には「公共事業のどこが悪い」と言っていた“どんかめ”さんが、9月には「公共事業の抜本見直し検討会」というのをやって、12月までの3カ月間で223の公共事業をやめた。

 日本の国は借金まみれだから、むやみやたらに公共事業をやるべきではないということがわかったからではないでしょうか。そして、「公共事業は悪ではない」と言った亀井さんは次には何をしたか。彼が223の公共事業を止めたのは、この12月だったのですが、その翌年の2000年3月、日本経済新聞にある記事が載りました。その記事は「自民党亀井派が自然再生法を考えている」という記事だった。「ありゃりゃ、さすが亀ちゃんだね」と私は思いました。「ヨーロッパのことを教えたのをすぐに使って、やっぱり亀井さんは総理になるつもりなんだ」とびっくりしたわけです。

 そうするとその年、2000年の12月にはこんなことが起こったんです。自民党の建設部会が勉強会をやるというニュースが入ってきました。その勉強会の名前は「川に蛇行を取り戻す」というものだったんです。その勉強会に出ていた新潟県の、大臣も経験した白鳥さんという人が、その勉強会のあと自分の地盤の新潟に飛んで帰ったんです。新潟ではある川の流域で町長選挙が行われていたんです。その町長選挙に立候補していたのは町長さんと、ダム賛成の別の人なんですけれども、その町長さんは実は川にダムが造られようとしているのに反対していたんです。その反対している町長さんは自民党ですから、自民党の白鳥さんという人はその町長のために演説をした。「皆さん、自民党は変わります。私が変えますよ。これから自民党は“自然再生”を仕事にするのです。私が、今日はどんな勉強会に出ていたと思いますか?それは「川に蛇行を取り戻す」という勉強会だったのですよ。この町長さんはダムに反対している偉い町長さんだ。これからはこういう人がやっぱり町長になり続けてくれなければいかん」。「ダムを造ってきた自民党が、これからは自然再生を仕事にするんです」というふうに言った、それが2000年の12月なんです。この町長は当選しました。そしてダムは止まった。

 その翌年、2001年の128日に「自然再生推進法」というのができた。これを作ったのが亀井派なんです。だからさっきのカナダで起こったようなああいう法律が、亀井さんの手によって作られた。でもその法律はまだもっと改良の余地があるので、それをもっと私たちの国は上手に作り直していかなければならないということなんです。

 私は今日、亀井静香の宣伝をしにきたのではありません。今、亀ちゃんの話で何を言いたかったかというと、世界は変わっているということを皆さんに言いたかった。今まで20世紀というのはみんなで自然を破壊してきたんだけれども、破壊はずっと続けるわけにはいかないのです。いつまでも破壊をしていたら、地球のオゾン層に穴が開いちゃうわけでしょう?温暖化して、今年はもう雪がほとんどないじゃないですか。今日は珍しく、皆さんがどこにも行かないように雪が降ってこの部屋に足止めされちゃったんだけれども、久しぶりの雪だったでしょう?温暖化はすごいスピードで進んでいるんですよ。21世紀は20世紀と同じことをしたらだめなんですよ。だから亀井さんは国民新党を作ったんだと、私は思っています。私は国民新党の党員でもなんでもありませんけれども、彼が国民新党を作った気持ちはわかるような気がします。それは「自然再生推進法」を曲がりなりにも作った気持ちでしょう。

 どういうことかというと、「21世紀は20世紀と同じことをしてはいけない」ということなんです。その最先端が、林業なんです。20世紀は林業が、特に日本で非常に悲惨な目に会いました。でもこれからは、世界中が森を大切にする世紀です。皆さんのところは日本で4番目くらいに賢くて、山を信託するという日本で初めてのことをやろうとしているわけです。秋町では70年の信託をします。皆さんの地域は30年ですけれども、そういったことをやっていこうという時代背景は、こういうことなんです。

 「20世紀と同じスピードで同じことをやっていたら地球はもちません」ということを、人間はわかりました。だから自然を直すということをやるというふうに、これからの日本は決めていくべきなんです。古い失敗はいつまでもぐだぐだ言わないで、林野庁が間違っていたとかそういうことを言うのではなくて、それは忘れちゃって、林野庁を励まして新しい時代を作っていくんだということが、今の日本に必要な一番新しい考え方なんです。それが日本の林野庁が考えた「新生産システム」です。山の木をうまく使っていく生産システムを、みんなと一緒にやっていこうという時代が、ようやく日本に来たんです。

 河川法を変えた亀井さんのポイントは二つだったでしょう?「環境重視」と「住民対話」。これからは何でも住民と対話をしてやっていくことというのが、一番重要なんです。こうやって皆さんが集まって、森林組合の人にあんな難しい機械を見せてもらいながら、自分でやっているでしょう?

 例えば、じゃあ年を取っていたら何もできないのかというとそうではないでしょう?

 徳島県の上勝町というところの、皆さん、「葉っぱ産業」というのを聞いたことがありますか。上勝町でおばあちゃんたちが3億円も儲けているんですよ。80歳のおばあさんがパソコン、叩いているの、毎日。自分の売上げと隣のおばあちゃんの売上げがどれだけか。「ああ、今日は勝った、勝った」、「今日は負けた」と言って、パソコンでやっているんですね。だから皆さんだってさっきのGISなんて新見くんに教えられてやっていたけれども、本当は皆さんだってやろうと思えばやれると思いますよ。そういうことを楽しんで、「新しい時代が来ている」ということをぜひ、知って、皆さんからみんなに知らせてもらいたいと思っています。

 私の話は大体3時半で終わる予定なんですけれども、皆さんがちょっと聞きたいこともあるかなと思いますので、このぐらいで終わりたいと思いますけれども、よろしいでしょうか。

 今日はどうもご清聴、ありがとうございました。