(c)伊藤孝司
 「公共事業」は、“麻薬”である。
 現在のニッポンは、その打っては中毒となることがわかっている麻薬を打ち続けて、満身が病に冒されている“薬物中毒者ヤク中”なのである。
 日本では第二次世界大戦後の高度経済成長期に、公共事業が急ピッチで拡大され、そのため建設業者が自民党の最大の支持団体となり、彼らを優遇する施策がとられ続けてきた。そうして強力な「政(政治家)・官(官僚)・財(財界)」癒着腐敗構造が形成されてきた。また、それらの公共事業が「経済をまわしている」という神話もできていた。
 ところが。一九九一年の「バブルの崩壊」以来、わが国では深刻な不況が続いている。そして、これに対して一貫してとられてきた政策も、公共事業バラマキであった。
 しかし。その結果、地方財政も国の経済もますます悪化が進む一方である。国の税収が五〇兆円しかない財政で、三三兆円も借金(国債発行)して八三兆円の予算を組む。そんなサイフの中から使う金のうち五〇兆円が公共事業で、それがすべて将来の私たちへの借金としてまた積もっていくという状況だからだ。
 私たち日本人は今、公共事業を、「一から見直す」必要があるだろう。公共事業は、財政破綻も引き起こしたが、二〇世紀というたった一〇〇年の間に、温帯にあって四つの海に囲まれ、四季折々に美しい、世界一快適であった日本列島を、見るも無残な風景に変えてしまった“怪物”だからだ。
 日本以外の先進国は、二〇世紀から二一世紀を「自然再生の時代」とするための変身をした。ヨーロッパを歩くと、町のどこででも、主婦であれ工場労働者であれ、CO2(二酸化炭素)対策を考えた生き方を選んでいる。ダムの見直しがされ、川の“再自然化”が進むのも、地球温暖化防止に有効だからだ。
 そして世界の潮流は、一見異なって見える二点をポイントとしている。一つは、財政にも負担がかかるので、不必要で自然破壊の公共事業をやめること。二つ目は、財政に負担がかかっても、自然を再生する事業には優先的にお金をまわすことである。実は、これはまったく矛盾しておらず、長い目で見ると自然を再生するほうが、財政にとっても、治山治水にとっても、安くつくのだ。地球も喜ぶ。このように世界が“自然再生”へと大きく舵を切った二一世紀、その始まりの二〇〇一年一月六日に、わが日本はとんでもない「逆行」をやってしまったことを、実は国民の多くが知っていない。 
 二〇世紀に日本列島を破壊し続けた省庁、建設省と運輸省と国土庁と北海道開発庁が一体となって、「国土交通省」という、役人六万数千人、予算四〇兆円、許認可数二三〇〇件以上、公共事業の八割を牛耳るという巨大開発官庁が誕生したのだ。世界中がこれを「クレイジー」とあきれたが、日本では読売新聞社とNHKが「省庁改革」だと支持したために、マスコミ全体の追及とならず、国民はこの至上最大の官僚たちの悪政に気づいていないのが現状だ。
 いよいよ。二〇〇七年には、わがニッポンは多額の借金を抱えたまま、少子高齢社会に突入する。どうしたらこの国が、「清く美しく」生きていけるのか。一人一人の国民には今、「公共事業」への理論武装が要求されている。
 そんな時、“田中ちゃん{田中康夫}”と“純ちゃん{小泉純一郎}”が現れ、公共事業を国民にうーんと近づけてくれた。私の目には、田中改革は筋金入りだが、小泉改革はまだ「?」である。「長期計画」を、「見直す」とは言うが、「廃止する」とは言っていない。「憲法改正{、}(?)」も、「靖国参拝」もとっても危なっかしい。
 あなたも、「公共事業」ウォッチャーになって、二一世紀の生き方を、彗星のごとく現れた 康夫・純一郎二人の政治家と共に、考えてみませんか。そうそう“鳩ちゃん{鳩山由紀夫}”の民主党の改革も、チェックしておかなくてはいけません。
 子供たちにも手に取ってもらいたくて、村上康成さんに絵を添えてもらいました。その子供たちが将来に希望を持てるように、若い恋人たちにも手にしてほしい。“ヤク中”ニッポン治療に、“レッドカード”を常備薬に!!

『いらない 公共事業にレッドカード』集英社、2001年、「まえがき」より転載

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