1月1日

年賀状  今年の文字「怒」
 防衛省昇格、教育基本法改悪に手を貸してしまった民主党に「怒」。旧・民社党議員たちがそれを主導できたのは、小沢代表が彼らをそれが可能なポジションにつけていたからでした。

 ハラが立つのですが、とにかくこの日本は“政権交代”をさせなければどうしようもないので、ガマンして「民主党はがいじめ」にはげみましょう。

 今年は「選挙の年」。

 「もうひとつの日本」を実現させたいならば、一人一人が自分で動くしかないのです。

 私の「もうひとつの日本」は。「戦争をしない」、「自然エネルギーの多用」、「森林率67%にふさわしく林業が生業(なりわい)として成立している」、「安全な食を、大地や海や川から得られる」日本。

 「市民版憲法調査会」と、「実業から木質バイオマスの利活用を進める会」の事務局長を務め、“林業再生”と、「森里海連環学」に、今年も手を貸したいと考えています。


1月19日

愛知県知事選へ公開質問状

愛知県で行われる24日の知事選へ向けて出馬する三候補へ、「長良川河口堰に関する公開質問状」を、「長良川河口堰建設に反対する会」の事務局長として提出しました。

三者とも返事をくれました。質問と三者の答えの全文は以下のとおりです。

http://nagara.ktroad.ne.jp/aichi/20070117aichi.html

私は石田氏の答えを読んで、自分たちの長良川河口堰に反対したこの18年間の運動が十分に効果を上げていたことを確信できました。神田氏の「水需要」に対する答えは、中央官庁からの押し付けを拒否できない“ダメ知事”そのものですが、石田氏ははっきりと、「水需要の予測に誤りがあった」「河口堰という発想そのものに無理があった」と理解し、言っているからです。地方によっては公共事業にはっきりと「NO」の言えない事例もある民主党にしては立派な答え。

そう答えさせたのは、長良川河口堰の反対運動が、単に「1本の美しい川を守る」自然保護運動でなく、不必要な公共事業に「NO と言う日本」をつくるための広がりを持ち得ていたからだと嬉しくなったのです。


2月18日

浅野史郎さんを“東京都知事”に出馬させる

東京都知事選に向けての行動を以下のように行っています。

あなたの愛する多くの人々に、この行動への参加を呼びかけていただけると幸いです。


東京都知事選に向けての行動のお知らせ

浅野史郎さんを“東京都知事”に出馬させる会」を結成いたします。

 このたび私たちは「浅野史郎さんを“東京都知事”に出馬させる会」を結成することに致しました。とはいえ、ご本人の浅野史郎さんはまだ、私たちの行動を承知されているわけではありません。

 しかしながら昨今のわが日本の何ともいえない閉塞感を考えるとき、いったんは宮城県知事を自らひかれたとはいえ、まだまだ若く、知性にあふれる浅野史郎さんに、もう一度政治の世界に戻っていただくしか、ここはないのではないかと私たちは考えたのです。

 賛同する仲間はネット上で続々と増えています。お名前の知られた方々は記者会見までにどれだけ揃えられるかわかりませんが、4月上旬という選挙の日を思うと、もう走り出すしか、ご本人浅野史郎さんを説得する方法はないと考えての行動であるとご理解ください。都民であるか否かを問わず、日本の危機的な情況を憂えるすべての人々の参画を呼びかけています。

 あなた自身の御参加と、また、愛する方々に、この活動への参加を、FAXやメールで呼びかけていただくことを、ぜびお願い致します。


呼びかけ人

五十嵐敬喜(弁護士・法政大学教授)
上原公子(国立市長)
梅原 猛(哲学者)
小川明雄(元朝日新聞論説委員)
湯川れい子(音楽評論家)
横田克己(「地域創造ネット・ジャパン」常務理事・「生活クラブ生協・神奈川」名誉顧問)
天野礼子(アウトドアライター)

御参加いただける方は、以下の項目を、「浅野史郎さんを“東京都知事”に出馬させる会」宛て、FAX下さい。(FAX 058・265・0417)

お名前
肩書
住所
FAX
電話
メール

お問い合わせは
五十嵐敬喜 (03-3704-1251)または天野礼子 (090-1449-8694)へ


3月2日

浅野、立つ!

 浅野さんがようやく、都知事選へ立つことを決めてくれました。

 この間、五十嵐敬喜法政大学教授や私たちは2回の集会で浅野氏に出馬を要請してきました。
 “小泉劇場政治”から続く安倍の“より右傾化”政府、“ファッショ・石原都政”では、市民には全く希望の持てないニッポンだからです。

 五十嵐さんや私がこれまで1990年代からやってきていることを知らないマスコミの中には「五十嵐が菅に頼まれて動いている」とうがった見方をしている人もいますが、それは間違っています。

 私は、1988年より長良川河口堰反対を唱え、「川の国」ニッポンを問うてきました。五十嵐敬喜教授とは1993年くらいに知り合い、一緒に国会内に「公共事業チェック議員の会」を作らせたり、97年には「河川法」を改定しようとした亀井静香建設大臣に向けて「河川法対抗法案」と「公共事業コントロール法案」をぶつけています。

 この両案とも、民主党や菅さんに提出を依頼しましたし、2000年には鳩山代表に頼まれて「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」をつくり、“緑のダム構想”などをつくっています。しかし、今回は民主党とは全く関係のない行動なのです。

 私と五十嵐氏はまず、筑紫氏を口説いていました。最終的には固辞されたのですが、筑紫氏は同じ頃に私たちとは別に菅さんからも口説かれていたのだそうです。ことわられたあとから聞きました。
 その時、筑紫氏は「私が最初は『菅さん、立つべし』と話したのだが、菅さんは今の政治にかなり危機感を持っていて、自分がいなくなったら民主党がどうなるかと考えるとそんなことをはできないと言い、これには私もかなり賛同できるので、真剣に考えたが、私もやはり、私がいなくなった日本の放送界を考えると不安を抱かざるを得ないので、出馬しない」とことわられたのです。

 その後、誰も出馬してこない都知事選で石原知事が“不戦勝”をするのを許してはいけないと動き出したのが、今回の私たちの動きの始まりでした。

 東京都民であり、日本で「日照権」を確立した辣腕弁護士である五十嵐敬喜氏は、美濃部都政を支えた松下圭一らと一緒に市民の自治や都市問題を問うてきた人物です。オリンピックをこの御時世にやろうなどという“すっとんきょう”な石原を倒すには、警察権力と徹底して闘った浅野氏しかもはやいないと思ったのは当然のことなのです。

 世界中に知られる格言に「民は、自らに合った政府(あるいは政治)しか持てない」というのがありますが、日本の“市民”は石原よりはもう少し知性があると、この選挙で証明したいものです。


3月5日

“河川法”はウソなのか

 私たちが1988年から開高健さんと繰り広げた長良川河口堰反対は、国会を二分する全国運動となり、“川の国ニッポン”に誇るべき川がもう数本しか残っていないのはなぜかと問う、「20世紀の文明論」となりました。

 そのため、95年に建設が終了し、ゲートが下ろされた時も、運用宣言をした社会党建設大臣・野坂浩賢は、「天野くんたちの運動にも答えなくては・・・」とのたまわったのです。

 97年に亀井静香建設大臣が“河川法”を改定しようとしたのは、その野坂浩賢大臣の言葉を受けてのものでした。河口堰運用の直前の95年2月に、当時の亀井静香運輸大臣が野坂浩賢と“土工協(日本土木工業会)”との仲を取り持ち、野坂が「社会党は、これからは皆さんと仲良くやってゆく」とパーティで発言した後で、1億円の献金が社会党に入り、“運用”宣言がなされたことを、“亀ちゃん”は覚えていたからでしょう。

 「住民対話」と「環境重視」が“河川法”に入るという案。それに対抗して私は、菅直人さんと民主党から「河川法対抗法案」を提出しました。
 私たちの案は少数で否決され、河川局提案が通り、河川法にこの二つのキーワードが入れられました。

 しかし今年の2月26日の読売新聞は1面トップ6段抜きで「改正10年、河川法の趣旨と逆行」と見出しのつく記事を書きました。
「『脱ダム』を提言し、河川整備の住民参加型モデルとして注目を集めた淀川水系流域委員会の活動を国土交通省(河川局)が今月から休止させた」「河川行政は『脱住民』へ“逆行”し始めた、といった批判が出ている」と。

 今、河川局がこのように強気に出ているのは、田中康夫さんが落選してしまったからでしょう。
 長野ではさっそく新知事が「“穴あきダム”なら環境にやさしいので造る」と始まりました。

 穴あきダムなら「少しはまし」かもしれない程度で、島根県にできている益田川ダムを見に行ってみましたが、実際はいつでも本格ダムに改変できるように造ってあり、その上流にある以前に造られていた穴あきダムは、現在、本格ダムに改変中。

 住民の反対の声や首長を説得させるために“穴あきダム”として造っておき、後に本格ダムに改変するという作戦が、ここへ見に行かれれば「バレバレ」にわかるので、ぜひ一度行ってみてください。


4月13日

ドイツ林業から学ぶ

 3月に10日間かけて、ドイツの「黒い森(シュバルツバルト)」周辺の林業を勉強しにゆきました。
かつて明治維新時に日本は、森林政策をドイツに、議会や憲法はイギリスに、河川政策はオランダに学びました。
 当時のドイツは産業革命のエネルギーの一つとしても「黒い森」のモミの木を使ったことで森林が消滅寸前で、人工林を、経済効率を優先して成長の早いトウヒ(針葉樹)に変えてしまうなどの政策を取っていました。
 しかしその後、近年はその政策の見直しがなされ、本来の「黒い森」に一番たくさん生えていたモミの木を植えたり、「エコロジーであることはエコノミーである」という思想が森林経営に生かされています(アメリカでレスター・ブラウンさんがやはり「エコエコノミー」という言葉を使っています)。
 ドイツでは、そしてフィンランドやオーストリアでも、「フォレスター(森林官)」が森の管理のマネジメントを行っています。
 特にドイツは、州ごとに国の役人である「フォレスター」の局があり、その人達が国有林も民有林も両方の面倒を見ています。(日本は、国有林は林野庁が、民有林は民間林業家や地方自治体や各地の森林組合がバラバラにしかも勝手勝手に経営し、統一も取れておらず、まともな森林計画すらないというのが現状です。)
 ドイツの「フォレスター」は、州に数十人がいて、一人がいくつかの地域を十数年くらい見ています。この人物たちは「村長」くらいの権限を持っていて、地域の人達から大きな信頼と尊敬を得ています。
 ドイツ国中に統一した森林計画があり、州ごとにその地域の自然の現状とマッチした運用計画がなされていて、その歴史が代々受け継がれている。森林計画は国の役人である「フォレスター」たちが考えて、民有林所有者も指導しているのです。
 日本では、国有林は林野庁、民有林指導は森林組合が、ドイツにおける「フォレスター」のような役割を分担していることに形式上はなっているのですが、現実はそうなっていません。
 林野庁が第二次世界大戦後に取ってきた政策がうまくゆかず、その仕事を手伝った森林組合の経営が各地で破綻し、林野庁がそれを補助金で救済してきたからでした。
 ドイツに行って、統一した森林計画に従って各地の森がきちんと手入れされ、林業が森林国らしく「生業(なりわい)」として成長しているのを見た時、私には日本の林業の病理がはっきりとわかりました。
 詳しくは、4月末に発行する「森林組合」(「全国森林組合連合会」の月刊広報誌)とその5月号に私の連載の2回分として掲載します。この広報誌は依頼があれば無料で配布されるので、必要ならば全国森林組合連合会へお申し込みください。

4月22日

60歳になった憲法を祝う!

日本国憲法施行60周年を祝って、53日憲法記念日に1000人集会を企画しています。

詳しくは下記をご参照の上、あなたの愛する人と共にお出かけください。

防衛庁があっという間に防衛省になってしまったり、国民投票法案も“自・公”で強行して53日までに通そうとしたのも、安倍さんという人物が総理になったからです。

この外見はヤワそうな、若いだけが取り得の人物は、日本の戦後を政商に売り渡したあの岸信介の孫で、代々のタカ派一家のエリート軍人。

日本が唯一世界に尊敬されている「平和憲法」が、この人物によってまさに「改憲」の危機にあることを、どうかあなたの愛する人々にもお知らせいただきたいのです。


************************************

  〓日本国憲法施行60周年・「憲法記念日」行事〓

     シンポジウム 「憲法を国民の手に」

〇主 催 「市民版憲法調査会」 
       「フォーラム平和・人権・環境」 http://www.peace-forum.com/
  
〇日 時  2007年5月3日(木・祝)  
       PM1:00〜4:30(開場 12:30)

〇場 所  日本教育会館 3Fホール
                (千代田区一ツ橋2の6の2 Tel03・3230・2831)
        地下鉄半蔵門線・都営新宿線・都営三田線神保町駅3分
        地下鉄東西線竹橋駅5分、九段下駅7分、JR水道橋駅15分

○参加費  500円

〇主旨  

日本周辺が騒がしくなるほど、世界やアジアの人々の日本に対する期待も
不安も高まっています。
一方、国会でなされている憲法論議は、日本の普通の市民の平和や安全
によせる心配とはなんだか逆方向へ走っている気もする昨今です。

政府・与党は何故に「国民投票法案」採決を強行したのか。
「平和憲法」改憲への思惑が見え隠れしています。

日本国憲法施行60周年の日、あらためて「憲法を国民の手に」をテーマに
集まってみましょう。

〇総合司会 
   江橋 崇(「フォーラム平和・人権・環境」代表・法政大学教授) 

〇基調講演 
   「私たちは何故に“EU憲法”を作ろうとしているのか」(逐次通訳付き)
       EU議会より Glyn Ford
               (グリン・フォード・EU議会社会党グループメンバー
       英国労働党出身・対朝鮮半島議員団所属・知日派)

〇提案  〜 アジアに“平和憲章”をつくろう 〜
   「正しい“憲法改正”と運動論についての問題提起」   
       五十嵐敬喜(「市民版憲法調査会」世話人・法政大学教授)     
                 

〇パネルディスカッション 「“平和を求める心”と憲法」        
   司会:高野 孟(「市民版憲法調査会」世話人・「インサイダー」代表)
   パネラー:高成田享(朝日新聞論説委員)
         菅 直人(衆議院議員・民主党代表代行)
         辻元清美(衆議院議員・社民党「憲法調査特別委員会」委員)

〇会場全員合唱  
   コメント&歌唱指導:喜納昌吉  
        「すべての人の心に花を」など


*お問い合わせは
    フォーラム平和・人権・環境
     E-mail  peace-forum@jca.apc.org
          Tel  03-5289-8222  Fax 03-5289-8223
または
   「NGOの会」 kjc@mx1.ktroad.ne.jp   へ。

************************************

◆市民版憲法調査会」とは?◆

市民が、憲法論議に参加できず、改憲派のごり押しと旧来型護憲派の抵抗を
遠くから眺めているだけで、国のあり方の根本である憲法が、政治家たちの
声だけで強行に書き換えられてしまうとしたら、とんでもない話です。

憲法論議はもはや、政治家や専門家任せにはできません。
私たちは「市民」の側から積極的に憲法を論じていくことを、
すべての市民に広く呼びかけ、51%の世論形成を目指します。

〇呼びかけ人(五十音順)
天野礼子(当会事務局長・アウトドアライター)/五百蔵洋一(当会世話人・弁護士)
五十嵐敬喜(当会世話人・法政大学教授)/岩見隆夫(政治ジャーナリスト)
永六輔(放送タレント)/江橋崇(法政大学教授)/大岡信(詩人)
大谷昭宏(ジャーナリスト)/近藤正臣(役者)/三枝成彰(作曲家)
下村満子(ジャーナリスト)/C.W.ニコル(作家)/高野孟(当会世話人・「インサ
イダー」編集長)田原総一朗(ジャーナリスト)/筑紫哲也(ジャーナリスト)
山口二郎(北大大学院教授)/湯川れい子(音楽評論家)



5月9日

何かが確実に進んでいる

 春はアマゴ。セカンドハウスがある高知県や、和歌山県の渓流へアマゴを釣りに行っています。どちらの地域でも「アメゴ」と呼ばれています、偶然ですが。

 アマゴと、ヤマメが、日本列島を棲み分けています。神奈川県の酒匂川より以東や、以西でも日本海側がヤマメ、それ以外がアマゴで、両者は人間でいうと「またいとこ」くらいの関係だそうです。

 今この原稿を書いている、家の前の高知川仁淀川の源流にも美しい流れがあるのですが、去年と違って、淵の底に緑色のコケのかたまりがたくさん沈んでいます。先週アメゴ釣りに行った県北の汗見川でも同じような緑色のコケが川中に広がっていました。

 多分この春は雪がなかったので水温が上がり、川が富栄養化しているからではないでしょうか。

 3月に林業の勉強のためドイツに行った時も、アルプスの斜面は上の方にしか雪がなく、人々が「地球温暖化」と「異常気象」をしきりに話題にしていました。日本と同じように、昨年は春に大雪、今年は暖冬だったのです。

 今は、地球が次第に温暖化し、時々、洪水や寒波が来るのは氷河が融けているからと言われています。そしてその原因は人間にあるとも。

 不思議に思うのは、日本ではあまり人々がそれを話題にしないことです。近年ヨーロッパを歩くとつくづく感じるのがそのことです。

 「こんなに自然は警告を与えているのに、どうして日本人はこんなに鈍感なのだろう」と、思われませんか、あなたも。

 日本人は、いつからこんなにバカになったのか。「俳句(ハイク)」は、世界に知られる日本の文化、世界中から愛されていますが、「その心」を一番忘れているのは日本人でしょう。

 目の前の淵に沈む緑色の不気味な物体を、「地球からの警告」だと、哀しく見つめています。

 でも見つめているだけでは何も変わりません。「一人では何もできないから、何もしない?」。

 私は、一人でも何かを、少しでも変えたいと行動します。


6月18日

“439”街道と有機レストラン

 高知県と徳島県の県境に近い、高知県大豊町から四万十川へ向けて続く「R439」は、人呼んで「与作(よさく)街道」。北島三郎が歌っているでしょう、「与作は木を伐る〜」と。木の多い地方なのです。
 この街道の、本山町、土佐町、大川村、いの町、仁淀川町の住民や行政の皆さんと、おもしろいことを始めました。

“439”有機協議会」。

 本山町に住む山下一穂というプロ農家が、「超かんたん、無農薬有機農業」という本を書いていて、高野孟さんや私は、彼が塾長をつとめる「有機のがっこう・土佐自然塾」の応援団です。
 このたび6月21日には、この人のつくる有機野菜を、山形の「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ・奥田政行さんがやってきて調理するという、たった2時間だけ、たった20人のためにひらくレストランを開店します。
 「山形のアルケ」といえば、昨年は毎日放送の「情熱大陸」で特集された、日本のイタリア料理界だけでなく、ヨーロッパでもその腕を買われている“時代の寵児”ですが、自分自身も有機の野菜をつくったりしている人です。

この人を山形から連れてくるのは、この人と山下一穂の出逢いのレストランを“アドバルーン”にして、世に広めたいことが私にはあるからです。
それは、「有機野菜を食べる」「有機野菜をつくる」人を増やして、人も、大地も、健康にしてゆくこと。
「川」そして、「森」、の次は、「大地」を再生したいというわけです。

 一席2万円の、たった2時間だけひらくこのレストラン「コンモベンテ、ア ツボーイ」は大豊インターから1時間半、高知市内からも2時間かかる、700mの山上にあり、辺鄙なことこの上ないのですが、すでに満席の予約。
 私たちはそれだけでなく、山下一穂を講師にして、本山町、いの町、仁淀川町の3カ所に「モデル圃場」を準備して、畑づくりを始めました。60人の生徒の半分は老・中年の農家の夫人。
 「他人にも(これまでは自分の食べるものだけは無農薬だったが)、安全な農作物をつくってあげると高い価格が付くとわかった」という彼女らの入門の動機は、私はとても正直で好きで、これが広まると、最後まで元気で働いてポックリ往く人が増えて、日本の老人医療費が下がるかもしれません(笑)。

 いえ、私は、今度も本気です。左脳に「脳動静脈奇形」という病を抱えているので、いつどこで倒れても、「少しは違う日本にして死ねたかな」と思って彼岸へゆきたいと考えて、毎日生きています。

 「“439”協議会」、応援ください。大豊インターのあたりを通りがかったら、モデル圃場を見学していってください。近くには「有機のがっこう・土佐自然塾」もあります。


7月18日

何故、政権交代が必要か

 
読売新聞と朝日新聞を毎朝読み比べていると、読売新聞が「政府のためによく書いてやっている」ことがわかります。
「その読売でさえ」と書くと怒られるかもしれませんが、このところ読売が書き続けて批判しているのが、国土交通省河川局の態度です。

河川局は、私と「長良川河口堰問題」で1988年から闘わざるを得なくなって、1991年には“多自然工法採用”を、1997年には“河川法改正”を実施しました。
“河川法改正”は、「環境重視」と「住民対話」を取り入れるという画期的な視点を持っていましたが、それでも吉野川第十堰改築も川辺川ダムも止(や)めようとしないという態度を河川局は取り続けてきました。

読売新聞が批判しているのはその河川局の態度で、国土交通大臣が諮問し、大臣は自らが諮問した委員会の結論を重視しなければいけないはずの「淀川流域委員会」の出した“脱ダム”(一つのダムも淀川水系では必要ない)の決定を、河川局が勝手にひるがえして“ダムあり”とするのは、「河川法」の趣旨に反しているではないかという、全くまっとうな批判なのです。
「あくまで法律にのっとり」、それゆえ「好き勝手に法律改訂を与党議員たちに命じている」日本の官僚にあるまじき姿だと、読売新聞は言いたいのかもしれないですね。

読売新聞は、私たちと長良川問題では相対峙した、長良川河口堰工事事務所の最後の現場所長であった宮本博司さんが、その後の「淀川流域委員会」では事務局として理想的な運営に導いたが、「上」の指令でか“脱ダム”の結論にもってゆけず、志半ばで官僚を辞したことを報道して、「逆流、岐路の河川行政」の連載を始めました。
2回目の連載では、1997年の河川法改正当時の河川局長であった尾田栄章さんが今は、国土交通省所管の公益法人の機関紙に「行政側に主体的に取り組む気概がなく、形式的なものに同席させられるだけの住民参加は決して愉快なことではない」と書いているのも紹介しています。
宮本さんは、このたび募集されている第2回「淀川流域委員会」に自ら民間人として立候補しているという具合です。

このことを考えると、「この国を本当に変えるためには“政権交代”が必要である」とわかるでしょう?

かつて1997年に河川法を変えた時、当時の亀井静香建設大臣は“お祝い”に12のダム計画を止めました。そこで私はFAXを打電し、「えらいから食事をおごりたい」と彼を誘い、彼も「女におごられるわけにはいかない」と大臣として出てきました。その時彼が言ったことが、「官僚は自ら変われない。それを変えてやるのが政治家だ」という言葉でしたが、彼もまた、今は自民党から出ています。

私は、官僚の中で自ら改革しようとしている人とそうでない人の比率は、49%対51%ぐらいにはなっているのではないかと考えています。そしてそれを逆転させてやるには、“政権交代”しかないと信じています。
菅直人さんがこう言っています。「民主党が政権をとったら、まず官僚の皆さんに辞表を書いてもらう。民主党と一緒に改革をする覚悟があるという人にだけ残ってもらう」と。

私は、河川行政だけでなく、“小泉サン”のアメリカ追従の方針のままに小規模所有者から農地を取り上げようとしている農政や、赤字ゆえにと法律違反に近いことまでして天然林の伐採を続けていると心ある研究者たちから怒(しか)られている林野行政も、「林野庁を林野省にする」くらいの発想の転換をし直して変革するべきと考えています。

そのためには、「自ら変われない官僚」を持つ国民として、この参議選の“一票”で政権交代を目指すべきと思うのです。



8月5日

「辞任」をつきつけられた安倍、「信任」された民主党


 「私と小沢さん、どちらがふさわしいか」と国民に問いかけ、「ノー」をつきつけられたのだから首相は、即刻辞任すべきである。
拒否されたのは、“小泉ポチ政権”が進めてきたアメリカ追従の市場原理主義を継承する姿勢と、「九条改悪」をあからさまに狙った“岸信介の孫”の顔だったからだ。

 今、日本は、原発のあれほどの老朽化を放置してきていたことに見られるようにすべての制度が“金属疲労”を起こしているにもかかわらず、それらをすべて「市場主義」という経済原則だけに任せて、しかもそれを“改革”と呼んで乗り切ろうとする自民党と、少なくとも「もうひとつの日本」を考えるかもしれない民主党に期待するかの選択を迫られていると思う。 参議院で勢力を持った野党は、一気呵成に政権取りに動くべきであり、私たちのブログを読んでくれた市民のネットから、「総理退陣」の火の手を挙げよう。
 私自身は、6月9日に、岡山県真庭市で菅直人たちのために“森林再生プラン”発表のためのシンポジウムを準備し、そこへ姫井由美子をパネラーとして壇上に上げた。 「姫の虎退治」はこの時に菅直人が発した言葉だったが、民主党最後の一人区当選は、参院自民幹事長を破るという、姫井由美子の立派な“虎退治”となった。


9月9日

すい炎で緊急入院―“林業再生”にかけています

久しぶりのブログ記入でごめんなさい。猛暑の中、この夏は“林業再生”の現場で講演を重ねていましたが、9月に入ってまず第1週に、十二指腸潰瘍が再発。98日の本日は、高知市の病院のベッドの上。きのう“すい炎”であることが判明して緊急入院させられ、24時間の点滴を受けています。しかし、912日には退院します。13日には、林政審議会があるからです。

林野庁は今、ものすごいスピードで森林組合を鍛え直そうとしています。
どんなスピードかというと・・・・。

まず昨年11月に、全国12の森林組合が、農林中央金庫の助成で京都府日吉町森林組合に集められ、5日間の集中講義を受けました。日吉町森組といえば「小規模森林所有者の取りまとめ」や「作業改革」の先頭。そこで5日間みっちり教育を受けた12組合が、今年4月からは、全国156の組合を、教育しているのです。今度は林野庁の費用で。

自らがまだ小学校へ入ったばかりのような12組合が、4カ月後には156の組合を教育する?
そんなことができるかと思うのですが、とにかくやっているのです。
そして、この156が、今度は5年以内に500の組合を鍛えるというメニューが、今の林野庁の森林組合改革です。
私も及ばずながら、各地を歩いて講演をしてお手伝いしようと、猛暑の中歩きましたら、ついに倒れてしまいました。

日頃の飲みすぎと、左脳の脳動静脈奇形の両方からのアタックのようでした。医師には“禁酒”を言い渡されました。「飲まない人生」を選択するしか、日本の“山”を救いたいと思うならば、ないようです。

とまれ、911日に54歳になります。“とんでもない誕生日”ですが、神様の“プレゼント”にもいろいろあると思うことにしました。


9月24日

退院しました。膵臓はコワイ。
先のブログでは、9月13日に“林政審議会”に出るために高知の病院を退院しているはずでしたが、そうはいきませんでした。
昨日、9月22日にようやく2週間の入院から退院できました。膵臓は「沈黙の臓器」ともいわれる手ごわい相手のようですが、今回はそれをつくづく体現しました。

9月7日に高知のいずみの病院に入院し、24時間の点滴、絶食を3日間。そろそろ重湯を飲みながら十二指腸潰瘍と膵臓の薬を口から入れて・・・と薬を飲むと。胸が締め付けられ、胃のまわりが痛み、頭が痛くなり、という三重の痛みが一遍に襲ってきました。自分の頭の中では、「なんだ、なんだ、これは」と驚いているし、痛みの方はうなり声を上げないと耐えられない強さです。
高知での友人である渡辺佐枝子さんに携帯で電話し、「一人で死ぬのはイヤなので仕事を抜け出してすぐに来て。尾崎(夫)にはできるだけ早い飛行機で飛んでくるように言って」と、ようやくの想いで言いました。

実は、胃腸の調子が悪かったのは8月25日くらいからで、8月30日にはこの病院で検査を受け、十二指腸潰瘍の再発が発見されていたのですが、どうにも痛みが治まらないので、大阪脳神経外科病院(持病の脳動静脈奇形の診察を受けている)へ行って、脳の発作が起きているのではないかとCTスキャンを撮ったり、MRIを撮ったりもしたのです。9月7日に高知の病院へ入ることになったのは、近年高知通いが多く、内科の診察は民主党の五島正規・前衆議院議員が理事長をされている「いずみの病院」で受けることにしていたからでした。

7日の朝は、めざまし時計で6時に起き、自分でタクシーを呼んで、這うようにして乗り、7時の飛行機で飛びました。病院に行くと、「即、入院」となったのでした。
膵臓が「沈黙の臓器」と呼ばれるのは、病いを発見されるのが遅く、発見された時は急性で死に至ったり、膵臓ガンなどで手遅れになっていることが多いからのようです。

9月11日の54回目の誕生日にベッドの上であったのは「本当に神様からのプレゼントだなぁー」と思いました。
13日に退院どころか、途中で2回も容態が急変して、それは膵液が他の臓器へ漏れてのことのようでした。「やっぱり膵臓はコワイ」と実感しました。

ゆうべは、自宅で夕食を作り、食べました。メニューは“山下一穂”さんから宅急便で届いた有機野菜のラタトゥユ(野菜をいため冷やしたもの)とレバーの燻製少々、うに豆腐、カニサラダ。「酒を飲まずにどうして夕食を食べられるかな」と思いましたが、代わりにスープを飲みました。


10月17日

「森林(やま)の会」講演会

≪天野礼子と語る緑の時代≫

  〜豊かな森づくりをめざす市民組織〜

と き:2007年11月11日(日)13:00〜16:00(開場12:30)
ところ:関東森林管理局大会議室(資料代500円)

●ダムは緑のダムがいい
●21世紀は緑の時代
●人は森から遠ざかると病気が近づく

※当日は各種展示・炭・本等の販売もいたします。

〈主催〉「森林(やま)の会」
〈後援〉上毛新聞社・朝日新聞前橋総局・毎日新聞前橋支局・読売新聞東京本社前橋支局・東京新聞前橋支局・群馬テレビ・FM群馬

お問い合わせ:
 「森林(やま)の会」事務局
    TEL 0270−65−3200(FAX兼用)
    〒370-1135 佐波郡玉村町板井908-65
    E−メール yamanokai@vesta.ocn.ne.jp


10月28日

ムダ遣い公共事業
今秋は、日経新聞が全国版一面トップ記事で「公共事業のムダ遣い一番は、ダム事業」と書き、週刊現代は2回に分けて、「巨大公共事業のムダ」をカラーグラビアで連載しました。
国会でも、福田総理の初めての予算委員会に民主党は、菅直人・前原誠司・岡田克也の元代表を投入し、菅さんと前原さんは二人とも、ダム事業などの巨大公共事業のムダを指摘すると共に、それらの無駄な公共事業をやめてしまえば、「林業」や「農業」を再生させるなどに使える税金が1兆円はあるはずだとも指摘しました。

前原さんは質問後の自身のブログ「前原誠司の“直球勝負”(41)」で「ダム建設は、一旦すべてを凍結すべきだ」と題して、2000年の鳩山代表時に、私や法政大学の五十嵐氏たちと使っていた「公共事業を見直す委員会(正式名称は『公共事業を国民の手にとりもどす委員会』)」では「緑のダム法案」など四つの法案をつくり、無駄な公共事業をやめて必要な公共事業のみ行なわれる仕組みをつくろうとしていたと報告してくれています。
「年金」、「厚生省のウソ」、「防衛省」。次々と暴かれてゆく不祥事は、いつまでも政権交代をさせてこなかった、官僚たちを甘やかせてきたニッポンという国の、責任はどこにあるかを国民に見せています。
そう。責任は、国民にあるのです。
しかしながら国民には、その責任の取り方として、「選挙をするという権利」もまた与えられています。
新聞を読んで憤りを感じたら、実名で投稿する。政治家にハラが立ったら、そいつを選挙で落とす。
こんな具体的な行動から、公共事業を変えてゆきませんか。不必要な公共事業をやめるしか、必要な公共事業をやる金の捻出法はないのだと、一人一人が自覚しましょう。


11月8日

第3回  HOP“森の教室”in 法然院

京都東山三十六峰のひとつ、善気山の山麓にある法然院さまのご協力を得て、「木の国のこれから」を考えるHOP”森の教室in法然院。 第3回目を、下記のとおり開催いたします。この小さな芽を、ご一緒に大きく育てていきませんか。

日時 2007年11月23日(祝)PM5:00〜7:30

場所 法然院本堂(京都市左京区鹿ヶ谷)

募集人員・・・ 200名    

参加費用・・・ 1,000円(当日)

基調講演 

  「“古事の森”をつくる心」   立松和平

パネルディスカッション

  「21世紀を“緑の時代”に」

  パネラー

   立松和平

   梶田真章(法然院貫主)

   石出和博(建築家・NPO法人森をたてようネットワーク理事長)

  進行   

   天野礼子(アウトドアライター)

お申し込みは下記のフリーダイヤル、FAXまたはホームページから

Eメール  info@mori-net.org

TEL 0120-55-2486  FAX 075257-3074

ホームページ http://www.mori-net.org/

(住所・氏名・電話番号を書いてお送りください。)

<後 援>
林野庁近畿中国森林管理局  北海道  京都市 (社)京都モデルフォレスト協会  日本経済新聞社
京都新聞社  きょうとNPOセンター  NHK京都文化センター  京都北海道クラブ  ハウジングオペレーションInc.

<主催> NPO法人 森をたてようネットワーク

詳しくはこちらへ


1月10日

有機元年!
「有機元年」と、今年を呼ぼう。と、始まるカラーグラビアを、週刊現代1月12日発売号につくりました。2007年は12月29日まで、このグラビア9ページ作成のためにおよそ2カ月の取材を、高知、千葉、山形へ重ねていました。

2008年は、1月7日に、そのグラビアページの最終校正で仕事始めをしました。

今年は、「有機農業」の取材に歩くことが多くなりそうです。2月4日から、高知新聞で、3週間に1回の1600字の連載が始まります。有機農業人を全国に取材します。
2年以上お世話になった全国森林組合連合会の月刊広報誌「森林組合」に続けていた連載は終了致します。
「川」、「森」、そして次はいよいよ「大地」を再生するための活動を、私は始めるというわけです。
高知では、「超かんたん有機農業」を書いて実践している山下一穂さんをサポートして、勉強してゆきます。
山下さんを「援農」(時々農作業を手伝うこと)している消費者たちの、夜は「宴脳(足りん)隊」に変身する楽しい仲間ともスクラムを組みます。
今年のブログ、きっと楽しくなるはず。更新もがんばります、ね。

2月8日

高知新聞にて、有機農業の連載始める
高知にも家を借りて、釣りや著作に通っているので、高知新聞で“有機農業”の連載を3週に1度、始めることになりました。

統一タイトルは「次代を拡(ひら)く―有機農業への挑戦」で、第1回の登場人物は高知の山下一穂さん。1月12日発売の週刊現代にも、菅原文太さんと共に登場させた“無農薬有機農法”の実践者です。

《以下 高知新聞2008年2月4日付・朝刊より》
http://www.kochinews.co.jp/

    次代を拡(ひら)く―有機農業への挑戦

【1】山下一穂さん(上) 畑に自然を再生する

 一九九九年に本紙での『川に訊(き)く』という連載で書いていたのは、高知の川と山里の折々であった。

 その後、あの連載がきっかけになって旧・池川町に家を借りるようになった私は、長岡郡本山町で無農薬有機農業を展開している山下一穂さんを知るに至った。

 その就農九年目の山下さんを含めて有機農業には、三十年以上も普及に尽力されてこられた全国のさまざまなジャンルの方々がいらっしゃる。

 今回の連載ではその皆さんを三週間に一度くらいの間隔でお訪ねし、読者に紹介してゆきたい。

 有機元年!

 今年を「有機元年」と呼ぼう。昨年十二月二十五日に決定した二〇〇八年度の概算要求。農林水産省では、有機農業に対する四億六千万円が財務省に認められ、「有機農業」に初めて国の予算がつけられることになった年だからだ。

 「有機農業」とはそもそも、一九七一年に「日本有機農業研究会」を農業者有志たちと立ちあげた研究者、一楽照雄さんが、アメリカの書物を邦訳する時に「オーガニック・ファーミング」をこう訳したことで生まれた言葉である(後日、詳細を書く)。

 農水省生産局農業振興課環境保全型農業対策室というところが、有機農業の担当部署である。山下一穂さんはそこを事務局に昨年十月二十五日に誕生した「全国有機農業推進委員会」の十六名の委員の一人となった。

 “新人類” 

 就農してたった九年目で、「驚くほどおいしい」と全国で評判になる味となった山下さんの無農薬有機野菜。それをつくる山下さんのことを、一緒に委員会に所属されている、古くから有機農業の普及に尽くされてきた皆さんは、“新人類”と呼んでいるそうだ。

 作る野菜のおいしさはその方々から見ても満点の腕が立ち、弁も立つ。コンピューターなど近代機器も駆使して“ブログ”(日記)も展開。おまけに性格が明るくて誰からも好かれるからなのだそうだ。

 これまで長年、有機農業を続けてこられた方々は、わが高知県でも“いごっそう”がほとんど。そりゃあ、当たり前だ。「有機なんかで作物はできるか。意地を張らずに農薬を使え」といわれる毎日を、歯を食いしばって耐え、自分自身や消費者の健康と安全のために、少しずつでも収量を上げつつ、おいしさも上がってゆくように努力してこられた不屈の人々だからだ。

 しかし、山下一穂さんの著書には、「超かんたん無農薬有機野菜」とあり、山下さんが口笛を吹きながら農業をしているようなマンガがある。本当に、そんなに「かんたん」なのか。

 だまされてはいけない。山下さんという男は、「“いごっそう”の中の“いごっそう”」ともいうべき男性で、人知れずやってきた努力をさらりと公開して、「ほら、僕のような男にでもできるのだから、あなたにもできるよ」と言ってのけてしまう“男の美学”をお持ちの方なのだから。

 丸ごと堆肥化 

 山下さんが笑う写真の畑は、山下さんと奥さまのみどりさんが、五月に緑肥であるソルゴーの種をまいて、背丈ほどにも成長した七月にそれをハンマーナイフモアで粉砕してからすき込んで、二カ月間も熟成させて「畑丸ごと堆肥(たいひ)化」という状態にしたもので、山下さんはこの畑を「短期集中的に 自然を再生した畑」という。

 戦後アメリカから肥料や農薬が入ってくるまでわが国では、里に近い山に広葉樹を植え、落葉を畑の肥料としていた。それが「寒肥え」となり、春にはまた連作障害もなく作物ができる循環を生んでくれていた。

 ソルゴーを使えばそんな自然循環を「超かんたん」に再生できることを考え出した山下さん。

 「恐るべし、山下一穂」という意味を込めて旧人類である有機農業の先人たちがつけた愛称が、“新人類”なのである。


3月21日

養老先生

3月15日に、京都大学へ養老孟司先生のおいでを願った。2004年より私が応援している京大の“森里海連環学”「時計台集会」のパネラーとしての登場だ。

今年の時計台集会のテーマは養老先生にちなんで虫。「虫が教える“森里海連環”」というわけだ。

ところで。
養老先生は、自他共に認めるヘビースモーカー。故にか長時間タバコの吸えない飛行機がお好きではないということもあり、次のようなことをおっしゃる。

「禁煙なんてキャンペーンは飛行機会社が始めたんだけど、あれは大量にガソリンを使う“悪”を隠すためのものだったね。今もへんなことが起こっているよ。地球温暖化問題といってもみんなが“出口”をしめればよいのに、誰もそれを言わない。問題の解決方法は一つ。石油を使わないことでしょ。それを誰も言わない、言えないのはなぜかと、日本人をもっとみんなで考えた方がいい」。

ブッシュ大統領が先日、記者団との夕食会で「思い出のグリーングラス」の替え歌をうたった。

「古い仲間のコンディー(ライス国務長官)とチェイニー(副大統領)は、僕にサウジの石油の話をするが・・・」という一節もあったそうだ。最近、国民1人当たりに6万円ずつを配ることも約束したこのブッシュ大統領も、コンディーもチェイニーも、3人とも石油会社の幹部の経験がある。

武器はイラクで使い果たしてしまい、次の大統領は武器を新調しなければならない。故に「軍事費を使う」といって批判を受けるに違いない。石油の値段は上がり、石油会社はホクホク。その上国民一人一人に6万円も配ったら金庫はカラッポ、次の民主党政権の短命は初めから明らか。

この辺が「ブッシュはアホを装う、頭の悪くない人物」ということだろうが、問題はその後ろにいる黒幕は誰で何を考えているかということを、全く考えずに生きている国民が多いわが日本というところだろうか。


4月17日

山口二区に象徴されるもの

比例区の議席を捨ててまで衆議院山口二区補選に立候補をしている平岡秀夫さんは、大蔵省の超エリート官僚の職を捨て「民主党政権樹立」の志を立てた人物。

『リベラルの会』の共同代表も務め、「"憲法九条"を大切にする改憲でなくてはいけない」との想いで、私が事務局長を務める『市民版憲法調査会』(筑紫哲也、高野孟、田原総一朗氏などで構成)とも共闘してくれている。

この4月27日の選挙に象徴されているのは、相手が国土交通省の元審議官であったこともあり、「"官僚の天下り天国"を続ける政治を許す日本でいいのか」ということだろう。「対・官僚政治」の菅直人氏が、連日山口入りをして応援している。

平岡氏は、誠実な人柄で、「日本のために頑固」な論を正々堂々と張れる論客だ。こんな人を落としてしまっていいのかと思う。

最終日の土曜は、山口へ出掛けてみよう。平岡の名演説が、朗々と山口にこだましていることだろう。
 
祈・当選!


6月6日

河川法をめぐる元・河川官僚との共闘

1988年から反対を続けていた長良川河口堰のゲートが降ろされた1995年7月の現地所長は宮本博司さんだった。

その宮本さんはその後、近畿地建(近畿地方建設局)に転任すると、「淀川流域委員会」をつくった。

1997年に改正された河川法の「住民対話」と「環境重視」の精神に従って、全国のダム計画のある現地で設置された諮問機関だが、他の河川ではほとんどが“お手盛り”(役所の)なのに、この「淀川」だけは“まっとう”で、「NOダム」の結論が出た。

しかし、この委員会に諮問したはずの河川局がその結論に従わないという態度を示し、所長の宮本さんは不本意だったのだろう、“キャリア官僚”を辞職した。

辞職した宮本さんが今年、再び編成された委員会の委員になり、委員間の互選で委員長に就任した。その公開の委員会がまた「NOダム」の結論に向かいそうになると、河川局は「委員会に金がかかる」と、委員会の存続そのものを否定にかかってきた。

それは「97年河川法改正」の精神に反するものではないかと、今回は、河川法をつくった当時の建設大臣である亀井静香氏をメインゲストに集会を計画している。

宮本さんはこの会合には参加しないが、これは日本最後のダムのない大河・長良川に象徴された「川を守る闘い」に立ち上がった全国の市民たちと、当時それと対峙していた官僚との、いわば「河川法」を守るための共闘といえるのではないか。

今は国民新党をつくり自民党を出ている亀井静香氏は、河川法を改正したあと、2000年には自民党幹事長として、公共事業を223というオーダーで集団中止している。

亀井氏が何故、「河川法を改正し、223の公共事業をストップしたのか」その心を今、この日、改めて語ってくれる。

私は今、とても不思議な気持ちで、喜んでいる。

「よもや、こんな時が来るとは・・・」、と。

  *************************

        〓緊急シンポジウム〓

   97年、河川法改正はいかされていない!!


主催:公共事業チェックを求めるNGOの会
共催:公共事業チェック議員の会
日時:2008年6月10日(火)13:00〜14:30
会場:国会第2議員会館第4会議室

趣旨
 1997年に、亀井静香建設大臣によって河川法が改正され、「住民対話」と「環境重視」が取り入れられました。
これにより、河川整備計画原案の策定に際し、有識者の意見を聴くための「流域委員会」が全国の水系ごとに設置されるようになりました。素晴らしいことです。

 ですが、実態は、ほとんどの委員会がこれまでの政府の各種委員会と同様の役所のお手盛で、日弁連は「法の要件を満たさんがために形式的に設置されたとしか評価し得ないものが大半である」と厳しい指摘をしています。

 そうしたなかで、唯一の例外ともいえるのが近畿の「淀川水系流域委員会」です。

 同委員会は、2001年2月に設置されましたが、第三者組織により選出された委員により自主的に運営されてきました。6年にわたる真摯な議論を経て、「住民の生命と財産を守る」という治水の使命を真に達成するには、「基本高水を根幹とする従来型治水を、それに捉われない新たな治水に転換する必要がある」との意見を出したのですが、2007年1月に突如休止されました。

 同委員会は、ほぼ半数を新たな方法で選出された委員に代え、2007年8月に再開されました。現在、提示された「整備計画原案」に対し、「ダムの必要性の説明に納得できないところがある」として再説明を求めていますが、経費多額を理由として再び休止されようとしています。

 顧みれば、1988年に長良川河口堰反対が始まり、その後に各地でダム反対運動が起こり、それが1997年の河川法改正、そして2000年の亀井静香自民党政調会長の働きかけによる全国223の公共事業の大量中止へとつながって、今があります。

 野党勢力による政権交替が目前に見えてきたいま、私たち日本人が21世紀へ向かってもつべき河川と公共事業に対する思想を再点検する緊急集会を提案致します。

プログラム

挨拶  鳩山由紀夫(「公共事業チェック議員の会」会長)

・「淀川水系流域委員会に改正河川法の趣旨はいかされているか」   
   今本博健(「淀川水系流域委員会」前委員長/京都大学名誉教授)

・「私は何故、河川法を改正し、223の公共事業を止めたのか」   
   亀井静香(「国民新党」代表代行)

・ パネルディスカッション 「97年、河川法改正をいかすために」
    パネラー  
     五十嵐敬喜(法政大学教授)
     菅 直人 (民主党副代表)
     前原 誠司(民主党衆議院議員)

進行  天野 礼子(「公共事業チェックを求めるNGOの会」代表)


7月3日
21世紀を森林(もり)の時代に

5月30日に、北海道新聞社より「21世紀を森林(もり)の時代に」という単行本を出版しました。養老孟司、立松和平、山田壽夫(ひさお)、天野礼子、四人の共著です。

とはいえこの本は、私が養老、立松両氏によびかけ、山田という林野庁技官の、今年7月の定年をたたえて出版にこぎつけた一冊です。

山田さんは、熊本県人吉市の"山持ち"の家に生まれ、林野庁に入庁。木材課長時代の2003年に「新流通・加工システム」を予算化、計画課長となって2005年には「新生産システム」を予算化して、日本の林業を「救った」ともいえる"大働き"をした人物です。

戦後スギ、ヒノキ、カラマツを中心に大造林されたわが国の人工林は、木材価格を低落させてしまった林野庁の失策(というと林野庁は怒るかもしれませんが、心ある森林研究者はそれ故に「林野庁解体論」を叫んでいるのも事実です)から、長年、手入れがされず山地崩壊の原因をつくってしまってきていました。

山田さんが提案し、財務省から予算を取った二つのシステムは、これまで外材を使ってきた大口消費者のハウスメーカーたちに国産材を使わせるための施策です。

日本の住宅は、自国の森林率が68パーセントもあるにもかかわらず、8割が外国からの輸入材で建てられています。

"石油枯渇"が叫ばれている今の地球で、日本が持っている唯一のエネルギーは、森林。人工林は、賢く使えば使い続けてゆける、その唯一のエネルギーです。

「石油なんか、早く使ってしまえ。そうしたら日本人も、もっと賢くなるだろう。」と、皮肉を込めておっしゃる"養老先生"。

立松さんは、日本の寺社等歴史的建造物のために、「"400年の森"をつくっておくべき。」とおっしゃいます。

私は前書きに、「森林(もり)を愛する国民に子どもたちが育ってくれるように、大人たちには今すこしだけ賢くなってもらいたいと願って、私たちはこの本を綴りました。」と書きました。

あなたの手からこの一冊が、愛する人々に広まってゆくことを希望します。

(北海道新聞社刊、1600円+税)


8月3日
川は、なぜ“魔物”になるのか?

兵庫県の三面張りの川で、小さな命が失われました。三面張りの川は、洪水を早く流すためにそのような姿にされていました。それに“親水”というネーミングと役目をもたせた国土交通省河川局の責任が問われます。“親水”という言葉で住民の反対なく公共事業ができる社会の仕組みを作ってきたのが、旧・建設省、現・国土交通省でした。

「水が堤防からあふれない」ように造られていたことが、子どもの命を奪いました。「堤防からあふれる」と市街地に水がおよぶから、「堤防からあふれない」ようにされてきたのが、近代の河川工法でした。

しかし水は、堤防内におしこめればおしこめるほど、早く強くなって、「魔物」になるのです。

今、欧米諸国では、それが洪水時にはかえって危険だとわかり、堤防から水があふれて洪水が「遊べる」ように、「遊水地」が堤防に続いて造られ、「おだやかに」洪水を受け止める手法が公共事業として進められています。

かつての日本にはまず、「川は魔物」という言葉が生まれていました。しかし日本人は稲作をひろめてゆくと共に、「母なる川」という言葉を次には生みました。「洪水」を「水害」にしない知恵が、日本各地には生まれていたのです。

近代河川工学は、川を再び「魔物」にしてしまったのです。

それを正そうというのが、私が亡き開高健師と20年前に立ち上げ今も続けている川の運動です。

「淀川流域委員会」なるものが、このところ関西の紙面をにぎわせています。長良川河口堰のゲートを降ろした1995年当時の河川官僚氏が、「1997年の亀井静香建設大臣の行った“河川法改正”の趣旨に添えば、淀川流域委員会に諮問しておきながら、ダム中止という結論が出たら勧告に従わないという河川局はおかしい」と、官僚を辞職して“淀川委”の委員長となり、河川局を正そうとされています。

これなども、「川を魔物にしたくない、川を愛する河川官僚のあるべき姿」といえるでしょう。


8月9日
高知で8年

2000年に高知へ通い始め、小さな庵を借りて、8年目。顧問となって旧・池川町の皆さんとつくった「池川の“緑と清流”を再生する会」も、今では「仁淀川の“緑と清流”を再生する会」に名を変えました。

このたび7周年記念事業としてCW.ニコルさんらを招き、シンポジウムを企画しています。

森林率97%、高知一、高齢者率が高く、補助金負担率が高い仁淀川町でどう生きるかを論じます。

緑と清流を、見に来ませんか。

        **************************

  「仁淀川の“緑と清流”を再生する会」7周年記念行事

   シンポジウム「森と川の里・仁淀川町に生きるために」

趣旨 

 今は仁淀川町となった旧池川町で、私たちの「仁淀川の”緑と清流“を再生する会」は、2001年に誕生しました。他の地域から見ればきれいな川や緑が残っている町ですが、以前に比べると川の水量は減り、川底の状態も変化し、魚の種類も減少しました。この川を何とか昔のような清流に戻したいというのがみんなの願いでした。手入れの行き届かない山、高齢者も多い地域で、どのようにすれば清流は再生できるのか。講師を招いて、@”近自然工法“による川の自然再生や”大橋式“林内路網づくり、A自然界の微生物の力を借りて水の浄化、B木質バイオマスの利活用、などを学んできました。山仕事の重要性や地域おこしの可能性を広く住民にアピールするとともに、川の清掃活動や川に親しむ事業は町内の様々な団体と共に取り組んできました。

 このたび、アサヒビール(株)社より、その活動が認められ、助成を受けることになったことを記念して、日本の森を愛した故に日本人になってしまったC.W.ニコルさんや若き高知県知事にもおいでいただいて、シンポジウム「森と川の里、仁淀川町に生きるために」を企画いたします。多くの老若男女が、町域を越えて御参集いただけることを希望します。 

日時   2008年8月31日(日) 午後2時〜5時

場所   高知県仁淀川町中央公民館3階会議室                                    
主催   「仁淀川の“緑と清流”を再生する会」

後援   高知県、アサヒビール株式会社、京都大学フィールド科学教育研究センター

○開会挨拶   奥田英雄(「仁淀川の“緑と清流”を再生する会」会長)     

○来賓御挨拶  古田土俊男 氏(アサヒビール(株)四国地区本部長)        

○来賓御挨拶   藤崎 富士登 氏(仁淀川町長)                      

○基調講演T  「ふるさとは緑なりき」

    C.W.ニコル氏(作家・京都大学社会連携教授)    

○基調講演U  「京大は仁淀川の森で何を実験しているのか」 

     竹内典之氏(京都大学名誉教授)                              


  −休憩−  

○パネルディスカッション「森と川の里で生きるために」                  

  パネラー   尾崎正直氏 (高知県知事)

         福留脩文氏 (西日本科学技術研究所所長)

         中島浩一郎氏(「銘建工業」代表)

  進行     天野礼子氏 (アウトドアライター・「仁淀川の“緑と清流”を再生する会」)


8月28日
“三本の矢”は折れない?三知事は“河川の自治”を取り戻せるか?

滋賀県の嘉田紀子知事が8月23日に、大阪の橋下徹知事、京都の山田啓二知事を誘って琵琶湖で、滋賀県の環境学習船「うみのこ」号に乗って、「淀川水系のダム」について話し合いました。

「淀川水系ダム」については、このブログでも書いてきましたが、私が1988年から反対を続けている長良川河口堰が1995年に完成した時に、産経新聞以外の新聞がすべて社説で反対したにもかかわらず、社会党の野坂浩賢建設大臣が「運用」のGOサインを出した時、現地所長としてゲートを下ろした河川官僚、宮本博司氏が、今は河川局と対抗して、「淀川流域委員会」の委員長として“がんばっている”のです。

がんばっている、とは「闘っている」ということで、彼が最近、朝日新聞大阪版で連載している「なぜ、どうしてもダムなのか」によると、『河川局の中でも自分と同じように考えている近畿地建の部下たちと一緒に、自分は「淀川流域委員会」を、1997年の亀井静香建設大臣の“河川法改正”の賜物として運営した。その結果、流域委の結論が「ダムはいらない」と出たのに、その委員会を諮問した河川局が諮問に従わないのはおかしいのだ』と。

だから彼は官僚を辞め、「民」の側へ入って、流域委員会の委員に自薦で立候補し、委員間の互選で委員長に選ばれ、今のような行動に出ているのです。

河川局は、三重県の野呂知事を入れて、四知事で意見が二分するようにと仕掛けたのですが、「めずらしく」というとしかられるかもしれませんが、産経新聞までが一貫となってこの件を書き続けている関西の新聞社はそれを見抜き、三重の知事を無視してしまったので、河川局の思惑どおりにはなりませんでした。これは日本では珍しいことで、「マスコミもがんばるのだ」という見本に、もっと東京のマスコミも応援して書いてもいいのでは?

そこで河川局は、今度は大阪の橋下知事を一本釣りし、「ダムだけで判断していいのですか?国土交通省に頼まなければならないことは多いのでは・・・?」と、自民党からも、公明党からも手を出してもらい、責め続けたのです。

ところが新聞は連日書き、ウォッチしています。「人気」を一番気にしている橋下知事としては、簡単に河川局の言いなりになる姿をさらすことができず、悩んでいました。

河川局からの様々な圧力と誘惑は、京都にも滋賀の知事にももちろんあるに違いありません。

滋賀・嘉田知事は選挙公約に、「新幹線の駅事業を止める」と、「ダム反対」を“もったいない”と掲げ、当選しました。「ダム」については途中からは「反対しない」と言っていたのですが、今は「流域委」の結論を重視するというようにもどってきました。住民の意見に従うというよりも、「流域委」のがんばりが彼女を励ましたということでしょう。

嘉田知事は、河川局の示した「洪水の頻度」が、自分が学者として流域を歩いて調べてきたデータと異なるということから、反対を鮮明にしました。京都の山田知事は、「河川の地方自治を取り戻そう」。橋下知事は「財政の無駄」をいいます。

船上会議でとりあえず決まったのは、「個別に河川局に対応せず、三人で共同意見を出そう」というものでした。

これにはもちろんマイナスもあります。「反対」と「賛成」に意見が分かれた時、「中庸」を取らざるを得なくなることです。

しかし今は、関西全新聞社注視の中です。おかしなことはできません。衆議院選挙も近い。

皆さんは、和歌山の前・木村知事が汚職で失職したことを覚えているでしょうか。あれは誰でもやっているくらいのことを大きく問題にされ失職に至ったことは問題にされていませんが、国土交通省に逆らったことが原因だったのです。(マスコミは書いていませんが、私の想像です。)

 当時、木村知事は“道路の自治”を取り戻そうとしていました。「2車線の道路はいらない。1.5車線の道を、自由に造る、自分で調査して、いらない道路はやめて、本当に必要な道路だけ造る」と、記者会見をして発表したのです。彼の汚職が暴かれたのは、まもなくでした。

中央省庁には、こんなことができるのです。

だから熊本の前・女性知事潮谷さんは、川辺川ダムをすっきり止められませんでした。選挙母体の自民党から「止めれば裁判で訴える」と言われていたからです。

そこで彼女は、他の女性知事、大阪の太田、千葉の堂本に協力を求め、小泉総理を“三本の矢”で説得しようとしたのですが無理でした。

今度の“三本の矢”はどうでしょうか?

東京のジャーナルは、もっとこの「淀川」を書いてほしい。こんなにおもしろいのだから。そしてこんなに、日本をウォッチングできる機会はないのだから・・・。

どうですか。田原総一朗さん、高野さん。

サンデープロジェクトで、特集を組まれませんか?

9月16日
川辺川は、止まるか?

球磨川の鮎釣り名人・塚本昭司さんから「川辺川を助けに来てください」と電話があって私が出かけたのは、1990年の秋のことでした。

1988年から私たちが長良川で繰り広げた河口堰反対が国会で、三木派の北川石松環境庁長官の「反対」、綿貫民輔建設大臣の「推進」で真っ二つに分かれていた頃です。

その鮎名人・塚本さんからこの912日の朝に電話がありました。「昨日は、地元は大喜びで、私も寝れんかった。一番最初に川辺川へ来てくれ、菅さんや鳩山さんを民主党代表として川辺川へ連れてきてくれた天野さんには一番に明日電話しようと、昨日言うておったです。クシャミば、せんかったとですか」。

911日は、私の55回目の誕生日だったので、熊本の蒲島郁夫知事の国交省へ“白紙撤回”を求める発言は「何よりのプレゼント」と、夫と二人で祝盃をあげていました。

川辺川ダムは、二つの理由で、もっと早く止められるものでした。

一つは、過去にこのダムを利水事業として推進するため相良村で役人として農民を説得する役目だった梅山究さんが反対運動の中心人物として裁判を起こしていたように、事業の目的が失われていることが明らかであったからです。

国は、ダム反対運動が起きてもこのことを無視していましたが、とうとう裁判では負け、農水省が利水事業から撤退するに至っています。

死人にまで推進の判を押させていたことが判明したからです。

二つ目は、「治水」事業といいますが、川辺川ダム計画のある球磨川本流では、上流にある市房ダムが洪水時に放水したことによって水位が上昇して死者が出るという「水害」がかつて起こっており、流域の人なら誰でも、「ダムが治水をするというのはウソ」と知っているからです。

蒲島知事が当選した今年3月の知事選には、四人のダム反対者が立候補していました。著名人の蒲島氏の立候補は、「反対派つぶし」を国交省が画策したのではないかとも言われていましたが、今回の「民意はダムによらない治水を追求し、今ある川を守るよう選択している」発言では男を挙げましたね。ダム推進派の自民党熊本県連幹事長は「裏切られた」と言っているそうです。

 それにしても。一つのダムを止めるのに、42年もかかっています。912日の日経新聞の社説は「いっそのこと、時間が経過した公共事業は一度白紙に戻すことを政府は法制化してはどうか」と書いています。

国鉄の民営化は、社会党や共産党支持の“国労”組合員を切り捨て、まるで組合が国鉄の巨大な赤字を作ったかのように、経営者側の罪を問わず、終わりました。林野庁の営林署の統廃合も同じレトリックです。

しかし、この国に本当に必要なのは、20世紀の百年間に使ってきた社会システム「官僚制度」とそれを使ってきた「自民党」なるもののリ・セットなのではないでしょうか。

ところで。小沢さんが「ダム反対」とは聞いたことがありませんね。少なくとも長良川河口堰問題では、竹下登(長良川河口堰計画を1988年に再び動かした総理)氏でさえも「止めよう」とした1992年に、止めさせなかったのは自民党の当時幹事長であった小沢一郎さんです。しかし、今の民主党では、菅さんも鳩山さんも、この2カ月以内に何度目かの川辺川入りを果たして、蒲島知事の説得に動き、始まろうとしていた次期国会への質問を、川辺川問題で用意されていたようです。

「川辺川ダム」が、“日本の政治のリ・セット”の象徴として、政権交代と同時に止まる日が来るのではないでしょうか。

その時、長良川河口堰のゲートと諫早水門が、新政権によって開けられると思います。


9月22日
第5回京都大学時計台対話集会

来る9月28日(日)、京都大学フィールド科学教育センターによる第5回時計台対話集会“森里海のつながりを生物多様性から考える”が開催されます。

皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

http://www.fserc.kais.kyoto-u.ac.jp/main/centernews/h20/08news10.html

日  時 : 平成20年9月28日(日)13:30〜17:00
会  場 : 京都大学百周年時計台記念館
        百周年記念ホール
        〒606-8501 京都市左京区吉田本町
共  催 : 京都大学フィールド科学教育研究センター
       京都大学生態学研究センター
後  援 : 日本財団
       京都府教育委員会
       京都市教育委員会
協  賛 : 株式会社 村田製作所
       全日本空輸株式会社
       NPO法人 エコロジー・カフェ
       サイファーアソシエーツ株式会社(順不同)
問い合わせ先:京都大学フィールド科学教育研究センター
       TEL.075-753-6414・6420 FAX.075-753-6451
       E-mail:johoの後に@kais.kyoto-u.ac.jp を付けて下さい。


      −プログラム−

第一部 講演
        「原生林も里山も地域の宝」
           只木 良也(名古屋大学名誉教授)
        「水と砂の流れと生物多様性」
           向井 宏 (北海道大学名誉教授)

第二部 パネルディスカッション
        コーディネーター   益田 玲爾(京都大学フィールド研)
        パネラー       吉岡 崇仁(京都大学フィールド研)
                   上野 正博(京都大学フィールド研)
                   椿  宜高(京都大学生態研)
                   谷内 茂雄(京都大学生態研)
                   奥田  昇(京都大学生態研)

第三部 会場との対話
        司会 天野 礼子(アウトドアライター)


--------------------------------------------------------------------------------
挨拶   尾池 和夫(京都大学総長)
     白山 義久(京都大学フィールド科学教育研究センター長)
     高林 純示(京都大学生態学研究センター長)
総合司会 柴田 昌三 (京都大学フィールド科学教育研究センター副センター長)

--------------------------------------------------------------------------------
同時開催パネル展
 ・フィールド研・生態研の施設と活動紹介
  (開催時間:12:00〜、場所:同時計台記念館2階 国際交流ホールIにて)


10月6日
紋別市長、“木質バイオマス社会設立”“COゼロ”を学ぶ旅

9月29日から10月2日にかけて、北海道オホーツクの紋別市長一行を引率して、岡山県真庭市の集成材政界トップメーカー「銘建工業」、京都府南丹市の日吉町森林組合、奈良県川上村の吉野林業「清光林業」を視察する旅の途中でこのブログを書いています。

詳しくは、以下の趣旨文とスケジュールをご参照ください。

趣旨

 「
SGEC」森林認証、国内最大29万ヘクタールを取得したオホーツク林業地で中心的役割を担うべき人口2万5千人の紋別市には今、それら29万の森から出てくる人工林材をどのように活用してオホーツクの人々を幸せにするかの“青写真”をいそぎつくることが求められています。

 林野庁と森林組合がこの二年くらいの間に全国で急ピッチで進めている「山仕事のやり方の改革」を、ここでやってみるチャンスがめぐってきているともいえるでしょう。「所有者の取りまとめ」「道づくり」「作業の効率化」です。

 ドイツでは、1980年代に林業改革が進められた折に、巨大コンツェルンも、それに対抗した民間の集合体も、それぞれが“木材価格の決定権”を自分が持とうと競い合って改革が急ピッチで進んだことを、昨春、富士通総研の梶山恵司氏に引率されて行った人間たちは学んできています。

 北海道森林管理局は、所有する19万ヘクタールの認証林から、今年は8万立方の材を出す努力をし、それは今後も続けられるでしょう。同じように「山から材を大量に出す“社会システム”をつくりあげる」ことが、オホーツク林業界の民間側の喫急の使命であり課題ではないでしょうか。

 今回は、市長の要請に従って、@木質バイオマスエネルギーでの“自給”を都市としてめざす真庭市が、「集成材コストカット世界一」の銘建工業や他の企業とともにどのように生きようとしているのかA“天皇杯”を受けた日吉町森林組合の「森林所有者取りまとめのソフト技術」と「山仕事の効率化のくふう」B日本最大の雨量、多数の破砕帯を抱えてもしっかりとした作業道網をつくり、安価に材を出すことに努力している「吉野林業」17代の清光林業の仕事ぶり、を視察できるメニューをつくってみました。

 超多忙な、中島、湯浅、岡橋の三氏に無理をお願いし、スケジュールをいただくことができています。

 また、先般「森里海連環学」と「COゼロ提案」を紋別市に導入して下さった京都大学「フィールド科学教育研究センター」とも、視察日程の最終日には3時間の会議の時間を持ちたいと考えます。

 白山教授の試算では、仮に29万をおよそ30万ヘクタールと計算して、若木ならば年間200万立方の成長があり、二酸化炭素吸収量は110万tとみこまれ、日本人の1人当たりの年間CO2排出量9.2tをおよそ10tと考え、紋別の人口を(2.5万だが)3万と考えても、30tCOの排出なので、吸収が排出のおよそ3倍以上もあると計算でき、「森林でのカーボンオフセット」はまちがいなくできることが試算できる上に、まだ3倍以上の余裕があるので、紋別便の廃線を考えているかもしれない全日空などに有利な取引をもちかけることも可能とのこと。全日空とは、京大が指導し、全国の全日空の飛んでいる空港周辺で「私の青空、全日空の森づくり」事業をしているという関係もすでにあります。

 そんな「21世紀は森林(もり)に生かされること」を学ぶ旅程として企画しました。

 参加可能人数は、山行きの4WD3台までの15名くらいが上限ですので、早急に参加を御検討下さい。


「“木質バイオマス社会設立”“COゼロ”を学ぶ旅」

企画者  天野礼子

9月29日(月)

      13:25 紋別空港発

      19:00 岡山空港着     レンタカーに乗り込み(車中1.5h

      20:30 真庭市・宿泊地着

      20:45 夕食

9月30日(火)

       7:00 起床

       7:30 朝食

       8:00 銘建工業「集成材のコストカット世界一」の中島浩一郎社長よりレクチュア

            「“木質バイオマス社会”を地域と共にめざして20年」

       9:00 工場及び倉庫群を案内してもらう

      11:00 コンクリート会社のチップ・ボイラー乾燥システムを見る

12:00〜13:00 食事をしながら、真庭市行政よりバイオマス行政全体のレクチュアを受ける

13:00〜15:00 真庭市の案内によって、市内各所バイオマス関連施設の見学

      15:00 出発(車中3.5h

      18:30 京都府南丹市日吉町「日吉荘」着

      19:00 夕食

10月1日(水)

       6:30 起床

       7:00 朝食

       7:30 日吉町森林組合参事・湯浅勲氏よりレクチュアを受ける

       8:30 山の作業の見学に出発

      11:30 昼食

      12:00 出発(車中5h

      17:00 奈良県川上村「ホテル杉の湯」着・竹内名誉教授と合流

17:15〜19:00 吉野林業17代「清光林業」社長・岡橋清元氏からのレクチュア

            「大橋慶三郎先生に学んだ道づくりと林業経営が、私を救った」

      19:30 夕食

10月2日(木)

       7:00 起床

       7:30 朝食

 8:00〜11:00 山の作業と道の見学

      11:30 昼食「杉の湯」

      12:00 出発

      16:00 京大着

16:15〜19:15 間伐材を使った住宅システム「jpod」内にて

            白山教授・竹内名誉教授と会議

      19:30 「がんこ二条苑」にて打ち上げ会(木屋町二条)

      21:00 ホテル入り

10月3日(金)

       5:30 起床

       6:00 出発  タクシーにて京都駅へ

       6:22 特急「はるか」発

       7:42 「関西空港駅」着

       8:50 関西空港駅発

      12:50 紋別空港着

協力者 ・銘建工業社長                       中島浩一郎氏
       日吉町森林組合参事                 湯浅勲       
    ・ 清光林業社長                       17代 岡橋清元氏
       京都大学「フィールド科学教育研究センター」長     白山義久教授
       京都大学(人工林研究)                竹内典之名誉教授
       アウトドアライター・「林政審議会」委員        天野礼子

10月24日
日経新聞いわく。二つの“川についてのシンポ”案内も併せて。

「日経新聞いわく。」

912日の日経新聞の社説は、「川辺川ダムは中止すべき」だとして、前日の熊本県蒲島郁夫知事の国土交通省に対する「川辺川ダム計画の白紙撤回を求める」行動に賛同の意を表しています。

ダム事業などの推進に対して、中央官庁は地元知事の意見を尊重しなければならず、国道交通省の「川辺川ダム計画」は、同事業利水計画に対する住民訴訟に農水省が敗訴して“利水”目的から撤退したことに続いて、建設不可能の状況へ追い込まれたと言えます。

日経新聞の社説は「一度計画されると止まらない大型公共事業の象徴として注目を集めている熊本県の川辺川ダム建設事業が新たな局面を迎えた」に始まり、「いっそのこと、時間が経過した公共事業は一度白紙に戻すことを政府は法制化したらどうか」と終わっています。

蒲島知事の記者会見の911日は、私の55歳の誕生日でした。19886月に「長良川河口堰建設に反対する会」をつくり、開高健を会長にして“川の国ニッポンのダム”を象徴として問うてきた大型公共事業について、初めて知事が公式に「NO」といった、これが20年間活動を続けた私が“勝手にもらった誕生日プレゼント”でしたが、日経新聞の社説も、私には格別嬉しい贈り物でした。

私と法政大学の五十嵐敬喜教授は、1996年から民主党に、「公共事業コントロール法(案)」というのを国会へ出し続けてもらっています。

今の、国の公共事業は、私たち国民の手の届かない「閣議」(総理と大臣たちの会議)で決定され進められているのですが、これを「国会へ諮るべし」というのが、私たちのつくった法(案)です。

日経新聞の社説の最後に書かれた「時間が経過した公共事業は一度白紙に戻す」ことも、この法案には含まれています。

民主党は、このような法(案)を持って出し続けてきたことをこそ、公共事業のマニフェストに書き込むべきだと思っています。


「川についての二つのシンポあり」

関西では、「淀川流域委員会」と淀川流域のダムについて、滋賀・京都・大阪の三知事を巻き込んでの議論と報道が活発にあることをお伝えしてきましたが、11月に続けて二種のシンポジウムが行われることになったので、お知らせいたします。

川の全国シンポジウム−淀川からの発信−

日時 200811月2日()および3日(月・祝)

場所 京都大学 百周年時計台記念館 百周年記念ホール

主催 川の全国シンポジウム実行委員会

川が泣いています

わたしたちのせいです

河川の環境を保全し、地域の意見を反映することを

河川法はめざしています

みんなの川を

つぎの世代に 誇りをもって 引きつぐために

11月2日()と3日()

京都大学時計台百周年記念ホールで

話し合いましょう


プログラム

11月2日()

1000-1010 オープニング・セッション

開会挨拶   実行委員会委員長 川那部浩哉

1010-1140 基調講演

 河川法改正の意義    弁護士・龍谷大学法科大学院教授 寺田武彦

 地方分権における問題点  PHP総合研究所代表取締役社長 江口克彦

1140-1300 昼食休憩(会議室Wでのポスター展示をお楽しみください)

1300-1500 淀川水系流域委員会からの発信

 報告 淀川水系流域委員会が目指す新たな川づくり

環境(中村正久) 治水(今本博健) 利水(荻野芳彦) 利用(川上聰) 

住民参加(三田村緒佐武)

 パネルディスカッション:淀川水系流域委員会の実態

      三田村猪佐武(進行)+竹門康弘+細川ゆう子+山下淳+村上悟

1500-1550 出席者からの発信@

      大熊孝+姫野雅義+渡辺洋子+つる詳子+北山早苗

1600-1700 河川管理における地方分権

 琵琶湖・淀川の価値   滋賀県知事 嘉田由紀子

1700-1800 特別講演

 川への想いを語る    UNEP親善大使 加藤登紀子

1830-2000 懇親会(京大吉田生協・参加費3000円)

11月3日()

1000-1200 河川法改正の趣旨は活かされているか(司会進行:川村龍一)

 講演&インタビュー:

    前原誠司()+穀田恵二()+各政党代表者(依頼中)

    京都弁護士会会長 石川良一

    元国土交通省河川局専門官・前淀川水系流域委員会委員長 宮本博司

    フリージャーナリスト まさのあつこ

1200-1300 昼食休憩

(時計台ホールで「みずになったふるさと」を上映します 弁当持込不可)

1300-1400 特別報告

全国における流域委員会の実態  東京大学 愛知演習林 講師 蔵治光一郎

 水制度改革国民会議について   水制度改革国民会議理事長 松井三郎

1410-1500 出席者からの発信A     出席者(依頼中)

1500-1520 クロージングセッション

 総括報告    実行委員会委員長 川那部浩哉

 京都宣言

プレ・イベント(11月1日・土)

秋の桂川サイクリング カヌーで淀川を楽しむ 若人の祭典(吉田食堂)ほか

*プログラムは都合により変更する場合がございます。あらかじめご了承ください。

賛同人にご参加ください

シンポジウムを運営するため賛同人を募集します。本シンポジウムの趣旨に賛同される個人および団体の方は賛同人として登録と募金をしてください。賛同人1000人が目標です。

申込方法:川の全国シンポジウム実行委員会へ E-mail または FAX でお申込みください。

事務局からの連絡は原則としてE-mailで行いますので、できれば E-mail でお申込みください。

 E-mailの場合:ready2-river-subscribe@yahoogroups.jp

 FAXの場合  :06-6372-8062

記載事項:@氏名、A所属、B連絡先住所、C電話、DFAX番号、EE-mailアドレス

賛同費:1口3000円です。個人は1口、団体は1口以上お願いします。

振込方法:郵便振替にてお願いします。

名義人:川の全国シンポジウム実行委員会 口座番号:01690-6-93555

賛同者は:

@実行委員会に実行委員として参加できます。

AE-mailで申し込まれた方は実行委員会MLを通じて意見を発信できます。

Bシンポジウムに無料招待されます。

Cシンポジウム報告書の賛同人名簿に記載され、報告書が配布されます。

問合せ先:river-sympo-08@chorus.ocn.ne.jp

またはTEL 06-6372-8061FAX 06-6372-8062

事務局員が不在の場合もありますので,できるだけE-mailまたはFaxでお願いします。

実行委員会委員長 川那部浩哉(琵琶湖博物館館長)

******************

シンポジウム「琵琶湖・淀川の流域自治を考える」

国の河川政策に住民参加の視点を取り入れた河川法改正から11年。現場では、どのように住民意見が政策に反映されるのか。

ダムの建設問題をきっかけに、国と地方の関係の見直しを唱える3人の知事を迎え、シンポジウム「琵琶湖・淀川の流域自治を考える」を開きます。法律や河川の専門家にも課題を探っていただきます。

11月23日(日)午後1時30分〜5時、大阪商工会議所国際会議ホール(大阪市中央区本町橋2の8)

講演 尾田栄章さん(元建設省河川局長)「住民参加と環境保全、河川法に込めた意味」

パネル討論 

橋下徹・大阪府知事

山田啓二・京都府知事

嘉田由紀子・滋賀県知事

五十嵐敬喜・法政大教授

竹村公太郎・リバーフロント整備センター理事長

コーディネーターは中村正憲・朝日新聞論説委員


申し込み 

はがきかファクス、Eメールのいずれかで、郵便番号、住所、氏名、電話番号を書き

〒530・8211(住所不要)朝日新聞大阪本社・朝日21関西スクエア「淀川シンポ」係へ。

ファクスは06・6443・4431。

Eメールは sq−fobox@asahi.com へ。

定員700人。無料。11月5日必着。聴講券を送ります(応募者多数の場合は抽選)


主催 朝日新聞社


10月29日
週刊現代に“今こそ見つめ直す「日本人の食」”のシリーズを始めました


東京では10月27日(月)に、その他の地区では10月28日(火)に発表されている週刊現代の巻頭カラーグラビアで、有機農作物を給食に使い、子どもたちが味噌や漬け物を自作している福岡市の保育園をルポしました。
「食は命なり  ある保育園の挑戦」。

御笑覧いただけると幸いです。

これは、今年1月12号の9ページを使った「有機農業」特集のカラーグラビアに続く、私の仕事で、今回から特集タイトル「今こそ見つめ直す“日本人の食”」をつけてもらえました。

このシリーズをしばらく週刊現代に続けます。次には、「無農薬りんごの木村秋助さん」、「有機・市民農園」の企画を進めており、来年はイギリスとドイツも取材する予定です。

皆さまからの情報やアイデアをお寄せいただければ形にしてゆけます。
どうかご助言をお願い致します。


11月17日
林政審議会委員に再立候補しました


11月17日までの〆切りで、林政審議会の委員2名の公募があったので、再度立候補しました。
以下がその応募原稿です。

  テーマ  林業及び木材産業の再生のために
           政府がなすべきこと

ドイツでは、行政官である「フォレスター」たちが各地で、地域の行政や個人所有者の相談に乗ってあげている。森林の“管理”と“運用”の両方がフォレスターの働きで、全土において統一され、官・民一体で森林計画がされているのを昨年見て、うらやましく感じた。

 日本では数年前に、林野庁の赤字三兆八千億円が一兆円を残して国民負担で解消され、同時に全国の営林署が統廃合された。

 しかしその後、林野庁の「新流通・加工システム」「新生産システム」メニューが登場したことにより、急ピッチで、「林業を業(なりわい)に再生する」努力が、林野庁、森林組合連合会、民間の協働によって進められている。この数年の間の官・民の努力は、世界にも誇れるほどのスピードと賢明さである。

 一方、いま政府内では、農林水産省や国土交通省の地方整備局が、“分権”の名の下に廃止されようという傾向にある。

 しかし私は、これからの日本が持つ唯一とも言っていい、最大の資源である“森林”については、いま進みつつある二年後の「国有林の、特殊法人への運営移行」も含めて、一度ストップをかけ、先の「営林署の統廃合」を見直すことも含めて、『わが国の最大で世界にも誇れる資源であり、国土の保全と治水の要である森林をどう管理・活用してゆくか』を国民全体で考え直す仕組みをいそぎつくり上げることを、むしろ進めるべきと考える。

 日本政府は、洞爺湖サミットで地球の環境問題を世界に訴えたように、自国の最大の資源であり国土の環境を支えている森林を、「生かす」ことを第一義として、「計画し直す」ことから始めるべき、と思うのだ。

 過去、世界の文明は、森林がつくってきている。しかしその文明が「愚かな森林使用」によって滅びてきたことも、歴史が示しているとおりである。

 日本と日本人は今こそ、幸いにも67%の森林が国土に残ってきている幸運をよく考えた上で、その森林率にふさわしい「森林国としての林業を業(なりわい)として再生できる」よう、全国の営林署を復活させ、森林組合と協働させ、民間林所有者に意欲を与え、国有林と民間林の一体運用・管理の体制づくりへむけて歩き出すべきである。

 本年、私は知人達とそのためにも「日本に健全な森をつくり直す委員会」をつくった。自分たちの森林への想いを世論にまで高めてゆきたいからだ。

 林政審議会は、政府の中で決められている林野行政のための法整備や林野庁の仕事をチェックしサポートしているが、当然のことながら一定の限界を持っている。そのことを私は委員となってよく理解したので、再度立候補して内部からも働きを続けたい。

 「この国土に67%もある日本の森は、いまや日本だけでなく地球の大切な資源である」こういう考えに、政府も、林野庁も、林政審議会も、そして国民も、早く至るべきである。

 中でも政府は特に、こんな視野を持って、「森林行政」と「林業および木材産業」の“再生”のために早く動き出すべきであると考える。


11月19日
日本に健全な森を作り直す委員会


“日本に健全な森をつくり直す委員会”を7月に養老孟司さんらと立ち上げ、9月に第1回委員会を開きました。12月16日には第2回委員会を行います。

その委員会のニュースレターを「山おやじ3号」と名付けて、私が書いています。今回発行の「No.2」と9月発行の「No.1」を読んでみてください。


日本に健全な森をつくり直す委員会・ニュースレター
「山おやじ三号」NO.1

"山おやじ三号"に出逢った日      作:天野 礼子

 高知県仁淀川町池川地区。森林率97%、林業の最盛期には人口が9千人だったが、今は2千人。高知県で一番、高齢者率が高く、医療費が高く、補助金負担率も高いのが、私が2001年より小さな庵を借りて通っている、4本の川に人々がへばりつくように住んでいる、田んぼが二町しかない山里です。

 この池川から伊野町に向かう新大峠トンネルの手前で7月、私のパジェロは"山おやじ三号"を追い越しました。  という屋号をつけた、老体というのがふさわしい4tトラックが、背に小丸太を山積みに乗せ、あえぎあえぎ、坂を登っていたのです。

 "山おやじ三号"とは、私がその一瞬につけた彼のあだ名です。昭和54年、日本の木材価格が一番高かった頃、彼の先々代が新調されていたはずです。たくさんの木材を都会へ運んだでしょう。二代目は、あまり出番がなく淋しい日々を過ごしたはずです。そして三代目の彼。もう出番もないし、そろそろ本人も引退かと思っていたところに、この一年ほど、毎日のように出番があるようになりました。

 毎日毎日、たくさんの小丸太を乗せて、「しんどいけれど、まだまだ頑張るぞ」と老齢に鞭打って張り切っているようです。よもや、こんな時間(とき)が来るとは数年前までは想像できなかった、そんな顔をして、「山おやじ三号」はこの日、間伐材を運んでいたのでした。

 これが、小規模所有者のとりまとめをきちんとして、「大橋式作業道」などの網の目のように造られた作業道から出てきた材なのか、それとも今、全国で問題視されている、再生産を伴わない皆伐作業から出されてきた材なのか、おそらく後者の可能性の方が高いのですが、「山おやじ三号」がとにかく喜んで働いていることは私には分かりました。

 全国で近年、二つのことがきっかけとなって、猛スピードで"林業再生"が取り組まれています。

 一つは、林野庁の中で、現・北海道森林管理局長の山田寿夫さんが中心となって改革派が生まれ、営林署を統廃合し、5千人体制にされようとしていたことにブレーキがかかったことです。京大名誉教授の竹内先生は、『林野庁は、営林すなわち森を経営していくことをあきらめて、管理局となって管理だけをしようとしてたんやな。それを山田さんが、「新流通・加工システム」や「新生産システム」をつくって、「みんな、あきらめるのは早い。戦後植えてきた木が使い頃になってあるじゃないか」とハッパをかけたんや』とおっしゃいます。

 もう一つは、富士通総研の梶山恵司主任研究員と富士通総研の理事長だった福井俊彦(前・日銀総裁)さんが2003年に、『森林再生とバイオマスエネルギー利用促進のためのグリーンプラン』をつくってくださったことでした。この作成をきっかけに梶山さんは、全国の森林組合改革に乗り出し、京都府日吉町森林組合の湯浅さんと二人三脚で、寝るのも惜しんで全国を歩いてくれています。

 これら二つのことから、国有林でも、民有林でも、林野庁、森林組合、林業者が一帯となって、「山から材を出し、木材使用の外材対国産材率8対2を改めよう」としてくれています。

 これはまさに、「21世紀の林業の"産業革命"」と呼んでよいものと思えます。百年の計で「日本に健全な森をつくり直す」チャンスではないでしょうか。

 しかし、往々にして、こういう時には、一番山元の、一番困っている人々の声が、改革者達の耳には入らないということが起こりがちであることは歴史が示しています。

 そのため、私たちの委員会は、こんな山元の声を、林野庁や森林組合連合会や、山田さんや梶山さんの仲間たちに届ける役目を果たしたいと考えます。

 幸い、越前市から、養老先生と友人である田中保さんが参加してくださり、もう早速、下部委員会「福井に健全な森をつくり直す委員会」をつくってくださっています。山の方々の声を届けてくださるでしょう。
 この田中さんや、林野庁からは島田泰助次長の下で山田さんらと改革を進めてきた肥後賢輔さんが、事務局仕事をお手伝いくださることになりました。お二人と三人で事務局を務めたいと考えます。

日本に健全な森をつくり直す委員会・ニュースレター
「山おやじ三号」NO.2

「Yes!We Can!」      作:天野 礼子

 アメリカが世界に見せたのは、「信じて動けば成せる」ということだったと思います。

 私は、林業もそうだと思います。梶山さんは9月の会合で、「日本林業の歴史は戦後50年しか経っていない。これからだと考えよう」とおっしゃいました。

 私が「森林組合」に連載を始めたのは2005年9月。この時私は、全国の森林組合の方々が「希望」を持たれていないのを見て、あえてそこを舞台にしたのですが、自分のペンがそんな現状を変えられるかどうかには確信がありませんでした。

 しかしその後、梶山さんの論文に出逢い、湯浅さんを知り、私自身も遠く近くお二人の側にいて、山田寿夫さんら林野庁内の動きと合流するように現状が生まれました。 今の全国の森林組合内で起こっている改革は、都会から山へ向かった若者が各地で中心になって成されています。「Yes!We Can!」なのです。

 一方、農業の現場でも、地殻変動が起こりつつあります。先に「有機JAS法」がつくられたのですが、「使ってよい農薬が30数種類もある"JAS有機"っていったい何なの?」という人々が「有機農業推進法」を与野党の心ある議員らに作らせ、35年間もお役人からは迫害を受けていた"有機農業"に、今年初めて4億6千万円の予算がついたのです。

 養老先生は9月の会合で「私は"生物多様性"という言葉を絶対使わないが…」とおっしゃっていますが、その"生物多様性"についての『第3次生物多様性国家戦略』は昨年7月、「これまで使ってきた農薬や肥料、干潟を埋めるなどの行為が、生物多様性に"負の遺産"をつくってきた」と認め、なんとそこには諫早湾のゲートが閉められている写真が"負の遺産"の事例として使われているのです。

 私はこんな農水省の反省を見て、「林野行政も、3兆8千億円あった赤字を1兆円にして、全国の営林署を統廃合してしまった時点に遡り、やり直してみればよい」と思いました。

 いや、それより。2001年1月に行われた「省庁再編」をやり直して、"市場原理"や"効率"だけで今も進んでいるこの国の「改革」とやらを、「山里を幸せにできる日本にどうすればなれるか」という視点で、やり直してみるべきではないかと思うのです。

  「Yes!We Can!」地球上のすべての人類が、自分たちだけの繁栄を追及せずに知恵を集めることができた時、「山が笑う」と信じています。


12月3日
“ノブレス・オブリージュ”の人、筑紫哲也さんを悼む

11月7日に永眠された筑紫哲也さんを学長にして筑紫さんのふるさと日田市でくりひろげられていた市民大学「自由の森大学」(2年前に閉校しています)より、筑紫さんを悼んで、12月5日・6日に追悼展が日田市民会館で開催され、7日には日田市総合体育館で「しのぶ会」が行なわれることが案内されました。

また、「自由の森大学」に講師として参加していた私には、「追悼展」でのメッセージ発表の機会も与えられました。

以下に、筑紫さんをしのびたいと思います。

「筑紫さん、ありがとう。」多くの人が、この言葉を、お別れに際してあなたに贈ることでしょう。そして私にも、この言葉以上に、あなたへの気持ちを表現する言葉は見当たりません。

“ノブレス・オブリージュ”。このフランス語は元々、「貴族の義務」あるいは「高貴な義務」という意味を持っているのですが、わたしはそれにこだわらず、「社会に責任ある人々の仕事」といった意味に使っています。わが国で、もっともこの言葉にふさわしい仕事をやり続けてこられたのが、筑紫哲也さん、あなたであったと思います。人知れず、アジアの子供たちに学校を贈り続けてもこられています。

2007年春の東京都知事選。石原慎太郎氏の都知事三選を阻むために、あなたを出馬させようとする方々がいらしたようで、筑紫さんは悩んでおられました。私と法政大学の五十嵐敬喜さんは、それを知らずにさらにあなたに出馬を要請し、筑紫さんはいったんは「断わろう」とされていたのを中断されて、さらに悩んで下さいました。「五十嵐さんがサポートしてくれるのなら、知事になってもできるかもしれない。私の役目は知事になることではなく、石原の三選を阻止することで、日本に“希望”を与えることだから」とおっしゃいました。

結局、出馬は取りやめになりました。ガンが発見されたからでした。しかし、この時、真剣に悩まれる姿を見て私は、あなたが「本当に日本のことを深く心配している人」であることを再確認したのでした。

「憲法」については、御一緒に「市民版憲法調査会」をつくっています。これには、田原総一朗さんや高野孟さんの他に、C.W.ニコルさんや近藤正臣さんも参加されています。

“九条護憲”を訴える真に正しき人々だけでは、衆議院でも参議院でもそれぞれ半分あれば「憲法改訂」ができてしまうという現実の中では「危うい」と、民主党を“羽交い締め”するためにつくったのがこの会でしたが、筑紫さんはいつも「この問題では“あいまいさ”も必要なんだ」とおっしゃっていました。正しいことでも数がなければ通らない現実を、憲法問題を問う人々こそ自覚するべきだと思われていたのだと思います。

「長良川河口堰で問うた日本の川とダム」、「京都大学芦生演習林内につくられようとしていたダムを“世界自然・文化複合遺産”のキーワードで止めること」、「四万十川本流唯一のダム、家地川堰を撤去すること」これらの他にも、筑紫さんに現地へ来ていただき、サポートしていただいたことはたくさんあります。そんな時、筑紫さんはいつも私におっしゃいましたね。「天野さんを見てるとまるでアメリカ人のように『困難をものともせずにやれば、何事も成せる』と信じていると感じるね。しかしこういう人は、他人(ひと)からいわれのない嫉妬を受けやすいし、またあなたの動きをいまいましく思っている輩は、その人々の想いを利用して、あなたを“魔女狩り”のように攻撃してくることだろう。しかしあなたはひるまないだろうから、ますます『可愛くない』と思われるのだろうね」と。どうしてご存じなのだろう」と思うほど、それは当たっていたのですが、私は、「筑紫さん自身も、そういうふうにいわれのない嫉妬の対象にきっとなっておられるのだろうな」と、思ったものでした。

今回、あなたを失ってしまって、私の中には、“あらたな覚悟”が生まれました。わたしもあなたのように、「自分が信じる自分の視点」に従って、人生の終わりに「私にも“ノブレス・オブリージュ”ができたと思ってから死のう」という覚悟です。

「河川の自治をとりもどす」、「有機農業社会をつくる」、「太陽エネルギーで生きる日本をつくる」。

今とは違う“もうひとつの日本”をつくるために、これからもひるまずに、あなたのように自分の判断を信じて、行動してゆきます。

本年7月に養老孟子司さんらと立ち上げた「日本に健全な森をつくり直す委員会」に参画していただきたいと熱望しながらお身体の調子を見守っていたのですが、それがかなわずに逝ってしまわれたことを、最後に無念に思っています。

しかし必ずあなたの志を継いで、“もうひとつの日本”をつくってゆくことを、あらためてここにあなたの墓前に誓います。

どうか安らかに、御永眠下さい。


12月8日
週刊現代にも、リンゴの木村さん

週刊現代12月8日(東京以外は9日)発売号に、無農薬リンゴを作っている青森の木村秋則さんをカラーグラビアで特集しました。

無農薬リンゴを作り出すのに、木村さんは12年も苦労しました。

高知新聞での連載も合わせて読んでください。


12月12日


加藤登紀子コンサートあり

高知での有機農業の普及のために、2月11日(水・祝)に、「オーガニックな一日 in 高知」を、朝はオーガニックマーケット、昼はC.W.ニコルさんとのシンポジウム、夜は加藤登紀子さんのコンサートという三部仕立てでくりひろげます。
12月6日(土)には、高知新聞全紙大広告を打ち、コンサートチケットの一斉発売。最初の日に600枚が売れました。

興業としてはまず成功です。あと400席も毎日好調に出ています。“お登紀さん”の高知興業はひさかたぶりなのです。

娘さんで、亡くなった藤本敏夫さんの跡を継いで「鴨川自然王国」の女王様となったYaeさんも、ゲストで登場してくれます。親子共演は、高知県須崎市に藤本さんが有機農業普及のためにやってきて、それに登紀子さんがジョイントしたのが、Yaeさんのデビューで、それ以来だそうです。

2月11日まる一日「オーガニック」に浸りに、高知へいらっしゃいませんか?

チケットは早めにアタックされないと売り切れそうです。
チケットのお求めは、(株)デューク(Tel 088−822−4488)か、ローソンチケット、チケットぴあ、d-ticket(dコード:15818)へ。


12月21日

「森林(もり)の仕事ガイダンス」に出演します

全国森林組合連合会が、森林の担い手の就業相談会として開催する説明会で講演します。
 
  2009年1月9日(金)15:00〜
  会場は梅田ステラホール(大阪市北区大淀中1−1−88梅田スカイビル3F)

私の講演は15時ですが、会場は12時から18時にいろいろな催しを展開しています。
次の日の1月10日(土)も同会場で。

東京は1月23日(金)24日(土)

詳しくは www.ringyou.net/


2009年

1月1日

三知事のダム反対

20081221日の朝日新聞朝刊には、“財務省「次年度以降もムリ」”、“国交省「補正予算 努力」”との見だしで、滋賀県の大戸川ダムについて、来年度予算の財務省原案では、事業費が一切認められず、「来年度の事業は休止」されることになったことが書かれています。前日の朝日夕刊では一面トップ記事で「大戸川ダム休止」とまず載っており、朝日は二日続き、他紙も同様の大きなあつかいです。
関西の、滋賀、京都、大阪の三知事が揃って「ダムに反対」したこと、そしてそもそも知事がダムに反対意見をしっかり述べるなどということは田中康夫知事以来。
こういう流れに至った功労者は、読売新聞と、元・河川官僚の宮本博司氏。いつもは政府の行動を熱心に伝えていることの多い読売新聞が、河川局が諮問した「淀川流域委員会」が淀川流域の「ダムにNO」という判断をしていることをしっかりと書き、産経新聞までが各紙論調を揃えてこの問題を書き続けたことが「問題」を大きくしました。この委員会を国土交通省河川局近畿地方整備局の責任者として運営していた宮本氏が、「河川局が諮問した“淀川委員会”が“NO”という結論を出した。国土交通省は97年に改正した河川法に則り、諮問に従うべきである」という法律に準じた意見を中央に上奏したがそれが叶わなかったことから、95年には長良川河口堰現地所長として河口堰のゲートを降ろしていた宮本氏が河川局を辞職するという事態となり、三知事の反対につながっていったのです。
知事には、国土交通省からは様々な誘惑があります。かつて、その誘惑に負けなかったのは田中康夫知事、ただ一人しかいません。
今回は、“三本の矢”で、全マスコミ注目の大阪の橋下徹知事も行動を共にしたため、「財務省に予算をつけさせない」という前代未聞の快挙にまで至ることができました。
「新聞各紙は全国版で書き、しっかりとその役目を果たしたのに、TVも国会もこれをフォローできず、“天下の一大事”とはできなかった。」
私にはそれが、2008年の一番印象に残ったできごとでした。


1月22日

シンポジウム「公共事業は誰のものか!」のお知らせ
熊本県では蒲島知事が川辺川ダム建設反対を表明、淀川流域では4知事が大戸川ダムにNOを突きつけました。今まさに「地方分権」が川から進められようとしています。

1988年に始まった長良川河口堰建設反対運動をきっかけに、
1997年には“河川法”の改正が行われ、「住民対話」「環境重視」が導入されました。

そして、河川整備計画原案策定に際し、意見を聞くための「流域委員会」が全国の水系ごとに諮問されました。その中でも一番最初につくられ、第三者組織によって選出された委員により自主的に運営された「淀川水系流域委員会」(宮本博司前委員長)は「ダム建設は不適切」とする意見書をまとめました。

ところが国土交通省はこの結論を無視し、強引に3ダム建設と1ダム再開発を進めようとしています。
このことは国家公務員が、国が定めた“新河川法”を自ら軽視することであり、滋賀、京都、大阪の知事が「おかしい」と「河川の自治」を求めるに至っています。

一方、木曽川水系においては、水余りで無駄な公共事業と批判される中で建設された
長良川河口堰とその後さらに造られた徳山ダムとの水を結んで使うために今、
「木曽川水系連絡導水路計画」(総予算890億円)により徳山ダムの水を
長良川に流す事業が強行されようとしています。

そしてその負担を押し付けられることになる愛知県民や名古屋市民のほとんどがまだその現実を知らないことが、大きな問題と思えます。

そこで、「長良川河口堰建設に反対する会」と「公共事業チェックを求めるNGOの会」ではこの2つの問題を例に、問題点を知っていただくとともに「公共事業はだれのものか」をテーマに公共事業のあり方を考えていただく機会を作りたいとシンポジウムを企画いたしました。

税金の使い方をチェックするこのシンポジウムにぜひ参加いただきますよう、よろしくお願いいたします。

------------------

昨年の九月、熊本県知事によって一つの英断が下されました。
「川は地域の財産であり、守るべき"宝"であると考えます。
よって、現行のダム計画を白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追求するべきであると判断しました。」

この結論に至るまでには、延べ9回にもわたる住民討論集会が開かれ、毎回3,000 人もの住民が集ったと聞いています。これこそが、"これからの公共事業"のあるべき姿ではないでしょうか。
守るべき"宝=長良川"のため、今私たち一人ひとりに何ができるのかを、一緒に考えたいと思っています。

日時;2009年1 月31日(土) 午後1:30〜4:30

場所;ウィル愛知(愛知県女性総合センター) 大会議室
     地下鉄「市役所」駅2番出口 東へ徒歩10 分
     名鉄瀬戸線「東大手」駅 南へ徒歩8 分

※入場無料

基調講演T
『長良川に徳山ダムの水を流す「木曽川水系連絡導水路計画」の問題点と現状』
 武藤 仁 (「長良川に徳山ダムの水はいらない市民学習会」事務局長 )

基調講演U
『「淀川流域委員会」に見る、河川局の"新河川法"軽視』
 宮本 博司 (「淀川水系流域委員会」前委員長 )

各党代表者からの発言
『河川法改正の意義を活かした河川行政をどう進めるか』
  前原 誠司 (前民主党代表・民主党として“緑のダム構想”を作成した
         「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」事務局長を務めた)
  林  信敏 (日本共産党愛知県委員会副委員長・元愛知県議会議員)  
  平山 良平 (社会民主党愛知県連合副代表)             


パネルディスカッション
 『公共事業は誰のものか!』

パネラー
 五十嵐敬喜 (法政大学教授・公共事業論)
 前原 誠司 (民主党前代表・衆議院議員)
 宮本 博司 (「淀川水系流域委員会」前委員長 )

司会進行
 天野 礼子 (「公共事業チェックを求めるNGO の会」代表 )


主催
長良川河口堰建設に反対する会
公共事業チェックを求めるNGO の会

協賛
パタゴニア日本支社 環境助成プログラム


1月22日

「森林(もり)の仕事ガイダンス」出演と「NHK深夜ラジオ便」出演


19日(金)に大阪梅田のビル内で行われた「全国森林組合連合会主催の“森林(もり)の仕事”ガイダンス」に出演しましたら、まさにアメリカのオバマさんが言う“グリーン・ニューディール”を求めて、私の講演には300人の人が来てくれました。

かつてアメリカでルーズベルト大統領が、第一次世界大戦から帰ってきた兵士たちを「ダム」づくりに向かわせたことで日本にも知られる「ニューディール(「でなおし」という意味)政策」ですが、あまり知られていないものに、森林の手入れというものがあったのです。

日本でも、政府も自民党も“グリーン・ニューディール”を真似ようとしています。会場に集まった300人は、半分がおじさん、半分が若者でした。

カナダのブリティッシュ・コロンビアではサケが森をつくっていたことがわかって、リベラル勢力が“緑の事業”をマニフェストにして政権をとった話をしました。

“ラジオ深夜便”

また昨日121日は、久し振りにNHKのラジオ深夜便の収録をし、それは214日(土)のAM1:00〜1:30に、ラジオ第1とFMで放送されます。

こっちでは、高知新聞や週刊現代でグラビア連載している有機農業のことを詳しく話しました。

アナウンサーの峯尾さんからは、「天野さんは、“川仕事”から“森仕事”へと視野を広げ、今度は“畑仕事”なのですね」と笑ってもらいました。



3月1日

加藤登紀子さんありがとう!そして私はアマゴ釣り。


ほぼ一年近くかけて準備してきた「“オーガニックな一日”in 高知」は、2月11日に無事終了しました。
快晴、2月にしては寒くない朝。AM9時に準備が始まり、高知市長がその日一日貸してくださった「かるぽーと」という大きな会場の前庭に30の、無農薬野菜をつくり、それを加工して食べさせる店も出店してくれました。この方々は、昨年の3月より高知港で毎週土曜日に、雨の日も屋外で「オーガニックマーケット」を続けてきた人々です。
無農薬だけに限った野外マーケットは、この高知のほかには名古屋しかまだないようですが、高知の方々は自分たちの港での出店数「40店」というのが“日本最大”であることにまだ気づいていなかったようです。
土佐では、20世紀の始まりにも、坂本龍馬が活躍しましたが、21世紀の「有機の夜明け」も、「有機マーケット」では土佐から始まろうとしています。
「かるぽーと」前庭に出店が始まっている途中から、客の足が出始めました。11時にオープニング・セレモニー。スーパーマーケットの店員から誕生したという女性デュオ「スーパーバンド」のにぎやかな発声。
第二部、PM2:305:00は、小ホールにて「オーガニックシンポジウム」。200人の会場に人が溢れてロビーでのTV聴講にもかかわらず、熱心にメモを取る人々も。
..ニコルさんは「イギリスでチャールズ皇太子が有機農業を進めている」ことを。「ふるさと回帰支援センター」高橋公事務局長は、岡崎誠也高知市長と私との3人の鼎談で、「高知は、“一周遅れのトップランナー”になれる」と明言。私は、「無農薬オーガニックマーケットでは、日本初で、日本一の出店数なのだから、もうトップランナーになっているのですよ」と説明。
第三部、PM5:307:30は、「加藤登紀子、オーガニック&コンサート」。3階までの大ホールを900人が埋め、登紀子さんの娘、Yaeさんも、お父様(藤本敏夫氏)の跡を継いで登紀子さんと、千葉の有機農園「鴨川王国」を運営していることを話してくださいました。
私はようやく後片付けも済んで、今日は高知の“川の家”入りし、明日31日は「アマゴ」の解禁日なので裏の川で9ヶ月振りの渓流釣り、というわけです。
ここしばらくの雨で、水量は安定。川は本来の美しさと雨あがりのしっとりとした風情を取り戻しています。


3月7日

ダムと小沢と加藤紘一


民主党の代表として選挙の顔となってきた小沢一郎さんの、西松建設からの献金が「違法」であったかどうかが問われています。一方、36日の朝日新聞は「自民党側の立件は無理。西松から献金を受けた認識があるという傍証がない限り難しい」との政府高官の声を載せ、問題となっています。

国民から500円ずつの政治資金に替えたはずなのに、政治家への献金のあり方が「ちっとも変わらない、違法でなければいい」ということが問題なのです。金をくれる人は「口きき」を期待しており、それが実行されなければ、毎年金をくれ続けることはないでしょうから。

それにしても、「ダムはよほど儲かるのだな」と、多くの国民が思ったでしょう。ダム工事(や原発にはもっと)には、地元説得に時間がかかるという不安定要素も多いため、政治家などに献金するための“浮かせる金”がつくりやすい。1件での額も大きい。

だから与野党を問わず多くの議員が、「ダムの推進に口を利き、“おこぼれ”にあずかっている」のでしょう。

私がかかわった長良川河口堰は、小沢さんが最も尊敬するらしい田中角栄が総理の時代に金丸建設大臣が計画した案件で、その当時に大成建設と鹿島建設が談合して指名を受け、金丸建設大臣がそれを仲介していたのだと、のちに金丸の“金の延べ棒”が発見された時に、朝日新聞が一面トップでスッパ抜きました。

この時は長良川河口堰問題で、「推進」の綿貫建設大臣と「反対」の北川石松環境庁長官が対立し、国会が二分する程の運動が繰り広げられていたのに、残念ながらそれで長良川河口堰の工事が止まらなかったのは、社会党がそれを国会で追及しなかったからでした。

「天野礼子みたいだ!」と加藤紘一、言い。

加藤紘一さんが、3月1日に放送されたフジTVの「報道2009」で、“道路”問題で菅直人氏と対決し、菅さんの「自民党は不要な道路を造り続けているじゃないか」の追及に、興奮して大声でこう叫んだという。

「あなた(菅)は、あの“公共事業絶対反対”の天野礼子さんと同じじゃないか」、と。

私自身はこの番組を見ていませんが、見ていた私の全国の友人から「魂消(たまげ)た」とたくさんの電話がありました。

加藤紘一さんは、自民党のハト派、リベラルとして名高い。その人がこんな口調で私を批判する裏にあるのも、実は「ダム」なのです。

彼の地元・山形県の最上川。その支流のダムのない清流、小国川にダム計画があり、私は地元の人々に依頼されて、反対の集会を重ね、そこに加藤紘一さんとは仲のいい、菅直人さんや辻元清美さんを連れていっています。加藤さんを説得したいからです。

1月に山形では知事選があり、加藤さんが担いだ一期目の元・日銀出身の斉藤知事が落選しました。一期目知事の落選というのは珍しいので、「加藤紘一の力も落ちた」と、世間で評判になりましたね。

加藤紘一さんは、小国川ダム推進団体の旗頭。他の問題では「リベラル」でもダムではそうではないのは、そこに金がからむからなのでしょうか。しかし私はそんなことを言ったこともないし、小国川ダム問題で加藤氏の名前を出して批判したこともありません。それでも氏が私の名をTVで出してくださったのは、よほど悔しいことがあるからなのでしょう。

ダム点検のマニュフェスト

先の総選挙で民主党は、「政権を取れたら、全国のダムを2年間かけて点検する」としていました。今回はそれがまだマニュフェストとして出てきていなかったのですが、昨今の西松問題でその理由が国民にもわかったことでしょう。

「ところで、加藤紘一さん!」。

私は前原誠司代表時に、「“もうひとつの日本”構想委員会」というのを民主党内につくり、そこでは「これからやるべき公共事業」を議論しています。それ以前の鳩山代表時には「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」をつくっていて、その時の事務局長であった前原さんと一緒につくったのが、“緑のダム法案”。「コンクリートのダムを造らなくても、人工林を整備するだけで“治水”は可能」という案でした。

言っておきますが私は、“公共事業”に「絶対反対」ではありません。「必要な公共事業に金がまわる日本」にしたいと、誰よりも願っている女ですよ。



3月26日


坂本龍一さんに会う

3月24日に高知市で開催された坂本龍一さんのコンサート「Ryuichi Sakamoto Playing The Piano 2009」を聴き、坂本さんにも面会してきました。

坂本さんに「日本に健全な森をつくり直す委員会」へお入りいただきたいと考えたからです。(この委員会は、養老孟司が委員長、天野が事務局。)

坂本さんのコンサートチケットは8500円。この中には、日本国民が一日に排出するCO?約6キロのうち1キロ分をオフセットする費用が含まれています。入口では、チケットと引き換えに「1kgCO? Offset skmt09」と白字に印刷された直径2.4センチのバッチがもらえました。

新作アルバム「Out of noise」は「カーボンオフセットCD」と呼ばれ、レコーディングやCD製作によって排出された二酸化炭素の量を計算した上で、CD価格にその分のCO?を「カーボンオフセット」する費用が含まれています。

坂本さんは、2007年7月に「モア・トゥリーズ(more trees)という有限責任中間法人を立ち上げ、個人や企業向けにカーボンオフセットのプログラムを提供する事業なども手がけられており、高知では、四万十川の流域の梼原町での森林整備もされています。

3月30日

週刊現代50周年に“有機市民農園”をルポしました

週刊現代が50周年を迎え、その記念号が本日(3月30日)発売します。

この号に、「有機(農法)の市民農園」をグラビアで4ページ紹介しています。市民農園は全国に3000以上あります。大正時代にイギリスやドイツからの事例が紹介され、全国的には1970年代に広まりました。

しかし、有機無農薬農法を指導してくれる市民農園は、農水省調べでは全国に2例しかありません。今回は、その2例を紹介しています。

その中でも、個人が市民のために開設している愛知県の「なのはな畑塾」の佐々木さんは、元は学校の先生。月1回の座学も、学校の先生のように周到な準備をし、美しい自筆で資料を作られています。

「食の安全」を追求してきたグラビアシリーズも今回で一応終了しますが、「食の安全」の究極は、「自分で作る」こと。

その時、自分の近くに「市民農園」があり、無農薬の畑づくりを指導してくれる制度があれば・・・。なければ、自分が行政に要求する。この一歩が必要と、私は考えました。