天野礼子

作家・アウトドアライター。
大正大学客員教授。


1987年、国土庁の「水を語る女性の会」委員に就任。「長良川に予定のある河口堰は造らない方がよい」と綿貫民輔長官に進言した。

19886月、文学の師、開高健と、「長良川河口堰建設に反対する会」を立ち上げ、国会を二分する自然保護運動を展開。1997年に、建設省が「河川法」に「住民対話」と
「環境重視」を入れるに至る。

2007年・2008年に「林野庁林政審議会」委員。

2010年、林野庁の「路網・作業システム検討委員会」と、国土交通省住宅局の「“木の家づくり”から林業再生を考える委員会」の委員に就任。

201012月、林野庁の「国際森林年国内委員会」委員に就任。

20121025日、内閣府「地域活性化伝道師」に就任。

 

1953年、京都市生れ。
北区鷹ヶ峯小学校卒業の後、中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。

26才より小説家、開高健に師事。

1988年、長良川河口堰が着工。「長良川河口堰建設に反対する会」をつくり、「日本にこれ以上のダムは不用」の国民世論に育て上げた。

近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて日本の森から材が出る「社会システム」を作り直すことを各地で提案している。

京都大学が2003年に創設した「森里海連環学」の各地への普及もお手伝いしている。 2001年よりは高知県仁淀川町(旧・池川町)に林野庁営林署の旧・官舎を借りて「水鳥庵」と称し、執筆や、アマゴ・アユ釣りに通っている。

200507年には全国森林組合連合会月刊広報誌「森林組合」に「緑の時代をつくるために」を連載。2006年に、「“森林再生”最後の挑戦」として農文協より一冊にまとめる。

2006年に、無農薬・有機農法の山下一穂氏や自然食品販売の「ハートアンドハート」のオーナーである永野雄一氏らと「高知439国道有機協議会」を結成し、事務局長に就任。

農林水産省の「有機農業モデル地区」の指定を受け、無農薬・有機農業の普及にも力を尽くしている。

このように近年は視野を、「川」から「森」、そして「大地」へと広げた。

200809年は、高知新聞に「次代を拓く―有機農業への挑戦」を連載。
「週刊現代」では2008年よりカラーグラビアシリーズを不定期に連載して、シリーズタイトル「今こそ見つめ直す“日本人と食”」として、展開した。

20087月、「日本に健全な森をつくり直す委員会」を、養老孟司、竹内典之、C.W.ニコル、亡き立松和平、京都大学総長・尾池和夫、日吉町森林組合参事・湯浅勲らと結成。日本各地の「山でがんばろう」としている人々との連携を進めている。

2009年には、島根県高津川流域でも「森里海連環学」を広めるため、山陰中央新報社 にて「自然に学ぶ―森里海連環学のすすめ」の連載を始めると共に、高知新聞社で2005年から続けていたカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を島根県益田市でも始めた。

2009918日、「日本に健全な森をつくり直す委員会」が提言書「石油に頼らない日本をつくるために」を、菅直人副総理から新政権に提出。委員の一人、梶山恵司氏が内閣審議官に推薦したことから、「林業再生」が国家戦略室のテーマとなり、林野庁内に「森林・林業再生プラン」がつくられるに至る。

20104月、「日本に健全な森をつくり直す委員会」の出版物として、「石油に頼らない―森から始める日本再生」を、北海道新聞社より出版。

20107月、朝日新聞社より「有機な人びと」を出版。

20117月、東日本大震災後の日本を考えて、「日本に健全な森をつくり直す委員会」が第二次提言書「森林(もり)と自然エネルギーに生かされて生きる日本になるために」を菅総理に手渡す。

201211月、「日本に健全な森をつくり直す委員会」と委員長養老孟司の共著本として、「庭は手入れをするもんだ」を、中央公論社より出版。

2013年より、「日本に健全な森をつくり直す委員会」の活動として、大正大学に協力し、宮城県南三陸町の復興をお手伝いするために、現地と東京・巣鴨の大正大学に“森里海連環学”を導入するお手伝いを始めた。


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